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【YAP】日本人とチベット人は同祖【GM】



1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2005/06/03(金) 00:23:54 ID:0o/sM63K]
YAP+遺伝子をもっているのは東アジアでは日本人とチベット人だけ
GM血液型遺伝子もそっくり

YAP
recon.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/img-box/img20040907115249.jpg

GM
www3.mahoroba.ne.jp/~npa/narayaku/image/dna_map.jpg

929 名前:白馬青牛 [2007/10/02(火) 23:05:23 ID:JMNxxV7M]
>>928の続き。
大林「日本の場合、自分の文化伝統に対する自信はあまり強くないですね。
日本の伝統というのは翻訳の伝統ですね。」
江上「日本文化のふるさとはもとをたずねると、みな何処かにいって
しまうという台詞がありますが、そういう頼りなさがある。だから結局、
もとのことが気になるのですよ。兎に角外界から何でも摂りこみ、学び
とろうとする意欲は鎖国時代でさえも強く、当時も長崎に窓を開いていた。
そして中国の新しい本が出たりすると、早速注文して買っているのです。
そのような謙虚さ、好奇心が島国のよさでもあった。しかし実質的に島国で
なくなった日本の将来はどうなるか。開びゃく以来の新しい位置に立た
されたわけです、我々現代・将来の日本人は。」
次に江上波夫氏が松田壽男氏・杉山二郎氏と対談された『世界史の新視点』
から要約引用する。
江上「日本人の上の階級は、中国に対して憧れというか、何か持っている。
この中国意識っていうやつが、いまだに抜けないんだな。いまだって
日中何とかがあるんだよ。(笑)日本の軍部っていうのはそれだったと
思う。太閤秀吉だってそうだ。上は常に中国なんだ。それがついに日本の
陸軍から、ところが、中国を相手にしたら、ロシアを相手にしたらダメな
如く、世界中だれがやってもダメなんだ。」

930 名前:白馬青牛 [2007/10/02(火) 23:41:45 ID:JMNxxV7M]
>>929の続き。
江上「ご本尊だったんだね。それを軍部までご本尊にしちゃったから変な
ことになっちゃったんだ。」
杉山「それはいまでも変わんないと思いますよ。意識の構造は。それを
変えることが出来ないにしても、そういう認識をそろそろ持って。両先生は
北アジアとか中央アジアという処を東洋史の中でなすったわけですけれども
ね。」
松田「東洋史といやあ中国史だということになっちゃうんです。我々は、
蒙古や中央アジアの点と線の世界をやったから中国ができるんですね。」
江上「世界史っていうと西洋史になっちゃうんだ。だから中国派と西洋派が
あって、日本派っていうのは日本のことしか解らないんだ。中国って
いうのは入ったら命取りなんだよ。学問でも下手するとそうなんだよ。
戦争だけじゃないんだ。中国世界の虜にされて埋没しちゃうんだ。同化し
ちゃって、気がついたときには日本人でも何でもなくなっちゃうんだ。」
現在のネットウヨの思想は、中華思想、儒教朱子学の影響と近代以降の
ドイツ思想の影響が混合した攘夷排外主義で、島国の謙虚さもない。
中華思想の実直な生徒が日本国内から出て来たことに危惧するわい。

931 名前:白馬青牛 [2007/10/03(水) 00:36:57 ID:TziUw30v]
梅棹忠夫氏の見識も挙げとこうか。
inet.museum.kyoto-u.ac.jp/museumF/topics/umesao/head.html
inet.museum.kyoto-u.ac.jp/museumF/topics/umesao/asia.html
inet.museum.kyoto-u.ac.jp/museumF/topics/umesao/21c.html
梅棹氏は、(アジアとヨーロッパ)で、中国人の民衆は市場経済、精神や
社会構造は変わらないと云われる。本当に日本は中国から引き揚げて
よかった。中国農民から土地を強引に取り上げたことにもふれられて
おられる。(21世紀の日本と関西)では、戦後経済重視の為、日本人の
経済人化が起こった。司馬遼太郎氏の引用で、「日本人がアジア化した。」
梅棹氏「それは当っていると思う。日本人はアジア人ではなかったんです」
と特論が続き、アジア離脱論から関西独立論、西の「大和国家」と東は
「東国家」と名乗れ、と日本国家分割を主張される。
騎馬民族日本征服説の江上氏もツングース水軍日本征服説の梅棹氏も、
中国文明と違うモンゴルなど北アジアで過ごされた経験からか、中国文明に
警戒感を持っておられたようじゃ。まあ、現代の日本人の拝金主義や
中華思想丸出しのネットウヨなど、日本人も中国人化が進行したわい。

932 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/03(水) 11:35:27 ID:f8sHh4Wy]
>>925
ではお言葉に甘えて。
あなたは>>911で、この農耕様式の発生の理由を「保存がきく家畜飼育がセットに
なって」と述べていましたが、農耕民主体の西及び中央アフリカはともかく
東及び南アフリカの二グロイドは、たしか元来牧畜民が主体だったはずです。
ですがかつてあの辺りでも、それほど高度な文明が起きたという話は、わたしは
聞いた事がありません。これはなぜでしょうか? また>>912の資料では、今わたしが
挙げた前者の地方のほうにも、後には家畜飼育が伝わったようですが、こちらも
一部を除きますと、先述のようにあまり際立った話は聞きません。これもなぜ
なのでしょうか?

933 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/10/03(水) 12:43:01 ID:ooc91DhQ]
テレビでブータンやチベットの映像が流れる度に
日本と同地の民族の酷似に驚かされるねえ

934 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU mailto:sage [2007/10/03(水) 17:25:29 ID:9JIh9e1M]
しかし、見た目が似ているから=同祖 というわけではありませんよね?
アイヌとのマオリはかなり似ていますが、起源が同じとはまず言われませんし…。
当たり前の事ですが。

935 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/03(水) 19:41:09 ID:kESACl/A]
太公望はチベット系ですか?

936 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/03(水) 20:06:02 ID:6lE4a8x5]
>>935
?族(タングート?)って言われてるね。

937 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/03(水) 23:24:14 ID:XuElECe8]
>>928-931
そりゃいくらなんでも中華をマンセーしすぎだ。まあ江波氏がということでもあるがw
日本人にとっては、新大陸を知るまでは大陸が西側にしかなかったので、
西側の大陸の文明が、ある程度絶対視される文化が築かれても仕方ない。
それにしては、海峡の力でもあるが、よく独立性を保っているほう。
ベトナムにも朝鮮にもモンゴルにもない、特異なフィルターが働いている。
まあ、アメリカもヨーロッパも中東も知り、終に温暖化で北西航路も開けた今では
日本にとって「文明は西にしか無い」という時代は終わったとも言えるけどね。

中華は、ユーラシア的に見れば、
ヒマラヤ・パミール・天山・チベットで隔離された東方の半孤立文明なので、
広く見渡せば、中華思想というのは実は「井の中の蛙」に近い。
杉山正明が指摘する通り、ユーラシア文明の本家である中東と比べると、
中国文明はスタートから常に、確実に数百年は遅れている。
アケメネス朝ペルシアのダレイオス1世と、漢高祖劉邦を比較して、
劉邦および前漢の数百年遅れの劣化コピーぶりを杉山はこきおろしていた。
もちろんネタ的要素は強いが、
中国マンセーだと見えてこない、全く新鮮な視点だな。



938 名前:白馬青牛 [2007/10/04(木) 22:40:59 ID:f9PCM4kX]
>>932
保存がきく家畜飼育と共に、>>912の【農耕の発展】にある大規模な
灌漑農耕(小麦主体)が大量の余剰生産物を生みました。
それと、西アフリカはセネガルにも、移住した遊牧民のフルベ族
(西アフリカ、サハラ砂漠に住み、カメルーン、チャド、スーダンまで及ぶ
広い地域に分散した。)もおります。
アフリカのサバンナ農耕は、主食は雑穀で砂漠地帯へ行くとナツメヤシで
しょう。地中海周辺になって小麦が主食作物になりますから、
小麦と牧畜のセットのドライ・ファーミングとは違うわけです。

939 名前:白馬青牛 [2007/10/04(木) 23:36:09 ID:f9PCM4kX]
>>935
姜姓で、古代チベット系羌族と関わりが深い。
>>937
中華文明は同化力が強いど。戦後ソ連へ抑留された人達と、中国に
抑留された人達や中共の捕虜となった米軍兵士らを比較すりゃあ、
説得云う名の懐柔同化力の強さは相当なもんじゃ。
古くは、鮮卑や羌などの五胡も中原で同化され漢人になった。
青海遊牧地帯や満州に残存した連中が漢化されず残ったわけじゃし、
蒙古地帯の遊牧姓の強い連中は、生活様式から草原遊牧生活を志向
する分、同化性に薄いだけじゃ。日本が中国と陸続きでない適度の距離が
日本文化を形成に作用した面は強かろう。
中国文明は西方文明の影響が強いけんのう。華北はオアシス農耕文化の
延長とも云えるし、バクトリアを大夏云うたり、西方を一目置いとる。
中国は西北から文化が流入し、東南方は文化を教えてやったぐらいの
価値しか置いとらん。日本に対しても文化優越感が強いよのう。

940 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/05(金) 02:49:59 ID:QuZr3pKM]
>>939
そりゃ説得じゃない。「洗脳」だ。
洗脳というのは、近代西欧文明では、人間の尊厳という文明哲学的前提に反する
掟破りのマッドサイエンス扱いだったが、
ナチスでもソ連でもない、さっきまで黄土高原を砂まみれで逃げ回っていたような
共産中国が、あっさり、それも効果的に実行してしまったものだから、
アメリカはびっくり仰天して研究した。そしてそのおぞましさに精神的に卒倒した。
まあ、確かに「強力」ではある。
だが、人肉を至高の美味食材といい放つような文明じゃないと出来ない代物ではある。
それに、
漢文明の浸透力は世界史的に見ても決して強くないよ。
大体、ようやく香港まで漢化できただけで、東南アジアでさえ
あれだけ華僑が出ていっても、現地住民に対する文明的感化は全然ダメ。
インド文明の力のほうがよほど強いのは、文字と宗教を見れば一目瞭然。
そのインド文明も、東南アジアでは席捲できたが、西へは大乗仏教以外全然ダメで、
単一言語圏でモロッコからイラクまで、宗教ではモーリタニアからインドネシアまでという
世界文明の本場、オリエント文明の浸透力にかなうものではない。

941 名前:白馬青牛 [2007/10/05(金) 22:38:38 ID:7yrSmgHD]
>>940
「説得」も、他の価値観から見たら「洗脳」になるわい。西洋文明でも、
セクト法でカルトに厳しいヨーロッパと違い、米国の共和党支持基盤の
福音派聖書根本原理主義者は、進化論を否定し、無謬の聖書を信じるけえ、
カルトに当てはまろう。アメリカもカルト要素が強いのう。
ほいで黄土高原の八路軍にゃあ日本軍も苦戦したわい。
人肉を至高の美味食材といい放つ文明?そりゃあ中国か日本か?
d.hatena.ne.jp/mujin/20060331
日本でも食人はあったし、最後の方の自文化絶対主義(中華思想)に
陥らんことよ。
香港が英領になる前は漢民族じゃ。東南アジアはイスラム文明の影響が
強いけんのう。じゃが、16〜17世紀の日本人移民は消えて仕舞うた。
華僑は着実に現地に浸透した。差もあるのう。
インド文明は歴史学がないど。東南アジアは小乗仏教で、大乗仏教は
内陸アジア、クシャン朝経由じゃろう。大乗仏教圏は、チベット、モンゴル
、満州、日本とアジア北部の集団へ浸透した。オリエント文明も、後の
イスラム圏云う宗教文明化の面が強い。

942 名前:白馬青牛 [2007/10/05(金) 23:13:05 ID:7yrSmgHD]
>>940の続きで、「説得の勝利」として三田村泰助氏は、
「今次の戦争がまだ日華事変といった頃、北京や南京には、日本の軍人や
官僚の手によって傀儡政権がつくられた。中国の有力な人物や、一部の
知識階級がこれに協力した。中国では、敵に協力する裏切者を漢奸と呼ぶ
が、この漢奸呼ばわりされた人物ほど、複雑怪奇な存在はまずあるまい。
その柔和な態度は、いかにも力に屈服した不甲斐ない人間のように
みられる。しかし、これをあまくみて、ロボットとして扱っているうち、
ある限界に達すると、テコでも動かぬ強靭さにつきあたる。
これを動かす為に逆に譲歩させられ、のちには脅迫され、いつのまにか
主客てんとうして、こちらがロボットであることに気がつくという
しだいだ。
そこには利己主義と捨身の自己犠牲、社会への無関心と愛国心といった矛盾
した要素がふしぎな調和をしめている。これを良い意味でも、悪い意味でも
「老獪」と解すべきであろう。中国人のもつ老獪とは、単純でもろい日本人
の、とうてい太刀打ちできぬところであるし、理解もできぬものであろう。
じつに彼らは説得の勝利を信ずるものである。暴力の生命はみじかく、
説得のそれはながい。」と、中国人の老獪さよのう。

943 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/06(土) 10:56:14 ID:DA5sMAvJ]
>>938
確かに>>912には、「大河の水を利用した大規模な灌漑農耕」がそうした文明の
発生につながったとも書かれていますよね。
しかしですよ、日本や東南エイシャでは、牧畜があまり根付いていなかったにも
かかわらず、後にそれぞれそれなりの文明・文化が発達しましたよね? また、
そこには、先のアフリカのサバンナ農耕は「雑穀が主」とも書かれていますが、
「イネを含む」とも書いてありますよね?
あなたはこれらの点はどのように説明しますか…?

944 名前:白馬青牛 [2007/10/06(土) 21:58:36 ID:JcVuj7KR]
>>943
ある程度の文明化は、小麦農耕文化の影響を稲作に応用して生じた
日本や東南アジアの稲作文化は水稲段階になってからでしょう。
>>912で、西アフリカの「サバンナ農耕文化」という言い方で誤解を
招き易いのですが、中尾佐助氏は、稲自体の起源は東南アジアを
設定されています。南の根菜農耕、北の小麦農耕の中間に、ヒョータン、
ゴマ等栽培のサバンナ農耕があるんで植生地理的なもんです。

945 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/07(日) 15:33:50 ID:lMgfVqse]
>>944
> 小麦農耕文化の影響を稲作に応用して生じた日本や東南アジアの稲作文化は
> 水稲段階になってからでしょう
ということは、日本や東南エイシャの文明化は、イネが陸稲栽培から
水稲栽培へと変化した事に因るところが大きいということですよね?
そうしますと、結局こうした文明化には、あなたの言っていた家畜飼育云々は
あまり関係無いという事になりませんか?
また、なぜ中・西アフリカには、そのような“小麦”や“水稲”の文化が
伝わらなかった(起きなかった)のでしょうか?

946 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/10/07(日) 16:09:29 ID:hkKrc89W]
NHKが今夜、中国共産党によるチベット侵略を正当化するプロパガンダを垂れ流しますよ。


NHKスペシャル 激流中国 「チベット 聖地に富を求めて」
2007年10月 7日(日) 放送時間 :午後9:00〜午後9:50(50分)

「青海チベット鉄道」が開通して1年。“秘境”チベットが一気に身近になった。
観光客が急増。2007年の訪問者数は300万に達する見込み。さまざまな
分野の企業進出も盛んだ。番組では、激しい競争が続くラサ市のホテルに
カメラを据え、四川省のらつ腕経営者とそこに就職したチベット族の若者たち
が繰り広げる人間もように密着する。市場経済の波がしだいに仏教の聖地の
奥深くにまで浸透していくチベット、その変ぼうを描く。
cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2007-10-07&ch=21&eid=30874

www.nhk.or.jp/special/onair/071007.html

947 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/10/07(日) 17:24:01 ID:QpdrwIzJ]
実は朝寝鼻貝塚からは6000年前の小麦とハトムギのプラントオパールも稲と
同時に検出されており、小麦が中国よりも数千年も前から、ハトムギが
江戸期伝来の通説よりも5500年以上も前から栽培されていた事になってしまい、
改めてプラントオパールの調査自体が極めて疑わしいと言わざるを得ない。


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html



948 名前:白馬青牛 [2007/10/08(月) 01:12:31 ID:p6XeEReh]
>>945
長江流域の河姆渡文化は、水稲と共に、家畜も犬・豚・水牛を飼育して
おります。東南アジアも家畜飼育の種類は同じです。
日本列島も弥生期は豚飼育もあり、弥生後期〜古墳期には結核菌が
流入しておりますから牧畜も盛んであったでしょう。
文化は現地の伝統生産方式が強いので、武力で支配し、征服民の文化を
押し付けるしかないでしょう。

949 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/09(火) 01:34:59 ID:JXZ401sD]
>>948
なるほど〜、結構牧畜も盛んだったのですね。わたしも、豚は(東南)アジアから
沖縄、ポリネシア一帯の島々まで盛んに飼われていた事は知っていましたが、
昔は本州でもそうだったのですか…。
> 文化は現地の伝統生産方式が強いので、武力で支配し、征服民の文化を
> 押し付けるしかないでしょう。
ということは、ブラックアフリカに長い間これが及ばなかったのは、やはり
サハラ砂漠等の自然環境がこれを遮ったからなのでしょうか?

950 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/10/09(火) 18:59:49 ID:2THgCN4t]

稲作が中国から日本へ直接伝来した事の根拠としている
RM1-b遺伝子の稲は稲作が伝わったときの稲ではない。

なぜなら最初に九州や西日本に伝わった稲作が弥生中期頃に
伝わってきた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。

ゆえに朝鮮半島にはないRM1-b遺伝子の稲の存在がすなわち、
稲作が中国から日本へ直接伝来した事の証拠にはならないのである。

それにRM1-b遺伝子の稲はかつては朝鮮半島にも存在したが、
単に定着しなかっただけという事も十分に考えられる。

www.athome-academy.jp/archive/images/0000000116_discussion_004.gif

951 名前:白馬青牛 [2007/10/09(火) 23:55:50 ID:fIUWeasz]
>>949
豚は東南アジア、オセアニアや中国、満州まで湿潤地帯では飼われて
ますね。
ブラック・アフリカに及ばんのは、中東の人達がサハラ砂漠を越えて
征服活動に乏しい面と、アフリカ現地民のサバンナ農耕文化の伝統で
しょう。

952 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/10(水) 00:45:57 ID:+Ruo9d03]
>>951
本来稲作文化にとって、豚の飼育・食用は、本来なら必要不可欠とも言えますね。
というのは、穀物食一般の傾向として、文化が発展して洗練されればされるほど
精白穀物を食べたいという欲求が生まれるわけですが
米は精白すればするほどビタミンB1が致命的に不足してしまう。
ビタミンB1の補給にとって、一番効果的な食材が豚肉なので、
高度な稲作文化の食文化は、日本とイスラム教普及地域を除き、
ほぼ必ず豚肉食を持ちますね。
麦食圏における、必須アミノ酸を補うための乳製品と同じ役割です。
大和民族は、早々に豚肉食を捨ててしまい、渡来人の豚肉食いを横目に見ながら
自分たちは、狩猟したイノシシは別として、豚は食べなかったらしいことが
古代の便所の遺跡から解ったりします。ということからして、
「日本人なら米だろ?日本人の心は米!」というのは神話であるような気がしますね。
もし日本文化が本当に米食文化の主流だったら、脚気続出で白米信仰に突入する
近世から明治大正のような悲惨な状況にはならなかったはず。
日本人の食文化のベースは、本来は稗食だったような気がします。
まあ、これは華北の漢族の食文化のベースは、
麦ではなく粟食だと言うのと同じレベルの話ですが。


953 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/10(水) 18:28:48 ID:89tumMNX]
>>946の番組の再放送を、昨日の深夜にわたしは見ました。
ティベットも近代化の波が及んでこれから何かと大変そうですね。
さて、彼らの見た目は確かに日本人に似ていましたが、やはり少し違いましたね。
目の感じは似ていますが、日本人と違い頬骨が突起した人が多かったです。
しかしバリバリのトゥンギーデという感じでもないです。モンゴル人にも
似ていましたが、わたしは彼らに一番似ているのは、結局普通の漢人(シニーデ?)
かなと思いました。ですが漢人よりは少し整っているかも…。

>>950
> なぜなら最初に九州や西日本に伝わった稲作が弥生中期頃に
> 伝わってきた北陸や東北にRM1-b遺伝子の稲が無いからである。
わたしがこの文章の意味が理解できないのですが、結局その参照ペイジ中の
「a」「b」「c」は、どのような順番で日本に到来したのですか?

954 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/10(水) 19:33:11 ID:k8AXlmq9]
acbの順。

北陸や東北の稲作がどこから入ってきて、もうどれほどの時間が
経過しているのかを考えな。

955 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/10(水) 19:56:17 ID:89tumMNX]
>>951
わかりました。なるほど、結局一つではなく、様々な理由の元にそのような
歴史になった模様ですね。そう話は単純ではないと。
昔、わたしはこうした話に疎かった頃には、もっと単純に、人類がアフリカ発と
言われているものだからあそこでは文明が発達しなかったのだろうか、などと
考えていたのですよ…。単純というか愚かしい事かもしれませんが。^^;
しかし謎が解けてよかったです。
最後にすみません、これは全くの余談ですが、あなたはあのニグロイドの人々の
筋骨隆々の体型の理由はどこにあると思いますか?
>>952
う〜ん、おもしろい! 東洋の豚肉食文化にはそうした理由があったのですかね!?
脚気の話もわたしには初耳です。そうだったのですか…。それは間違いないようですね。
西洋の乳製品もそうなのですか!? へ〜、それもおもしろい。もしかしてこれは
歴史的に常識の事ですか??^^; そうしますと、その日本の稗食の説は
かなりイイ線なのでは?
それにしましても、昔の人の感覚・感性というのは全く素晴らしいですね!!
旨みだけではなく、栄養的な調和も、知識ではなくその味覚というか経験則で
しっかりと取っていたのですね! 逆に物が豊かになり、そうした感覚が衰え、
オイシイ食べ物しか摂ろうとしなくなった近現代人はダメという事ですね。
わたしはこの事からも、改めて所詮人間の文明化による「知識」などは、
“理屈”にしかならないものだなと思いました…。う〜ん、凄い!!

956 名前:白馬青牛 [2007/10/11(木) 02:19:57 ID:3aF5Mt4L]
>>952
大和民族=渡来系なんじゃが。そう云えば、アムール流域では、
かって豚飼育も盛んで、オホーツク文化人も北海道に移住しても
豚飼育をしとったが、現在のアムール流域(漁撈民)では、豚等の
家畜飼育は廃れて仕舞うたのう。非常用の食肉に犬がおるくらいで。
日本と同様家畜飼育に乏しい面があったんかのう。日本の豚食も一時期
じゃろう。脚気は、白米の常用による「江戸患い」か。
瀬戸内海の島々じゃあ江戸期の主食は、魚と芋じゃった。
白米はハレの特別な時に喰うぐらいで、米を食う場合も麦飯で、麦の量が
7〜8割。日本の米食文化は、東南アジアのように麺も米で作ったり、
ライス・ペーパーも無く、米食文化としては欠落部分も多い。
チベットも乳と麦を主食とするドライ・ファーミングじゃが、
大麦のツァンパを主食とするチベットと、大麦をツァンパみたいに、
はったい粉にして、お湯でこねて食す日本の類似はあるよのう。
>>955
ニグロイドでも、狩猟採集民のコサイマン(ブッシュマン)は、
小柄です。アフリカ西部のニグロイドは、筋骨隆々の体型ですね。
南方系の体脂肪の少なさかどうか原因は解りません。
ポリネシアンも東南アジア系と違い、体格も大柄で、食生活も魚と芋類が
主食で稀に豚ぐらいで、食ではなく、環境でしょうか。これも根拠に
乏しい。ですが、ポリネシア系の台湾先住民の高砂族は小柄です。
なぜ、南洋のポリネシア系は大型化した理由は結局解りません。
アフリカのニグロイドについても同様です。

957 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/11(木) 03:14:06 ID:VjUFmUVJ]
>>956
日本で言う縄文中期の温暖期を中心に、遼東満州方面を
稲作文化が一気に駆け上がった形跡があるので、
その時期に、あのあたりの諸部族に豚肉食が導入されたのかもしれないですね。
今の彼らの食生活ならば、豚肉は絶対に必要というわけでもない。
考古学で、いずれ真相が判明するでしょう。
ライスペーパーはともかく、米麺は、南下した漢族が発明した
「麦食文化の代用」が広まったという要素が否定できないので、ちょっと留保しますが。
大和民族が渡来かどうかは、俺ははいともいいえとも断言しません。
ただ、いわゆる「照葉樹林稲作文化圏」において、
日本列島が「端」「辺境」であるという感覚だけは、持っていたほうが良いと言う話。
ただ、どうも稲作の背後に、イモ食や堅果食というよりも、もっとストレートに
稗食文化が見え隠れするように感じられるのです。東日本中心ですがね。
西国の、島々はともかく平野部でもし米をあまり食べなかったとなれば、
一体日本列島の誰が米を主食としていたのでしょうね?

それから、南洋のポリネシア系の恰幅の良い体格は、カヌーでの航海中に
身体が水に濡れて体温が奪われても凍死しないように、適応進化したものですよ。
だから、擬似的な寒冷適応に近い形質になるわけで。




958 名前:白馬青牛 [2007/10/11(木) 23:03:49 ID:3aF5Mt4L]
>>957
米麺は、米作地帯の麺の代用ですが、稲作文化の完結度云うことです。
日本は稲作が済むと秋から冬に麦をつくる形態と違います。
西日本から東日本の南部は、照葉樹林地帯で、東北地方は落葉広葉樹林
地帯。照葉樹林文化で、芋食は半栽培段階でしょう。
日本列島で米を主食にしたんは都市部か裕福な層です。江戸期、瀬戸内の
子供らは、北前船の船乗らに食べ残しの握り飯を貰うて食べたそうですが、
広島県では海岸地方に出たら飢えんと云われた地域ですら麦飯と芋が
主食で、白米は贅沢なものでした。
ポリネシアンの海洋環境適応ですが、カヌー航海だけに根拠を求めるんは
根拠に薄いと思います。他の東南アジアや南洋の漁撈民も海に潜ったり、
航海民でもあります。寒冷適応化しても良いはずです。

959 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/14(日) 01:36:59 ID:LaLzX/Be]
>>954
確かにその順番であれば、支那から来た(?)その b のイネが、日本に最初に
伝来したイネではない、という事になりますよね。
では、その a や c のイネも支那から伝来した、という可能性はありませんか?
>>956
ありがとうございました。そうですよね、ブッシュマンはかなり小柄ですのにね…。
なぜでしょうかね。そういえば、パプア人などの所謂オーストラロイドの人々も
かなり筋肉質な体型のようにも見えますから、やはり生活習慣の所為でしょうか…。
一方で、アフリカ東部〜南部の“黒人”は、そのカポイド系の人々の血が残っている
所為か、割とほっそりとした体つきの人々が多いですよね。そして陸上の
中・長距離が強い(!)。あれも不思議です…。ですがわたしはあれも
生活習慣なのかも…、と思ったりもします。なぜなら以前わたしはTVで、
ブッシュマン(おそらくサン族)が、鹿かダチョウのような動物を追いかけ、
最終的にその動物が疲れ果て、もう動けなくなったところで仕留める(!)、
という映像を見た事があるのですよ…。つまり、野生動物に人間が(長距離走で)
走り勝ちをする映像だったのです! あの狩りの方法には、わたしはマジで
ビビリました…。^^;

960 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/14(日) 01:40:20 ID:LaLzX/Be]
>>957
そのポリニージア系の人々の体格のお話が、どれほど信憑性のある話であるのかは
わたしは知りませんが、それはわたしはなかなか面白い説だなと思います。
なぜならスポーツ選手などの体つきを観ていますと、ポリニージア系の人々のそれは、
先のニグロイドまたはコーカソイドの人々とは、体の“大きさ”は似ていたりも
するのですが、相違点として、全体的に少しポッチャリめで割と皮下脂肪がありそうな
体質の人々が多い、ようにわたしには観える事があるのです…。
確かアザラシやトドなどは、彼らの持つその厚い皮下脂肪で、寒い地域(海域)での
生活に耐えられるようになっているのだとか…。もしかしたらポリニージア系の人々の
あの体つきの理由もこういった事と共通していたり(?)…、とそのお話から
わたしはふと思いました。
>>958
お話のように、日本でも近世あたりまでは、白米もしくは米自体、一部の人々の
主食でしかなかった模様でしょうか…。日本は米食文化の多様性にも、大陸に比べ
劣る部分もあるようですし…。昔の広島地方でも、裕福な地域ですら「麦」と「芋」
が主食だったのですね。それほど「米」は貴重だったと。
そして今日のように肉食が普及する以前は、その脚気対策として、
ミカンを摂る事が推奨されていたそうですね。余談ですが、Wikiには、
その脚気は精米された「白米」を食べる事で起きたようですが、かといって
「玄米」を食べ過ぎる事にも弊害はあるという事が書いてありました。
知っていました? 色々と難しいものですね…。

961 名前:白馬青牛 [2007/10/14(日) 02:37:12 ID:FY7cU+Y0]
>>959-960
アフリカ東部系は、長距離に強いですね。それが遊牧系の影響か農耕系の
影響か判断出来ませんが、体型的すらっとしてますね。アフリカ西部系は
短距離でしょうか。アフリカ西部は新大陸にも、奴隷となった悲惨な
歴史から多く移住してますが、米国の黒人は短距離に強いように思います。
アフリカ西部の方が農耕民の要素が強いのですが、生活習慣かどうか、
よう解りません。ブッシュマンは昔からの狩猟民ですね。
玄米菜食の人達は、玄米の効能を評価します。病人食として健康回復には
良いんじゃないですか。戦争中多くの将兵の命を救った沼田勇軍医も
玄米単味なら青カビが出ても麹菌の醗酵に移って行き、食べても危険は
ないと。ただし玄米を主食とする民族は知りません。
どうも日常的に玄米を主食としてないところ、問題があったのかも知れま
せん。日本では麦飯と云う麦と米の混合で補っておったんでしょう。

962 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/14(日) 19:50:20 ID:q2PMd9yH]
>>959
あるよ。

ただ日本には支那の炊飯器や農耕具は無い。

支那の炊飯器は三足土器または釜。日本は甕。

支那の農耕具は木製だけでなく刃の部分が石製や貝製が
多いが日本にはこれらが無い。

日本の稲作文化は磨製石器も農耕具も炊飯器も全部、
朝鮮無文土器文化圏に一致する。

しかし、それらを持ち込んだのはなぜか朝鮮無文土器人ではない。

そこが弥生人研究の最も面白いところなんだがね。

963 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/15(月) 16:03:32 ID:IB3t+wGp]
>>961
わかりました。
あ〜、確かに玄米は“もち”が良さそうですね。
玄米を主食としている民族の話はわたしも聞いた事がありません。
玄米の糠の部分には、ミネラルの吸収を阻害するフィティン酸が多く含まれている
ようですが、もしかしますと昔の人々は彼らの感覚または経験則によって、
この害を自然と避けてきたのかもしれませんね。
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%81%E3%83%B3%E9%85%B8
麦飯に関しては余談ですが、あなたが詳しい戦争時の話として、日露戦争時には、
白米のみを兵の主食にした当時の日本の陸軍は、多数の脚気による戦死者を出した
のに対し、麦飯を採用した海軍は脚気の発生をほぼ完全に阻止した(!)のですって。
あなたはこの事は知っていましたか? この話からも、わたしはつくづく
昔(近世以前)の人々の、食の調和に関する感性は偉大だな〜と思いましたね…。
>>962
なるほど〜。それであなたは日本に最初に稲作を伝えた人々は、現在の支那に
あたる地域に住んでいた人々ではないと…。
しかし、なぜその日本の稲作文化の“遺物”が、朝鮮無文土器文化圏の物と
一致していますのに、それを持ち込んだ人々は朝鮮無紋土器人ではない、と
言い切れるのですか?
また、その遺物を持ち込んだ人々というのは、わたしの聞くところでは
現在の朝鮮にあたる地域の人々ではなく、シベリアかモンゴル方面にあたる
地域に住んでいた人々である、という事なのでしょうか…?

964 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU mailto:sage [2007/10/15(月) 16:30:37 ID:IB3t+wGp]
>>963(訂正)
下から5行目、
×無紋
○無文
ですよね。^^;

965 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/15(月) 19:29:09 ID:gAiJovRH]
>>963
朝鮮半島の水田稲作の技術を持って渡来した当初の彼らが
なぜか朝鮮無文土器を作っても生産もしていないからである。

しかも半島から持ちこまれた朝鮮無文土器がわずかにあるのにである。

なのに彼らは渡来当初、朝鮮無文土器を作らず、
弥生土器なんか作ってしまっている。

彼らが朝鮮半島の住人ではなかったからである。

その後も影響は受けたがそのものは全く作っていない。

北方であるのは間違いないがモンゴルではない。

モンゴルの土器は鬲など三足土器を持ち華北に近い。

ゲル文化もないし、犬は連れてきたが、犬はよりも大切な羊を
連れて来ていない。

966 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/16(火) 16:52:16 ID:+g9i67dg]
RM1-bにこだわっている人は考古学はど素人のようですね。
東北の水稲の歴史を今一度勉強しなおしてみると、
自分が無知を暴露していることに気がつくと思うけど、
よけいな忠告かな

967 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/16(火) 20:17:47 ID:bTsD15Vo]
と、いつもの稲作江南誘致サギ師兼、朝鮮人認定サギ師の
在日台湾江南移民が何かほざいているようだが何か?



968 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/10/17(水) 01:49:00 ID:izmgWy/d]
朝鮮族の自己紹介乙

969 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/10/17(水) 11:48:48 ID:b1N1Tb1I]
>>968
ほれw

●台湾ニグロ

www.tfjhs.ntct.edu.tw/album/gallery/011224_90%E5%AD%B8%E5%B9%B4%E6%A0%A1%E9%81%8B/122401_90%E5%AD%B8%E5%B9%B4%E6%A0%A1%E9%81%8B_1200x900_120.JPG


アハハハハハハ



アハハハハハハ



970 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/17(水) 22:59:24 ID:PzBlqH4p]
>>965
それでは、当時あなたが言うその北方方面に居た人々の使用していた土器と、
朝鮮半島に居た人々の土器と、日本の弥生土器は、同系統の土器とされている
のですか?
また、もしそれがあなたの言う朝鮮半島を“通り過ぎた”民族であるのでしたら、
そのモンゴル以外にも、満州や支那北部に居た民族が渡来したという可能性は
無いのですか?

971 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/10/18(木) 08:46:55 ID:j8sDmfQ6]
おお、こんなスレが!私もチベット人には幸せになって欲しい。
中国から彼らを助けたい!

972 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/10/18(木) 11:50:23 ID:mJPVGtye]
>>970
1度、自分でその辺を調べてみな。

俺の出番はそれからだ。

973 名前:白馬青牛 [2007/10/18(木) 23:01:02 ID:WPG1vjAA]
>>963
陸軍の脚気の話は知ってますが、海軍の方が合理じゃったでしょう。
ただし海軍が実際の飢餓状態でサバイバル能力に優れておったわけでは
ありません。ニューギニアで撤退サワラケット山越え(約2千名死亡)
でも、海軍は麦飯は多量に持っていながら、塩分を全然持たないので極度に
疲労し、サワラケットにさしかかる以前に倒れる者さえ出る始末で、
海軍のみならず陸軍でも行軍に不慣れな部隊は海軍部隊と大同小異、大きな
犠牲を払ったそうです。実戦豊富な経験を持つ広島第5師団から派遣された
浜田第21聯隊第3大隊の兵士は、各部隊が捨てた調味料のうち特に塩分の
強い物を出来るだけ補給してサワラケットの急坂に挑んだ。また行軍中に
食える草や木の根を摘み取っては雑嚢に入れ、米を一合に草木を入れて
炊き込むので、量と塩分の補給とで体力の消耗を防いだということです。
それと豚肉と米食の話が出てますが、「犬食についての考察」スレでも、
云いましたが、豚肉は麦麹よりも米麹の焼酎に合いますね。常圧の米焼酎、
芋焼酎や泡盛にも云えます。しかしながら、乳製品のチーズでも麦より
米の酒が相性が良いと思うんですが。乳文化と米文化の接触と云う点で
ブータンや雲南が挙げられますが、元来麦文化人のブータンや雲南の
チベット系が現地民の稲作文化との混合も興味深い現象です。

974 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/19(金) 00:34:35 ID:8TB/G6zV]
>>960>>961>>963
植物というのは、基本的に栄養価の高い部分は
何らかの方法で動物が嫌うような物質を合成して防御するものなのです。
鳥などに実をわざわざ食べてもらい、種を散布してもらう場合は別ですが、
種そのものは消化されにくいように出来ています。
これを消化されてしまっては、子孫繁栄ができなくなりますから。
豆類や多くのどんぐり類はその典型ですね。
稲は比較的それが少ない植物ですが、それでもやはり存在します。
>>973
海軍の玄米の話についても、たまたま経験則の採用が
アドホックに効果を発揮しただけですからねえ。
そのような適切な対処を導き出す一般的方法論を備えていたわけでは無い。
陸軍(森鴎外)は明らかなアホでしたが、逆に海軍が優秀とはいえませんね。
それから、
麹菌に関しては、日本と大陸の使用菌種の差があまりにも決定的で、
(コウジカビ対クモノスカビ・ケカビ。但し本来の三河の豆味噌だけは大陸式)
これが何時生じたのかは分かりませんが、
ここを見ずに、種付けする先の穀物だけを見ても枝葉末節に近いような。

975 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/19(金) 13:05:03 ID:9R+zcVyr]
>>972
わかりました。残念ですが、それには少し時間がかかりそうですね…。
ただ、考古学板のほうで、何やらこの話は支那からの由来が学会の定説に
なりつつあるとの情報がありましたので、あなたのような意見の人もいますし、
それは本当なのかなとわたしは思ったのですよ…。
>>973
ふむ、それもまたなかなか興味深い話ですね。あなたは日本史にも
かなり造詣が深そうですね…。
そしてそこの終わりの5行は、同様にわたしにとっても興味深い話です。
また、>974さんからの話もありますね。ともあれ、米食と豚肉食との間には
深い関係があるようですし、またそれらと麦食や乳製品を食する文化との
違いや接点を究明する事は、価値がありそうですね。余談ですが、わたしは最近
チーズとそのような穀物系のお酒を共に飲食する事がありませんでしたので、
今度それらをよく吟味してみたいと思います。^^
>>974
なるほど。つまり、玄米を食する事の弊害は、糠の部分によるそうしたイネの
防御作用によるものなのですね。おそらく昔の人々は、その食感(触感)を
嫌った人もいたのかもしれませんが、それよりも体内に摂取する事の経験から、
常食とする事の弊害を知り、それを避けてきたのでしょうね。ですからわたし達は
これを主食とする民族の話を耳にする事は無い、ということなのでしょうね。

976 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/10/19(金) 22:27:06 ID:dVYwn/tg]
>>805
差別発言で講演中止に ノーベル賞のワトソン博士
2007年10月19日 11時41分

 【ロンドン19日共同】DNAの二重らせん構造の発見で1962年のノーベル医学生理学賞を受賞した米科学者ジェームズ・ワトソン博士(79)が、
黒人が劣っているなどとの人種差別的な見解を英紙との取材で明らかにし、大英博物館は18日、19日に予定していた博士の講演の中止を決めた。英BBC放送などが伝えた。

 博物館側は、同博士の主張が「議論にならないものだ」と批判。英政府の教育問題担当の政務次官も非難のコメントを出すなど波紋が広がっている。

 ワトソン博士は14日付の英日曜紙サンデー・タイムズに掲載されたインタビューで「アフリカの前途を悲観している」と発言。
その理由として「すべての社会政策は彼らの知性がわれわれと同じだという前提を基礎にしているが、検証ではよく分かっていない」と述べた。
また、黒人労働者の能力が他の人種より劣っているという趣旨の発言もあった。

www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007101901000249.html

977 名前:XYZ ◆PH4Mje0jPU [2007/10/19(金) 22:56:46 ID:9R+zcVyr]
>>976
なぜ>>805に? そのワトソンさんの意見が正しいとでも?
ダメダメですね…。
しかも、この板にも愚かな差別発言をしている人が大勢いるようですが、
アメリカ(USA)の黒人達とアフリカや中南米・欧州のそれとでは、
またかなりの違いがあるでしょうに…。
IQ? 笑わせますね…。まったく最近の人は…。やれやれ。
と、まぁマジレスもカコワルかったかな?^^;



978 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/10/20(土) 00:11:43 ID:L2a8aNmB]
>>976
>ジェームズ・ワトソン博士(79)
今の記憶(英語力や学問の記憶を除いて)を持ったまま
アフリカの貧村に転生すればいいよ

知能指数は今のままでいい

どんな目に遭うのが
どうして不遇なのか
どれほど辱められた存在として扱われるか
それがどれほど荒唐無稽な先入観に基づくか
それがどれほど不当なものであるか
転生したジェームズ・ワトソンがのたれ死ぬ前に
人類に訴えられるかどうか
試してみればいいよ

神にそうなるように祈ろう






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