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卑弥呼の館? 建物跡見つかる 奈良



1 名前:〈(`・ω・`)〉φ ★ mailto:sage [2009/11/11(水) 08:04:03 ID:???0]
邪馬台国の候補地といわれる奈良県の纒向遺跡で、3世紀前半では
最も大きな建物の跡が見つかり、邪馬台国近畿説をとる専門家は、
女王、卑弥呼が政を行った宮殿だった可能性があるとして注目しています。
奈良県桜井市にある纒向遺跡は、3世紀から4世紀にかけての巨大な
集落跡で、栄えた時代が重なることから、中国の歴史書に記された
「邪馬台国」の候補地といわれています。桜井市教育委員会が9月から
行った発掘調査で、直径が30センチから15センチ程度の柱が
東西南北に規則正しく並ぶ建物の跡が見つかりました。建物は、
出土した土器の年代などから3世紀前半のものとみられ、大きさは、
柱の数や間隔から、推定で南北19メートル、東西12メートル余りと、
これまで見つかった当時の建物の中で最も大きいということです。
ことし春までの調査では、一定の方向にそろえられた、別の3棟の
建物やさくの跡が見つかっていることから、専門家は、この一帯が、
大型の建物を中心に計画的に施設を配置した、宮殿のような区画
だったのではないかとみています。これについて、邪馬台国が近畿に
あったと考える兵庫県立考古博物館の石野博信館長は「建物の大きさや
計画性は予測以上で、卑弥呼が政を行った場所という可能性が高い」
と話しています。一方、邪馬台国が九州にあったと考える佐賀女子短期
大学の高島忠平学長は「広い範囲で調査を行い、結果が明らかに
なった段階で、吉野ヶ里遺跡といった九州の遺跡と比較、検討すべきだ。
今回の建物を“卑弥呼の館”とするのは早計だ」と指摘しています。
今回の調査成果については、今月14日と15日に現地で説明会が
開かれます。NHKニュース
www3.nhk.or.jp/news/k10013692871000.html

2 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:05:20 ID:E+h0eshQ0]
元祖 都市伝説

3 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:12:04 ID:HpT0r9B90]
九州ざまあ

4 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:12:42 ID:QCyrdu7w0]
ちくしょうやまたいこくはきゅうしゅうなんだいっ(´;ω;`)

5 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:16:02 ID:HpT0r9B90]
>>4
ざまあ

6 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:16:04 ID:SUaiVhHb0]
邪馬台国はどこですか

7 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 08:16:19 ID:SdrLlDEc0]
読みにくい

8 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:17:27 ID:qawk2H7+0]
卑弥呼の邪馬台国は北九州の豪族で
近畿の大和朝廷の権力に対抗するため
魏に朝貢して後ろ盾を得ようとした


9 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:20:44 ID:SUaiVhHb0]
関裕二降臨

10 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:24:51 ID:2/seqYuO0]
とっくに結論出てるんだけど
おらがムラの観光の目玉を横取りさせねえべみたいな
土人のエゴでまだ論争の決着ついてないことになってるんだろw



11 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:29:13 ID:qawk2H7+0]
倭人伝中の距離の表示は筆者が
確認できる(魏の権力地域内)
より外は遠く誇張して
遠くの蛮人も朝貢するほど魏は偉大だと
しているだけであまり意味はない

12 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:33:14 ID:LgaACGnt0]
>>11
希望的観測って奴ですか

13 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:39:34 ID:EhrwXY5v0]
卑弥呼お姉ちゃんの脇の下3
schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gamehis/1248518875/

14 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:40:32 ID:bSlvJXTM0]
表札でも出てきたのか。

15 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:40:45 ID:qawk2H7+0]
大和朝廷側が邪馬台国を占領したあと
鏡や剣、銅鐸を没収したが
穢れを嫌い出雲に封印した
だから剣や銅鐸の発見された近くにまだ
鏡が大量に埋まっているだろう

16 名前:Ψ [2009/11/11(水) 08:43:40 ID:CMzO3kp80]
みんなの心の中に

17 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 08:45:23 ID:G2HG9w2I0]
邪馬台国は福島県耶麻郡だろ
あの一帯からは最近まで人の住んでいた形跡が発見されているじゃないか

18 名前:Ψ [2009/11/11(水) 09:19:12 ID:Xdsy0/z30]
邪馬台国を日本語の読みで やまたいこく と読むのは間違い。
古代中国の読み方で、ヤマト(日本語のやまとに近い中国音)と読むのが正しい。


19 名前:Ψ [2009/11/11(水) 09:24:58 ID:E68zngaV0]

民主党は、財源が少ないくせに、
外国人優遇はそのままにしておく事が問題。
例えば、「高校無償化」は朝鮮学校も対象になるし、
外国人留学生に対し
1人当たり1年間に200万円程の補助をしている等・・・
国民よりも外国人にお気遣いの民主党。
日本国民にとって百害あって一利無しである
外国人参政権をも認めようとする(これに関しては、公明党・共産党・社民党も)等、
民主党に任せておいたら
間違った方向に進みそうで怖い。

(因みに、「署名TV」の政治・政策カテゴリーで、
外国人参政権を阻止する署名活動展開中)
anchorage.2ch.net/test/read.cgi/liveplus/1249178084/
在日チョンは無税ってホント?

在日韓国人の「外国人参政権」を欲しがる理由の一つ↓

169 名前: 可愛い奥様 [sage] 投稿日: 2009/10/19(月) 10:01:24 ID:5ozHTHPl0
2012年在日韓国人に徴兵義務強制、拒否すれば財産没収(正式決定済み事項)
すべての原因はこれだったみたい
2012年にこれが成立すれば在日は兵役こなすか、大金納めるかしかなくなる
しかもそれをしたら日本での永住資格は消えてなくなる
その前に日本を自分達のものにして法律を捻じ曲げて
永住資格を無理矢理維持する必要があったんだね。それが民主ageの正体


20 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 09:28:11 ID:fpq2rA7m0]
吉野ヶ里しょぼいんだよねぇ



21 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 10:09:09 ID:mT+VIaBe0]
お前らは地上ばかり見すぎだろ
空中庭園だと仮定すれば全てが闇の中

22 名前:Ψ [2009/11/11(水) 10:29:55 ID:1q7E3IvI0]
南を東に読み替え
邪馬台国は大和
馬鹿ですか

23 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 12:27:12 ID:S21IwMUD0]
「九州説は無理…」新井白石以来の邪馬台国論争ゴール近し 纒向遺跡 
headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091111-00000528-san-soci

 邪馬台国機内説の“本命”である奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡での大型建物跡の発見は、
江戸時代中期の儒学者、新井白石が大和説を提唱して以来続く邪馬台国論争にほのかなゴールをかいま見せる成果となった。
魏志倭人伝の解釈や発掘調査、科学力を駆使した研究の積み重ねによって、
古代史最大の謎が解き明かされつつある。(産経新聞)


24 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 14:34:29 ID:sdozPyz50]
混ざりたい奴は、最低でも三国志読んで内容理解してからな

25 名前:Ψ [2009/11/11(水) 15:13:57 ID:BfT3azGE0]
三輪山も近いことだしここでいいだろ

26 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 16:10:50 ID:LHVDfPvS0]
魏志倭人伝の行程は、途中までは国の位置が比定されてて、それらは九州近辺に
あるわけでしょ?
魏の使いは、九州近辺から近畿まで、どういうふうに行ったんだろ?
陸路で中国地方を通過して近畿に至るのは、あまりにも大変すぎると思うし、
海路で行くにしても、日本海側からだと、上陸した後に畿内まで行くのは大変だし、
瀬戸内海を通過したのなら、四国や淡路島などに関する記載があってもよさそうなものだが。


27 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 16:31:19 ID:P/iTFTR+0]
>>26
記述にある国がどこにあるか分かっていないのがあり、更に行程通りに進むと
南の海に出てしまいます。


28 名前:ZB222150.ppp.dion.ne.jp mailto:sage [2009/11/11(水) 17:48:15 ID:z0WVeSyr0]
九州説を唱える人は、お国自慢丸だしでかっこわるいな

29 名前:Ψ [2009/11/11(水) 18:25:53 ID:v2Cyj2lk0]
>>23
九州説でも矛盾しないと思うけどな。
魏志倭人伝の卑弥呼、台与に関する記述を読むと、明らかに天皇家の皇位継承を
巡る騒動だ。
つまり、畿内の男系が断絶したということだろ。
そこで誰を天皇にするかで倭国が騒乱状態になった。足利将軍家を巡る戦国時代や
南北朝時代とかと同じことだ。
それで、最終的に九州にいた卑弥呼を暫定女帝とすることで擁立で国中がまとまった。
ところが、連合政権に過ぎない纒向は、邪馬台国の勢力が主導権を握ることに
警戒心を抱き、なかなか受け入れてくれなかった。
この点は、継体天皇が即位しても大和に入れず、高槻に拠点を構えたのと同じこと。
つまり、ヤマト政権の本部は纒向だが、女帝卑弥呼は九州で実権を振るった。
山口組の本部は神戸だが、現在の組長は名古屋の弘道会だというようなものだ。
やがて、台与が即位し、その息子が即位し、男性天皇が復活すると、いよいよ、纒向
の連合政権の実権を完全制圧するべく、東征を開始したが、纒向は抵抗し、かなりの
苦戦を強いられた。それが、神武東征の原型だろう。
つまり、「ヤマト」の呼称はもともと九州の地名であって、邪馬台国東遷によって、
今の奈良地域が新たにヤマトと呼ばれるようになったわけ。

30 名前:Ψ [2009/11/11(水) 18:30:22 ID:FE8thf3k0]
これで邪馬台国の位置がほぼ確定したな。




31 名前:Ψ [2009/11/11(水) 18:30:54 ID:v2Cyj2lk0]
>>29
ちなみに継体天皇は、ヤマトの男系が断続したので、福井にいた応神天皇の5代前の
皇族を擁立することになったんだよな。それで一騒動あったようだ。

32 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 18:34:44 ID:9E6xLGkoi]
九州の方が良いなあ

33 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 18:38:13 ID:VKkqUjjO0]
確定すると九州や各地の町おこしにこまるから
トドメはさしてやるな

34 名前:Ψ [2009/11/11(水) 18:38:16 ID:wlgfpfDsO]
九州は中国にやる。
朝鮮でもいいや。

35 名前:Ψ [2009/11/11(水) 18:38:31 ID:v2Cyj2lk0]
>>29
自レスだが、この考え方だと、神武東征のとき、ヤマトに神武と同じ天孫族のニギハヤヒがいて、
長髄彦が頑強に抵抗したという日本神話と合致する。


36 名前:Ψ [2009/11/11(水) 18:42:29 ID:ga+uWYrZ0]
邪馬台国九州説が生き残っているのはそうじゃないと日本に朝鮮半島より先に
大規模な国家が存在したことになるから
新羅成立より後に大和朝廷が出来たことにしたい親朝派歴史、考古学者が
誤魔化しているから

37 名前:Ψ [2009/11/11(水) 18:50:32 ID:wlgfpfDsO]
>>36
なんだその日本語はw
親日朝鮮人だろ、おまえwww

38 名前:Ψ [2009/11/11(水) 18:51:39 ID:zLYqGXAO0]
シャボーンの癖に遺跡のことでスレ立てんな
もっと皮肉たっぷりのスレタイを期待してるのに

39 名前:Ψ [2009/11/11(水) 18:53:14 ID:gJpXLE3o0]
九州の村おこしネタがなくなるなこりゃ

40 名前:Ψ [2009/11/11(水) 19:11:09 ID:/6MyXds50]
鹿男あをによしでも邪馬台国は奈良だったな



41 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 19:17:43 ID:9tOOdjew0]
あ、おなにしお

42 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 19:35:40 ID:nCXxPB0o0]
卑弥呼って崇神天皇の時代の人でしょ?


43 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 19:42:15 ID:nCXxPB0o0]
卑弥呼=倭迹迹日百襲媛
卑弥弓呼=武埴安彦
男弟=崇神天皇
台与=豊鍬入姫

ですね。なぜか記紀の編者はそれに気付かずに
卑弥呼=神功皇后に無理やりしてしまった。

44 名前:Ψ [2009/11/11(水) 20:10:49 ID:fdod1Ssx0]
遷都祭 反対!!!!!!!!!!!!

荒いは仕事しろ

なら駅前のパチ屋潰せ!!!!!!!!!!!!!!!!!

せんとくん ( ゚Д゚)<氏ね!

45 名前:Ψ [2009/11/11(水) 20:22:36 ID:v2Cyj2lk0]
>>29
>>31
>>35
自レスをさらに補強すると、なぜ九州の邪馬台国が、明らかに強大な纒向を制圧できた
かというと、纒向はあくまでも各地の連合政権に過ぎないから、正当天皇となった邪馬台国
の東征を手引きする勢力が畿内にいたからだ。
実際、神武東征のときも、そうだった。

46 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 20:30:06 ID:3uNBQkEX0]
でかい屋敷が見つかった→卑弥呼が政を行った場所という可能性が高い

親魏倭王を下されたとして、日本の最大勢力でない可能性もあると思うが・・・

47 名前:Ψ [2009/11/11(水) 20:31:56 ID:v2Cyj2lk0]
>>46
国内基盤が脆弱だったから、シナ王朝の権威を利用したと考えられるよな。
そして、もらった鏡を畿内にばらまいたと。

48 名前:Ψ [2009/11/11(水) 20:52:43 ID:ga+uWYrZ0]
なんか古臭い話ばかりだな
纒向が重要なのはあの頃から農業の生産技術が向上して人口が爆発的に増加した証拠になることだよ
その増えた人間の処理に困って朝鮮半島に進出して高句麗と戦争をすることになるんだろ
人口増加が戦争の引き金になるのは最近の歴史の常識だよ

49 名前:Ψ [2009/11/11(水) 20:56:39 ID:wlgfpfDsO]
>>48
なんだその日本語はw
親日朝鮮人だろ、おまえwww

50 名前:Ψ [2009/11/11(水) 20:57:24 ID:jw+pLdyD0]
これで九州説が決定的になったな



51 名前:Ψ [2009/11/11(水) 21:05:04 ID:MUy5VU4A0]
ちんぼを振ってみせる
見つかる

52 名前:Ψ [2009/11/11(水) 21:17:37 ID:4/UaY0GE0]
九州説はどうしても当時の日本の国力を過小評価せざるを得ない。
邪馬台国を九州の小さな村国家的な勢力にしてしまうからね。
その点、畿内説だと邪馬台国を少なくとも西日本全域を支配した勢力と見ることができる。
魏志倭人伝に登場する以前から倭国は公孫氏の燕国とかなり結びついていた可能性が高い。
そして魏国が邪馬台国に対して最高位の金印を下賜していることを鑑みてもかなりの勢力だと考察できる。
倭の五王の時代には強大な遊牧民族国家である高句麗と対等以上に戦争をする実力は九州だけの村国家とは到底思えない。

ただ九州説にもひとつだけ有力な根拠がある。
日食だ。
邪馬台国の時代に日本では九州で2年連続皆既日食が観測された。
これは神話の天照大神の岩隠れと一致する。
卑弥呼=天照大神ならばこの日食が観測されたのが九州のみという科学的事実が根拠となりえる。

53 名前:Ψ [2009/11/11(水) 21:28:01 ID:ga+uWYrZ0]
軍事力と政治的力の大小は必ずしも一致しないと思うけど
戦国時代でも徳島県民の三好勢がずっと畿内で有力だったわけだし

54 名前:Ψ [2009/11/11(水) 21:33:54 ID:cl7bhcPR0]
しかしこの論争にはなっかなか決定打が出ないなあw

55 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 21:34:14 ID:VQMod8+g0]
畿内説だと天孫降臨・神武東征の解釈がヘンになる
出雲国譲りも浜辺での交渉だし畿内より九州の方が自然

56 名前:Ψ [2009/11/11(水) 21:34:44 ID:g+EoMoM3O]
三好は細川の勢力をほぼそのまま保持してたんだろ

57 名前:Ψ [2009/11/11(水) 21:43:04 ID:4/UaY0GE0]
応仁の乱の主役である細川管領家=三好三人衆みたいなものですからね〜。
天孫降臨・神武東征も説明はつくと思いますよ。
足利尊氏が京を追われて九州で勢力を盛り返し京を奪還したように、邪馬台国を追われた皇族の一派が九州で力を蓄え神武帝の時に畿内へ攻め上り政権を取ったとも容易に想像できます。
出雲国譲りもキャスティングボートを握っていた出雲勢が神武帝側に味方したという暗示ではないでしょうか?
証拠に出雲だけは律令制が制定されても別格扱いでしたからね。
この特別扱いはかなりの功績があったという証拠だと思います。

58 名前:Ψ [2009/11/11(水) 21:54:11 ID:ga+uWYrZ0]
そもそも神武の話が実話だとして一体いつ頃の話なの
そう考える理由は

59 名前:Ψ [2009/11/11(水) 22:03:13 ID:6/s9JMxY0]
卑弥呼と同じ時代に畿内にも別の国が栄えていたってことだ。
まあ、邪馬台国の文化を考える上で参考にはなるので、頑張って発掘すれば?

60 名前:Ψ [2009/11/11(水) 22:08:11 ID:VQMod8+g0]
>>57
誰に追い出されて九州へ行ったという事にするの?
九州こそ強敵・熊襲の本拠地なわけだけど



61 名前:Ψ [2009/11/11(水) 22:08:20 ID:vgWUiClb0]
何で卑弥呼ってワカル?

62 名前:ヨイサーζ('A`)ζ ◆nxvmZVzPDU [2009/11/11(水) 22:11:49 ID:XKimmqek0]
それはひみこだ

63 名前:Ψ [2009/11/11(水) 22:14:51 ID:ga+uWYrZ0]
そういえばひみこって名前のAV女優がいたな
けっこう美人だったような気がする

64 名前:Ψ [2009/11/11(水) 22:35:11 ID:VQMod8+g0]
まあシナ人の当て字はわかるとして

ヤマト=大和
と当て字するのがわからない
山戸か山門だろ普通に考えて

65 名前:Ψ [2009/11/11(水) 22:42:08 ID:4/UaY0GE0]
>>60
神話から考えればスサノオの高天原追放がそれを暗示しているのではないでしょうか?
神話は勝者の視点から描かれています。
スサノオ勢に機内を追われた卑弥呼の卑属は鉄器生産の先進地域である九州で勢力を蓄え出雲を味方にひきいれ畿内に侵攻したと。
一度は手痛い反撃に遭い損害を受けますがこれまた吉野など畿内奥地の豪族を味方に引き入れ最終的に勝利します。
仮に神武帝が畿内勢と縁もゆかりもない人物ならばなぜ吉野など畿内奥地の豪族は神武帝に味方したのかが説明できません。
神武帝が元々は畿内邪馬台国の縁者だという仮説なれば吉野など畿内奥地の豪族が神武帝の下にはせ参じたのも説明がつきますね。

66 名前:Ψ [2009/11/11(水) 22:55:47 ID:ga+uWYrZ0]
ちなみに中国語の和と倭の読みは全く違う

67 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 22:56:02 ID:VQMod8+g0]
>>65
卑弥呼がスサノオに追われた?
じゃあスサノオは大和朝廷の敵って事になるの?

畿内奥地はシャンカやツチグモの土地
豪族というよりは蛮族に近い
正当性なんてあんまり気にしないんじゃない?
カムヤマトイワレヒコの人格や取引で味方になっても不思議はない

68 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 22:56:44 ID:Eqr4Jjj60]
卑弥呼って、なんかエロいな

69 名前:Ψ [2009/11/11(水) 22:57:18 ID:xrpqjutn0]
処女王だったのか

70 名前:Ψ [2009/11/11(水) 22:57:20 ID:rAZ711+E0]
畿内は九州の支店みたいなものだからな
所詮は九州にあったということだ



71 名前:のろま大佐 ◆UmooQG8asU [2009/11/11(水) 22:59:18 ID:RUlRG9jJ0]
風俗店?

72 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:06:46 ID:ga+uWYrZ0]
神武の話をずいぶん後世の話にしてるけどホントに古い話の可能性も結構あるよ
無文字の世界でも天皇家みたいな神主の家系は10代、20代の先祖の話を記憶しているのは
当たり前なんだけど

73 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:07:45 ID:4/UaY0GE0]
>>67
後醍醐天皇と足利尊氏の南北朝と似た状況と想像してみてください。
正統である卑弥呼(天照大神)系勢力が機内を追われたと神話に書くのは勝者側として都合が悪い。
だから機内を追われた正統系勢力は「スサノオは高天原から追放された者。我らこそ正統。」と神話では描いたのでしょう。
ですのでスサノオ系勢力は大和朝廷の敵となりますね。
そしてスサノオ系勢力と婚姻関係を結び同盟関係だった出雲勢を九州の神武帝が味方に取り込んだことが東征の大きなターニングポイントになったのでしょう。
それは律令制において唯一国造が出雲だけは世襲だったという特別扱いにみられます。


74 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 23:11:14 ID:VQMod8+g0]
支店かどうかはわからんけど

出雲
大国主→スサノオの娘婿

東の国
ニギハヤヒ→ニニギと同じく天から遣わされた

日向
イワレヒコ→ニニギの子孫

全部高天ヶ原関連、という事にはなっている
出雲は高天ヶ原の使者タケミカヅチに降り
大国主は出雲大社に祭られた=伊勢神宮、アマテラスと同格

高天ヶ原=神話化された邪馬台国
熊襲などに圧され日向まで縮小、新天地を求めて畿内へ
と考えると一番しっくり来るんだよね

75 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 23:12:14 ID:YG/ugojGO]
古墳を直接発掘すれば早いのにしない(できない?)のは日本にとって都合の悪い
証拠がたくさん出てくる可能性があるからと聞いたことがある。

76 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 23:14:24 ID:O6vUu7sE0]
陰謀論はやめとけ

77 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:15:26 ID:xrpqjutn0]
邪馬台国があったと思われる場所で正しいものを選びなさい。
1.九州
2.四国
3.関東
4.東北

小学校辺りで出そうな問題だけど
答えが不確かだったり新発見や発明で
答えが変わるような問題って出すべきじゃないよな。

78 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 23:17:11 ID:VQMod8+g0]
>>73
じゃあ追い払った畿内の勢力は誰?
その話からすると大和朝廷の内紛って事?

79 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:19:04 ID:ga+uWYrZ0]
別に今まででも天皇の墓と知らないで掘っちゃったこととかあるよ
京都の某大学は昔勝手に、掘っちゃったこともあったらしいし

80 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:19:35 ID:4/UaY0GE0]
>>78
私は内紛だと考えます。
魏志倭人伝でも邪馬台国の勢力基盤はまだまだ脆弱だと描かれていますしね。
おそらく南北朝のような大乱があったものと思われます。



81 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 23:23:01 ID:YG/ugojGO]
>>79
それ聞きたかったんだけど法規制とかどこまであるのかな?

82 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:23:16 ID:UXlCC/2V0]
邪馬台国が滅ぼされた国なら
卑弥呼の墓が残ってなくてもおかしくない
どうも卑弥呼の墓が欲しい人たちがいるらしい

畿内説→卑弥呼の墓存在→あらたな観光の目玉

83 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:26:48 ID:v2Cyj2lk0]
>>78
追い払ったとか、わけのわからん議論をするな。
九州説の場合、卑弥呼は全国各地にいた皇族の一人で、畿内の男系天皇が断続したので、
やむをえず、地方にいる皇族からリストアップされ、擁立されたと考えるべき。
継体天皇擁立と同じことだろう。→>>29>>31>>35>>47
これが、おいらの説得力ある仮説だ。


84 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:27:52 ID:ga+uWYrZ0]
宮内庁が江戸時代の研究を元にしてここが何とか天皇の墓とか決めているらしい
そこは基本的に掘れない。最近はやや規制が緩くなって、遺体の近くじゃなきゃ
ちょこっと掘らせてもらえるらしいけど

85 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:31:06 ID:VQMod8+g0]
魏志倭人伝読んでて思ったんだけどさ
卑弥呼=日or火or霊(ヒ) 巫女・御子・皇子 姫みこだとすると
明らかに名前ではなく号だよね

すると
和国大乱7、80年余、女を立てて王とする、の卑弥呼と
親魏倭王の称号を与えられた卑弥呼が、同一人物ではない可能性はない?
倭人伝自体が魏略のコピ改で、魏略のソースが伝聞という

86 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:31:16 ID:v2Cyj2lk0]
>>83
忘れていた。>>45を追加しておく。

87 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:33:22 ID:SQ+YUxUY0]
>>85
ねーよニワカ
死ね

88 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 23:33:31 ID:YG/ugojGO]
ものすごく初歩的な質問するけど、邪馬台国の時代の日本列島、朝鮮半島は
現在の形をしていたのか?

89 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 23:39:19 ID:VQMod8+g0]
>>83
お家騒動で女帝を立てるっておかしくない?
第一2〜3世紀に2代続けて女帝ってはないだろ

90 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:41:37 ID:ga+uWYrZ0]
魏略が魏志の元である根拠が分からん
普通に公文書をもとにしたと考えていいじゃない
陳寿の「三国志」は結構実証主義的な歴史書だよ
史料が散逸していたとも思えないし

>>88
朝鮮半島は知らないけど日本の平地は少なかった
現在の平野部の半分だか三分の一だかは海だったらしい
古代の覇権はそこをどうやって干拓をめぐって争われたと推測される



91 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:42:36 ID:4/UaY0GE0]
>>88
ほぼ同じ形をしてましたよ。
>>89
大和朝廷でも女帝は珍しいケースではありません。
やはり天照大神の存在が朝廷の基盤になっていることが大きいと思いますね。
そしてちょうど卑弥呼の時代に日本では九州で二年連続という珍しい皆既日食が観測されています。
科学が未発達な時代にこれは大事件だったと思います。
シャーマンが国のトップになるのもなんとなくうなずけます。

92 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:49:25 ID:vgWUiClb0]
>>1
俺はインチキ臭いと思ってる
そのうち
キムチの化石でも発見されるんじゃねーの

93 名前:のろま大佐 ◆UmooQG8asU [2009/11/11(水) 23:50:24 ID:RUlRG9jJ0]
吹けば飛ぶようなちっぽけな豪族集団にそんなに躍起になるなよ

インドのオーパーツとか
夏殷周の伝説のほうが凄い

94 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 23:51:23 ID:YG/ugojGO]
>>90-91
なるほど。決して現在の朝鮮位置と地続きってわけではなかったんだな。

95 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/11(水) 23:54:56 ID:pXWnbZlw0]
卑弥呼とズッコンバッコンしたい

96 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:55:08 ID:ga+uWYrZ0]
でも氷河期には地続きだったよサハリンとかも

97 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:57:50 ID:UXlCC/2V0]
魏志倭人伝って信用できるの?

98 名前:Ψ [2009/11/11(水) 23:59:15 ID:Kf4O/26K0]
日本史は好きだけど、
当時の中国やローマ帝国と比べたら土人も良いところだよな・・。

99 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/12(木) 00:00:15 ID:Xhcf5jfy0]
>>90
比較するとそっくりだかららしい

前漢書
魏略云、倭在東南大海中、依山鳥為国。

倭人伝
倭人在帯方東南大海中、依山鳥為国邑。

>>91
女帝は珍しくないけど、皇位の正当性争いに女帝を立てて事態を収拾した、って考えは不自然

100 名前:のろま大佐 ◆UmooQG8asU [2009/11/12(木) 00:00:52 ID:RUlRG9jJ0]
>>98
でも人数が少ない戦や
小さな地域の合従の醍醐味もあると思うんだよね

信長の野望シリーズとかは全くその辺りを理解してないけど



101 名前:Ψ [2009/11/12(木) 00:03:55 ID:YZdXfIh20]
>>93
周の伝説がすごいとおっしゃるなら日本の皇室は周王朝の血縁ですよ。
周王朝初代武王の曾祖父である古公亶父には3人の優秀な息子がいました。
中でも末子の季歴が誉れ高く長子・太伯(泰伯)と次子・虞仲(仲雍)はその末子に跡継ぎの座を譲り国を出ました。
そして建国したのが呉です。
季歴は2人の兄を呼び戻そうと使者を送りましたが2人は体に刺青をし帰還を断わりました。
当時の中華世界では刺青は蛮族の証とされていたのです。
魏志倭人伝にも邪馬台国の因習として刺青が描かれていますね。
さて、この呉が越に滅ぼされた紀元前500年頃に日本では様々な中国南部渡来の遺物が発掘されています。
漆椀や鉄器や弩で惨殺された縄文人の遺骨などが出土し環濠集落なる戦乱を思わせる集落も出現しています。
要するに国を負われた呉の人々が日本列島に移住してきた痕跡なのです。
日本から出土する青銅器はなぜか世界でも殷周時代にしか使われていない特殊な鉛成分が同じく含まれているのです。
呉の人々は大切な青銅の宝物を日本列島に移住する際に持ち込んだのでしょうね。
出土する日本の青銅器はそれらの青銅を再利用したので特殊な鉛成分によって由来が明らかとなったわけです。
周は姫姓ですし皇室も同じく姫姓ですしね。

102 名前:Ψ [2009/11/12(木) 00:12:26 ID:509fRCYt0]
かつては現在の中国南部には今で言うタイ人が住んでいた
北方から来た東夷に追われていろんなとこに落ち延びたんだ
>>99
もとの史料が同じなら当たり前


103 名前:Ψ [2009/11/12(木) 00:28:16 ID:Xhcf5jfy0]
>>102
つまりいずれにしろ著者が直接渡航したわけではない

104 名前:Ψ [2009/11/12(木) 00:29:54 ID:PDAeB4qd0]
>>103
直接やった奴より指示した奴、つまり大倉理沙が
一番法律的には罪が重い
大倉理沙受刑者w
刑務所に入る時ってアナルまで調べられるらしいよw

がんばってねーんw

105 名前:Ψ [2009/11/12(木) 00:35:29 ID:mUVA3EBUO]
>>101
中国の歴史書にも書かれてるもんねえ

倭人自ら名乗ったらしいし

106 名前:Ψ [2009/11/12(木) 02:40:40 ID:53p7glJL0]
>>31 訂正
応神天皇の5代前の皇族  → 5代後の皇族

>>89
>>99
皇位の正当性争いに女帝を立てたのは、当面、適当な男系が見当たらないため、
暫定擁立したということ。この場合、卑弥呼の夫(倭人伝で夫はいないといっても
死別した可能性がある。また、天照=卑弥呼の場合、天照には息子がいた)が
皇統であったが、歴代天皇の血筋から離れすぎていたため、纒向で難色が示された。
また、卑弥呼自身も皇族であったと思われる。
その後、男系皇族ということで、卑弥呼の息子が即位したが、血筋が離れ過ぎていたため、
また倭国が収まらず乱れたため、別の皇族の女性、台与が女帝として即位。
台与は纒向の歴代天皇の近い皇族と思われる。つまり、神話の高木神は纒向直系。
卑弥呼の息子はこの台与と結婚し、その息子が後の天皇家へと繋がるということ。
血筋が離れていた継体天皇も、仁賢天皇ら、歴代天皇に連なる妃を迎えることで、
その子孫は後の天皇家へと繋がった。
なお、おいらの考えでは、「台与=神功」、「台与の息子=神武=崇神=応神」である。
初代天皇は応神であるが、功績の大きい応神〜武烈の系統が絶えたために
継体の相続に難色が示され、紛争が起きたため、継体への相続に正当性を与えるため、
応神〜武烈の業績を、架空の天皇・崇神をでっち上げることで、崇神〜応神に移した。
すると、辛酉なんたら説のために神武〜崇神を新たにでっち上げる必要が生じた。
だから、崇神〜応神はリアルだが、神武〜崇神は、神武以外に中身がないわけ。

107 名前:Ψ [2009/11/12(木) 02:48:25 ID:53p7glJL0]
>>106
応神〜武烈が悪く書かれているのはそのためと思われる。

108 名前:Ψ [2009/11/12(木) 02:52:54 ID:9gAmOe8I0]
>>106
つまり、百済と新羅まで打ち破って支配下に置いた(好太王碑文)のはトヨってことですか。

109 名前:Ψ [2009/11/12(木) 02:52:57 ID:53p7glJL0]
>>106
当面、適当な男系が見当たらず、暫定的に女帝を立てる場合、決定者らは、その血統に
皇位が完全に移らないようにしたいはず。
ちょうど、ドイツ分断後、西ドイツ政府が、将来の統一ドイツの首都を再びベルリンにするため、
発展性のない辺鄙なボンを暫定首都にしたようなもの。
ところが、邪馬台国はあなどりがたく、その女帝・卑弥呼の血統が結局、朝廷を掌握すること
になってしまった。
それが神武東征での長髄彦らとの激闘に発展したわけ。

110 名前:Ψ [2009/11/12(木) 03:04:12 ID:zqmp9h1K0]
青森の遺跡見に行った事あるが再現された集会所がヤノマミの家みたいで面白かったな。
土偶とか見ると刺青デフォだったみたいだし日本もあんな感じだったんだろな。



111 名前:Ψ [2009/11/12(木) 03:17:45 ID:53p7glJL0]
>>108
その可能性もあるかもね。

112 名前:Ψ [2009/11/12(木) 13:32:51 ID:Sdd0w2S20]
>>106
それだと東征の話につながらない
神功以前に九州に流されていたことになる

113 名前: [2009/11/12(木) 13:34:26 ID:VKZXqt/A0]
卑弥呼の部屋

今日のお客様は
藤原鎌足さんでございます

114 名前:Ψ [2009/11/12(木) 13:36:40 ID:Wg/MpiKG0]
中国人が蔑称で名付けた倭という言葉を嬉々として使う日本の学者連中は何なのか

115 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/12(木) 16:17:16 ID:Fu/RN0K70]
この前、淡路島で発掘された製鉄工房遺跡は同じ時代だったかな。
160年くらい、延々と製鉄をし続けてたそうだけど、大したもんだね。

製鉄は原料である砂鉄と炭が大量にいる。
淡路島は瀬戸内海航路の途中にあるから、物流面では有利だったのだろうなあ。
出来た鉄製品を運ぶにも船は便利だ。

116 名前:Ψ [2009/11/12(木) 18:05:07 ID:r6ND3k7z0]
>>112
「ID:v2Cyj2lk0」「ID:53p7glJL0」の話を併せて読め。

117 名前:Ψ [2009/11/12(木) 18:19:22 ID:Sdd0w2S20]
畿内説の論調は最近ウリナラっぽい

118 名前:Ψ [2009/11/12(木) 18:31:55 ID:Sdd0w2S20]
>>116
大筋をまとめると皇位継承争いがあり
九州へ落ち延びた皇族が畿内へ逆侵攻した
という仮説になってる

けど神武がトヨ・イヨの息子だとすると
正統なのに九州へ落ち延びてる事になって変
国が治まったはずなのに東征?

119 名前:Ψ [2009/11/12(木) 18:33:47 ID:r6ND3k7z0]
>>118
落ち延びたというのではなく、もともと九州に住んでいた皇族だという仮説だ。

120 名前:Ψ [2009/11/12(木) 18:39:08 ID:YOpijzDH0]
やっぱり、優れた朝鮮の文化を取り入れたんだね。




121 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/12(木) 18:45:10 ID:Sdd0w2S20]
>>119
ああそうか混乱してた
でも、卑弥呼が九州に居たってなってるぞ
東征した神武・応神と、その前の帝である母の神功・トヨも九州から?
重要な天皇はみんな九州から来たの?

まあ全部仮説だけど

122 名前:Ψ [2009/11/12(木) 19:12:18 ID:r6ND3k7z0]
>>121
おまえ、なんか変な奴だなw
あくまでも邪馬台国九州説に立った仮説だと言ってるだろ>>29


123 名前:Ψ [2009/11/12(木) 19:13:47 ID:xgpO2MNj0]
卑弥呼のうんちが見つかったのかね


124 名前:Ψ [2009/11/12(木) 19:23:03 ID:YPvEH8840]
出雲や諏訪なんかの神社の神主たちは、
往時の支配者一族の末裔という理解でいいのか?

125 名前:Ψ [2009/11/12(木) 19:24:09 ID:Sdd0w2S20]
>>122
ヤマトの中枢が畿内って書いてるけど…
邪馬台とヤマトは同政権の地域別時代による差で
魏志にある邪馬台国の時は九州っていいたいの?

126 名前:Ψ [2009/11/12(木) 19:30:54 ID:LW80ekms0]
昔の都とかより、巻向駅をどうにかしろ
せめて複式ホームにするとかしないとどうにもならんわ、便所も臭すぎ

127 名前:Ψ [2009/11/12(木) 19:31:14 ID:r6ND3k7z0]
>>125
アホの相手するの、疲れるわw

128 名前:Ψ [2009/11/12(木) 19:37:55 ID:UF7qNcpj0]
正直どっちでもいいよ

129 名前:Ψ [2009/11/12(木) 19:45:14 ID:Sdd0w2S20]
どっちでもいいが最近妙に畿内説に断定しようとするニュースが多い
でかい館が出た。邪馬台国は畿内に決まったな。
アホかと

130 名前:Ψ [2009/11/12(木) 19:46:36 ID:xgpO2MNj0]
とんこつでも食ってろ



131 名前:Ψ [2009/11/12(木) 21:38:10 ID:+0qMGEyt0]
そもそも、邪馬台国は、中国に朝貢してた中国の属国だから、今の日本のルーツである大和政権に近い存在だと都合が悪い。
だから、邪馬台国を、出来るだけ大和政権から遠い存在にしたいというネトウヨ的思想で、本居宣長がでっち上げたのが九州説。


132 名前:Ψ [2009/11/12(木) 21:52:45 ID:bcJ2u10b0]
卑弥呼ってのは
日本の歴史って言うより
遺跡に過ぎないワケね

133 名前:Ψ [2009/11/13(金) 00:37:40 ID:Fi+PYz2O0]
邪馬台国にはフェラチオはあったのだろうか?

134 名前:Ψ [2009/11/13(金) 00:43:32 ID:FzedQ98A0]
これだけのものを作れるのは列島に昔から居た人々(ヤマトからウリナラによって島根へ追われイズモと名付けられるようになった人々)だろ。
大昔から三内丸山のような大遺跡も作ってきたのだから。

135 名前:Ψ [2009/11/13(金) 00:44:06 ID:jB8rQ+Ub0]
倭国の女たちは、海を渡ってきた朝鮮の立派な男たちに憧れ、進んで身を捧げたのだと思うよ。

136 名前:Ψ [2009/11/13(金) 00:45:10 ID:eNZWdhJg0]
>>101
倭の五王が周王室の姫姓を名乗ってないのは何故?

実際は周王室と全く無関係の東夷族じゃないの
東夷族の倭漢氏みたいに系譜の詐称してるだけじゃん

137 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/13(金) 00:53:04 ID:qr+5oPMu0]
卑弥呼ちゃ〜ん!きゃっきゃっ!!!!

138 名前:Ψ [2009/11/13(金) 00:56:40 ID:eNZWdhJg0]
刺青の習慣はやくざ屋さんが受け継いで、淫司の習慣は宗教団体が受け継いでマス

139 名前:Ψ [2009/11/13(金) 01:02:43 ID:reavf5k20]
230年に三国時代の呉の孫権は倭に遠征してます。
目的は人狩り。
漢末期から三国時代の長引く戦乱で中華世界の人口は極端に減少していました。
孫権としては魏を攻めたくても兵も生産能力も人口減によって深刻な不足状態に陥ってました。
そんな時にとある豪商から「東の海の果てに昔海を渡った呉の人々が迎えの船を待つ国がある」と聞かされました。
孫権はその話に飛びつきました。
「何百年も迎えの船を待つとは哀れなり。余が迎えの船を出してやろう。」と大義名分をかかげ人狩りの船団を組織しました。
呉の大船団が九州にたどり着いた時に戦乱の呉に帰りたくない勢力が反乱を起こしすでに魏と同盟を結んだ邪馬台国軍ともに船団を追い返してしまい遠征は失敗に終わりました。
このように三国時代でも呉から日本へ移住した人々の記憶が残っていたのです。
倭の五王がなぜ姫姓で記録されていないのかはわかりません。
蛮族として倭を描きたかった中華側の思惑で姫姓が史書から削られたのか、はたまた大和朝廷自身が姫姓を封印したのか。
現在の皇室に姓が無いのはもしかしたらそのあたりにヒントが隠されているのかもしれませんね。

140 名前:Ψ [2009/11/13(金) 01:23:57 ID:eNZWdhJg0]
曹丕は淫祠の取り締まりで社会問題を収拾したのに、
卑弥呼ちゃ〜んは淫祠おkでちゅ〜



141 名前:Ψ [2009/11/13(金) 01:39:30 ID:Fi+PYz2O0]
何か凄い妄想を膨らましている人がいるね
おんなじ人?

142 名前:Ψ mailto:sage [2009/11/13(金) 19:20:22 ID:hL6eycxU0]
卑弥呼の館って風俗店があってもいいな

143 名前:Ψ [2009/11/14(土) 13:45:49 ID:NGr0K2cA0]
 

144 名前:Ψ [2009/11/14(土) 13:50:33 ID:RDhGrHwY0]
>>129
九州だと邪馬台国は日本の数ある小国の一つに過ぎないことになってしまう
近畿だと日本政府の起源になるからな・・

邪馬台国自体の価値も九州と近畿とで大きく変わるんじゃないかな?






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