- 1 名前:日本@名無史さん [2014/12/04(木) 15:41:12.71 .net]
- 新潟の城の山古墳発掘で崇神天皇が4世紀前後の人物である可能性が高くなりました。
同時に畿内説・最有力候補ヤマトトトヒモモソ媛が卑弥呼である可能性がなくなりました。 モモソ媛は崇神治世まで生きてるので248年に死んだ卑弥呼ではありません。 かといって神武の5世代前のアマテラスを卑弥呼に比定するのも無理でしょう。 記紀のとおり神武が九州から東征したとしても古墳時代開始が3世紀初めになるからです。 したがってアマテラスを卑弥呼にする九州説も無理です。 では時期的にアマテラスとモモソ媛の間に卑弥呼という名前に最も近い女王がいたらどうでしょう。 その人物こそ卑弥呼そのものではありませんか? います。 なぜ誰も気付かないのでしょうか? それは初代皇后ヒメタタライスズ媛です。 神武が死んで2代綏靖天皇が即位する間、かなりの期間があります。 その間、ヒメタタライスズ媛は女王でした。 まさに魏志の「年已長大、無夫壻」の状況でした。 詳しくはゆっくりと。
|
|