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無口な女の子とやっちゃうエロSS 3回目



1 名前:初のスレ建て [2007/10/01(月) 17:48:19 ID:/aR7sTR+]
無口な女の子をみんなで愛でるスレです。

前スレ
無口な女の子とやっちゃうエロSS 2回目
sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1179104634/

初代スレ
【隅っこ】無口な女の子とやっちゃうエロSS【眼鏡】
sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1155106415/

保管庫
mukuchi.yukigesho.com/

次スレは480KBを超えた時点で有志が立てて下さい。
それでは皆様よろしくですぅ。

439 名前:書く人in携帯 mailto:sage [2007/11/28(水) 23:39:17 ID:qYw9yJVc]
〜 her side 〜
きっ、き、きき、ききき、来たっ!
電話っ!彼からの電話っ!
携帯の振動に、口から心臓飛び出そうなほど私は驚いた。
電話が来ると分かってた癖にこんなに驚いちゃうなんて・・・こんなんでちゃんとお返事出来るだろうか?
迷っている間にも携帯は私を急かす。
で、出なきゃ!早く電話に出なきゃ・・・。
私の震える指は通話ボタンを・・・
「××ちゃん、アカンぜよぉ。携帯きらなぁ」
押し間違えて切ってしまった。
原因は、突然肥をかけてきた大林さん。
せっかくの・・・彼の電話・・・
「・・・どないしたん?」
落ち込んだ私には、答える事も出来なかった。
〜333 side 〜

船木が珍しく気遣うような表情をむけてくる。
ああ、分かってる。分かってるさ。
最近の携帯は、電話帳登録されていれば出る前にかけてきたのが誰か分かる。
そして彼女は俺の番号を登録したと言ってたし、さらに切れたのは着信後。
分かるさ、ああ、わかるとも!これが意味することくらい!
「きっとボタンを押し間違えて・・・」
「・・・昼飯、奢るってやるよ」
船木が俺の肩を叩いた。
グッバイ 初恋

〜her side 〜

「もーしわけなかとです!」
「いいです、もう・・・」
奥の作業室でペコペコと頭を下げる大林さんに私は言う。
大林さんに悪気かあったわけではないのだし・・・
「こうなったらワシが一肌でも二肌でも脱いで何とか・・・」
等とは言うが、失礼な感想かもしれないけれど、この人に何か出来るとは思えない。
黙ってうつ向く私。消極的な拒絶のつもりだったのに、大林さんはそれを肯定と受け取ったようで
「よっしゃ!今からごっつい助っ人呼ぶから期待しててや!」
「そ・・・っ」
そんなのいいです、と言う前に、大林さんはどこかに電話をかけてしまった。
二、三回のコールの後、
「お、船木か?ちょいと相談あるをやけど・・・」

【勝手に人を繋げてみた。続けてください】

440 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/11/29(木) 00:23:03 ID:zUQ51KBB]
GJだけど、船木じゃなくて「木船」みたいですよ。

441 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/11/29(木) 00:38:14 ID:8exoIARS]
ついでにいうなら、
さすがに肥をかけられたら、誰だってびっくりするわさ。

参加したいんだけど、入りどころが掴めない。
リレーって難しいですね。

442 名前:書く人 mailto:sage [2007/11/29(木) 00:43:32 ID:kT5AoCit]
ごめん、巣で間違えた。
脳ない変換でお願いします

443 名前:〜 her side 〜 mailto:sage [2007/11/29(木) 09:34:50 ID:zGBQDspN]
これは>>333がピンチだ
さてさて、どうやって救ってやろうかな


>>441
妄想の思いつくままにどうぞw
たまには このような遊びも面白いものですよ

444 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/11/29(木) 19:40:22 ID:pf4+5fxt]
>>333 side 〜

 真っ暗闇になった世界の中、木船の胸元から場違いに明るい着メロが流れてきた。
「……あー、悪いな」
 苦笑を浮かべながら木船が携帯を取り出すのを、何となくぼーっと眺めてみる。
 ……てか、どうでも、いいんだけどさ。
 あー、告白しただけじゃなくて無理矢理キスしたってのが、悪かったんだろうなぁ……。
 俺って、なんて最低なんだろ。
「……おう、叔父貴、なんのようじゃい? ……変な言葉遣いはおめえのまねじゃけえ、ま、冗談はさておき」
 一瞬、聞こえてきた声が理解できなくて、視線を木船に向け直す。
 にやっと笑った木船が、そのまま携帯に答えを返していく。
「ああ、ふん……へぇ、面白い偶然だな…………ってマジ? ホントに。いや、実はさこっちも似たような状態でさ」
 ……なんかわからないが、俺のことを話題にしてるような気がして、木船をじろりと睨み付ける。
 けど、俺のことなんか無視して、木船はそのまま電話に没頭する。
「で、名前は? ……いや、そんな偶然あるのかってビビっただけ。……んじゃ、また後でかけ直すわ」
「……楽しそうだな」
 睨み付けながらぼそりと呟いた瞬間、にやりともう一度笑いかけてくる。
「ああ、人生色々って奴だからな。あ、そうそう、昼飯奢るって言ったけど、アレ無しな」
「あ?」
「思いっきり宴会するぞ。俺の叔父貴がさ、奢ってくれるってよ」
 なんでいきなりそうなるんだ?
 ……と目で問いかけるけど、木船はにやにや笑うだけで答えようとしなくて。
「……へぇへぇ、どうせ失恋してんだから、やけ酒でもかっくらってやるよ」
 ふかい溜息を吐きながら、それでも木船なりの気の使い方に、少しだけ苦笑を浮かべた。

445 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/11/30(金) 00:32:50 ID:5taRYs5x]
彼側と彼女側に分けた描写がこんなに面白い効果を生むと誰が予測し得ただろうか。
GJですよ皆様。

446 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/11/30(金) 18:23:24 ID:zVMWkzlK]
GJでございます
続きwktk

447 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/11/30(金) 20:23:25 ID:X++4Y4Wo]
せんせー、そろそろリレー以外の作品も食べたいです……






ワガママいってスマソ



448 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/11/30(金) 20:44:03 ID:Qzwjlkcj]
読みたいなら、let's自給自足!待ってるぜ!
ただ、俺としてはまだまだリレーにはwktkしっぱなしだが

449 名前:名無しさん@ピンキー [2007/11/30(金) 21:01:40 ID:Rq+g8k+E]
保管が見れないorz
消えたのか?

450 名前:333 mailto:sage [2007/12/01(土) 01:00:07 ID:EJwsUNu9]
皆様リレーご苦労様です。癒されております。
最近は、会う機会も少し取れたりでそこそこいい感じです。

自分の一言へのレスが無かったら、メアドすら知ろうとしなかった俺なんで
本当に皆ありがとう。感謝してる。

正直リレーもここまで続くと思わなかったしな


とにかく本当にありがとう。空気?何それ?おいしい?

451 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/01(土) 01:35:17 ID:1WNqiVM6]
>>450
なにはともあれ良かったですな。
これからも、進展あったら報告頼む。
がんばれよ〜

452 名前:さぁラストスパートですよ!! mailto:sage [2007/12/01(土) 09:51:57 ID:vX1g5Dez]
>>444


着いた店は、まぁ、なかなか良さそうな所だった。
「さてと、叔父貴はもう来てるかな〜」
木船は店内をキョロキョロ見渡して、
「お、居た居た、ほらいくよ」
店の奥のほうに進んでいく、俺は連れられていくままに、
「おー、やっと来おったか」
どこか人の良さを感じさせる声と、
「……え?>>333君?」
彼女の声に出迎えられ……って、
「……え?なんでここに?」
「……私は連れられて来たの」
その言葉を聞き、思わず二人の方へ振り替えれば、無言でニヤニヤしている様子が目に入った。
……謀ったな、あいつら
そう思うも、自分の頬がなぜか緩んでいくのを感じる。
「ま、早くパァーッと始めよ」
唐突に木船がそういって、たった四人だけの宴会が始まった。


《頑張れー、あともう少しだ》

453 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/01(土) 10:42:24 ID:1WNqiVM6]
>>452


〜 her side 〜
「……えと、その」
 目の前に座る>>333君に、私は何も言うことが出来ない。
 だって、振られたって思ってたのに。けど、彼は恥ずかしそうで照れ臭そうな、だけどどこか嬉しそうな笑顔浮かべてくれてるから。
 だから、私もなんとか微笑む事が、出来て。
「あ〜、さっきはゴメン。変な時間に電話して……」「いえ、嬉しかったです。……私こそ、操作ミスで出れなくて、そのごめんなさい」
「はぁああ〜〜〜〜」
 そう言った瞬間、彼が思いきり溜息を吐いて、思わずびくって肩が震えた。
 だって、怒ってるんじゃないかって、思ったから。
「よかったぁ〜〜、その、俺 嫌われてんじゃないかって思ったからさ」
「そそそそっ! そんなこと無いですっ! ……ぁ」
 彼の言葉を思い切り否定して、それがその告白の答えになってることに気付いて。
 私は顔が熱くなるのを感じた。
 けれど、その言葉を取り消すことは出来なく――うぅん、したくないから。
「私も……、>>333君と会えて嬉しいです」
 素直に思ったことを口に出来た。
 きっと顔が真っ赤になってると思う。それだけじゃなくて、きっと耳まで赤くなってるはず。
 だけど、いい。
 だって、目の前の>>333君が笑ってくれているから。
「ちっ、良い雰囲気出しやがって、手前ぇにゃもったいなさ過ぎるお嬢さんじゃないかよ」
 いきなり、>>333君が思い切り頭をがくんって倒した。
 うぅん、木船さん――だったっけ、女の人みたいに見える男の人に、思い切り頭を叩かれたんだ。
「って、いきなり何しやがる!」
 そんな木船さんに、彼が怒ったような表情を向ける。
 けど、それはどこか楽しげで、楽しそうにしている彼を見るのが、私も楽しい。
「まぁ、ええやないか。まずは乾杯からせにゃならんでの。ぶちようけのむっぺよ」
「……はい」
 私の隣に、半分くらい間を空けて座る大林さんが、いつもの口調で喋って。
 みんなの前にビールの中ジョッキが置かれて、私の前にはチョコレート色の変わった飲み物が出てきた。
 大林さんの選んだソレはいわゆるカクテルと言う物らしい。
 甘めで飲みやすいのを選んだからって、言われて押し切られたんだけど、 ……私、お酒飲むの初めてなんだよね。
「ま、若いカップルの前途を祝して」
「……あの、大林さん、恥ずかしい、です」
「えと、それはちょっと、まだ……」
「るっさい、アホ介。お前はだぁってろ。ってことで××さんどうぞ」
 木船さんが楽しげに笑って行ってくれたことの意味を理解して。
 私はカクテルの入ったコップを持ち上げた。
「……乾杯」
 かんぱいとみんなが口々に言うのを聞きながら、私はこくんっと生まれて初めてアルコールを口にした。

【続き、がんばれー。エロは自分が書きたいなぁと言ってみたり】

454 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/01(土) 10:46:34 ID:1WNqiVM6]
ってことで、三回目まとめ、行きます
一回目 >>369
二回目 >>428-429

>>438
>>436-439
>>444
>>452-453

てか、いい年こいたオスなのに、男子一人称より女子一人称の方が書きやすいのは何でだろ?

455 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/01(土) 21:32:57 ID:oNXFPa2Y]
>>454
乙にしてGJです。

>エロは自分が書きたいなぁ
>女子一人称の方が書きやすい
つまり女性視点でエロを書きたいということか。

456 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 00:14:16 ID:2+niv/q+]
>>453

――his side――
結果から言おう。
あの二人は早々に「あとは二人で〜」と言って去り、
残された俺と彼女は楽しく談笑しながら飲んでいたのだが……
「……………」
「あー……大丈夫?」
「……え、あ、大丈夫」
彼女はどうやらお酒を飲むのが初めてらしく、ペースが飲むわからなかったのか、
すでに顔は真っ赤で、言葉は微妙に呂律が回っておらず、おまけに反応が鈍い。
「えーっと、そろそろ行こうか」
「……………あ、はい、わかりました」
ちなみに、俺はかなり酒に強いほうなので、これぐらいではなんともない。
会計に行こうと、立ち上げる。それに合わせるように、彼女も立ち上げったが
「…………あれ?」
そう言って、ふらついた足取りで後ろに倒れそうになる。
「わっ!!ちょっと待った」
咄嗟に、彼女の方に行き、支える。
「………………すみません」
「良いって別に」
彼女を支えたまま、会計を済ませ、店を出る。かなり長居をしていたらしく、
日が早く沈むようになった空は、すでに紫色で、月が見えていた。






《なんか限界、眠いから寝るよあとは任せた》

457 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 01:04:57 ID:e/i5kVy4]
〜 her side 〜
せかいがぐるぐるまわっている。
うん。
だいじょうぶ。わたしも同時にまわってればだいじょうぶ。
でもあまりまわっちゃうとめが回る。
そうだ。
ぎゅっとすればいいんだ。

いいにおい。
汗と整髪料のいいにおいがする。
ぎゅうっ、と腕をだきしめると、そのにおいはもっと大きくなる。
腕はちょっと太くて、筋肉質で、わたしの腕とは大違いだ。
やっぱり男の人の腕って、すごいんだ。
うまれてはじめておとこの人の腕に抱きついて、その感触はとてもすごくステキだ。

耳元で>>333君がなにか言ってきている。
ステキ。ステキ。>>333君の息の温かさとか、耳をジンジンとしびれさせるような響きとか、
その高くも低くもない音程とか。なにをいってるかわかんないけど、すごくステキ。
抱きついている>>333君の腕と触れている皮膚の裏側あたりがなんだか甘痒くうずいてきてしまう。

あれ?
ここ、どこだっけ?
ちょっと寒い。
>>333君の腕はあったかい。
体もあったかい。
だからぎゅうう、と、もっと強く抱きしめる。
当たってるおっぱいが「くにょん」と歪んじゃうくらい強く。

ふらふらしちゃいそうなわたしを、>>333君はしっかりと支えながらあるかせてくれている。
ステキ。こんなふうに、べたべたいちゃいちゃしながら街を歩くカップルを「バカみたい」と思ってたけど。
わたしは間違ってた。
それはすごくステキで、嬉しくて、楽しくてシアワセなことなんだ。うん。
ろれつの回らない言葉で>>333君にそれを伝えたのだけど、わかってくれたかな?

なんだか色とりどりのネオンが目に映っている。
世界がふわふわしてるから気がつかなかった。
隣でわたしを支えてくれている>>333君がなんだかちょっと無口になってるみたい。
――ダメなのかな。
わたしが地味でつまんない女だから、>>333君はそんなふうにつまんなくなっちゃうのかな。
そう考えると、なんだか泣きたい気持ちになってしまう。>>333君にはシアワセになってほしい。
>>333君みたいなステキな男の人は、いつでもシアワセで楽しい気持ちになっていて欲しい。
でも、わたしじゃダメなのかもしれない。

気がついたらわたしは、
「……わたしじゃ…ダメなのかな」
彼の耳元でそうささやいていた。







【続きは頼んだぜ兄弟】



458 名前:書く人 mailto:sage [2007/12/02(日) 09:33:43 ID:jR1yhCZx]
>>333 side 〜

「ふふ……」
 頬笑みながら、彼女が回る。
 クルクルと舞うように、冬の夜風にスカートを乗せて、妖精のように…。
 ……と、表現すれば可愛いものの、客観的に言わせてもらえば完全に酔っ払いだ。
「つか、何で回るんだ?」
「…世界が…回ってるもの。だから…私も……」
 うん、やっぱり酔っぱらっている。
 酔っぱらった彼女はしばらく回っていたが、やがて三半規管に限界が来たらしい。足がもつれる。
「おっと…」
 俺は手をのばして彼女の手を取って引張る。反動で彼女の体がこちらに向かってくる。
 受けとめた感触は羽毛のように柔らかく軽く、しかし確かな実体と質量を俺に与えた。
「大丈夫?」
 店を出てから何度目かの質問。彼女は惚けたようにこちらを見て頷く。
 酔っ払ってはいるもののとりあえず大丈夫そうなので、歩きはじめる。
 彼女は今度は回らなかった。代わりに、俺の腕を抱きしめるようにしてきた。
 正直助かる。いつ転ぶかハラハラして見ずに済むし……それに、暖かい。
 錯覚なのだとは思う。冬の寒さによる熱の略奪を防いでくれる厚手の生地は、同時に俺と彼女の間に厳然と存在して熱の交換を妨げる。
 けれども腕に感じる彼女の体の柔らかさは温もりを錯覚させる。それは錯覚だが、彼女と言う温かい存在を確かに俺に伝える。
 そう……彼女は今、俺の隣にいる。
 彼女の体の柔らかい感触も、冬の空気に混ざる甘い香りも、確かに今、俺の隣にいる彼女の存在を伝えてくれる。
 感動だった。そうとしか表現する言葉を知らなかった。
 人間は生まれた時は興奮と沈静の二種類しかない。それが快不快、喜怒哀楽と分化していき、一つ一つがラベリングされていくことで感情が形成される。
 感情が動いた。それは俺が今まで知らなかった類のもので、快いもので、喜楽に属するものだ。
「……××」
 何か言おうとして、初めて感じた感情は、彼女の名前という形で口を零れた。
 彼女は何も答えなかった。声は小さかったし、彼女も意識が朦朧としていたのだろう。
 理性ではそう分かっていても、胸が締め付けられるような切なさを感じる。
 ……俺ってばこんなに乙女チックだったのか?
 自分のポエマーっぷりに呆れていると、声への答えだとしたら時間差付きの反応が来た。
 俺の腕を抱きしめる力が増す。
 彼女の柔らかな感触が、よりはっきりと腕に伝わってきた。特に胸とかが「くにょん」と。
「…っ、××?」
「あったかい……」
 うろたえる俺に、安心し切ったように彼女は俺に体重を預けながら呟く。
 その信頼と、感じるはずのない体温を感じるという錯覚の共有を、俺は嬉しく思った。
「すてき…」
「ん?」
「間違いだよ、私…。ばかみたいなことじゃ間違えだもん…。
 だって幸せで、うれしくて、たのしくて、幸せなこと」
 酔っぱらっている彼女の言葉は文法が間違っていて、単語が重複していて、呂列が回っていなかった。
 けれど、確実に分かったことがある。彼女は今、幸せを感じている。そしてその理由は俺にある。
「ああ…」
 俺が言ったのは感嘆だったのだろうか返答だったのだろうか?自分でもわからなかったが、言葉の理由は俺も幸せを感じたからだった。
 不意に目が、アンバランスなクリスマスカラーのイルミネーションが巻きつけられた看板を捉えた。
『休憩一時間―――』
 ラブホテル、という類のものだ。

459 名前:書く人 mailto:sage [2007/12/02(日) 09:35:19 ID:jR1yhCZx]
 満たされていた幸福感を、稲妻のように切り裂いて衝動が突き抜けた。
 性欲だ。腕に感じる彼女の感触が、急に生々しいものに感じられた。幾重もの布切れ越し感じる、やわらかな肉。異性の体。
「……わたしじゃ…ダメなのかな」
 耳元で声がして、はっとした。潤んだ彼女の瞳が、俺をとらえていた。
>>333くん、しゃべんなくて…私が地味でつまんない女だから、シアワセじゃないんだよね?
 私が……>>333君が私でシアワセになってほしいのに…」
 目の潤みが、涙になって零れる。
 めまいがしてきた。世界が回り、自分の脈動が聞こえる。
『食っちまえ』
 脳裏に響いた声は、木船が去り際に言った冗談の記憶か俺の本能の誘惑か?
「…何でもするよ?どうすればいいの?私の全部をあげるよ?それでシアワセになれない?>>333君はシアワセになれない?」
 耳朶を震わせる声は、彼女の誘惑か俺の都合のいい妄想か?
 ああ、俺は酔ってる。何に?アルコールにか?彼女にか?性欲にか?ラブホの前でこんなことを言われているという状況にか?
 ぐるぐると回る思考の中で……俺は……

「………駄目だよ」

〜 her side 〜
 抱きしめられて、告げられた。
「………駄目だよ」
 ああ…やっぱり私じゃ駄目なのか…かなしいな。
「そうじゃない!」
 じゃあ、どう駄目なの?
「どうって…ま、まだ再会して間もないし…
 酔っぱらってる所をなんて卑怯だと思うし…
 まだ君の気持をしっかり聞いてないから」
 気持ち?どういうことだろう。私は…
 あ、そうか。私、言ってなかったっけ?
 彼に言ってなかったっけ?
 うん、好きだって言ってないや。
 恥しいな…。けど言おう。いいや、言っちゃおう。
 地味な私だけど、今は酔っぱらってるもの。酔っ払ってていつもと違うもの。
 いつもと違う私だから、いつもと違うことをしちゃうもん
「大好き」
 ああ、気持ちいい。ぎゅっと縮こまっていた心が広がるみたい。
>>333くんのこと…大好き。好きなの。私だってずっと好きだったの。
 腕が好きだし、たくましいし、ハンカチでエッチな気持ちになっちゃうくらい好きだよ?」
「え、えっち…って」
 うん?何か変なこと言ったかな?地雷原かな?けどいい。もっと言おう。
「大好き…私、>>333くんのこと、好き…で…」

460 名前:書く人 mailto:sage [2007/12/02(日) 09:37:40 ID:jR1yhCZx]
>>333 side 〜
 突然に、言葉が途切れてから一分ほど経って、俺はようやく気付いた。
「……××?」
 声を掛けても、戻ってくるのは一定間隔の呼吸のみ。寝てしまったようだ。
「はぁぁぁ…」
 その場に崩れ落ちてしまいそうな脱力感。
 ああ、やっぱり酔っぱらってたんだな、それもひどく。
 勢いに任せてここに連れ込まなくて良かった。
 たぶん、この状況で行為に至っても、彼女はきっと許してくれるだろう。けれど、俺自身がきっと許せなかったはずだ。
「好き…か」
 改めて確認して心が温かくなる。
>>333くんのこと…大好き。好きなの。私だってずっと好きだったの。
 腕が好きだし、たくましいし、ハンカチでエッチな気持ちになっちゃうくらい好きだよ?』
 胸中でリフレインして、確信する。
 想いが通じた、と。
 ……まあ、なんだかめちゃくちゃ爆弾発言が紛れ込んでいる気がしないでもないが…それでも、
「両想い、か」
 顔がニヤける。好きな人に、好きになってもらえる。そんなありふれた、けれど最高の奇跡。
「けど……だとしたらちょっともったいなかったかな」
 緊張感が抜けた所に、ちょっと魔が差してきた。
 が、一蹴する。焦ることはない。
 彼女と、これからゆっくりと時間を共有していこう。彼女と着実に時間と、思い出と、絆を積み重ねて……そして……
「とりあえず、タクシーだな」
 俺は彼女を支えながら、大通りの方に歩きだした。

【長文失礼。あえて寸止め。酔った勢いはいけません。
 リアル>>333がんばってください。応援してます】

461 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 09:47:44 ID:HaS0x5j4]
なにはともあれGJ
「そんなありふれた、けれど最高の奇跡」なんて良いフレーズだよなぁ。
お見事でした。

462 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 09:56:25 ID:FEBex1Kd]
読み終わった今の顔は誰にも見られたくないなぁ
ニヤニヤしてるからw

463 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 10:41:14 ID:FEBex1Kd]
彼女を自宅まで送り届け、家族に託して家路につく。
ふう……意識はしっかりしている。
まだ酔っているはずだけど、胸の奥深いところから何かが湧き出てくる。
興奮、感動、焦燥?
自分でも正体がわからずに自分の気持ちを持て余す。
落ち着けよ俺。

部屋に入って、ベッドに転がっても気持ちは落ち着かない。
こういうときはクールに一本抜いて……とも考えたが、分身は静かに眠ったようだ。
ピクリともしない。
動物的本能よりも、人として恋が成就した興奮のほうが強いと言うのか……

彼女が、好きだっていってくれた……ずっと好きだったって……。
俺も……好きだった。 あの頃も、そして今も。
俺の中から湧き上がってくるこいつは……喜びか?
ああ、そうか。 俺は嬉しいんだ。
彼女と、想いは繋がっていたことが。
中学生だった あの頃、自分の恋心を伝えることすら出来ずに時間は流れてしまった。
あれから10年。
お互いに成長し、経験を積み、再会出来たことはきっと只の偶然じゃない。
俺と彼女が自分に素直になって想いを伝えあうことが出来るようになるまでに必要だった時間なんだ。

俺は……彼女が好きだ。
一眠りして目が覚めたら、彼女に会いに行こう。
そしてもう一度、彼女に想いを伝えよう。
今度は、他人の手も酒の勢いも借りずに。
自分の言葉で、自分の想いを 彼女に伝えよう。

自分自身の気持ちに整理がついたせいか、少し落ち着いてきた。
落ち着いたとたんに本能が鎌首を持ち上げてくる。
現金な奴だ。
自らの本能と熱く格闘した俺は心地好さの中で眠りに落ちていった。



【クライマックスに向けてラストスパートだw  ラストは盛り上げようぜ!!!】

464 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 23:11:55 ID:HaS0x5j4]
>>333 side 〜
「えと、本当に良いのか?」
「うん……」
 俺は自分の部屋に上げた彼女を見詰めながら、へたれてしまう自分に活を入れる。
「……ずっと好きだったから。……もう、止まらないから」
 彼女の声に、俺は小さく頷いて見せる。
 どくんどくんとやかましい音が響く中。
 どうしてこうなったかを思い出していた。


 今日も講義を受けに出てきた俺の周りは、あっという間に男友達で占められていた。
 むろん、原因は言うまでもなく昨日のことをあっさりと言いふらしまくった木船だ。
 元々、ダチとバカやってることが多い俺だけど、その手の話題は全くなくて――というか、俺のダチは大抵そう言う奴で木船が変わってるだけだけど――だから嫉妬混じりの祝福でもみくちゃにされてしまった。
 単純に言えばそれだけのこと。
 ……だったんだが。
 昼飯時、学食に行こうとした俺の携帯がいきなり鳴って、彼女から電話が入ったんだ。
 木船と大林さんに謀られて校門前に来ていたらしい。
 ――しかも、手作り弁当を携えて。
 正直、ダチ連中からの殺意を受けながら――無論、木船が冗談半分で広めたからだ――俺は彼女と合流して、そのままふける事にした。
 何でかって言えば、かなり身の危険を感じたからだ。
 ……なんせ、わざわざ校門までついてきて、彼女と俺の周りを取り巻いてくれたんだから。
 しかも、彼女に不躾な質問までし始めたんだから、逃げる以外に彼女を護る手段が無かったわけだ。
 で、そのままデートにかこつけて、夕食時になったから送っていこうと思ったんだ。
 その時に、彼女が俺の家を見たいって言い出したってだけの話し。
 だけど、本当は気付くべきだったんだ。
 彼女が、そのつもりでいることを。


「俺、……俺さ」
 何の変哲もない、家具らしい家具もない俺の部屋。
 なのに、ただ彼女がいてくれるだけで、きっと一流ホテルでさえ敵わないほどの雰囲気に包まれた部屋で、俺は目の前に立っている彼女を見詰める。
 彼女は顔を赤くしたまま、ただこっちをじっと見詰めてくる。
 その様子に、胸の奥が熱くなる。
 昨夜の事を、全部覚えてるって彼女は言った。
 とても恥ずかしくて、思い出すと顔から火が出ちゃいそうだとも言った。
 そして、彼女が向けてきた言葉に、俺はまだ、答えが出せない。
 いや、答えはとっくに決まってる。だけど、その先を口に出来ない。
 どこまでヘタレなんだろうか、俺は。
「あの、さ」
 彼女は何も言わずにただ見詰めてくる。待ってくれている。
 だから、俺は顔をしっかりと上げて、いきなり自分の頬を軽くはたいた。
「?」
 驚いたように目を丸くする彼女に笑いかけて、俺は深呼吸をして彼女を見詰める。
「俺もさ、××の……、君のことがずっと好きだった。君が初恋で、言葉をかけることも出来なくて結局、終わるはずだったんだと思う」
 呟きながら、一歩だけ前に踏み出して。
「好きだ。君のことを誰よりも何よりも好きで、大切にしたい。そう思ってる」
「……じゃぁ、なんで昨夜は?」
 顔を赤らめた彼女が、じっとこちらを見詰めてくる。
 その真剣な眼差しに、答えるために、数度深呼吸した。
「だってさ、酔っぱらった女の子に手を出すなんて、男として最低だからな。そりゃ、据え膳食わぬは男の恥って言う奴もいると思うけど……、好きな女性だからこそ、そんな事したくなかったんだ」
 言いながら、更に一歩を詰めて、俺は彼女を抱きしめていた。
 彼女も俺の背中に腕を回して抱きついてきて。
 気がつけば、そのままキスを交わしていた。

465 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 23:12:38 ID:HaS0x5j4]
〜 her side 〜
 キス、してる。
 唐突に奪われたんじゃなくて、一方的に押しつけたのでもなくて、きちんとお互いのことを思いながら、キスしてる。
 時々、こすりつけるようにされると、ぞくって背筋が粟立って胸の奥が暖かくなってくる。
 ……悪戯心を起こして、私は彼の唇に舌を這わせた。
 んっ、と彼が困ったような表情を浮かべながら私を受け入れてくれる。
 同じように舌を出して、私の唇を舐めてくれた。
 それだけの事で、口から生まれた痺れが、背中を通ってお腹の奥に響いて来た。
 いけないって思うよりも早く、じゅんっと液体が湧く感触を覚えた。
 彼の唇をこじ開けて、舌を差し込む。
 彼も同じようにしてくれて。
 普通なら他の人が触れるはずもない場所を預けていることが、預けられていることが嬉しくて心地よくて…………気持ちよくて。
 液体が漏れていくのを抑えられない。
「んっ……ぷはっ」
 彼が私から唇を離して、少しだけ困ったような表情を浮かべる。
「あの、さ。今日はこれからどっか出掛けようか? ゆっくりと歩くだけでも良いんだけどさ」
「……いや、です」
 彼の言いたいことが理解できたから。
 私はしっかりと首を振った。
 だって、決めてたから。彼へ向ける思いをこれからもずっと忘れないために。
 初恋……うぅん、違う。
 同じ人に、抱いた二度目の恋を、終わらせないために。
 私は彼の目を見詰める。
 その瞳に、映り込んでる私の顔は真剣と言うより、……どこかはしたなく見えたけど、ソレだって構わない。
 だって、こんな顔を見せるのは、彼にだけ。
 >>333君にだけだから。
「最後まで、して欲しいです。……抱いて、欲しいです」
 彼がじっとこちらを見詰めたまま、一歩下がる。
 抱擁がなくなるのが寂しいけど、それが拒絶じゃないって解ってたから。
 私はただ微笑んで見せた。
「今まで、大好きでいたから。今もずっと大好きだから。これからも大好きでいたいから」
 だから、と。
 彼に微笑みを向けたまま、私はまだ羽織ったままだったコートを脱いで、そのままぱさりと床に落とした。
「えと、本当に良いのか?」
 彼の戸惑いを乗せた言葉に頷いてみせる。
「うん……、ずっと好きだったから。……もう、止まらないから」
 決心を込めて来たんだから。受け止めて欲しいから。
 ……好きな人が好きでいてくれるって解って、もうこの想いは止まらなくて、止めようとも思えなくて。
「それとも、私って、魅力ない……かな?」
「そんなこと無いっ!」
 思わず呟いた卑下の言葉に、彼が慌てて否定してくれる。
 ……ソレを望んでいた自分に、っていうより女の性にすこしだけ嫌気がさすけど、彼は受け止めてくれた。
 今はそれだけが真実で、私は彼の返事を待たずにブラウスのボタンを一つ一つ外しはじめた。

466 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 23:13:21 ID:HaS0x5j4]
>>333 side 〜
 もう、止められなかった。
 彼女が、あの引っ込み思案で恥ずかしがり屋だった彼女が、自分から俺のために服を脱いでいく。
 その光景は生唾物だった。
 図書館の司書をしているだけあって、日焼けとは全く縁がなさそうな抜けるような白い肌が、露わになる。
 ……黒いレースの下着がやけに扇情的で、掌に少し余るくらいの胸は、きっと平均より少し大きいものだと思う。
「……>>333君も、脱いで欲しい……な」
 伏し目がちになりながら彼女が呟く。
「あ、ああ」
 慌てて服を脱ぎながら、俺は、少しだけ不埒な想像をしてしまった。
 自分から求めてくる彼女。
 眼鏡で解りづらいけど、きっと誰よりも綺麗な彼女の事だから、今までに誰かと付き合ったことがあるかも知れない。
 ホックの外れたスカートが、ぱさりと彼女の足下に落ちた。
 ごくんっと大きな音と共に、思わず唾を飲み込んでしまう。
 ……黒い下着だから解りづらいけど、彼女の中心部分が色ずんで、……きっと濡れてるって解ってしまったから。
 俺も慌てて服を脱いで、下着になった時点で動きが止まってしまう。
 もう上を向いて固まっていたから。
 それが恥ずかしくて、だけど隠すことは出来なくて。
 俺は彼女と向き合う。
「……その、私、ハジメテだから……」
 頬を赤らめる彼女に、どくんって体の奥から音が響く。
 ハジメテなのに、自分から求めてきた彼女。
 それがどれだけ恥ずかしくて、勇気がいることなのか解ったから。
「俺も、はじめてなんだ。だから、変なことしたら、ごめん」
 呟きながら手を伸ばして、彼女を引き寄せた。
 そのまま背中と膝裏に腕を回して抱き上げる。
「いいよ……貴方になら、なにをされても、いい」
 胸が震えるってこんな時のことを言うんだろうなって、そう思える。
 けど、その気持ちを言葉に代えることが出来なくて、俺はただ彼女に口づけて、そのままベッドまで移動する。
 優しく彼女をベッドに寝かせて、笑いかける。
 すこしでも彼女が安心するように。
 そして、俺は彼女に覆い被さった。

467 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 23:19:19 ID:HaS0x5j4]
〜 her side 〜
 月明かりの差し込む部屋の中。
 私は彼の腕を枕にして、一人顔を赤らめていた。
 思い出すだけで、恥ずかしくなってくる。
 彼の手の動き一つ一つに自分でも思っても見なかったくらいに気持ちよくなって、はしたない喘ぎ声を上げてしまった。
 彼が入ってきたとき、あまりの痛さに涙を見せて彼に心配させた。
 必死で彼にしがみついたときに、彼の背中に爪を立ててしまった。
 ……なのに、少しの間彼に小突かれただけで、痛みより快感を覚えてしまった。
 最後に、彼が達するときに、後先考えずに中に出してとねだってしまった。
 全部、恥ずかしすぎて、穴があったら入るんじゃなくてそのまま埋められてしまいたい。
 そう思うくらいに恥ずかしい。
「……好きだよ」
 彼の寝顔を見ながら、私はそっと舌の上に言葉を載せる。
 彼の事が何よりも愛おしい。
 彼が側にいてくれると思うと、叫び出したいくらいの嬉しさが込み上げてくる。
 きっと、人を好きなるって、こういう事なんだと思う。
 側にいてくれるのが嬉しい。
 側にいられるのが嬉しい。
 お互いを必要と思いあえることが、何よりも嬉しいから、誰かを好きなるんだって。
「……最期まで、いっしょにいようね」
 小さく呟いて。
 私は彼の頬にそっと口づけた。



468 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 23:20:01 ID:HaS0x5j4]
>>333 side 〜
「ん……」
 なんだか、くすぐったさを覚えて俺は目を覚ます。
 窓から見える白々あけの空に、そんなに寝てたのかと思って首を傾げた。
 なんだか寝過ぎで余計眠くなってる気がして。
 ついでに昨夜は結局晩飯を食ってなかったような気がしたから。
「す〜す〜」
 いきなり隣から寝息が聞こえて。一瞬口から心臓が飛び出しそうになった。
 慌てて視線をそちらに向けて。
 昨夜の彼女との甘い一時が一気に蘇る。
「……俺」
 気持ちよさとかは、基本的にどうでも良かった。
 体だけの気持ちよさを言うなら、自分の手でこすってる方が気持ちいいとかって気がしたから。
 けど、痛みに耐えて必死にしがみついてくる彼女の様子が。
 幾度か動いていると痛みよりも快感を覚えているらしい彼女の様子が。
 なにより、大好きな、……愛しい人と快楽を分かち合えたと言う事実が。
 体だけの快感の幾数倍もの気持ちよさを感じたから。
 愛らしい寝息を立てる彼女をみながら思う。
 これからも、ずっと彼女といられるだろうかと。
「何、大丈夫さ」
 そんな僅かな不安とも呼べない想いに、苦笑を浮かべる。
 だって、俺は彼女に二度も恋をしたんだ。
 幼くて諦めただけの初恋と、ソレよりも遙かに強い二度目の恋。
 きっと、これからすれ違いはきっとある。
 俺も彼女も、生きているんだ。
 想いがずれるときもあるし、好きだから余計にお互いの些細なことが許せなくなるときが来るかも知れない。
 だけど、きっと大丈夫。
 もしその時、二度目の恋が終わっても、きっと俺は彼女にまた恋をするに決まってる。
 言葉が足りなくて傷つけるかも知れない。
 彼女を想うからこそ、傷つくことがあるかも知れない。
 けれど、俺は彼女を大切に想う。
 思い続ける。
 きっと、そんな想いが、恋情よりもずっとつよくて大きな愛情なんだ。
「……××、愛してる」
 呟きながら、俺は彼女の頬にそっとキスをした。


 We hope that >>333 are happyend

 The End

469 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 23:25:57 ID:HaS0x5j4]
長文且つ僭越ながら幕を引かせて頂きました。ごめんなさい。
>>333の前途が幸せであることを心から祈っております。

最終まとめ
一回目 >>369
二回目 >>428-429
三回目 >>454
>>456-460
>>463-468

470 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/02(日) 23:35:49 ID:bnaXx4dE]
最高GJ
なんか終わってしまうとなるともったいない気がするな

471 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/03(月) 00:13:27 ID:dDkM/qIu]
>>469
ナイスフォロー
そしてGJ!!

延々と耳元で小一時間GJ!!


472 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/03(月) 00:49:17 ID:x/HVO0F9]
この2週間足らずの間にずっとssを書いてくれた職人達全てにGJ!!!!!
そして願わくば>>333の恋が実りますように。

473 名前:名無しさん@ピンキー mailto:age [2007/12/03(月) 03:28:52 ID:xIrHSG4h]
>>469何かもう感情ごちゃまぜだ・・・
まずはありがとう。理想の純愛ENDだな。
本当にきれいな終わり方だな。ラストがあなたでよかった。

そしてこのスレで力を合わせて書き上げた、最高の純愛【無口】作品に乾杯!!!



そして>>333にこのSSが幸せをもたらす事、幸せな未来がある事を心から祈ってる。

474 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/03(月) 07:27:30 ID:U72VY0ir]
全て参加者と住人にGJ
面白い遊びだったよ

475 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/03(月) 07:31:27 ID:xWGvDfHl]
ああ、もうGJすぎる

そんな作品にGJしか言葉を送れない自分がふがいない
仕方ないので心の底からのGJで伝えさせてほしい

GJ!!

476 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/03(月) 15:30:29 ID:6HE/Yy1C]
みんな本当に無口娘を愛してるんだな……
そうでなかったら、こんな風にリレーが最後まで続くはずがない。
そもそも友達同士でさえ、リレー小説はたいてい途中で止まるのに!

完走萌えでとう! 書いたみんなにスーパーGJ!!!

477 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/03(月) 16:49:05 ID:HyKdcxk1]
まさか最後まで続くと思ってなかったな
結局俺は傍観者してるだけだったけど、大変楽しませてもらった
リアル>>333もうまくやって欲しいな。

もはや言うまでもないんだが、リレー参加者全員にGJ!



478 名前:333 mailto:sage [2007/12/03(月) 23:49:39 ID:tndsjWzn]
正直、言葉が浮かびませんが、皆本当にありがとう。

なんか分かんないけど、泣けた。本当にありがとう。

今、全部読んで少しテンパってて上手く言えないけど
お前らみたいな奴らがいてよかった。本当に。

後悔しないよう頑張る。俺なりに誠意で応えるから

479 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/04(火) 01:57:08 ID:TuOhCM+c]
その言葉が聞けてよかった。幸せになってくれよ。

てか今更だが、このスレの絆に涙が止まらなくなった。ここにいてよかったと本当に実感させられた。


さて、ところで無口っ娘クリスマスネタの需要が増えて来る訳だが何かいい案あるか?

480 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/04(火) 14:20:27 ID:D8BqLqpx]
すげえ、こんなにきれいにまとまったリレーなんて初めて見たよ
>>333と書いた皆さんGJ!!

481 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/04(火) 14:35:38 ID:oMop7wUN]
何人か固定のレベルの高い書き手がいたのと、
ジラし担当とプッシュ担当のバランスがよかったのが
成功の秘訣だったのかもな。
何はともあれみんなGJ!

482 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/04(火) 18:01:10 ID:gxpVs6f4]
とりあえず、保管庫がないと勿体無い(`・ω・)

483 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/04(火) 18:25:13 ID:TtAF6rLN]
無口スレの保管庫は死んでるのか……

484 名前:名無しさん@ピンキー mailto:age [2007/12/05(水) 03:03:43 ID:ZOXe+YXY]
保管庫消えたのか。
じゃあwiki辺りで作るか?

485 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/05(水) 10:18:20 ID:xU98ISg8]
消失した作品データ・・・。
勿体ない

486 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/06(木) 00:06:08 ID:G+r4swzh]
>>484
まぁそれがいいだろうな、頼む

>>485
過去ログを持ってる人にうpしてもらえば大丈夫だろう

487 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/07(金) 05:35:25 ID:jjIQUHsI]
じゃ、wikiができるまで過去ログ置いておきますね。

red.ribbon.to/~hachiwords/m/



488 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/07(金) 23:51:50 ID:AMMrpBh2]
読み手の専ブラの中にもdatがあると思うけど・・・

489 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/08(土) 07:59:28 ID:69N1cFOq]
>>486すまん。今出張中で携帯しか持ってないんだ。
まだしばらく帰れないから、すまないが他にできる人がやってくれ。

490 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/08(土) 08:12:04 ID:sU4zuN0f]
一応、wiki立ち上げだけなら出来る。
そのかわり、更新かなり遅くなるんで出来れば手助け欲しい。
誰でも編集可能にすると、悪さする奴が出そうなんだが、さてどうしよう。

491 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/08(土) 08:22:25 ID:g3gkdQpr]
実害がでてから制限したら?
猫の手も借りたいところだろうし

492 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/08(土) 08:30:32 ID:sU4zuN0f]
では、誰でも編集可能で立ち上げてくる。

493 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/08(土) 09:57:32 ID:sU4zuN0f]
wiki.livedoor.jp/n18_168/d/FrontPage
ってことで、保管庫立ち上げ完了。
とりあえず時間がないんで、一番最初の一編だけ保管したので、
余裕がある人は、保管手伝い、お願いします。

494 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/08(土) 12:15:05 ID:nzr9evy8]
保管庫乙&サンクス!

495 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 01:59:18 ID:geiosX30]
こんばんは。久しぶり……ではないですね。リレーに参加したし。
でも一つの作品投下という意味では二ヶ月ぶりです。せめて一ヶ月にできるよう頑張ります。

以下に投下します。縁シリーズラストです。
今回過去の作品を上回って一番長くなってしまいました。
長いのが苦手な方はスルーでお願いします。

496 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:00:17 ID:geiosX30]
『縁の切れ目 言霊の約束』



 遠藤守の住むアパートの一室で、依子は呆然と固まっていた。
 部屋には三人の人間がいた。依子と、守と、もう一人若い女性の三人が座卓を囲んでいる。
 その女性は美しかった。
 人形のように整った顔立ち。流水のように滑らかな黒髪。厚手のスーツは凛とした雰囲気を際立たせ、服の間から見える柔肌は雪のように白い。
 そして、依子にとてもよく似ていた。
 依子は何も考えられず、何も言葉が出なかった。色々なことが急に起こりすぎて、頭が混乱していた。
 一度だけ小さく深呼吸をする。簡単に落ち着けるものではないが、事態の整理には効果的だ。
 依子は整理する。頭の中で、今までに起こった出来事を。


 昨日の夜、依子は守を二ヶ月半ぶりに訪ねた。
 しばらく訪ねなかった理由は気まずかったからだ。
 守に告白されて、依子はまだ返事を返していない。さすがにそんな状態で顔を会わせる度胸はなかった。
 以前までの依子は、彼の想いに気付いていなかったので気兼ねなく会いに行っていたが、さすがに二の足を踏むようになっていた。
 だが昨日、そんなことを頭から消し去るほどの事態が我が身に降りかかった。
 縁が突然見えなくなってしまったのだ。
 昨日の夕方、自らを生霊と名乗る少女に『何か』をされて、
 ……目が覚めたときには世界は変わっていた。
 アスファルトからビルの壁、街行く人々から空の彼方まで、世界を覆う無数の糸が、跡形もなくなっていた。
 少女は何度も謝ってきた。魂を傷付けた、巻き込んでしまった、傷は治したが、何らかの後遺症があるかもしれない。色々なことを言っていたが、あまり頭には入らなかった。
 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。世界の変化に意識がついていかなかった。
 いや、変わったのは自分の方かもしれない。
 それから後のことを依子ははっきりとは覚えていない。少女に何か言ったかもしれない。言わなかったかもしれない。
 気付いたときには守の部屋の前に辿り着いていた。
 すがれる相手が欲しかったのだろう。家には保護者の義母がいたが、誰でもよかったわけではない。
 依子はいつも一歩退いて接していたので、彼女では駄目だった。身近な者で体が向いた相手が守だったのだ。
 気まずさが消えたわけではないが、不安の方が強かった。
 守は多少驚きはしたものの、いつもと変わらず迎えてくれた。
 会った瞬間思わずすがりついて、部屋の中に入ってからも落ち着きのないまま一方的に事情を話して、それを、ただ静かに聞いてくれた。
 頼れる人だった。
 そのあと安心からか疲労が一気に襲ってきた。遅いから泊まっていくよう守に勧められて、依子は素直に従った。
 これまでにも何度か泊まったことはあったが、守の気持ちを知った今、前のような気軽さは持てなかった。
 借りたベッドの中で依子は思った。このいとこは、自分にいつでも手を出せたはずなのだ。だがそんなことは一度もなかった。せいぜい頭を撫でる程度だった。
 そこに守なりの真摯さが込められているような気がして、嬉しくなった。同時に申し訳なく思った。
 だがそんなことは、今の依子には瑣抹事でしかなかった。
 守を見やる。その胸元から生えているであろうものを見るために。
 何も、見えなかった。
 依子と守の縁の糸が前まで確かにあったはずなのに。
 依子はぎゅっと目を瞑る。昨日までのあの感覚が錯覚だったかのようで、胸が苦しくなった。
 眠気に意識が侵食されるまで、依子はひたすら強く目を瞑っていた。

 翌朝目を覚ますと、すぐ横に自分によく似た女性が無表情に座っていた。
 ぎょっとして跳ね起きると、女性は微かに首を傾げた。
 誰、という疑問はすぐに吹き飛んだ。もう何年も会っていない相手だが、依子には一目で十分だった。
「お姉……ちゃん?」
 神守依澄はその声を聞くと、小さく微笑した。

497 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:02:44 ID:geiosX30]
「依澄さん、どうかな」
 守の問いかけに依澄は小さく頷く。
 夕べのうちに守が連絡したらしい。目の前にいる麗人は、依子の知らない成長を遂げていたが、間違いなく依子の姉だった。
 霊能を操る一族、神守。
 その神守の歴代当主の中でも屈指とまで言われる彼女の力をもってすれば、あるいは依子を治せるかもしれない。守はそう言った。
 依澄の透き通るような目が依子を見据える。
 動悸が激しくなった。八年ぶりに自分の前に現れた姉は、前よりもずっと無彩色性が増したように感じた。
 縁も、見えない。
 ずっと縁の糸を見通すことであらゆるものを判断してきた依子には、それが不安で仕方がない。
「……」
 依澄はやがて無言のうちに首を振った。
「どうなの?」
 守が不安そうに尋ねると、美しい唇が開かれた。
「……私には治せません」
 無表情に断じた答えは、依子の心にさざ波を立てた。
「魂が以前とは変わってしまっています。縁視の力はもう取り戻せないと思います」
 清澄な声が淡々と語る。
 それはとても残酷な響きに聞こえた。依子の主観かもしれないが、まるで鋭利な鎌に身を裂かれたような。
 依澄は無表情だ。
 守が短い息を漏らした。残念そうに肩を落とす。
「依子ちゃん……」
「……」
 依子はぐっと歯を噛み締めると、にこやかに笑った。
「……別にたいしたことじゃないよ。見えないはずのものがやっぱり見えなくなっただけだよ」
 依子は、言い訳としてはかなり下手だな、と自覚しながらもそう言い切る。
 依澄の表情は変わらない。
 依子にはその顔の奥にある心が見えない。
「あ……、えっと、」
 守が何かを言おうとしてなぜか言い淀んだ。微妙な空気は依子にとっても感じのいいものではない。
「……」
 依澄はそんないとこに柔らかく微笑んだ。微かに熱っぽい気持ちがこもった微笑。
 そして、
「……依子」
 不意にかけられた声に依子はびくりと肩を震わせた。
「……な、なに?」
「…………今度、実家に戻って来ませんか?」
 ――唐突。
「……え?」
 姉の顔を思わず見返す。
 不安や困惑でいっぱいの頭の中に、急にそんなことを投げ掛けられてもこっちは困るだけなのに。依子は姉に少しだけ腹が立った。
「ちょっと待って。なんで急にそんなこと、」
「……大丈夫、……今のあなたなら戻ってこれます」
「……」
 何を確信しているのか、姉の言葉には妙に力があった。言霊とは違う感じの力だ。
 それに呑まれてしまい、依子は口をつぐんだ。言いたいことも考えたいこともたくさんあるはずなのに。
 そんな依子の心情を知ってか知らずか、依澄はおもむろに立ち上がった。
 そのまま頭をぺこりと下げると、玄関へと足を向ける。
「依澄さん?」
「戻ります……」
「ちょっと、お姉ちゃん」
 呼び止めようとすると依澄は軽く振り向いた。
「待ってます……から」
 それだけ言い残して、依澄は部屋を出ていった。
 送ってくる、と守も部屋を飛び出し、そして依子だけが残された。



498 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:04:53 ID:geiosX30]
 依子は仰向けにベッドに倒れ込むと、ゆっくりと目を閉じた。
 窓から光が射す。閉じた目でも、その眩しさはしっかりと伝わってくる。
 とても静かだった。
 夜が明けても、結局縁視はなくなったままだ。
 それでも、確かにあの感覚は昨日まで存在していた。
 溜め息が漏れる。
(駄目だな、私……)
 自分はもっと明るい性格だったはずだ。それが今はどうだ。糸が見えなくなっただけでこんなにも不安定になっている。
 それだけ依存していたのだろう。あの糸を通して、依子はあらゆる関係を見抜き、理解してきた。
 人と人との繋がり、これからめぐり会う出来事との関係、ときには人の心さえも見通すことができたのだ。
 ものごころがついたときには既に持ち合わせていた力だった。それ故、見えることが当たり前すぎて、呼吸と変わらないくらい自然な感覚だった。
 それが急になくなってしまって、依子はこれからどうすればいいのか何もわからない。
 失明したわけではない。腕や脚がなくなったわけでもない。だが、あるいはそれと同等とも言える喪失感が胸に広がっている。
 お腹がぐう、と小さく鳴った。
「……」
 安物の目覚まし時計がカチ、カチ、と規則正しい音を立てている。短針は『10』の字を差している。
(こんなときにもお腹は空くんだよね……)
 夕べ、何も食べてない反動からか、お腹が少し痛かった。
 何か作ろうか。そう思ってキッチンを見やる。守によく料理を作ってやっていたので、造りは把握している。
「……」
 依子は動かなかった。思っただけで、起き上がることすらしなかった。
 錆びれていくような虚しさを抱えたまま、依子はただ柔らかなベッドに身を委ねていた。
 無気力な頭の中を巡るのは、再会した姉のことだった。


 しばらくして、守が戻ってきた。
「ただいまー……って、大丈夫?」
 虚ろに倒れたままの依子に心配そうな声をかける。
「……お腹空いた」
 思ったことをそのまま吐くと、守は小さく笑った。
「そう思ってパンと飲み物を買ってきたよ。一緒に食べよう」
「……うん」
 依子は体を起こすと、座卓に並べられた菓子パンとペットボトルの飲み物を見つめた。昔から好きなミルククリームのサンドパンがある。
 守は紅茶のボトルと合わせてそれを依子に差し出した。
「好きだよね、これ」
「……ありがとう」
 こんな些細なことを覚えているいとこに、少し驚く。
 袋を破り、パンをかじる。柔らかいミルクの味が口いっぱいに広がった。
「あのさ」
 ジャムパンを頬張りながら守が口を開いた。
「迷惑、だったかな?」
「え?」
「いや、急に依澄さんを呼んだりしてさ」
 依子は手を止める。
「……別にそんなことはないよ。いきなりだったから驚きはしたけど……」
「それならよかった。二人には仲良くしてもらいたいんだけど、依子ちゃんは会いたくないのかな、ってずっと思ってたから」
「そんなことない。でも……」
「でも?」
「私は実家にはいられないから、こっちから会いに行けないんだよ。向こうは忙しいし会う機会が」
 待って、と守が言葉を遮った。
「前から疑問だったんだけど、実家にはいられないってなんで?」
 依子は目をしばたたかせた。
「……言ってなかった?」
「聞いてないよ。」
「……」
 確かに言った覚えはなかった。だが当然知っていると思っていた。依澄か誰かが話しているものだと思い込んでいた。

499 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:08:26 ID:geiosX30]
 仕方ないか、と内心で呟くと依子は言葉を探した。
「えーと……簡単に言うとね、神守家は一つの世代に一人の人間しかいてはいけないんだ」
「……?」
「『神守』を名乗れるのは一人だけなの。それ以外は『神守』を名乗れない。今だと、お姉ちゃんだけ」
「……どうして?」
「神を守り、神に守られる人数が決まっているから」
 胸が少し痛む。自分は選ばれなかったのだ。
 守はいぶかしげに眉を寄せた。
「それと依子ちゃんが実家にいられないのと何の関係が?」
「今から話すよ。わかりやすく話せるかどうか自信ないけど」
 軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせると、依子は静かに語りだした。


「『神守家』の役割はね、二つあるの。
 一つは霊能力を持って霊的な問題を解決すること。
 で、もう一つはその名が示すとおり、神様を守ること。
 緋水の神様についてはマモルくんも知ってるよね? 昔からこの辺り一帯を治めてきた神様。
 それを神守家はずっと守ってきた。崇め奉り、保護することで、土地の安寧を得てきた。
 眉唾と言えばそれまでだけど、本当に力があるんだよ? 神守の力が強いのは、緋水の神様に力を借りてるからだもの。
 だから、神守家は緋水の神様を守ると同時に加護を受けているの。
 ただし、緋水の神様の加護を直接受けられる人間は一人だけなの。
 つまり神守の当主だけ。当主はいわば巫女となって、正式に『神守』を名乗る。
 だから神守の名を持つ者は一人だけしかいない。
 本家が神守と呼ばれてるのに、苗字が緋水になっているのはそのためなんだ。お母さんも前までは神守だったけど、今は緋水姓になってるからね。
 たった一人の神守が、巫女となって神様を守る。本来概念でしかない神様を規定することで、神様という存在を守る。それが神守の役目。
 その見返りに神守は力を得る。名前によって神様からの加護を受け、その力を土地の平安に使う。
 ……言葉じゃどうしても嘘っぽくなっちゃうね。私も神様に直接会ったわけじゃないから確信を持って説明できるわけじゃないんだけど、まあとにかく。ここから本題。
 神守を名乗れるのは一人だけ。だからお母さんの後継は私かお姉ちゃんのどちらか一人だった。
 私は知ってのとおり才能がなかったから、当主にはなれなかった。
 正直悔しかったな……私ね、できればお姉ちゃんの助けになりたかったの。当主になれば、もうお姉ちゃんは私の面倒なんか見なくて済むと思ってたから。
 でも仕方ないと思ってる。何も問題はなかった。私が一つ諦めて、家族と普通に生きていくだけ――そのはずだった。
 お姉ちゃんが当主になることが決まって、ちょうどそのための準備をしていた頃だったかな。
 私は高熱に倒れた。
 病気じゃなかった。私は緋水の神様の力に当てられたの。
 私はお姉ちゃんに最も近い人間だったから、変に影響を受けてしまったみたい。
 お姉ちゃんの力が日増しに強くなっていくにつれて私の体調は悪くなっていった。
 力にあてられないようにするには二つの方法がある。
 一つは自身の魂の形を大幅に変えて、神守固有の魂の形をなくすこと。もう一つは単純にその土地から離れること。
 私には才能がなかったから、自身の魂操作さえろくにできなかった。
 だから、私には後者の方法しか手がなかった。
 お父さんはお母さんの『盾』だったし、お母さんも先代としてお姉ちゃんのそばから離れるわけにはいかなかったから、私は一人で実家を去らなければならなかった。
 ……もちろん哀しいよ。でも迷惑かけるわけにはいかないじゃない。あれ以上あそこにいたら、死んでたかもしれないしね。
 だから、ただそれだけだよ。私に才能がなくて、ちょっと巡り合わせが悪かっただけ。
 本当に、うん……それだけの話。


 喉が渇いたので、ペットボトルの紅茶を口元に傾けた。冷たさが心地よい。
 守が小さく頷いて、口を開く。
「依子ちゃんがこっちに移ったのはそれが理由?」
「うん。おじさんとおばさんには子供がいなかったからちょうどよかったみたい」
 まるで他人事のような言い種だな、と依子は思った。義父も義母もとてもいい人たちなのに。

500 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:10:48 ID:geiosX30]
 すると守が不審げに眉をひそめた。
「つまり、依子ちゃんは緋水の土地に入れない、ってことだよね?」
「うん……そうだよ」
「でも依澄さんはさっき、君に戻ってこないか尋ねた。どうして?」
「わからないよ……。私があそこにいられないのは間違いないことなのに」
「ひょっとして、もう大丈夫になったとか?」
 守のポジティブな意見に依子は首を振った。そんな簡単にいく問題ではないのだ。
「どうして大丈夫になったと思うの?」
「いや、依澄さんが言ったことだし」
 確かに言っていた。今のあなたなら大丈夫と。あれはどういう意味なのだろう。今の私なら?
 依子は考え込む。今の自分。縁の見えなくなった自分。何も持たない自分。そんな自分に何があって大丈夫なのか。
「あ」
 そのとき守が短い声を上げた。
「何?」
「いや、そういうことなのかな、って」
 よくわからないことを言う。
「……? そういうことって?」
「緋水の神様の力にあてられないようにする方法だよ。離れるだけじゃなく、もう一つ方法があるんでしょ?」
「え? うん、魂の形を変えて……あ」
 気付いた。その瞬間守と顔を見合わせた。
 緋水の神様の力にあてられるのは、神守家固有の魂の形を保持してしまっているためだ。
 当主になるにあたって、魂が力を受け入れやすい形になっているわけだが、自身の霊能や魂をうまく操作できない依子はそのせいで悪い影響を受けてしまっている。
 だが逆に言えば、その形を変えてしまえば影響を受けなくてすむということである。
「私の魂が以前とは変わってしまっているから……もう影響を、受けない……?」
「だと思ったんだけど、どうかな?」
「……」
 迷いが生まれる。
 もしそうだとしたら、とても嬉しいことだ。もう二度と戻れないと諦めていたあの土地を、また踏めるのだ。
 だが、果たして受け入れてくれるだろうか。土地は、家族は、以前の私ではない私を認めてくれるだろうか。
「不安なら、ぼくもいっしょに行こうか?」
「え?」
 幼馴染みの申し出に依子は驚いた。
「大丈夫。何があってもいっしょにいるから。いっしょにいたいから」
 いとこの顔を見つめる。守はとても優しげに微笑んでいた。
 前から彼はこんな笑みを浮かべていただろうか。依子は戸惑う。縁が見えないために相手をうまく計れないことが、逆にその顔をより強く見せているような。
 不思議と安心できる笑みだった。とても不安なのに、守ってくれそうで。
「……うん」
 依子は小さく頷いた。


 家に戻った依子は、自分の部屋でばたりとベッドに倒れ込んだ。
(疲れた……)
 本当に何もかもが急すぎた。変わっていく世界は依子にとってあまりに激しい。
 縁糸の消えた世界が目の前に広がっている。
 やはり少し不安だ。自分は今、誰と繋がっていて、これから誰と繋がっていくのだろう。
 だが、さっきの守との会話でちょっとだけ立ち直ることができた。
 守と話し合って、緋水に戻るのは週末ということになった。金曜日の夕方、学校が終わったら駅で待ち合わせする約束だ。
 戻れる。八年振りに、あの場所に。
「……」
 しばらくぼんやりと枕の感触に埋もれていると、ドアがノックされた。
「入るわよ」
 現れたのは義母の百合原友美(ゆりはらともみ)だった。義父の仁(ひとし)が単身赴任中なのでこの家には依子と彼女しかいない。
「あら……どうしたの? まだ体調悪いの?」
「あ……ううん、ちょっとぼーっとしてただけ」
「そう? 夕べはびっくりしたわよ。急に守君から連絡が来るんだもの。具合が悪くなったって言ってたけど、大丈夫なの?」
「う、うん。もう平気」
 百合原家は神守とは縁遠い親戚で、友美もただの一般人だ。神守家についても特に詳しいわけではなく、依子は自分の縁の力についても話したことがない。
 だからこういうとき、詳細をうまく話せなくて依子は困ってしまう。ただでさえ接し方に苦慮しているのに。

501 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:13:38 ID:geiosX30]
「それにしても、あなたが守君の部屋に泊まったのも久し振りね。しばらく行ってなかったでしょ?」
「あー、うん、ちょっと気が乗らなかったから」
「私としてはそれくらいが当たり前だと思うけどね」
「へ? なんで」
「女子高生が一人暮らしの若い男の部屋に泊まるなんて危なすぎでしょ。信用できる守君だから許してるけど、あなたは自覚ないの?」
 言われて依子は押し黙った。
 そういえばまだ答えを返していないな、と依子は微かに胸が痛んだ。サボテンの棘のように小さな針が一本だけ刺さっているような小さな痛み。
「あの、おばさん」
 依子は話題を変える。週末のことを言っておかないと。
「私、金曜日に学校が終わったら、実家に帰ろうと思う」
 友美の目が大きく見開かれた。
「……そう、なの?」
「うん。いいかな?」
「……あなたがそういうなら構わないけれど……大丈夫なの? いろいろと家の方で問題があるんじゃ、」
「大丈夫になったの。だから、問題ないよ」
「……そう。ならいいわ。……家族同士仲が良いのが一番だものね……」
 依子がこれまで実家に戻らなかった理由を友美は知らない。喧嘩や勘当と勘違いしているのかもしれない。突っ込むと説明が面倒なので何も言わないが。
「そういうわけだから、金曜日から夕食はいらない。土日の間、向こうで過ごすから……」
「依子」
 友美の固い声が言葉を遮った。
 なぜか、気圧される。
「ちゃんと……帰ってくるのよね?」
「おばさん……?」
 友美の顔を見つめる。声と同様にどこか固かった。
「あ……向こうに戻れるなら、もうこちらにいる必要はないのでしょう? そうなると、寂しいと思ってね……」
 不安げな表情はまるで迷子のように寂しく見えた。
 後ろめたい気持ちが風船のように膨らむ。割れそうなほど、それは儚く感じた。
「……大丈夫。そんな簡単に出ていったりしないよ。まだ私高校生だし、この街が好きだし」
 しばらくはまだお世話になるはずである。少なくとも卒業までは。
「そう……ならいいわ。最後まで面倒見させてね、依子」
「……うん、ありがとう。おば……お母さん」
 瞬間、義母はひどく驚いた顔になった。
「……初めてかもね。そう呼ばれたの」
「ごめんなさい。恥ずかしかったから……」
「ううん、嬉しいわ。とても」
 本当に嬉しそうな様子で言われて、依子はくすぐったく思った。
 だがそのくすぐったさは、嫌いじゃない。
「今度、お父さんが帰ってきたときにも言ってあげてね。きっと喜ぶから」
「……頑張る」
 温かい空気が感情を上気させるようで、依子はほんのり頬を赤く染めた。

 そして金曜日。
 依子は守と一緒に、八年振りに故郷へと帰った。

502 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:17:31 ID:geiosX30]
 神守市内某ホテル。
 二階の隅部屋で、少年と少女が話をしていた。
 といっても一方は言葉を発さない。少年の方が一方的に語りかけているように見える。
「この街もだいぶ回ったけど、もう目立った悪霊はいないみたいだ」
 少女はこくりと頷く。
「そろそろ出るか。しばらくは『食事』の必要はないけど、いつまでもこの街にとどまっている理由はない」
「……」
 少女が無言のまま少年を見つめた。
「……心残りか? でも俺たちにできることはもうないぞ」
「……」
 少女は黙したままだが、互いの意志疎通は問題ないようだ。
「あの子の縁の能力とやらがどういう類のものかは知らないけど、お前はちゃんと魂の傷を治したんだろ。それでどうにもならなかったのなら、どうにもできない」
「……」
「……じゃあ会うしかないな。会って、話でもしてこい。土日は休みだから迷惑でもないだろ」
「……」
「会うのが怖いのはわかる。でも、引っ掛かってるんだろずっと。必要なら謝れ。許してもらえなくても、それしかできないなら、できることをするしかない」
「……」
 少女はほう、と溜め息をつくと、少年を見据えて再び頷いた。
「決心ついたか? なら出発だ。あの子の場所は『感知』で測る。で、きっちり謝ろう。大切な友達なんだから」
 少女の顔が真っ赤になった。恥ずかしげにうつむくと、上目遣いに少年を睨む。
「そんな顔するな。友達は大事にしないと。……いつまでも実体でいるのもなんだし、そろそろ戻してくれ」
 その言葉に少女は居住まいを正した。そして少年の頭を軽く右手で撫でると、少年の体が瞬時に消え去った。
 跡には何も残らない。まるで幽霊か何かのような、そんな薄く朧な一瞬だった。
 少女は気にした風もなく荷物をまとめる。
 旅行バッグに荷物を詰めると、そのまま緩やかな足取りで部屋を出ていった。
 小さな金属音と共にドアが閉まり、部屋は元の静寂に包まれた。


 神守市から電車で三時間のところに依子と守の故郷、緋水がある。
 緋水とはその土地一帯の俗称である。正式な地名を言うなら牧村町という実に平凡な名があるが、地元民には緋水の名で通っている。
 かつて土地の神を慰撫するために、一人の女性が血水と化してその身を捧げた、という故事が由来だ。
 周囲を山に囲まれた綺麗な土地だが、交通の便は悪い。牧村駅は無人駅で各駅停車の電車しか停まらず、バスも一時間に一台しか通らない。
 だから、二人が緋水に到着する頃には、時計の針は夜九時を回っていた。
 夜気に冷えた体を依子は震わせる。吐く息は真っ白だ。上空に寒気が流れ込んでいて、明日の夜には雪が降るという話だった。
 寂しい夜の駅前に一台の車がやって来た。暗闇の中で明るく映える白い車は、依子たちの前でゆっくりと停車した。
 運転席から顔を出したのは和服姿の依澄だった。その格好でいつも運転しているのだろうか。
 二人は後部座席に乗り込む。それを確認すると、依澄は慣れた手付きで発進させた。
 依子は落ち着かなげに外の景色を見渡す。八年振りの故郷は、何も変わっていなかった。
 隣の守が囁く。
「二年ぶりかな、ここに帰ってくるのも」
「……あんまり変わってないね」
 闇の中、周りに広がるは畑ばかり。遠くに見える民家の明かりは片手で数えられた。そのくせ道々の常夜灯だけはしっかりと強い光を放っていて、運転には困らないようだった。
 心がひどく浮き立った。
 不意に依澄が尋ねてきた。
「体は……大丈夫ですか?」
 咄嗟に反応できず、依子は慌てた。
「え……あ、えと、う、うん、大丈夫……だと思う」
「……よかったです」
 依澄の声は安堵に満ちていた。
 それを聞いて依子は少しだけほっとした。同時にとても嬉しく思った。
 三十分後、車はようやく目的地に到着した。

503 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:20:29 ID:geiosX30]
 山の田舎のど真ん中、不釣り合いに立派な門扉が鎮座ましている。
 離れのガレージに車を入れ、三人は降りる。そこから先程通り過ぎた玄関へと向かった。
 懐かしい門扉は昔からの記念碑のように変わらなかった。呼び鈴を鳴らすと備え付けのインターホンから声が響いてきた。
『はーい、三人とも入り口にいるわね、ちょっと待ってて』
 底抜けに明るい声が聞こえた瞬間、依子は顔を強張らせた。
 そして門扉が開くと同時に明かりがつき、中の空間が開けた。
 そこには和服を着付けた女性が立っていた。
 美しい人だった。見た目は二十代と言っても通用する。背は依子と変わらない。薄い化粧は柔らかな白い肌に馴染んで、セミロングの黒髪が対称的に明るく映える。
 依子は――うまく言葉が出なかった。
 するとその淑女がゆっくりと近付いてきた。
 咄嗟に反応できない依子の目前に歩み寄ってくる。
 そして、依子はそのまま抱き締められた。
 一瞬で息が詰まった。懐かしさと切なさ、混交した感情に胸が張り裂けそうになる。
「おかえりなさい、りこちゃん」
 依子の母、緋水朱音(あかね)は包み込むような声で囁いた。


 明日また改めて挨拶に来ます、と近所に居を構える遠藤家へ守が戻るのを見送ると、依子は母姉と共に屋敷内へと入った。
 石畳から玄関へ入ると、そこには冷たい木の匂いが広がっていた。靴を脱ぎ、朱音に続いて長い廊下を歩く。板張りの床がぎしりと音を立てた。
 小さい頃にも思ったことだが、この屋敷は広すぎる。昔は大勢の使用人を抱えていたために多くの部屋が必要だったらしいが、今は使用人自体数人しか抱えていないらしい。それは八年前と同じだった。
 町の会合や客人の宿泊に使うこともあるらしいが、基本的には使わない部屋ばかりだ。
 夜の屋敷は寂しく、怖かった。
「昔はりこちゃんもこの家の中でかくれんぼしてたのよね」
 母に言われて依子ははっとなる。
「すみちゃんやまーくんといっしょにいろんなところに隠れたりしてたものね。憶えてる?」
 憶えている。依子は小さい頃の情景を思い起こした。
「でも、あれは昼間だったよ。夜とは違う……」
「そうね。怖いもんね。一応結界張ってるから変な悪霊さんとかはいないはずなんだけど、暗いとやっぱりいやな感じするよね」
「べ、別に怖くはないけど」
 それを聞いて朱音はおかしげに笑った。
「……何?」
 不満顔で返すと、朱音は首を振った。
「なんでもない。りこちゃんかわいいな、って」
「――」
 屈託のない笑顔でそんなことを言われたせいか、自分でも顔が赤くなるのをはっきり自覚した。
「さ、こっちよ」
 構わず促された部屋に依子は入る。
 通された部屋は小さな六畳の和室だった。明かりがつき、真っ白な障子と薄草色の畳が目の前に広がる。
「荷物を置いたら食事にしましょう。お母さん、今日は腕によりをかけて作ったから」
「うん」
 小さな旅行鞄を隅に置き、依子は居間へと向かった。


 居間には大きな卓の上に、温かい料理が並んでいた。
 ご飯、すまし汁、鰤と大根の煮付け、鶏の唐揚げ、二種類のサラダ、蛸とわかめの酢の物、ひじきの和え物に茄子の漬物もある。
 そして卓のすぐ横には、母と姉以外に見知った顔があった。
 顎に薄い髭を生やした中年の男性。
 男性は微笑するとおもむろに近付いてきた。
 依子は心臓の早鐘に押されるように、慌てて口を開く。
「ただ」「おかえり。依子」
 穏やかな優しい声に、依子の言葉は遮られた。

504 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:22:16 ID:geiosX30]
「待っていたよ。寒かっただろう。さ、こちらに座りなさい」
 父――緋水昭宗(あきむね)の、八年前と変わらない声。
 どうしてこんなにも変わっていないのだろう。依子は言葉が出なくなる。細かいことを言えば、お父さん白髪やしわも増えたしいろいろあるけれど、でも、
 ぽん、と肩を叩かれた。
 横を見ると、依澄が小さな微笑を浮かべていた。
 その表情はあまりに小さな変化だったが、とても嬉しそうに見えた。このときばかりは姉の不可思議さが氷解したように映った。
 次いで、父と母の顔を見る。
 二人とも心からの笑みを浮かべていた。まるで大切な宝物を取り戻したような、そんな笑顔だった。
 依子はくっ、と一瞬だけうつむき、すぐに顔を上げた。
「――ただいま」
 渾身の笑顔だったと思う。


 それから依子は再会した家族と楽しげに食事を囲んだ。
 昔の思い出から互いの近況に至るまでたくさんのことを話した。久し振りに食べる母の手料理に舌鼓を打ち、父の穏和な話しぶりに耳を傾けた。
 依子は揺れる。目の前に広がる縁のない世界で、それでも楽しくあることに。
 縁視の力を失って。でもそれを吹き飛ばすかのような幸運を得て。
 喪失感と充足感が入り混じる今の心境に戸惑いつつも、依子はただ嬉しかった。同時に少し寂しかった。
 家族との縁を、この目できちんと見ておきたかったから。
 夕食後、お風呂に入って髪を乾かして歯を磨いて、そして依子は床に着いた。
 不安を煽った暗がりが、今はたいして気にならなかった。暗い方が縁のない世界を見なくて済む。
 意識が落ちる直前、いとこのことが思い出された。
 不安が薄くなったように思えた。


 辺りは雪に包まれていた。
 真っ白な雪景色が世界を覆い、その真ん中で依子は呆然と立ち尽くしていた。
 目の前には歳上の男の子。
 男の子は困ったように頭をかいていた。
 依子は気付く。そんな表情をさせているのは私だ。私が何か言ったせいだ。
 でも自分は何を言ったのだろう。
 男の子はしばしうつ向き、やがてゆっくりと顔を上げた。
 ――ありがとう。
 一瞬依子は何のことだかわからなかった。しかしすぐに思い出して理解が及ぶ。
 少女は自分の拙い想いをぶつけたのだ。幼いながらも真剣な想いを。
 男の子は言葉が続かないのか、何も言わない。
 白銀の世界の中で、依子の目を見つめたまま、人形のように立ち続ける。
 依子はそんな相手を見返しながら、自らの想いを紡いでいった。


 依子が目を覚ましたとき、時刻は既に十時をまわっていた。
 洗顔と歯磨きをし、髪を整え服を着替える。水が冷たく、朝の空気が体を震わせた。
 居間に行くとちょうど朱音が食事の用意をしていた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう。昨日はぐっすり眠れた?」
「うん。今から朝ごはん?」
「私はね。お父さんとすみちゃんはもう済ませちゃったわ」
「? お仕事?」
「すみちゃんは今日は少し遠出する必要があって朝早くに出てったわ。夜には戻ってくるわよ。お父さんはまーくんの家に」
「稽古?」
「そう言ってたわ」
 守の家は元々神守家を物理的障害から守るために武術を受け継いできた家系である。
 神守家の分家として遠藤家があり、昭宗は守の母方の叔父に当たる。昭宗は朱音の『盾』として結婚したのだ。実は大恋愛だったのだが。
「久しぶりにまーくんを鍛えるつもりかもね。嬉しそうな顔だった」
「見に行っていい?」
「ご飯食べてからね。やりすぎないように見張っておいて」
 依子は頷き、母の準備を手伝い始めた。

505 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:26:29 ID:geiosX30]
 朝食を終え、依子は遠藤宅に向かった。
 庭を抜けるとき、昔馴染みのお手伝いさんに出会い、少しだけ話をした。親しげで温かい口ぶりがこちらを受け入れてくれてるようで、嬉しかった。
 屋敷から二百メートルほど離れたところにある小さな二階建ての家に依子は向かった。裏の方により大きな道場があるのが特徴的な、遠藤家の敷地だ。
 依子は直接道場に行くために、裏門へと回る。
 やや低い塀に囲まれた敷地は広いが豪奢ではない。あくまで家と道場を囲むだけの塀と、華美さに欠けた狭い庭は住人の性格を表しているようだ。
 びゅうと吹く木枯らしが、スカートの下の足を縛るように駆け抜けた。依子は軽くスカートを押さえて寒さに耐える。
(寒いなぁ……)
 山の中ということもあるのだろう。豊かな自然に四方を囲まれ静謐な空気を湛えた土地は、都会に慣れた依子の肌を粟立たせる。
 裏門から道場に近付くと大きな音と奇声が響いてきた。依子は入り口を恐る恐る開けて中を覗き込んだ。
 板張りの空間の真ん中で二人の男が対峙していた。道着姿の守と昭宗がじりじりと間合いを測り合っている。
 目に飛び込んできた瞬間、その張り詰めた緊張感に当てられて、依子は身をすくませた。
 邪魔しないように慎重に扉を閉める。そろそろと忍び足で中に入った。
 壁際に守の母、火梁(ひばり)が袴姿で座っている。火梁はすぐに気付いて小さく手招きをした。依子は隣まで寄っていき、同じように座る。道場だからか正座だ。
 守が動いた。右足から前に踏み込み、相手の懐に入る。
 昭宗は左足を奥に退くように滑らせる。守の体を内側に引き込むような体移動をこなし、上体をやや落とした。
 瞬間、昭宗の右足が動いた。そこまでは見えたが、次の動作は依子には見えなかった。
 気付いたら守が尻餅をついて倒れていた。
 足を払われたのだろうか? そんな依子の疑問を置き去りにするかのように、昭宗がトドメとばかりにサッカーボールキックを放った。
「やっ――」
 依子は反射的に叫ぼうとして、途中で止まった。
 昭宗が踏み込んだ瞬間を狙って、守が軸足を蹴ったのだ。
 座った状態から軽く押す程度の蹴りだったが、昭宗はバランスを崩した。
 前のめりに傾ぐ相手の下半身に、守はすかさず組み付く。
 同時に引き倒して背後に回り、腕と首を、
「ふっ!」
 昭宗の右肘が背後についた守の脇腹に刺さった。
 守は怯まず昭宗の首に腕を回し、絞めあげた。
「――」
 昭宗の手がバンバンと床を叩いた。降参の合図。
 守は慎重に腕の力を緩め、昭宗から体を離す。昭宗は少しだけ残念そうな苦笑いを浮かべた。
(勝った――)
 守がまさか昭宗に勝つとは。昭宗は神守家の『盾』を務めるほどの力を持つはずなのに。守はそこまで強かったのか。
(……当たり前か。後継ぎだもんね)
 いずれ守は遠藤家の役目を果たすため、神守の『盾』となる。本人もそう言っていたので、それは決定事項なのだろう。
 それはつまり、神守依澄の『盾』となるということだ。
(あ……)
 不意に昨夜見た夢のことを思い出した。
 あれは遠い昔にあった出来事だ。小さい頃の依子と守。
 あのときも冬だった。辺りは雪に覆われていて、吐く息が真っ白に消えていくのをよく憶えている。
 そして、依子は言った。
 ――わたし、マモルくんのこと好きだよ。
 守はありがとうと言った。依子はそれをマモルくんらしいなと思って、少しだけ寂しく感じた。守は何も言わずに、ただ立ち尽くしていた。
 寒空の下の、小さな思い出。
 そのときのことを記憶から掘り出して、依子は気付いた。いや、思い出した。
(……そうか)
 あのとき守が浮かべていた顔。あれがすべてを表していて、依子はあのときに知ったのだ。
 守は、きっと、
「依子ちゃん?」
 急に声をかけられて顔を上げると、すぐ目の前に守の顔があった。
「ひゃっ!」
 依子は思わずのけぞる。守は不思議そうに首を傾げた。
「だ、大丈夫? どうしたの?」
「な、なんでもない!」
 激しく動揺しながら、そんな説得力皆無の台詞が出てくる。

506 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:28:32 ID:geiosX30]
 咄嗟に話をそらした。
「あ、お、おめでとう。勝ったんだね」
「え? ああ、その前に結構ボコボコにされてるけどね」
 言われてみると、頬辺りを切っており、手も多少腫れていた。
 そのとき、帯を締め直しながら近付いてきた昭宗が笑った。
「いや、強かったよ。向こうでも稽古を続けているのかい?」
「基本稽古くらいしかできないですけどね。どうしても打ち込みとか型稽古ばかりになってしまって」
「それであれだけ動けるならたいしたものだ。ラストの軸足払いにやられたよ」
「いやもうとにかく夢中で」
 男同士だと気が合うのか、二人は楽しげに談笑し始める。
「ほう。道理であんなに動きがバラバラだったのか、息子よ」
 そんな男二人の会話に火梁が割り込んだ。
「剛法と柔法のバランスが全然なってない。これは私が揉んでやらなきゃダメだな」
「え」
 守の表情が固まった。なんというか、嫌いな食べ物が食卓に並んだときのような、露骨に苦い顔だった。
 昭宗がそれを見て苦笑を浮かべる。
「おや、兄貴もまだまだ元気みたいだね。じゃあ私が相手してやるよ。最近平和ボケがすぎるみたいだし」
「え」
 昭宗の表情も固まった。なんというか、昔からのトラウマに出くわしたような、心底嫌そうな顔だった。
 火梁は立ち上がると軽く伸びをした。それから振り返って、依子ににっこりと微笑んだ。
「大きくなったね、依子ちゃん。すごく見違えた」
「は、はい、ありがとうございます」
「本当はいっしょにお茶でも飲んで話をしたいところなんだけど、愚息と愚兄の相手をしなきゃいけないから、ちょっと待ってて」
「「いや、お構いなく」」
 重なった男二人の言葉を火梁は軽く睨めつけて一蹴する。
 そして邪悪な笑みと共に、気軽な調子で言い放った。
「ま、遠慮するな」

 三十分後、道場の真ん中には息を切らして膝をつく男二人の姿があった。


 左右を畑に挟まれた小道を、依子と守は歩いていた。
 昨日は夜だったので周りもよく見えなかったのだが、こうして見回すとやはり田舎の風景が広がる。
 四方を囲む山々は昔から変わらない。家はぽつりぽつりと散らばる格好で、土手や林や野原の方がずっと多い。
 懐かしさばかりが込み上げてくる故郷の変わらなさに、依子は軽い心地よさを覚えた。
 だが、一晩経ってこうして冷静に見てみると、多少の不安も感じる。
 今の自分とこの土地に、縁はあるのだろうか。
「どうしたの?」
 守の声に依子は顔を上げた。
 首を振る。
「なんでもないよ」
「そう?」
「うん、ぼんやりしてただけ。てかマモルくんの方こそどうしたの? 声に張りがないけど」
「誰かが傷を増やしてくれたからね。脇腹痛い」
「それは……ご愁傷さま」
 大きな怪我はないみたいだが、投げられたり転がされたりしたせいか打ち身が多いようだ。依子は苦笑いを浮かべた。
 そのとき守が尋ねた。
「……やっぱり見えないと違和感ある?」
 え? と依子は思わず固まった。
「ぼくには縁の糸なんて見えないから、それがどういう感覚かわからないけど、それって生まれつきのものなんでしょ? 五感がなくなるような感じなのかな、ってずっと考えてた」
「……ずっと?」
「依子ちゃんが先週ぼくの部屋に来てからずっと考えてた。で、なんとかできないか考えてた」
「……どうして」
 何を言っているのだろう。守にできることは何もないのに、何もしなくていいのに、彼はそれをずっと考えていたというのか。
「だって、依子ちゃんがずっと不安そうにしてるから、取り除いてあげたくて」
「……でも、力をなくしたおかげで帰ってこれたんだよ?」
「いや、まあそれはそうなんだけど、それでも不安なのに変わりはないんじゃないかと思ってさ」
 守は普段と変わらない口調で呟く。

507 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:30:24 ID:geiosX30]
「……昔からそうだよね」
「え?」
「マモルくんはいつも相手のことを考えてる。相手に合わせるのがうまい。だから、ちょっとかなわないなと思って」
 この人はどんなときもお人好しで、気遣いを忘れないのだ。それは性質もあるが意識してのことなのだろう。依子には好ましく映る点だ。
「ありがとう、心配してくれて。でも大丈夫だから」
「……無理しないでね」
「大丈夫だってば。ここに戻ってこれてすごく嬉しいし、不安なんてないよ」
 依子はにっこり笑うと、道の先へと駆け出した。
「ほら、先行くよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。さっきの稽古で体中痛くて」
「どんまいっ」
 依子は親指をぐっと立てると、いとこは小さく苦笑を洩らした。


 二人が到着した場所は林の奥に流れる小さな川辺だった。
 清流が静かに上から下へ。山間を通る水の流れは透明度が高く、底の石々の丸みがくっきりと見えた。
 小さい頃、依子たち三人の遊び場だった場所だ。
「さすがに冷たいね」
 手を伸ばして水に触れる依子。冬一歩手前の時季。寒さが増せば一面凍りつくこともあるだろう。
「でも懐かしい。ここも変わってないんだね」
 夏にはよく川遊びをした。三人で暑い日射しを浴びながら、水をかけあったり魚を捕ったりした。
「……綺麗だね」
 微かなせせらぎに耳を傾けながら、依子はぽつりと呟く。
「うん。……座ろうか」
 二人は近くの大きな岩の上に腰掛けた。そのままただ何とはなしに遊び場を眺める。
「依子ちゃん」
「ん?」
 守が口を開いたので、軽く聞き返した。
「しばらくさ、うちを訪ねてこなかったよね」
「――」
 少し不意打ちだった。
「あ、えっと、その、」
 慌てふためく依子。その様子を守はじっと見つめる。
 その反応に対してか、不意に破顔した。
「……よかった」
「え?」
「少しはぼくのこと、意識してくれてたみたいだから」
 嬉しそうに守は頬を緩ませる。
「一番怖かったのは、あの告白をなかったことにされることだったんだ。でも少しは意識してもらえてるみたいだね」
「なかったことって、そんなことしないよ」
「かもしれないけど、人の心は読めないからさ。さっきの反応見るまでびくびくしてたよ」
「は、反応って」
 動揺を表に出しすぎたことに依子は赤面した。だって、いきなりあんなこと訊いてくるから。
「本気なんだ、それだけ」
「……わかってるよ」
 先伸ばしにしていた答えを、そろそろ明確にしなければならないのかもしれない。依子は小さく深呼吸した。
「……あのとき、すごくびっくりしたんだよ」
「……ごめん」
「いきなりプロポーズなんて、サプライズもいいところだよ」
「……」
 小さくなる守。
「……でも、嬉しかったかな」
「っ、」
「初めて人から告白されたし、周りで一番信頼できる人が相手だったから……うん、嬉しかった」
「……」
 いとこを横目で見やる。真剣な眼差しとぶつかり、慌てて目を戻した。
 微かに逡巡が生まれる。
 依子はぐっと歯を噛み締めた。



508 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:33:02 ID:geiosX30]
「……でも私、正直よくわからないの。マモルくんのことは大好きだけど、恋愛なのか親愛なのか、自分でもよくわからない」
「……」
「……私にとってね、マモルくんはずっとお兄さんだったの。ずっと頼れる兄だったから、そういう目で見てこなかった」
「……」
「でも、今は……意識してる。ちょっと不思議な感じだけど、そういう目で見てる」
「……」
 胸がどきどきした。自分の素直な気持ちを吐露するのは、少し恥ずかしい。
「でね、今朝夢を見たの。昔の、私がまだ八歳になる前の夢」
 あまり順序立てて話せていないのは依子自身の心が波打っているためだろうか。
「マモルくんに私はこう言った。『わたし、マモルくんのこと好きだよ』って」
「……」
「マモルくんはこう言った。『ありがとう』。そのときにね、気付いたの。マモルくん、お姉ちゃんのことが好きだったんだよね」
「……」
 守は答えない。
 依子は構わず続ける。
「それでね、思ったの。マモルくんには私よりもお姉ちゃんの方が似合ってるんじゃないかなって」
「……え?」
 守の顔が変わった。
 予想外の言葉だったのか、表情が強張る。
「お姉ちゃんもマモルくんのこと好きなんだよ。多分、私よりもずっと想いは深い」
「いや、それは」
「マモルくんが今でもお姉ちゃんのことを好きなら、私よりもお姉ちゃんの方を優先してあげて。私はいいから」
「依子ちゃん!」
 鋭い声に依子は口を閉じた。
 守の目が鋭さを増している。少し怒っているようだった。
「依子ちゃんは依子ちゃんで依澄さんは依澄さんだ。比べることじゃない」
 依子は怯みかける。だが、自分は、
「言ったはずだよ。私はマモルくんのことを好きかどうかよくわからないって。あのときの言葉は、恋愛とは違うものだったんだよ」
 七歳の頃の出来事なのだ。そんなあやふやな心を引っ張り出して応えることなど、依子にはできなかった。
「それよりもちゃんと好きでいてくれる人を大切にすべきだよ。それとも、マモルくんはお姉ちゃんのこと嫌いなの?」
「――」
「そんなはずないよね。マモルくんはお姉ちゃんのこと、私を好きになるよりもずっと昔から好きなはずだから」
 守の想いに応えられるかどうか、依子には自信がない。だが、姉にはそれがあると思う。
 それに、それだけじゃなくて、
「……お姉ちゃん、昔から優しいんだよ。私、お姉ちゃんと喧嘩したことほとんどない。いつもお姉ちゃんから折れてくれた」
「……」
「あの人はいつもそう。いつだって自分以外の誰かを優先するの。私はそういうお姉ちゃんが大好きだし、憧れてる。マモルくんだってそうでしょ? 誰かに世話を焼くのはお姉ちゃんの影響でしょ?」
「……」
「でも、それっていつだって自分を後回しにしてるってことだよ。多分あの人は、好きな人さえ簡単に誰かに譲ってしまう。そんなの、私は嫌だよ」
「……」
「でも、もしもマモルくんがお姉ちゃんを選んでくれたら、きっとお姉ちゃんは自分を優先してくれると思うの。だから私は……」
「……嫌だよ」
 守が苦しげに言葉を吐き出した。
 苦い思いが容易に測れるその響きに、依子は気圧された。
「依澄さんのことは好きだよ。でもそれが依子ちゃんに対する気持ちを上回ることは、ない。ぼくは君しか選ばない」
 守の目には明確な光があった。強い想いのこもった目だ。
 依子は茫然と相手を見つめる。
「……お姉ちゃんはどうなるの?」
「依澄さんは強い人だから、きっと大丈夫だよ。ぼく以外の人に巡り会えるかもしれないし」
「……冷たいよ、マモルくん……」
「かもしれない。でも、誰かを選ばなければならないのなら、ぼくは自分の想いに正直になる」
「……私にはできないよ。自分の気持ちがよくわからないのに、正直になんて」

509 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:35:17 ID:geiosX30]
 瞬間、依子の体が傾いだ。
 守に肩を抱き寄せられて、依子は相手の体にもたれかかった。
「ちょっと、マモルく、」
 慌てて顔を上げると、いとこの顔が目の前にあって、
(え?)
 硬直したときには唇を奪われていた。
 守の顔が今までにないくらい近くにある。生温かい感触がひどく現実感を伴っていた。
 何の反応もできずに、依子はただ固まっていた。
 初めてのキスは数秒で終わり、気付いたときにはもう相手の顔は離れていた。
「……依子ちゃん」
「……」
 依子は何も言わない。何を言えばいいかわからなかった。
 恋愛に疎い依子でも、守の想いの深さは充分感じ取れた。
 こんなに好かれてしまっている。こんなに愛されてしまっている。
 それはきっと嬉しいことだ。この胸の高鳴りはキスの余韻だけじゃないと思う。
 だが、その深さが、依子には辛かった。
「……」
「……」
 互いに何も言えず、時間だけが無為に過ぎる。
 清流の音がやけに哀しげに聞こえた。冷たい風に体を縮め、空を見上げる。
 暗い雲が少しずつ天を覆っていくのが見えた。


 雪が降ってきそうだったので、二人は川辺から離れた。そのまま緋水の家へと歩き始める。
 気まずさから互いに一度も口を開かなかった。喧嘩ではないが、不用意に何かを言えばより気まずさが増すのではないかという危惧があって、会話を躊躇させた。
 こんなに互いの心が乖離したことがあっただろうか。依子は以前を振り返り、寂しくなった。前みたいにずっと兄でいてくれれば、こんなに悩むこともなかったのに。
 だが、守はずっと想いを抱えていて、何も感じていなかったのは自分だけだったのだ。いつかは向き合わなければならないことだったはずだ。
 縁視の力を持っていたにも関わらず、守の想いに気付かなかった自分は本当に馬鹿だ。何のための力だろう。
 想いを受け入れた方がいいのだろうか。このいとこの真剣な想いを、受け入れて、
「……?」
 気付くといつの間にか屋敷の前に着いていた。
 門の前には、着物を着付けた姉の姿。
「お姉ちゃん」
「……」
 依澄は不思議そうにこちらを見つめてきた。小首を傾げて漆黒の瞳を優しく和らげる。
 依子には理解できない、優しさを湛えた目。どんなときも色褪せることのない深さを持つ目。
 昔から、姉はよくわからないところがあった。
 歳が少し離れているせいもあるだろう。いつだって依子の先にいて、依子を守ってくれる存在だった。
 誰にも頼らず、弱味を見せない。そして誰かのためにいつも働きかけるのだ。
 依子はそれがずっと嫌だった。姉を守りたくて、姉の役に立ちたくて、一生懸命背伸びをしていた。
 後継を競ったのもそれが理由だった。才能はなかったが、姉に憧れて、同時に負担を減らしたくて、依子は依子なりに頑張った。
 だが、それが報われることはなかった。いつだって依子は助けられる側で、姉は一人違う場所に立っていた。
 そんな姉が一つだけ執着するものがあった。同い年の男の子だ。
 縁視によってずっと見てきたのだ。姉が他とは違う想いを彼に抱いている様を。そしてそれはきっと今でも変わらない。
 なのに、その彼は自分のことを好きだと言う。
 応えられるわけがなかった。その想いに応えてしまったら、姉はもう、何も特別なものを持たなくなってしまう。
 ずっと守られて、こちらは何も返せなくて、さらには逆に奪おうとしている。そんなことできるわけがなかった。
 依子は思う。自分は守が好きなのだろう。恋愛か親愛かはともかく、想いに応えたいと思うから。
 だが、姉も同じくらい大好きなのだ。ならばそれに対してどうするかは、もう一つしかないと思う。
 依子は気軽な口調で話しかけた。
「お仕事終わったの?」
 依澄はこくりと頷く。
「雪降るらしいから早く中に入ろ? 今日はマモルくんもこっちで食べてくって言うし」
 できるだけ平静な声で言うと、依澄が口を開いた。
「……何か、ありましたか?」
 静かな問いにどきりとした。
 口を開いたということは、今の問いかけが依澄にとって重要であるということだろう。何かを感じ取ったのかもしれない。

510 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:37:14 ID:geiosX30]
 依子は微笑み、首を振った。
「何もないよ。河原に行って、懐かしい気持ちに浸ってたの」
「……本当に?」
 依澄は訝しげな顔で、依子ではなく守を見やった。
「えっと、」
「本当だよ。ね?」
 依子は目で守を抑える。守はうまく返せずに黙り込んだ。
「……」
 依澄はしばらく不審な顔をしていたが、やがて何も言わずに小さく頷いた。
「どこまで行ってたの? 遠出って聞いたけど」
「少し、東京まで」
「東京……私ほとんど行ったことないなぁ。ディズニーランドには行ったけど……あれは千葉か」
「……」
「でも早く帰ってこれてよかったね。夜から一気に寒くなりそうだもんね。遅くなってたらきっと大変で……」
 依子は空々しい会話を続ける。
 棘が深く突き刺さるようで心が痛かった。


 部屋の襖を閉めて隅の暖房ヒーターのスイッチを入れると、依子は行儀悪く畳に寝転がった。
 どっと疲れが出て全身に広がっていく。天井に向かって大きく息を吐き出し、ゆっくりと目を閉じた。
 誰かが前に言っていた。
「お前には誰かいるのか?」と。
 いる。依子には大切な人たちが。才能がなく、力も失った自分を支えてくれる、大切な家族。
 それは、依子が縁視によって誰かを手助けしていたのとは違うのかもしれない。
 それでも依子は救われた。それの一番はやはり姉なのだろう。姉がきっかけを作ってくれたからこそ、依子はここに戻ってこれたのだから。
 なのに、自分には何も返せない。
 そんな自分にできることがあるとすれば、

 思考を巡らせるうちに、依子の頭はゆっくりと眠りに落ちていった。
 夢は、見なかった。


「……?」
 自室の布団の上で体を休めていた神守依澄は、不意に違和感を覚えて顔を上げた。
 外の方で何か妙な気配がするのを感じ取った。外と言っても近くではなく、屋敷から三キロメートルは離れているようだが。
 この緋水の土地では依澄の感覚は文字通り『神懸る』。
 普段なら絶対に捕捉できない距離だが、土地神の力が憑依するこの地では、依澄の霊感は極限まで研ぎ澄まされるのだ。
 依澄は気配の位置を正確に捉えるために意識を集中させた。
「……」
 少しだけ驚く。
 対象は魂が何にも守られていない、剥き出しの状態のようだ。しかし明確な意思を持たない脆弱な霊とは違い、動きは知能の高い生物のそれである。
 珍しい。生霊がこの地に来るなんて。それも二人も。
 悪意や殺意は見られないので悪い相手ではなさそうだ。むしろ魂の質は優しい感触を受ける。
 なぜかこちらに向かっている。
 ゆっくりながら、確かにこちらを目指して来ている。何の用だろうか。少なくとも依澄に心当たりはない。
「……」
 屋敷の周囲には結界が張ってある。こちらから招かない限り侵入される心配はない。
 依澄は迷う。対処すべきかどうか。放っておいても問題はなさそうだが。
 しばらく様子を見よう。依澄は相手の位置を捕捉したまま、再び横になって目を閉じた。
 居間の方では両親が守と話をしているようだ。
 そして依子は、自分と同じように休んでいる。
「……」
 魂が昨日よりもブレている。心が不安定なためだろうが、何か心配事を抱えているのだろうか。
 依澄は体を休めながら、意識は一切休まずに周りに気を配っていた。
 何かあれば、いつでも飛び出せるように。

511 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:39:00 ID:geiosX30]
 声が、聞こえた。

 瞬間、依子は驚きのあまり飛び起きてしまった。
「え……?」
 周りを見回す。
 高い天井に小さな卓。暖房の音は微かで、障子の向こうからしとしとと音が聞こえる。雪が降っているようだ。
 何も気にするようなものはない。
(夢だったのかな……)
 人はいつも夢を見ているというが、必ず覚えているわけではない。今の依子に夢の記憶はなかった。
 ただ、声が聞こえた気がしただけで。
 知った声だった。
 それに気付いた瞬間、依子ははっとなった。
 なんとなく、もう会うことはないのだろうと思っていた。なのにその声を聞いたというのは、不思議な縁を感じる。
(そうか……)
 縁を見る能力がなくなったからといって縁そのものがなくなったわけじゃない。
 たぶん彼女とはまだ縁が繋がっているのだろう。
 あんな別れ方をしたために中途半端になっていたが、心の隅でずっと気になっていた。
(……力はなくなっても、縁は残ってるんだね……)
 少しだけ嬉しくて、少しだけ悲しかった。
 それが今の自分なのだ。
「……」
 声が聞こえたということは近くに彼女がいるということだ。なぜ彼女がこの地にいるのかはわからないが。
 依子は立ち上がると、ハンガーにかかったコートを取り、素早く羽織った。
 そして暖房のスイッチを切ると、部屋を出て玄関へと向かった。


 その頃守は、緋水夫妻と居間で話をしていた。
 依子も依澄も疲れたのか、自分の部屋で休んでいる。夕食までまだしばらくあるので、守は昭宗と火梁に対する愚痴などで盛り上がっていた。
 そこに夕食を作り終えた朱音も加わり、三人で談笑していたのだが、途中から朱音が昔の話を始めた。
 それは、依子の話だった。
 朱音が依子にどんな気持ちを抱いているのか、どれだけ依子を大事に思っているのか、その話からはっきりとした愛情が伝わってきて、守は嬉しくなった。
 依子は愛されている。周りにとても恵まれ、大事にされている。
 だが依子は、それを素直に受け取ろうとしないところがある。
 その理由はわからないが、守はそれが嫌いだった。依子は幸せになっていい人間だし、幸せになってほしいと思う。できることなら自分の手で幸せにしたいと思う。
 好意を受け取るのを怖がらないでほしい。それをわかってほしいと切に思った。
「……あれ?」
 玄関の方で音がした。足音と、扉が一旦開いてすぐに閉められる音。
「……依子ちゃん、かな」
 守の鋭敏な聴覚は靴音の微妙な差異を聴き分けた。依澄の草履の音ではなく、スニーカーの軽い靴音だった。
 時刻は七時。外はもう真っ暗だ。加えて雪もちらほらと降り始めているようで、外に出るのは少々危ないだろう。
「ちょっと見てきます」
 守が言うと、朱音はにっこり笑ってひらひらと手を振った。
「帰ってくるまでにご飯並べておくから。りこちゃんをよろしくね」
 そして立ち上がろうとした昭宗の腕を掴み、台所へと引きずっていく。
「あっくんは手伝い」
「いや、私も依子が心配、」
「『盾』は主に逆らっちゃダメ。それに、まーくんに任せとけば大丈夫よ」
「……」
 ずるずる連れていかれる昭宗に、守は苦笑を浮かべた。
「すぐに戻りますから」
 守はそう言うと、少しだけ速い足取りで玄関へと向かった。


 外に出ると、真っ暗な空から白い雪がさらさらと流れるように降っていた。
 玄関の明かりを受けて微かに輝く銀色。寒々とした風が顔を撫で、依子は身震いした。

512 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:41:47 ID:geiosX30]
 また、声がした。
(聞こえる?)
 聞こえた。はっきりと、頭の中に少女の声が。
 依子は庭をそろそろと慎重な様子で渡り、門の前まで近付いた。
 いるのだろうか、そこに。
 門を開けた。
 広がる闇の中、家の前の常夜灯が雪景色を照らしている。
 誰もいなかった。
 依子は一瞬きょとんとなり、それからため息をついた。白い息が顔にかかるように立ち上る。
 気のせいだったのかもしれない。考えてみれば当たり前だった。彼女がここまで来ているわけがない。私がここにいることさえ知らないのに。
(…………依子)
 そのとき再び声が頭に響いて、依子は弾かれたように顔を上げた。
 門から出て依子は駆け出す。近くまで来ている。なぜかは知らないが、確かに今の思念は、
「――」
 白い世界の真ん中で、依子は案山子のように立ち尽くした。
 目の前に小さな人影が立っている。その背は依子よりずっと小さくて、依子よりずっと深い目を持っていた。
「……美春さん」
 美春という名の少女は、小さく頷いた。


「……どうしてここが?」
 依子の質問に思念が返ってきた。
(明良に手伝ってもらったの。明良は魂を感知したり探すのが得意だから)
「あきら……?」
(私のパートナー。この前、あなたも会ったはずだけど)
 言われて依子は思い出した。見た目は美春とそう変わらないくらいの歳の少年。彼が明良というパートナーなのだろうか。
「え? でもその人は?」
 姿が見えないことに疑問を抱くと、美春が答えた。
(彼も私と同じ生霊。ただ、普段は幽体でいるから今は見えない。でもちゃんとここにいる)
「そう、なんだ」
 見えないが、美春がそう言うならそうなのだろう。依子は気にしないことにした。
「えっと、こんばんは」
(うん……)
 二人は互いに挨拶を交わし、そして黙り込んだ。
 何を言えばいいのだろう。どこかに引っ掛かっていた思いがあったはずなのに、本人を目の前にするとそれが出てこない。
 依子は目前の少女を見やる。相変わらず口を開かない。
 やっぱり姉に似ていると思った。直接会うとどう接すればいいか迷ってしまうところまで、よく似ている。
 美春が微かに身じろぎをした。
(あの)
「う、うん」
(私……あなたに謝りに来たの)
「……え?」
 予想外の言葉に依子は戸惑いの声を上げた。
(あの時のことをずっと謝りたかった。あなたの大事なものを壊してしまって、謝りきれないくらい申し訳なく思ったから……)
「……」
 依子は絶句した。こちらは美春に対して恨みなど少しも抱いていないのだ。それなのに、
(償いなんてできないことはわかってる。でもこれだけは、改めてきちんと伝えたかった。だから……ごめんなさい)
 深々と頭を下げてくる少女に、依子は軽く息を呑んだ。
 この人はそのためだけにこんなところまで来たというのか。たった一度しか会っていない人間にただ謝るためだけに。
 依子はほう、とたまっていた息を吐き出した。
「いいの、もうそのことは、別に」
(……でも)
「また少し、お話したいけど……いいかな」
 雪が弱くなった。寒さは変わらないが、だいぶましになった。
(……うん)
 少女の頷きに依子は小さく微笑んだ。

513 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:44:13 ID:geiosX30]
 結界が張ってあるため、美春は屋敷内に入れない。依澄に頼めば解いてもらえるだろうが、今は姉と顔を会わせたくなかった。
 二人は屋敷から少し離れて、畑道の傍らにぽつりと建っている東屋に入った。
 町内にある休憩場所の一つで、畑仕事の合間によく使われている場所だ。寒さはあるが、雪を被らなくて済むのでましといったところか。
 木製ベンチに腰掛けると、二人は顔を見合わせた。
(……話、って?)
「あ、うん……」
 依子は軽く深呼吸をして気を落ち着かせる。
 別に大層な話をするわけではない。ただ、わだかまりなど一切ないことをちゃんとわかってもらいたかった。
「ここ、私のふるさとなの」
(……そうなんだ)
「うん。でも私は八年間戻ってこなかった。戻れなかったの」
 美春が訝しげに目を細めた。
 依子は続ける。
「緋水の神様……ここの土地神様に私の魂を受け入れてもらえなくてね、ここから離れなくちゃならなくなったの」
(……?)
「でも美春さんが私の魂の形を変えてくれたおかげで、私はここにまた戻ってこれた。美春さんにそんな気がなかったのはわかってるけど、それでもここに戻ってこれたのは美春さんのおかげ」
(それは……)
「だから、恨むどころかむしろ感謝してるの。美春さんが負い目を感じる必要なんてないんだよ」
(……)
 美春は何も言わない。無表情な顔は、話を理解できているかどうかもよくわからない。
 ただ、納得はできていないようだ。
(……私の犯した失敗が功名だったと?)
「結果的にね。だから気にする必要はないんだよ」
(……それは、責任を負わなくていい理由には、ならない)
 無表情に美春は思い捨てた。
「そんな、頑なにならなくても」
(違う。あなたはもう縁の力を失ってしまったんでしょう? それは決して軽くないんじゃないの?)
「――」
 真正面から問い掛けられて依子は息が詰まった。
 それは――その通りだった。生まれた時からそれがあるのが当たり前で、今ここにないというのは、強烈な違和を感じて、
 何より、怖い。
 感覚を失うということがこんなにも怖いとは思わなかった。この一週間そ知らぬ顔をしながらも、ずっと不安だった。
 だが、
「……うん、それは確かにそうだよ。でも、何かを失ったわけじゃなかった」
(……え?)
「周りは何も変わっていないよ。友達は普段と同じように接してくれるし、家族は昔と同じように温かい。大切な人たちはみんな変わってないの。変わったのは私だけ」
(……)
「……ううん、本当はみんな変わっていくのかもしれない。でも私はそれに気付かないし、周りも私の変化に気付いて変わるわけじゃない」
(……)
「私がどう受けとめてどう呑み込むか。たぶん……大事なのはそれだけだと思う」
 何かが変わるということは、それほど特別なことではない。いつだって世界は変化し続けているし、永遠に続くものなど、ない。
 力を失ったこと。それは決して依子の存在や意味を否定するものではないし、うつろいゆく日常の1ページにすぎない。
 みんなあらゆる変化の中を生きている。失いたくないものもあるだろうし、失ってしまった者もたくさんいるはずだ。それでもそれを受けとめて生きている。
 依子はこれからも生きていくのだ。ならばきちんと受けとめて、日常を歩んでいかなければならない。不安でも、怖くても、生きる気があるなら進まなければならない。
 そしてその中で、大切なものを見つけていくことこそが大事なのだと思う。それは変わらない何かかもしれないし、変わってしまった何かかもしれない。
 その大切なものが、自分にとっての確かなものになるのなら、不安や怖さを乗り越えられるのではないだろうか。
「もう起こってしまったことを変えることはできないよ。私にできることがあるとしたら、『頑張る』、それだけだと思う」
 美春は無表情に思念を飛ばした。
(当たり前のことを当たり前にする……それが一番大事ってこと?)
「地道にまっすぐ進むことでしか人は生きていけないと思うの。劇的な何かを期待してもいいけど、それで何もしないわけにはいかないでしょ」
 そして依子は、にこりと微笑んだ。
 自分にできることを精一杯するのだ。そうすれば少しは、周りの人たちに何かを返せるかもしれない。
 姉にも、きっと。
(そんなこと考えてたのね……)
 美春は感心したように囁いた。

514 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:46:00 ID:geiosX30]
「あ、違うの。ずっとこんな考えを持ってたわけじゃなくて、さっきなんとなく思ったことなの」
(……そうなの?)
「美春さんが来るまでずっとうじうじ悩んでた。でも美春さんに会って、ふっきれたというか」
 ちゃんと縁は繋がっている。これまでにやってきたことが水泡に帰したわけではないことを再確認して、これを途切らせてはならないと思ったのだ。
「だから、実はちょっと思い付きで言ったところもあるの。ごめんね、偉そうなこと言って」
 そのとき、美春が優しげに微笑んだ。
 綺麗な笑顔に不意を突かれ、依子はどきりとする。
(強いのね、あなたは)
「……そ、そんなことない、けど」
(でも、もう少し肩の力を抜いてもいいと思う)
「え?」
 生霊の少女は笑みを収める。
(さっきから気になってた。無理して明るく振る舞ってるみたいだけど、本当は元気ないのかも、って)
「…………」
 依子は言葉を失う。見た目は少女でも中身はずっと大人なのだろう。その鋭敏さは脱帽ものだった。
「かなわないなあ……」
(何かあった?)
 依子はごまかし笑いを浮かべながら髪を撫で上げた。
「うん……なんていうか、私は恋愛には向かないなぁ、って話」
(……色事?)
「や、そんなんじゃなくて、ちょっと迷ってるというか」
 うまく言えなくて、依子は悩ましげにポニーの黒髪を揺らす。


 守は白い息を吐きながら、夜目を凝らして依子を探していた。
 そんなに慌てるでもなく、屋敷の外を歩き回る。小降りの粉雪が僅かながらうっとおしいが、常夜灯が視界をかなりクリアにしていた。
 しばらくして、少し離れた東屋に人影を発見した。
 二つの影が見えた。声から一人は依子と判断する。ただ、もう一方から声は聞こえない。喋っているのは依子一人だ。
 誰と会っているのだろうか。
 目を凝らすと、依子よりも一回り小さい少女が、依子と共にベンチに座っていた。
 邪魔をしてはいけないと思い、守は物陰に隠れたまま待機した。
 ぽつりぽつりと呟かれる声が耳に届く。立ち聞きはしたくなかったが、鋭敏な聴力が嫌でも拾ってしまう。
 自分にも関係のある話のようだった。


 依子は話した。姉のことを。守のことを。自分の気持ちのことを。
 どちらも大好きで、だからこそ迷っていることを。
 かつて依子は守に言った。相手を傷付けることを恐れて中途半端になってしまう、と。
 あのとき依子は、理解のためなら踏み込むと明言した。しかし今、果たして同じことを言えるかといったら、言えないかもしれない。
 あのときは縁視の力があった。だからあんなことを言えたのだ。だが今は違う。今の自分は裸に等しい。ただの弱い一人の人間だ。
 それでもいい。やるべきことは決まっている。依子はそれを包み隠さずに話した。
「もう私はマモルくんに会わない方がいいのかもしれない。会うと意識するし、向こうも私を意識する。でもそれだと、お姉ちゃんに悪いから」
(……譲るの?)
「譲るなんて……マモルくんは物じゃないよ。でもまあ、そんな感じ。私よりもお姉ちゃんの方が絶対マモルくんのこと好きだと思うし」
(……)
 それが一番だと依子は考えていた。守には悪いが、姉を悲しませたくなかった。
「随分とシスコンかもね。でも、そうしたいから」
(……本当に?)
 美春が首を傾げて言った。
 それは別に普通の、何でもないただの問い掛けだった。思念の響きも決して強くない、素朴な問い。
 なのに、なぜか依子は怯んだ。

515 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:51:26 ID:geiosX30]
(本当に、そうしたいの?)
 重ねられる問い。
「う、うん」
(……それで、あなたのお姉さんは幸せになれるの?)
「……え?」
 もちろん、と言おうとして、なぜか躊躇した。
 どうして。
(……私はその人と会ったわけではないから、本当のところはわからないけど、でももし私がその立場なら……嬉しくないと思う)
「……」
(その決意はお姉さんと話をして出した結論なの?)
 依子は首を振る。
 生霊の少女はため息をついた。
(それじゃ意味がないよ。一人だけわかったつもりになっても、一方通行になったらどうするの?)
「でも……」
(話をすること。あなたがお姉さんのことを大切に思っているのなら、なおさらね。お姉さんのこと苦手?)
「……ちょっとだけ」
(でも頑張らなきゃ。当たり前のことをやり抜くなら、お姉さんとちゃんと話さないといけない。そう、思う)
「……」
 厳しいな、と依子はうつ向く。
 話す。ただそれだけのことをするのにこんなにもためらってしまうのは、自分に勇気がないからだろうか。
(依子)
 名前を呼ばれて依子は慌てて顔を上げた。
 すぐ目の前に小さな手が伸ばされていた。
 驚く間もなく、小枝のように細い指が頬に触れる。
 ひやりと冷たい感触は、周りの寒々とした空気よりもずっと肌に浸透してくる。
(あなたはもっと好意を受け入れるべきだと思う。他の人の幸せを願うのも構わないけど、自分が傷付いてまでそれをする必要はどこにもない)
 両頬を優しく挟まれながら頭に流れてくる思念。
 諭すような言葉はまるで母親のように慈愛に満ちていたが、依子は素直に頷けなかった。
「でも……お姉ちゃんはいつも誰かのために生きているんだよ? なのにお姉ちゃんのために生きる人は誰もいないの?」
(あなたがいるじゃない)
「私なんか――」
(家族がいる。好きな人がいる。守りたい人がいる。お姉さんを支えるのは周りの人たち。いとこの子だけじゃない)
「……」
(肩の力を抜きなさい、依子。生きるのは大変だけど……そうね、『楽しめる』ことなのだから、そんな泣きそうな顔をしてはいけない)
 頬を包む両手に微かに力がこもった。
(いとこの子に会いたくないのなら離れてもいい。でもそうではないのなら、少しでも一緒にいたいと思うなら、その気持ちに素直になるべき)
「…………私は」
(自信を持って。あなたはいろんな人たちを助けてきたのでしょう。それは縁の力じゃなく、あなたのおかげ。そんなあなたが、姉を支えられないわけがない。いえ、ひょっとしたらもう支えになっているのかもしれない)
「…………」
 少女はとても深い、祝福の笑みを湛え、耳元で囁いた。
(偉そうなことばかり言ってごめん。話は終わり。もう行って。このままだと風邪をひいてしまうから。ほら、迎えが来てる)
 美春の手が離れ、依子の後ろを指差した。
 振り向くと、守が小さく白い息を吐いて立っていた。どこか気まずそうな風だ。
 そして顔を戻したとき、もう少女の姿はなかった。
「美春さん!」
 呼び掛けにどこかから思念が届いた。
(さようなら、依子)
「また、また会えるよね?」
(……)
 しばしの沈黙の後、返事が返ってきた。
(……友達でしょ? なら……きっとまた会える。お互いに、縁を大切に思っていれば)
 思念の声はどこか嬉しそうだった。
「約束だよ? 絶対にまた――」
(うん。またね……)
 そうして思念は闇に消えた。

516 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:53:43 ID:geiosX30]
 二つの人影が離れていくのを遠くから見つめ、美春は小さく頷いた。
(ちょっとすっきりしたかも。会えてよかった)
 間近にいる守護霊の少年に囁く。
 少年のからかうような思念が返ってきた。
 美春は僅かに頬を赤らめる。
 と、
(どうしたの?)
 不意に、少年の気配が緊張と警戒に変わった。
(……?)
 顔を上げる。そして左に目を向けて、よく目を凝らした。
 人影が一つ、闇の中で微かに揺れ動いた。
(誰?)
 思念を飛ばすと、相手は常夜灯の下にゆっくりと姿を現した。
 日本人形のように綺麗な黒髪を持った、美しい女性だった。
 着物姿の大和撫子。肌は雪に負けないくらい白く、服の上から窺えるほっそりした肢体は控え目ながら女性らしさに満ちていた。
 和傘をさしたその麗人は、厚着でもないのに、寒空の下で身じろぎ一つ見せない。
(……あなたは?)
 思わず飛ばしてしまった思念に、麗人は答えた。
「姉です」
 短い答えに美春ははっと気付く。
(依子の……お姉さん?)
「神守依澄です。先程は妹がお世話になりました」
 姿勢のよい丁寧な一礼に美春はつい見とれる。
(……見てたの? 気配を感じなかったけど……)
「……」
 依澄と名乗った女性は、質問に答えなかった。
 ただ、言った。
「あなた……言霊を使いますね?」
(!?)
 唐突な質問に、美春はらしくもなく狼狽の表情を浮かべた。
 依澄の言葉は質問というより確認に近い響きだった。確信しているのだろうか。
(……わかるの?)
「はい……私もそうですから」
(? でも、普通に話して……)
「言霊の制御に多少は慣れていますので」
 軽く言ってのけたが、それがどれほど凄いことか、美春にはわかる。強い霊力を持つほど、その制御は難しいのだ。
 目の前の美人は美春が出会った中でも最高レベルの霊能者だ。気味が悪いくらい魂が安定している。
 何より、美しい。外見もだが、魂そのものが。
 本当に人なのだろうか。疑問さえ感じてしまう程に、体と魂が完璧に調和している。
 依子が苦手と言った意味がわかる気がした。彼女は『ひどく』特別だった。
 美しさに目を奪われていると、依澄がおもむろに傘をたたみ始めた。
 小さく一礼する姿に、美春は戸惑った。一体、何を。
 そして、
『あなたは言霊を使えません』
 瞬間、強烈な霊波が美春の魂を縛った。
 剥き出しの魂に直接言霊をぶつけられて、美春はたじろぐ。
 しかしそれも一瞬で、すぐに立ち直った。
(急に……何?)
 予告もなしにいきなり不意打ちを喰らわされたことに少しむっとして、美春は相手を睨んだ。

517 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 02:56:17 ID:geiosX30]
 依澄は動じた様子もなく、言った。
「喋ってみてください」
(……?)
 そこで美春は思い返す。今、彼女はなんと言った?
 口を開いてみた。
「……まさか」
 呟いた瞬間、美春は自らの口を両手で押さえた。
 霊波が……出てない?
 もう一度口を開く。
「あ……」
 やはり、霊波は出てない。
 恐る恐る顔を上げると、依澄は満足げに微笑んでいた。
「……あなたの言霊の力なの?」
 依澄は頷く。その顔には何の邪気もなく、つい見とれてしまう。
 一目でこちらが言霊の力に縛られているのを見抜いたのだろうか。
「通じるようですね……では、これも」
 さらに依澄は、小さなお守りを差し出してきた。
「……これは?」
「この土地の神様のお守りです。中に私の言霊の力を込めた護符が入っています」
 依澄は雪より透き通る、綺麗な声で言った。
 彼女の言霊の力は声だけではなく、書いた文字にまで影響するらしい。すぐに消える声とは違い、文字の力は破損しない限り半永久的に残るのだそうだ。
 つまり、これを身に付けていれば、美春はもう言霊の力に悩まされずに済むのだ。
 思いもしなかった出来事に、美春は喜ぶより先に困惑していた。
「どうしてこんな……」
 依澄は再び微笑む。
「……依子の友達、ですから」
「……それだけで?」
「あなたのような方が依子の周りにいて下さるのですから、きっと……あの子は幸せですよね」
 目を細め、穏やかに微笑む依澄。
 その目は何を見ているのだろうか。美春には判断できなかった。
 ただ、彼女が本当に妹を大切に思っていることは理解できた。
「……あなたがおせっかい焼きだということはわかった。姉妹揃ってお人好しね」
「……」
 依澄は何も言わない。
 美春は相手の裡を推し測るように強く見据える。
「……あなたは肩の力が抜けているようね」
「……?」
「妹とは違うってこと。あなたは無理してないみたいだから」
「……」
 美春は姉妹の間に決定的な違いがあるのを確信した。それは能力の差ではなく性質の差で、依澄の異常性を際立たせるものだったが、納得できるものだった。
 これに比べると依子は随分と正常だ。そしてこれは、憧れたり目指したりする地点にはないのかもしれない。
 美春はため息をついた。
「依子と話をしてあげて。あの子の葛藤は些細なものだけど、その些細なものに迷うのが普通の人だから」
 依子は姉とは違うのだ。助けがないと生きていけないし、助け合って生きるのが当たり前だ。
 依澄のように助けっぱなしの人間の方がおかしいのだ。
「ありがとうございます。……駅までお送り致しますが」
 背中を向けた美春に、依澄の声が届く。凛として、雪よりも清涼な音。
「いらない。あなたはさっさと家に戻って、妹に構ってあげて」
「……」
「あとありがとう、お守り。すごく嬉しかった」
「……はい」
 美春は返事を聞き届けると、振り返りもせず、そのまま歩き出した。
 そこで依澄は言った。
「あなたも、生きることを『楽しんで』下さい」
 一単語だけ強調して言われた。依子との話を聞かれていたのだろう。
 少し前ならあんなこと、誰に対しても言わなかったかもしれない。
 でも、今の美春には友達ができたから。
「ええ、お互いにね。依子によろしく」
 それだけ言って、今度こそ美春はその場を後にした。
 少しずつ降り積もっていく雪の絨毯に、生の足跡をしっかりと刻み込みながら。



518 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:00:02 ID:geiosX30]
 屋敷に戻った依子と守は食卓で温かい料理に出迎えられた。
 羊肉ステーキにほうれん草と人参のソテーを添え、ミートボールとトマトのスープ、二種類のサラダが脇を彩る。デザートにフルーツの盛り合わせが並ぶ。
 朱音は帰ってきた二人ににこやかな笑顔を振り撒くと、すみちゃんももうすぐ来るからちょっと待っててね、と言った。
 濡れた髪を拭き終わる頃になって、依澄が姿を現した。
 依子はつい気を張りそうになったが、美春の言葉を思い出して小さく息を吐いた。
 肩の力を抜く。それはたぶん、いつもの、当たり前の依子でいろということなのだろう。
 難しいことではない。本当に、ただの依子でいればいいのだ。
 この世界で、ただ一人の人間として、唯一の自分として。
 やがて全員が卓につき、にぎやかな夕食が始まった。


 食事を終えて依子が一息ついていると、向かいに座る依澄が言った。
「お風呂、一緒にどうですか?」
 依子は意表を突かれて目が点になった。
「あ……うん」
 なんとなく頷くと、なぜか依澄はにっこり笑った。
 こちらが驚いてしまうくらい嬉しそうな顔だった。


 緋水家の浴場は広い。
 浴室ではなく浴『場』という時点でそれはもう間違いない。実際に目にすれば、浴場から『大』浴場に格上げしたくなるほどの広さだ。
 これもやはり大人数がいた頃の名残だった。昔は真ん中を壁で仕切って男女別に分けていたらしいが、今はもう壁も取り除かれている。
 掃除が大変だが、そこはお手伝いに任せている。ちなみに現在緋水家が雇っている使用人は三人で、主に掃除担当である。
 その広々とした浴場の隅で、依子は依澄に髪を洗ってもらっていた。
 熱気のこもった浴場には二人しかおらず、シャワーの音がやけに虚しく響く。
 依子はちょこんとイスに座り、背後の姉に任せる。
 依澄は依子の黒髪を優しげな手つきで撫でると、シャワーですすいでいった。それから手の平にシャンプーを泡立て、丁寧に洗い始める。
「依子」
 ごく自然に名を呼ばれた。それに対して依子は流されるように声だけを返す。
「なに?」
「守くんのこと、好きですか?」
 心臓が止まりそうになった。
「なっ……!?」
 振り返ろうとする依子の肩を、依澄は両手で押さえ付ける。
「動かないで下さい」
「……うん」
 織物を織るように、依澄の手つきは繊細に動く。
 くすぐったい感触が心地よい。わしゃわしゃという泡立ての音が耳に響いた。
「……私は好きです。昔から、ずっと」
 囁くように、依澄は言った。
「たぶん初恋で……今も変わらないです、それは」
「……」
「でも私は彼を選びません」
「……どうして?」
 依子の問いに、依澄は答えなかった。
 依澄が蛇口を捻り、再びシャワーからお湯を出す。
 温かいお湯を髪にかけられて、依子は体をすくませた。目をつぶってじっと動かずにいると、泡とお湯が体を流れていくのが感じとれた。
「彼はあなたを選んでいますから」
 シャワーの途切れと共に、依澄が囁いた。
 数秒の間。
「……それだけ?」
 依子の確認に依澄は頷く。

519 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:02:04 ID:geiosX30]
「でも、好きなんでしょ?」
「……」
「なのに諦めるの?」
「……諦めるのとはちょっと違いますが……そうですね」
 その淡々とした返しに、依子は悲しくなった。なんでこの人はこんなにも執着がないのだろう。
「なんで……どうしていつもそうなの?」
「……?」
「ずっとそうじゃない。昔から、なんでも簡単に私に譲って、なんにも我が儘言わなくて、人の頼みを断らなくて、そんなの……」
 好きなおもちゃも、お菓子も、お洋服も、依澄は人が欲しがれば簡単に譲った。
 ものだけじゃなく、心さえそうだった。常に周りに気を配り、自分のことは二の次。いつも自分は後回しで、そっちのけだった。
「少しは自分を大切にしてよ……執着を持ってよ……私は、お姉ちゃんに幸せになってほしいのに……」
 口が震える。言葉を募らせるうちに涙が溢れてきて、やがて止まらなくなった。
 依子の願いはそれだけなのだ。自分ばかり幸せになるなんて、そんなのは間違っている。
 もしかしたらこの世で一番優しいかもしれないこの人が、どうして幸せになれないというのか。そんなこと、許せるわけ、
「……私は幸せですよ」
「……え?」
 とめどなく流れる涙の中、依子は姉の言葉にぼんやりと顔を上げた。
 目の前の鏡に、依澄の微笑む姿が映っている。
「家族がいます……好きな人がいます……こんなにも愛してくれる大切な妹がいます」
「……」
 その言葉はさっき美春が口にしたことと重なるようで、依子は奇妙な既視感にとらわれた。
「それに……私の何よりの望みは、『他の人たちの幸せ』なのですから、私自身が恵まれても、それは私の幸せにはなりません」
「……どういう意味?」
「私は、自分に執着を持つことが『できない』んです」
 さらりとした調子で、依澄は言った。
 依子は押し黙った。
「……そういう性質なんです。まったく執着がないわけではありませんが、他人と自分を天秤にかけたら、他人を優先してしまう。それは変えようがないし……変える気もありません」
「……マモルくんが欲しいとは思わないの?」
「あなたを悲しませてまで欲しいとは思いません」
 けれんみなど微塵もない言葉。
 依子は何も返せず、ただうなだれた。
「でも……私は……」
 不意に温かい感触が背中いっぱいに広がった。
 依澄が依子の体を背後から抱きしめたのだ。
「お、お姉ちゃん!?」
 いきなりのことに依子は頓狂な声を上げた。
 細腕が強く体を締め付けてくる。痛くはなかったが、乳房の柔らかい感触と肩越しに頬にかかる吐息が密着を明確に感じさせ、ひどく気恥ずかしくなった。
「……最初、あなたに会いに行くのが怖かったんです」
「――え?」
 意外な告白に依子は目を丸くした。
「恨まれているかもしれない。そうでなくても会いに行ったりしたら、あなたに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。そう思うと……怖くて仕方ありませんでした」
「……」
 それは少なからず驚きだった。ほとんど完璧とも言える姉が、そんなことを思っていたなんて。
「……でも、私の恐怖よりもあなたの不安を取り除く方が大事でしたから、私はあなたに会いに行きました。……行ってよかったと思っています」
 依澄は諭すように耳元で囁く。
「私はそうしたいからそうしました。あなたもそうしてください。だから――答えて。守くんのこと、好きですか?」
 真摯で真剣な問いに、依子は咄嗟に答えられなかった。
 だが、ひょっとしたら、もう心の中では決まっていたのかもしれない。
 拙く淡い答えが、七歳の頃から。
 依子は高揚する胸を押さえて深呼吸した。
「……好きだよ。たぶん、もうずっと前から」
 依子にとって、守は兄だった。なぜならば、姉が好きになった相手だったからだ。
 二人が結婚すれば、守は自分の兄になる。幼いながらそんな知識と認識があり、依子はずっとそれを受け入れてきたのだ。
 だが、本当に心の奥底では。

520 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:03:49 ID:geiosX30]
「好き。マモルくんが大好き。ずっといっしょにいたいくらい大好き」
「……」
 依澄は腕の力を緩め、体を離した。
 依子は体ごと振り返って姉に向き直る。
 顔を見ると、微笑ではなく、はっきりと深い笑みを湛えていた。
「今のはなかなか可愛かったですよ、依子」
「……へ?」
「肩の力も抜けてるし、素のあなたって感じですね。それでいいんです」
「……」
 美春と同じようなことを言う。
「あとは、彼に伝えるだけですね」
「え?」
「告白して、キスの一つでもしてあげたらどうですか?」
「な……」
 依子は絶句して、息を呑む。昼の、川辺での出来事を思い出して、思わず赤面した。
 茹で蛸のようになってしまった依子に依澄が首を傾げる。
「……ひょっとして、もう済ませてしまいましたか?」
「な、何が!?」
 反射的に聞き返したが、依澄は無視してうんうん頷いた。
「……ならもうあとは一つしかないですね」
「……」
「今日は守くんも泊まっていくようですし、アタックしてみたらどうですか?」
「……」
 からかわれているのか、それとも本気で言っているのか、姉の言葉に依子は困り果てた。どう答えろと。
「今日は随分饒舌だね……」
「あなたと話せて嬉しいからですよ」
「からかわれてばかりじゃおもしろくない……」
「いえ、結構本気です」
 存外に強い声だった。
「依子次第ですけど、好きな人に抱かれるのも悪くないと思います。それとも、怖いですか?」
「……」
 急にそんなこと言われても、と依子は困惑した。
 少し想像する。
 数秒後、恥ずかしさに思わずうつむいた。
 だが、あまり嫌な気はしなかった。
「勇気が持てないなら後押ししますよ?」
「……」
 依子は白い湯気の真ん中で高鳴る胸に倒れてしまいそうになった。


 布団の敷かれた客間で、守は一人考え事をしていた。
 昼間、依子が言った九年前のことを思い出していたのだ。
 あのとき依子は言った。
 ――わたし、マモルくんのこと好きだよ。
 あのときはまだ依子より依澄の方が好きで、守は彼女を妹としか見てなかった。
 だから守は言ったのだ。ありがとう、と。
 あれは誤魔化しの言葉だ。稚拙な想いをうやむやにする、卑怯な言葉。
 依子は続けて言った。
 ――あとね、お姉ちゃんのことも好き。だからずっと、三人いっしょにいたいな。
 依子自身もあまり憶えている様子ではなかったが、言葉だけ捉えると親愛の告白のようだった。
 だがもし、あれが恋愛の告白なら、
(先に告白されてたんだな、ぼくは)
 あるいは機を逃したのかもしれない。守はつい苦笑した。
 依子のことを好きになったのはそれから五年後のことだ。
 高校に通うために神守市内で一人暮らしを始めて、そして久しぶりに会ったいとこの少女に、守は次第に心を奪われていったのだ。
 小学生から中学生になって、可憐さに磨きがかかっていくにつれて、さらに想いは強くなった。

521 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:07:01 ID:geiosX30]
 理由があるかと問われると、はっきりとは答えられない。
 強いて言うなら、依澄よりもずっと人間味があって、輝いて見えたためだろうか。
 依澄はしばしば超然的な空気を漂わせていたが、依子はもっと等身大で、より身近に感じたのだ。
 例えるなら、高い嶺に咲く花と、庭先に咲く花の違いだ。
 前者は美しいが遠すぎて現実感がなく、後者は前者ほど美しくないが近くにいて安心させてくれるのだ。
 守は後者の花を愛しく思い、守ろうと決めた。
 いつか前者を守る立場に戻らなくてはならないと知っていても。

 とんとん、と襖を叩く音がして、守は物思いを中断した。
 顔を上げて襖を見やる。
「どうぞ」
 襖が開いた瞬間、守は目を見開いた。
「……」
 依子が顔を真っ赤にして立っていた。
 パジャマ姿である。ピンクの布地は薄くはないものの、体のラインが普段着よりも幾分はっきりと表れて色っぽい。
 うつ向いたまま依子は動かない。
 守は小さく唾を呑み込むと、とりあえず声をかけてみた。
「あの、どうしたの?」
「……」
 依子は答えず、恐る恐るといった調子で顔を上げた。
「……」
「依子ちゃん?」
「……は、話が、」
 か細い声でそれだけ言うと、また口を閉じてしまう。
「とりあえず入って。廊下は寒いから風邪ひくよ?」
「……」
 こくん、と頷くと、そそくさと襖を閉めて中に入ってきた。守は隅の座布団に手を伸ばす。
「あ、ここでいいから……」
 依子は首を振ってそれを制し、既に敷かれた布団の上に腰を下ろした。
 そのまま体操座りをする少女。脚線がより強調されるようで、守は思わず目をそらした。
「は、話って?」
「うん……」
 訊いてみるものの、依子はなぜか話さない。
 何度か逡巡して、何かを言おうとするのだが、またすぐ口をつぐんでしまう。
 言いにくいことなのだろうか。それとももっと別のことか。
「……昼間はごめん」
 先に話を切り出したのは守の方だった。
 依子は不思議そうな顔をした。が、すぐに思い出したのか、また顔を紅潮させた。
「あ……その……」
「ご、ごめん。なんていうか、思わず……って思わずでやっちゃいけないんだけど、でもぼくは本気で、」
 狼狽してうまく言葉がまとまらない。守は情けない気分になった。
「……ん。わかってる」
 依子が頷いた。
 守はいとこを見据える。依子は赤面したまま口をぎゅっ、と引き結んでいる。
「……」
「……」
 沈黙。
 長い静寂だった。暖房の音がぼう……と静かに鳴るだけの室内で、二人はぎこちなく固まる。
 どれだけそうしていただろうか。おそらくは一分も経っていないだろう。
 だが守には永遠にさえ思えた。この瞬間で全てが止まっているとさえ感じた。
 うつむいたまま視線を合わせないでいると、依子が微かに身じろぐ気配が伝わってきた。呼吸のための胸の収縮が、空気を揺らすようだった。
「……お母さんが前に言ってた」
 ぽつりと漏らすように、依子は言った。
「私の名前、依子の『依』にはいろんな意味と思いをこめたんだ、って」
「……それは」
 守は顔を上げる。

522 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:14:23 ID:geiosX30]
「たよる、とりつく、よりかかる、意味だけ並べると随分悪いイメージだけど、そうじゃないんだって」
「……」
「いいよりどころを持てるように、そして誰かのよりどころになれるように、そんな意味を込めてこの名前にしたんだ、……って」
「……」
 守は頷く。それはさっき、夕食前に朱音から聞かされていた話だった。
 依澄のときにも同じ理由でその漢字を使ったという。『子』の字をつけたのは子年だったかららしい。
 朱音は楽しそうに話していた。
『よりどころっていうのは特別なものじゃないの。ちょっとだけ自分を支えてくれる、ささやかな宝物みたいなもの。私は子供たちにそれを見つけてほしいなと思って、名前をつけたのよ』
 ちなみに私のよりどころはすみちゃんとりこちゃん、おまけであっくんね。そう言って彼女は笑っていた。
 伯母の顔は穏やかで、娘への深い愛情に満ちていた。
 それもきっと特別なことではない。二人を見ていればわかる。それは、朱音がとても依子を愛していると、ただひたすらに当たり前のこと。
 当たり前に、大切なこと。
「私は――依子。特別な力なんて何も持たないけど、私は私。これまでも、これからも、それは変わらない」
「……うん」
「一つ一つやるべきことをこなしていって、ずっと生きていくよ。それはたぶん、みんな同じだと思うから」
「うん」
 そこで依子は顔を上げ、守を見つめた。
「マモルくん」
「う、うん」
 まっすぐ見つめられて、守は少しだけ落ち着かなくなった。
「私ね、マモルくんはお姉ちゃんといつか結婚すると思ってたの。だからマモルくんはいつまでも私の兄で、私もずっと妹だと思ってた」
「……」
「でも、それはもう違う。九年前のあやふやな想いとも違う。私はよりどころを定めるために、今の答えを怖がらずに出さなきゃならないの。だから、言うね」
 そして、依子は紅潮した顔をぎこちなく笑顔に変えて、懸命な調子で言った。
「大好きだよ、マモルくん……誰よりも、何よりも」
 その言葉は胸に染み込むように、じわりと心に浸透した。
 九年前とは違う、明確な愛情を持って放たれた言葉。
 今の彼女が出した精一杯の答えに、守は嬉しさのあまり卒倒しそうだった。
 だから、
「……」
 守は無言で目の前の想い人を抱き締めた。
「っ、」
 驚いたように身を固くする依子。
 力一杯抱き締めたりはしない。ただ彼女の温もりを感じていたかった。
 少女の体から少しずつ固さが抜けていく。しばらくして、体操座りを崩した依子の手が、守の背に回された。おずおずとした手つきだった。
「ぼくも、大好きだ」
「……」
 間近にある頭がこくりと頷いた。


「……」
 それからしばらく、二人は動かなかった。
 守は急速に高鳴る左胸にうろたえそうになる。
 依子も同じなのか、固まった体を動かそうとはしなかった。だが、嫌がられているわけではないようだ。
 少しだけ、手を動かしてみた。
「!」
 依子の肩がびくりと強張る。守はそれに驚いて再び硬直した。
 パジャマ越しに、少女の鼓動と温もりが伝わる。
「……」
「……」
 暖房の音が小さくなっている。暖かい部屋の中で温かい感触を受けながら、守は唾を呑み込んだ。
 不意に依子が口を開いた。
「……したい?」
 一瞬何を言われたのかわからなかった。

523 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:16:24 ID:geiosX30]
「……何が?」
「……だから、……その」
 言い淀む依子の様子に守は訝しむ。しかし、
「…………え!?」
「察してよすぐに……」
「いや、だって、それって」
 守がその意味に気付かなかったのは、そういうこととは無縁なイメージを依子に抱いていたからだ。だからその言葉に、守は驚くしかなかった。
「いや、まあ、その」
「私は、別にいいよ……好き合った人同士なら、普通……だよね?」
「それは……そうだけど、でも」
「しないの?」
「あ、だって、まだ早いかもわからない、ていうか」
「……お姉ちゃんとはしたくせに」
 驚きのあまり、思わず守は依子から体を離した。
 上目遣いに守を見やる依子。
「……私とはダメなの?」
「いや、そんなことは……って、なんでそのこと」
「……お姉ちゃんに聞いた」
「…………」
 秘密にしておこうと言ったのは依澄さんの方なのに。守は心の中でぼやく。
「……」
 また静かな空間が出来上がる。
 一言で言えば嬉しい。だがあまりに唐突すぎて、どう反応したものか戸惑いがあるのも事実だった。
 前にも同じような場面に出くわしたことがあるが、今回は自分の想い人である。より強い緊張が心を縛るようだった。
 依子が、今度は幾分はっきりと言った。
「……『別に』なんて言い方は、ダメだよね。……訂正。してくれる?」
「いや、無理しなくても」
「無理じゃないよ。本当に……してほしい」
 頬をうっすらと染めながら、依子はゆっくりと、はっきりと言った。
「……」
 守はしばらく黙っていたが、やがて盛大にため息をついた。
 自分のへたれ加減に呆れた。好きな相手からの申し出なのだ。躊躇なんていらない。
 守のため息に依子がつらそうに目を細めた。
「……ごめん。急に何言ってるんだろうね、私。マモルくんも困るよね、いきなりこんな」
「いいよ」
 守が短く答えた。
「え?」
「……好きな人にそんなこと言われて、断ると思う?」
「……マモルくんならあるいは」
「いやいやいやいや」
 どんなイメージですか依子さん。
「言っとくけどぼくも男だからね。君の脳内の遠藤守像を根底から覆すくらいに激しくするかもわかんないよ」
「う……」
 たじろぐ依子。目元に若干不安の陰が浮いた。
「……どサド」
「大丈夫、優しくするから」
「いらない」
「いや、なんでそこで意地張るの」
「したいようにしてよ。私もそうするから」
 依子はどこかふっきるように言うと、おもむろに身を寄せてきた。
 守はもうためらわなかった。小さな体を抱き寄せると、その唇に自身のそれを重ねた。
 抵抗はなかった。驚くような反応もなく、柔らかく受け止めてくれた。お風呂上がりのしっとりした髪から、優しい匂いがした。
「ん……」
 みずみずしい感触に、守はたまらない気持ちになった。髪の香りが、体の温もりが、唇の感触が、こちらの興奮をあっという間に高めてくる。

524 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:18:00 ID:geiosX30]
 体を離し、二人はしばし見つめ合った。
「脱ぐね……」
 依子の小さな手がパジャマのボタンを一つ一つ外していく。守はそれをぼんやりと眺めていた。
 シャツの下には何も着けていなかった。前立ての間から覗く胸の膨らみが際どく映える。
 ボタンを外し終えると、依子はそこで手を止めた。
「マモルくんも脱いでよ……私だけなんて、恥ずかしい……」
「あ……うん」
 慌てて守も自分の服に手をかける。黒のトレーナーを脱ぎ去ると、鍛えられた体が露になった。
「……それは?」
 右脇腹に貼られた湿布に依子が眉をひそめた。守は肩をすくめて、
「昭宗さんに肘もらっちゃったからね。ちょっと痣になってて。でも大丈夫。折れてないし、すぐに治るよ」
「朝のやつ? 痛くないの」
「多少は。まあたいしたことないよ」
 しかし依子の目から不安の色は消えない。
「……やっぱりやめる?」
「そんなこと、できると思う?」
「……」
「正直、早く君を抱きたい。脱がすよ?」
 守が手を伸ばす。前立てに触れようとすると、依子の顔が強張った。
 守はあえて無視して、そのままパジャマを剥いだ。
「……!」
 上の裸身が完全に現れた瞬間、依子が両腕で胸を隠そうとした。しかし守はその手を掴んで赦さない。
 発育のよい胸が目に飛び込んできた。巨乳という程ではないが、思わず掴みたくなってしまいそうな綺麗な形をしていた。
 羞恥心に真っ赤になる少女。
 守は依子をゆっくりと布団の上に押し倒す。胸を凝視すると、依子は恥ずかしさからか目を逸らす。
 腕を離し、守は白い双房に触れてみた。
「……!」
 反射的に力の入る体の中で、二つの膨らみの柔らかさは別格だった。まるで生クリームみたいにねっとりと柔らかい。
 最初こそ抵抗の動きを見せたが、優しく揉み込んでいくうちに、依子は受け入れるように身じろぐのをやめた。
 守は美しい胸を丁寧に揉み回す。乳肌はしっとりと吸い付くようで、手の平に驚く程フィットした。
(ちょっと信じられないな……)
 今こうして触れていることは夢なのではないか。そんな疑いさえ抱いてしまう。
 桃色の先端が固さを帯び始めてきた。少しは緊張も解けてきたのだろうか。
「依子ちゃん、気持ちいい?」
 耳に触れそうな距離まで唇を近付けて囁く。形のいいその小さな耳に触りたいと思ったが、守は一旦抑える。
「……」
 返事は返ってこなかった。ただ、震える顎を微かに上下させる。弱々しい頷きだった。
 たまらない嗜虐心にとらわれて、守は喉をぐびりと鳴らした。
 真っ赤になっている右の耳たぶを甘く噛む。不意打ち過ぎたか、依子は反射的に首をすくめた。
 唇で挟むようにくわえ込み、舌で感触を味わう。柔らかい耳たぶを唾液で濡らしていくと、よりいっそう震えが強くなった。
 耳を舐めながら右手で胸を愛撫する。乳首に指を這わせると、依子は小さく喘いだ。
「かわいいよ、依子ちゃん」
「……」
 依子は答えない。
「下も脱がすよ」
 ぼんやりとした目を何度かぱちくりさせる。しばらくして無言で頷くと、ズボンをゆっくり下げようとした。
 守はそれを最後まで待てなかった。おずおずと下ろしていく依子の手を掴むと、自身の手でズボンをずり下ろした。
 下着ごと一気に脱がすと、少女の隠された下半身が明かりの下にさらされた。
「――」
 依子は困惑と羞恥で固まり、次の瞬間左手で股の部分を隠した。
 何かに耐えるようにぎゅっ、と目をつぶっているその姿に、守は心臓が壊れるかと思った。
 普段見られない幼馴染みの様子は、気が狂いそうなくらい新鮮でかわいい。
 守は正直に言った。
「ごめん。ひょっとしたら優しくできないかも」
「……」
「できるだけ痛くないようにするけど、抑え効かないかもしれない。すごく……興奮してるから」
 依子は無言だった。
 それでも左手をゆっくりとずらし、下腹部がよく見えるように腰を気持ち程度浮かせた。続ける意思はあるらしい。

525 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:22:04 ID:geiosX30]
 現れた陰部は、随分と小さく控え目に見えた。静梨や依澄のものとも違う、薄く綺麗な肉質だった。
 守は股間に右手を差し入れると、秘部に指を這わせた。割れ目に沿って上下になぞると、ぴくぴく腰が動いた。
 人差し指と中指で秘唇を撫であげる。誰も触ったことのないそこは、淡い綺麗な桃色を保っており、ここを今から征服するのかと思うと下半身が激しくうずいた。
 割れ目を執拗になぞり続ける。依子は抵抗しない。こちらに気を遣っているのかおとなしくしている。それとは正反対に、指を縦に動かすたびに体だけが小刻みに反応した。
 柔らかい感触をひたすら楽しんでいると、徐々に割れ目から液が漏れ出てきた。
 感じてるかどうかはともかく、体は反応している。これなら多少大胆に攻めてもいいかもしれない。
 指を、中に侵入させた。
「!」
 瞬間、依子の体が一際大きく震えた。
 守は耳元で、ためらい気味に囁く。
「依子ちゃんの体、触ってるだけで気持ちいいよ。だから……もっと触りたい。いいかな?」
 返事はなかなか返ってこなかった。
 十秒以上経過してから、ようやく微かな声で「ん……」と呟かれる。
 頷きがなければ拒絶の声とも取れる声。
 中指を膣の入り口に入れて、小さく抜き差しを繰り返す。始めは慣らすようにゆっくりと動かし、徐々に大きくかき回していく。
 処女の秘壺は狭かった。だが中のぬめりは確実に増しており、指に淫水の熱さが伝わってくる。
「……、……っ」
 依子は口をぎゅっ、と結んだまま懸命に耐えている。
「……ん……っ、……ッ!」
 まともな声ではなく、唇の隙間から漏れ出る空気の塊のような声だった。意識的な言葉はなく、それはまるで依澄のようだと守は思った。
「依子ちゃん、ひょっとして緊張すると声出なくなるタイプ?」
「……」
 図星らしい。依子は赤面したまま何も答えなかった。
 締め付けが強くなった。中の肉が指に絡み付くように、ぎゅうぎゅうと締めてくる。
 そんな膣中を守は容赦なくかき回した。まとわりつく愛液が小さく音を立てる。淫らな刺激音が耳に誘惑の歌を聴かせた。
 依子はもはやろくに抵抗できない状態だった。いやいやをするように首を振っていたが、女唇をいじられていくうちにその動きはかき消されていった。
 守は開きっぱなしの少女の口を自らのそれで塞いだ。
 舌を絡め、唾液を塗り込み、口内をねっとりと犯す。丁寧なキスを送り込むと、依子の体はみるみるうちに弛緩していった。
 呼吸が困難になる程濃厚なキスを続ける。右手は秘部をひたすらにかき混ぜ、左手は少女の背中を通って左胸を、ときに右胸を、執拗に揉みほぐした。
「ひぅ……っ、んっ……はぁ……っ、ん……」
 処女とは思えない程、依子は淫らに乱れた。
「んんっ……う……ん……あ…………んっ」
 きっと意識しての喘ぎではないだろう。声自体は小さく、部屋の外に洩れるかどうかも微妙なくらいだ。
 だがその声は、青年の情欲の波を高々と煽るのには充分すぎる効果を持っていた。
 依子の目に快楽の昂りが、薄く涙となって滲む。
 このまま指でいじり続ければ絶頂を迎えるだろう。だがそれは少し寂しい気がした。やはり、一緒になりたい。繋がりたい。
 守は膣穴から指を抜いた。愛液が指先にまとわりつき、秘部と透明な橋を作る。
 依子が不思議そうに守を見やった。潤んだ瞳は切なげで、困ったような、苦しそうな顔だ。
「……イキそう?」
「……?」
 恥ずかしがるかと思ったが、依子は表情をあまり大きく変えなかった。
 怪訝に思い、守は尋ねた。
「ひょっとして、依子ちゃん何もしたことない?」
「……?」
 いまいち伝わってないようで、守は言葉を選び、訊く。
「いや、だから、その……自分でいじったり、とか」
「!?」
 ようやく理解できたようで、依子は驚いた後、みるみるうちに真っ赤になった。
 慌てて首を振って否定する。顔はりんごみたいに赤い。
「じゃあイったこともないよね」
「……」

526 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:24:28 ID:geiosX30]
 知識としては知っているかもしれない。だがその感覚は経験しないとわからないだろう。
「さっきぼくに触られてるとき、変な気分にならなかった? 意識が飛びそうになったりとか」
 おずおずと頷く依子。
「その先に絶頂があるんだけど……一回指でイっとく?」
 気を抜く意味でもそれがいいかもしれないと思う。本番できちんと感じられるかどうかはわからないし、痛いだけで終わったりしたら依子に悪い。
 依子は首を振った。
「痛いかもよ?」
「……大丈夫……だよ」
 かすれた声で微笑む。
「マモルくんも……気持ちよくなって……」
「……」
 健気な言葉に守は背筋がぞくぞく、と震えるのを感じた。
 嬉しさと愛しさが入り混じり、元々高まっていた興奮がさらに高まる。
「ありがとう。ぼくも頑張るから」
 依子が微笑と共に頷いた。


 守はジーンズを脱ぎ、その下のトランクスも脱いだ。
 薄いポリエステル製の下着を取り払い、現れた逸物は、豪儀に硬直していた。
 仰向けに横たわったまま、依子が不安げに見つめてくる。
 ――ああ、見られてる。
 守は少し恥ずかしくなった。依子に見られるのはなんだか特別な気がした。
 ジーンズのポケットから財布を取り出す。その中から抜き出したのは、袋に入った薄いピンクの避妊具。
 依子がそれを見て、眉を上げる。
「一応きちんとしとかないとね、こういうことは」
 すると依子はなぜか苦笑いを浮かべた。複雑な面持ちと言えるだろうか。
 そのまま体を起こす。脇に脱ぎ捨てられたパジャマに手を伸ばすと、普段ほとんど使うことのないだろうポケットを探った。
 守が尋ねるのを制するように、依子は探り当てたものを突き出して見せた。
「……あれ?」
 種類は違うが、守が財布から取り出したのと同じ物品だった。バラではなく箱だったが。
「……依澄さんが?」
 依子が用意したとは思えなかった。少女はこくこくと頷く。
 普段から常に用意しているわけじゃないだろう。昼間出かけているときに先を見越して購入してきたのだろうか。
 もちろん依澄といえども未来予知ができるわけじゃないので、これもたまたまなのだろう。だが依澄にしては下世話な『お遊び』でも、きちんと後で意味を持ってくる辺りがさすがというかなんというか。
「神守に帰ったら、これでたくさん愛してあげるから」
「っ」
 依子が微かに怯んだ。耳を真っ赤にしてうつむき、やがて小さく頷いた。
 守は微笑むと、袋から避妊具を抜き取り、屹立した自分の逸物に装着した。
 依子は自分から仰向けになった。生まれたままの姿の少女は、右手で胸を、左手で股間を隠して守をじっ、と見つめてくる。
 守は膝立ちのまま、赤子のように這って近付く。
「依子ちゃん……」
 白い両脚に手をかけ、横に開いた。軽い抵抗をあっさり押し退け、大事な箇所を目前に捉える。依子ももう目立った抵抗を見せなかった。
 体を股の間に割り込ませ、怒張した肉棒を近付ける。繋がる直前というのは何度やっても緊張してしまう。
「ん……」
 濡れた入り口を焦らすように肉棒で撫でると、依子が耐えきれないような喘ぎを洩らした。
 今度こそ進入する。粘膜を擦り合わせて早く気持ちよくなりたいという欲望をこらえながら、ゆっくりと、ゆっくりと、亀頭を秘部の肉へと埋め込んでいく。
「んっ……」
 苦しげな声が短く発された。守はそこで挿入を止める。
「大丈夫?」
「……」
 返事はない。だが息を止めて歯を食い縛っている様子から、痛いであろうことは充分伝わってくる。
「力抜いて。入らないよ」
「……」
 真上から声を落とすと、依子は駄々をこねるように首を振った。
「じゃあそれでいいよ。ちょっと乱暴になるけど、我慢してね」
 下腹部をさらに押し込む。亀頭が未開拓の秘奥を切り開くように進んでいく。
 依子の顔が苦痛の色を濃くした。声は抑えているが、どう見ても苦しそうだ。

527 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:29:23 ID:geiosX30]
 徐々に肉棒全体が依子の中に埋まっていく。カタツムリが殻の中に閉じこもるように、ゆっくりと深く。
「…………」
 涙目の依子が荒い呼吸と共にこちらを見上げた。まだだろうかと、もう限界のように瞳がぶれる。
「入ったよ」
「…………んっ」
 必死で耐えるその様子は健気で、とても愛しく思った。
「今日は痛いだけかもしれないけど、何度も抱いて必ず気持ちよくさせてあげるからね」
 耳元で囁くと、依子はぼんやりと口を開いた。
「……あ……これからも、するの……?」
「当たり前だよ。……言っとくけど、今すごく嬉しいんだからね。好きな娘を自分だけが独り占めしているんだから」
「……」
 自分だけの、よりどころ。
「ずっとこうしたかったんだ。一回で済むわけがないよ。恋人として、これから君を何度も抱くから」
 真剣に守は言った。
「こい……びと……」
 かすれた声で虚空に呟く少女。
 やがて嬉しそうに、とても嬉しそうに、依子は笑った。
「わたしも……いっしょかも」
「……その言葉、忘れないから」
 守は微笑むと、腰を動かし始めた。
 処女の膣は狭かった。先程あれだけ指でいじり回したにもかかわらず、棒を押し潰さんばかりに強い肉圧だった。
 愛液で中はとろとろだが、その潤滑油が意味をなさないくらいにきつい。
 見ると、何度か往復する中で血が滲み出してきていた。
 痛いのも当然だった。今の依子に快楽は欠片もないだろう。ただ早く終わってほしいと願うだけかもしれない。
 実際、依子は苦悶の表情で行為に耐えるだけだった。白い歯を噛みしめ、体を委ねて喘ぎ続ける。
 だからといって、守は行為を早く終わらせたくはなかった。
 力強い締め付けが射精を激しく促してくるが、恋人の肉壺を堪能し続けたいという思いがそれを拒んだ。
 果てれば気持ちいいのはわかっている。しかしそこに到る過程をいつまでも味わっていたいという思いも同時にあり、往復をひたすら繰り返す。
「あ……んっ」
 色っぽくも聞こえる依子の喘ぎ。たとえ苦痛の声でも、それは守の聴覚を簡単にとろかす。
 ……色っぽい?
「ん……あ……んっ、んんっ……あっ」
 声に色が混じっている。締め付けは依然としてきついが、拒絶するような抵抗感はない。むしろ締め付けて離さないような。
(……感じてるのかな……?)
 守は腰の動きを少しだけ速めた。
「ふあっ!」
 それまでどこか抑え気味の声を洩らすばかりだった依子が、初めて大きな悲鳴を上げた。
「ごめんっ、痛かった?」
「……」
 返事はなく、依子は落ち着きない呼吸を続けている。
 はやとちりだったのだろう。守は乱暴にならないように腰の動きを再び抑えて、
「マモル……くん」
「……なに? どうかした?」
「……なにかヘンなの……」
「は?」
「痛いのに、痛くないの……頭がおかしくなりそうだよ……」
「…………」
 守は一瞬呆気に取られて、思わず腰の動きを止めてしまった。
 だがすぐに我に返ると、これまでよりも激しいピストンを打ち込み始めた。
「ひゃあ!? あんっ!」
 間を置いた不意打ちに、依子は甲高い叫びを上げた。
「やっ、あんっ、……マモル、くんっ、激し……あっ、あんっ!」
 もう無言ではいられないようで、最初よりもずっと大きく喘いだ。
 守は抑えていた衝動を一気に緩めた。汗と液でまみれた色白の太股に、体当たりをするように腰をぶつけた。
 ゴムに包まれた肉棒が奥まで突進する。根本まで完全に突き入れると、内側の肉がまとわり付くように蠕動した。
 腰を引く。亀頭が出る寸前まで引き抜くと、襞々が引っ掛かって堪らない刺激を与えてくる。
 再び奥まで貫く。すぐにまた引く。出し入れを重ね、互いの性器をゴム越しにひたすら擦り合わせた。摩擦でヒートしていく逸物は、まるで稼働中の電池のように熱かった。
 目に映るのは必死に耐える恋人の姿。しかし、苦痛よりも快楽の色が強く見えるのは、守の錯覚ではないと思う。



528 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:33:39 ID:geiosX30]
 守は腰の動きをさらに速めつつ、二つの胸の膨らみを鷲掴んだ。
「やっ……ダメっ」
 乳首を人差し指の腹で撫で潰すと、依子は一際高く喘いだ。
 執拗に柔らかい乳房を揉み回し、先っぽを刺激する。こねるたびにぴくぴく体が震えた。
 守はもう全力だった。依子の体と声と匂いしか知覚できないくらい、行為に陶酔し、没頭した。
 顔を近付け、胸から首筋に舌を這わせる。汗ばんだ肌の味はどこか背徳的な甘さがあった。
 下から順にキスを贈る。胸、鎖骨、首筋、顎、頬、目元、鼻、額。とにかくあらゆるところに守は唇を添えた。
 依子は揺れっぱなしの瞳を細めると、とても嬉しげな笑みを浮かべた。
「すき……だいすき……」
 喘ぎと暖房の音に掻き消されてしまいそうな、そんなか細い声だった。
 心どころか魂が締め付けられそうな程にゾクゾクした。愛しさが性欲を無茶苦茶に肥大させた。
 守は依子の背中に両腕を回すと、ぐい、と抱き寄せるように持ち上げた。急に対面座位の体勢にさせられて、依子はひゃっ、と驚きの声を上げた。
「マ、マモルくん……?」
 守は答えずに腰を突き上げた。
「あっ、いっ、」
 これ以上入らないくらい深々と肉棒が突き刺さる。さすがに痛みが走ったか、依子は顔を苦くしかめる。
 だが守は動くのをやめない。こんなに気持ちのいいこと、抑えられるわけがない。
「ふあっ、あんっ、やっ、やんっ、あ、あぁっ」
 最奥に亀頭の先が当たる。粘液が割れ目から染み出て、桃色のゴムの根本まで垂れてきた。陰毛と蜜が絡み合い、部屋の明かりを受けて淫猥に光る。
 守は歓喜する男性器の根本から先端まで、圧倒的な快感をむさぼるために意識をひたすらそれに傾けた。
 避妊具を着けていてもまったく快感は阻害されない。依子の膣内の熱と感触はめまいがしそうな程に気持ちよく、もういつ射精してもおかしくなかった。
「マモルくん……マモルくん……」
 うわ言のように依子は守の名を呟き続けた。守の首筋に両腕を回し、もたれかかるように上体を密着させてくる。
「あう……ダメ……」
 力なく体を預ける依子。もう何も考えられないに違いない。突き上げられる肉柱に合わせて反射的に腰を動かすだけだった。
 守はもう限界寸前だった。
 守は高まってきた射精感を、ギリギリまで溜め込み我慢する。
 この至福の時間はもう長くない。一秒でも長く、恍惚に浸っていたかった。
「あっ、んっ、あ、ひぅんっ、やあ……あんっ、ああっ……」
「依子ちゃん……もう……」
 二人は至近で見つめ合い、互いに嬉しさと気持ちよさの入り混じった笑みを浮かべ合った。
 欲望に覆い尽くされた男性器が激しく秘壺を掻き回す。女陰から愛液が飛沫となって散りそうな程に、二つの陰部は淫らに呼応した。
 やがて、頭の中が白い閃光に埋め尽くされるような感覚と共に、守は絶頂を迎えた。
「んん――――――っっ!!」
 ゴムの中に精液が吐き出されると同時に、依子の体が感電したように揺れた。
 震えはしばらくの間止まらず、依子は目を瞑って懸命に耐えていた。
 徐々に互いの体から力が抜けていく。しなだれる少女の体を優しく抱きとめながら、守は萎れた肉棒を引き抜いた。表面を粘液が伝い、避妊具が微かに光を反射させて輝いていた。
 二人は脱力した体を密着させたまま動かなかった。
 ぼんやりと目線を交差させた状態で何も言わず、ただ抱き合うだけだった。直接肌の温もりを、目の前の息遣いを、心臓の鼓動を、たくさんの汗と一緒に感じ合っていた。
 依子がにっこりと嬉しげな笑みを浮かべた。
 守もつられて笑った。そしておもむろに顔を近付けて、優しいキスをした。
 二人は抱き合ったまま、愛情を確かめるように唇を重ね続けていた。


「結婚?」
 翌日、朱音が言った一言に、依子は荷物をまとめる手を止めた。
「誰が?」
「りこちゃんが」
「……誰と?」
「まーくんと」
「…………」
 依子は目を細めて実の母親を見やった。
「……なんで?」
「え? だってりこちゃん、まーくんのこと好きなんでしょ?」
「いや、それはそうだけど……」一瞬の間。「……なんで知ってるの?」
「かわいい声だったからね」
 顔が刹那で真っ赤になった。昨夜の情事が脳裏に走り、依子はうつむいてしまう。

529 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:36:18 ID:geiosX30]
「かわいいわーりこちゃん。あっくん泣いてたわよ」
「……」
 そんなに大きな声を出していたという意識はなかった。出していたとしても広い屋敷の一隅でのこと、気付かれていないと思っていたのに。
 いや、まあそれはともかく、
「……だ、だからって、なんで……結婚……なんて」
 うまく声が出なかった。恥ずかしさが顔を真っ赤に覆っているようだ。
「愛し合った二人の行く末なんて、ハッピーエンドなら一つに決まってるじゃない。王子さまがニューヨークで花嫁を見つけることだってあるんだから」
 全然関係ないし、そもそもそれ映画だし。依子はため息をつく。
 少し落ち着きを取り戻すと、小さく首を振った。
「……ダメだよそんなの」
「どうして? 日本じゃ十六歳で結婚できるわよ」
「まだ高校生だもん。それに……」
 依子は昨日友達に言われたことを思い出す。
「……結婚もいいけど、簡単に道を決めてしまうのももったいない気がするの。まだまだ先は長いし、たくさん考えて決めたい。だって……楽しみたいもの」
「……」
 朱音は微かに眉を上げると、それからにっこり笑った。
「そっか。先は長いものね。結婚はちょっと早すぎたかな。お母さん先走りすぎちゃった」
「うん」
 依子は小さく笑う。
 荷物は少ないので整理はすぐに終わった。旅行鞄のジッパーを閉め、依子は軽い息を吐く。
 朱音が笑顔のまま言った。
「まあでも、婚約くらいは交わしてもいいんじゃないかしら」
「……婚約って」
 大袈裟なことだと依子は苦笑を浮かべる。
「……将来、マモルくんよりもっといい人が現れるかもしれないよ? そのときはどうするの?」
「それは絶対にありえないわね」
 断言された。
 依子は思わず口ごもった。正直自分でもありえないなと思っていたから。
 数日前まであんなにも態度を決めかねていたのに、今は体の内側に根を張るように、心はぶれない。
 縁が見えていたときとは違う安定感が、内面にあった。
「結婚なんてまだわからないけど……そうなれたらいいね」
「そのときは遠藤依子になるのかしら」
「……ん?」
 そのとき、唐突に思い出した。
 前に依子は自分の苗字を言いたくなくて、遠藤姓を名乗ったことがあったのだ。
 あのときは咄嗟に口から出ただけだったが、今になってそれが思い出されるなんて。
「……どうしたの?」
「ううん。言霊って、本当にあるんだなぁ、って思っただけ」
「? すみちゃんのこと?」
「違う。お姉ちゃんのじゃなくて……ううん、なんでもない」
 朱音は軽く首を傾げたが、すぐに微笑んだ。
「まあいつどこにいようと、りこちゃんはりこちゃんだもんね。苗字なんて関係ないか」
「……ありがとう、お母さん」
 依子は神守を名乗れなかった。緋水の名も、今は持っていない。
 それでも依子は依子だ。どんな姓を持とうと、それだけは変わらない。
 今なら百合原姓を名乗れそうな気がした。
 帰ったら友美になんて言おう。やっぱりただいまって言いたいかな。依子は義母の優しい顔を思い浮かべる。
「何時の電車に乗ればいいかな?」
「三時くらいのに乗ればちょうどいい時間じゃないかしら。それまでにまーくんちにも挨拶に行ってらっしゃい」
「うん」

530 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:38:07 ID:geiosX30]
 外は数センチ程積もった雪が地面を白く覆っていた。
 ぐしゃ、とした感触を足の裏に受けながら遠藤家に行くと、ちょうど火梁が道場を開けようとしていた。
「おばさん」
「ああ、依子ちゃん。今日守と帰るんだろう?」
「はい。だから挨拶に」
「またちょくちょく帰って来なよ。今回は守がそっちでお世話になったから、次はうちでごちそうしてあげるよ」
 男勝りの彼女だが、実は優しい人柄である。実の息子や兄には容赦ないが、それも一種の愛情表現なのだろう。
 依子が微笑で応えると、火梁も小さく笑った。
「悩みごとは解決したようだね」
「え?」
「昨日は元気なかったから。でも一晩で整理がついたのなら大したものだよ」
 見透かされるほど、昨日は元気がなかっただろうか。
 そもそも昨日はこの家を出た後の方が憂鬱で、火梁の前ではそんな素振りは見せていなかったはずなのに。
「……誰だって悩みはありますよ」
「そりゃそうだ。うちの愚息にさえ生意気にも悩みがある。だからあんたが悩んでいても大したことじゃない」
「……」
「でもなかなか解決しないから悩むんだろう? じゃあやっぱりあんたは大したものだよ」
「……マモルくんのおかげですよ」
「あれが役に立ったのなら功名だ。あいつにも意味ができる」
 よくわからない言い草に首を傾げると、火梁は言った。
「あいつはあんたに必要な奴かい?」
「……はい。とても」
「そっか」
 火梁は一つ頷くと道場の鍵を外しだ。最近は門下生も減ってきててね、とぼやきながら扉を開ける。
 そして、
「あれはあんたの『盾』だ。望むなら、ずっと側にいてもらいな。未熟だが、きっとこれからは守ってくれる」
「え?」
 依子はまた疑問の声を上げた。
 マモルくんが、私の『盾』?
 火梁はもう何も言わなかった。ただ親指で家の方を指しただけで、そのまま道場の中へと消える。
 多分守は奥にいるという意味だろう。依子は釈然としないまま家の玄関へと向かった。


 守の部屋は家の一番奥にある。
 依子はドアの前で何度か深呼吸を繰り返し、二回ノックを重ねた。
「んー?」
 がさがさと騒がしかった物音が止まり、中から間伸びした声が聞こえた。
 入るね、と言ってドアを開けると、守が荷物整理をしていた。
「あ……」
 守の顔がりんごのように真っ赤になった。
 それを見て依子も急に恥ずかしくなったが、深呼吸が効いたのかすぐに落ち着けた。
「おはよ」
 いつもと同じく挨拶をすると、守は照れ隠しの笑みを浮かべ、もうすぐ正午だよと言った。
「……ちょっと不思議だな」
「何が?」
「たった一晩で、依子ちゃんが違って見える」
「……そ、そうかな」
 落ち着きが一言で掻き消された。赤面しながらよくそんな台詞を言えるものだ。
「三時の電車がちょうどいい時間だって」
「そうなの? じゃあちょっと急ぐかな」
 守は再び手を動かす。何やら部屋中引っくり返しているようだが。
「何やってるの?」
「母さんに後で送ってもらう荷物を整理してる」
「手伝おっか?」
「じゃあそっちの服なんかをお願い」
 依子は言われるままに、脇に追いやられた衣類を畳み始めた。
 しばらく無言で作業を進める。衣服は畳んだ先から段ボール箱に詰め込んでいった。

531 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:42:19 ID:geiosX30]
 不意に守がぽつりと言った。
「ぼくは昭宗さんの後を継げないみたいだ」
「……?」
 依子は怪訝な顔でいとこを見やった。
「母さんに言われたんだ。一つの盾で二人の人間を守れるのか、って」
「それは、」
「依澄さんの『盾』になるには、彼女を最優先に守れる人間じゃないと駄目なんだ。でも、ぼくは依澄さんを選ばなかった」
「……」
 心がズキリと痛んだ。
 だが後悔はしない。守に対する気持ちは本物だから。
「後継者の立場を外された、ってこと?」
「うん、そうなる。まあ後継候補は他にもいるからそれは大丈夫だけど」
 守は口を引き締めると、依子に向かって言った。
「だから、ぼくは君の『盾』になる」
「……え?」
 いきなりの宣言に依子は呆然となった。
「この前は君を守れなかったけど、もう二度とそんなことにならないようにする。ずっと側にいたいから」
「…………」
 これは――改めて、ということなのだろうか。
「プロポーズ?」
「え!?」
「違うの?」
「い、いや、その、……うん。まあ、そういうこと」
「すぐ結婚したいって思う?」
「……ちょっと早いかな。あと何年か待ってほしい」
「じゃあ婚約だけね」
 依子は守に近付くと、唇に軽くキスをした。
 驚きの顔を見せる恋人に、少女ははにかむ。
「約束」
「……うん」
 二人は照れくさそうに微笑み合った。


 依澄の運転する車で駅まで送り届けてもらうと、二人は無人の駅構内へと入った。
 後ろから見送りのために依澄もついてくる。昭宗と朱音は町の集会があるため来れなかった。
「依子」
 姉の声に依子は振り向く。
「なに?」
「……」
 依澄は何も言わず、ただ妹の頭を撫でた。
「……どうしたの? 急に」
 笑って返すと、依澄も微笑んだ。
 何も言わない。
 昨日の饒舌ぶりが夢だったかのように、元の無口に戻っていた。
 だが依子は気にしない。言葉がなくても、姉の心は充分伝わってきた。
 だから、依子は最高の笑みを返した。
「ありがとう、お姉ちゃん」
 依澄は微笑み、そして頷いた。

532 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:43:58 ID:geiosX30]
 踏み切りの音が聞こえる。電車がやって来る。
「いつか……」
「?」
「いつかお姉ちゃんを助けてあげられるような、そんな人間になるから」
 依澄は首を傾げた。どうやって、と動作で尋ねる。
「例えばお姉ちゃんの仕事の手伝いで、喋れないお姉ちゃんの代わりに商談をするとか」
「――」
 自分の欠点を突かれて、依澄は微かに動揺の色を見せた。
「例えばお母さんに任せっきりな会計を請け負うとか」
「……」
「例えばデジタルに弱いお姉ちゃんに代わって、ホームページを開いて管理・運営するとか」
「……」
「法曹になって緋水専属で雇ってもらうのもいいかもね。田舎だとそういうのにも困るでしょ」
「……」
 依澄は困ったように顔を曇らせた。
 依子はそんな姉の珍しい顔を面白そうに眺める。
「あは、何でも出来そうなお姉ちゃんだけど、結構弱点あるね」
「……」
 依澄はからかう妹の額を猫手でこつんと叩いた。依子はごまかすように笑う。
 大きな音を立てて、電車がホームに入ってきた。
「行こ、マモルくんっ」
「あ、うん。それじゃ、依澄さん」
 依子と守は停車を待って、開いたドアをくぐる。
 振り返って、依子は姉に手を振った。
「私本気だからね。絶対お姉ちゃん助けるからっ」
 依澄も微笑のまま手を振った。
 ドアが閉まる。外から姉が何か言ったような気がした。待ってますと聞こえた気がした。
 電車が動き出す。真横に流れていく駅のホームを、依子はじっと見つめた。
 しばらくして視界から姉の姿が消え、駅も消えた。そして牧村町の景色が現れた。
 依子は座りもせずに、ただそれを眺めていた。楽しそうに眺めていた。
 トンネルに入って何も見えなくなってしまうまで、依子はそうしていた。
 やがておもむろに守に向き直ると、満面の笑顔で言った。
「また一緒に帰ってこようね」
「うん」
 そのときカーブに差し掛かり、電車が大きく傾いて揺れた。
 二人は慌てて吊り革を掴み、難を逃れる。
 冷や汗混じりに顔を見合わせた。
「……座ろっか」
「そうだね」
 恋人たちは小さく笑い合った。

533 名前:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY mailto:sage [2007/12/09(日) 03:50:20 ID:geiosX30]
以上で投下終了です。
ぶっちゃけ長すぎですよね……初めての方はストーリーわからないと思うのでエロだけお楽しみ下さいw

ところで>>518にミス発見。料理は「出迎え」ないですよねw

534 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/09(日) 05:56:26 ID:p73/TQgC]
GJ

なんという大作を、二人が結ばれて良かったです、ただ依澄さんが切ない(´;ω;`)
良い意味で守を諦めないでもらいたいけどそういうんじゃないのかなぁ

535 名前:名無しさん@ピンキー [2007/12/09(日) 06:48:46 ID:OUAE9Ea5]


536 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/09(日) 11:44:26 ID:3q4rdSy6]
GJ

537 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/09(日) 11:51:35 ID:1qC731uj]
GJ!!!
朝から良いものを読ませていただきました



538 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/09(日) 13:07:06 ID:dDTpLn6O]
神キテターーーー!!
GJ!GJ!GJ!
いつも通りの読み応えのある長さ、いいものです
そうか、こうなりましたか……
ってか、他の『盾』候補者なんて居たのね……さぁどんなやつだどんなやつだ
守君は依子ちゃんとハッピーエンド、依澄ちゃんは……さぁどうなるんだ


しかし、これで終わりかぁ……願うなら、ちょっと番外編が欲しかったりします
まだ見てたいしこの作品

最後にもう一度
GJ!

539 名前:名無しさん@ピンキー mailto:sage [2007/12/09(日) 18:31:58 ID:pobGDy8q]
GJ






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