- 1 名前:考える名無しさん [2025/04/26(土) 01:41:17.98 0.net]
- 人ひとりずつのOOLについて話し合いましょう
964 名前:考える名無しさん [sage] :2025/04/26(土) 01:13:02.80 0 本気で日本の将来を憂うなら反出生叩きしてる暇にも少子化にも関わらず児童虐待や虐めや子供の自殺数過去最大なのをなんとかするのが先だと思うけど アンチにはその理屈が通じない 増やしさえすればいいと思ってるから 子供各人、人ひとりずつのOOLなんてどうでもいい人間だから 反出生主義について★9 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1742469461/ 反出生主義について★10 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1742663279/ 反出生主義について★11 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1743304113/
- 952 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/04/30(水) 21:04:53.01 0.net]
- https://imgur.com/VsLzb4W
「反出生をどのように実現するか」という問題は 「出生が悪」ということを前提にしないと議論できないんじゃないか
- 953 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/04/30(水) 21:53:56.02 0.net]
- >>950
目的は既に書きましたが、「苦痛を無くすこと」です。「無くす」のですから、苦痛が存在しない状態を意味します。 理由は明確で、苦痛は存在にとって悪いものなので、それを無くすことは倫理的に正しいと判断されるからです。これを達成する為に生じる短期的な苦痛は、長期的な苦痛を終わらす契機と捉えられるので、「あってもいい」と考えます。ただし、「その時に生じる苦痛」の度合いはなるべく低減させた方が良いということです。その解決策の一例としてオートメーション化された社会を提示しました。勿論、楽観論が多分に含まれていることは認めます。 個人的に、反出生主義の規範倫理はネガティブ功利主義だと考えています。 但し、多くの人々が考えるネガティブ功利主義は完全に苦痛を削除し切れておらず、端的に述べると不十分です。実現可能性の課題はあるとしても、理論上は「苦痛を無くすこと」を理想として据えるべきです。その理想は必ずしも存在を前提としませんので、一般的なネガティブ功利主義とは異なる何かと言えるかもしれません。 特に方向性が散らかっていることはなく、論理として直線的で単純明快と思われますが、不明点があれば質問どうぞ。 私が述べた>>943の論旨は、「苦痛を無くす」という目的に対して複数の選択肢をパラレルで検討することを示しています。 現時点では存在と苦痛は不可分なので、苦痛を無くすには存在を無くすしかありません。暴力的な手段を避ければ反出生主義しか選択肢はありませんが、テクノロジーの進化により主体を存在させつつ苦痛を無くすことが僅かながら現実味を帯びてきました。 これが実現した時の主体は、人間ではなくポスト・ヒューマンになっているかもしれませんが、どんな形態にせよ、苦痛がないならば存在を否定する理由がありません。 これが実現しないのであれば、やはり反出生主義により静かに滅んだ方が良い、ということになります。
- 954 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/04/30(水) 22:28:19.79 0.net]
- すげーな。双方ベネターガン無視笑笑
- 955 名前:考える名無しさん [2025/04/30(水) 22:47:39.42 0.net]
- >>939
いやなんかごめん そこまで謝らせたい訳じゃないんだけど 違憲だから無理というのはそのままの意味よ 古今東西反出生を掲げた国はないから人類滅亡=餓死では無い、というのは仮定に過ぎない 反出生が村を作って本当に幸せに絶滅できるか見本を見せるべきではないか?
- 956 名前:考える名無しさん [2025/04/30(水) 22:55:11.66 0.net]
- >>952
その図式はどこから? >>953 例えば高校野球の練習は苦痛だけれども過ぎてみればいい思い出に変わるし受験勉強も苦痛だが社会に出たら役に立つ このように苦痛は線引きが難しいのでは?
- 957 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/04/30(水) 23:01:23.53 0.net]
- >>953
まあそれは君の信念や価値観の中での話であって一般社会における倫理や論理はそっちのけってことで理解していいよね。 苦痛が悪かどうかの判断についてここで色々と議論されてきたと思うけど…まあ置いておこう あと何を苦痛とするのか、何が苦痛となるのか、その基準や境界の設定が曖昧・多様で完全な除去は難しいはずだし、例えポスト・ヒューマン化しても苦痛のフェーズが変異するだけじゃないの?そこは不可知な領域だけども。 そもそも苦痛があるならば存在は無くすべき、とするのも飛躍(ヒュームよろしく反出生主義支持者個人のバイアス)だよね それなら(苦痛発生の原因となる)存在の感覚を無くすべき、の方が同じ飛躍だとしても段階的に順当じゃない?感覚を取り除いても、存在を無くすべきだとする理由が出てきてしまうならまたその時検討すればいい。 それと、反出生主義による静かな滅亡を望むのであれば、合成の誤謬としての全体悪発生に対する責任(苦痛予防の倫理より)についての展望(責任をどう取るか)は何かあるの?技術的楽観論(結局は人手ありきの為)は抜きでね。
- 958 名前:考える名無しさん [2025/04/30(水) 23:13:28.89 0.net]
- 反出生村、餓死ならまだ良くて食べ物の取り合いで強盗強奪殺人ENDな気がするけどな
次世代がいないんだから貯金も治安管理も環境保護もする意味が無い どうせ一代限りなんだから欲しいものがあれば強奪すれば良いとなる 警備員を雇って治安管理しようとしてもお金はあの世に持っていけないんだからみんなお金じゃ動かない 全員死んだ後に永遠の幸せが訪れたと反出生が主張するならそれはそれで良いかもしれないけどそれを見てたナタリストはやらないだろうね
- 959 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/04/30(水) 23:20:54.45 0.net]
- >>955
憲法を改正すれば理論上はできる 改正しなくても私たちが法を守るべきでないという思想を持つことによってもできる 見本を見せるべきというのは一理あるかもしれないけど現状でも平気でこどもを生んでいる人間にそれらを見せても効果はほとんど無いように思う そう考えれば私は行動する気力が湧かない。ここで適当に愚痴を吐くように反出生主義を語る以上に行動したくない >>956 その図は私がさっき作った さっき議論になったときに 「反出生主義は口ばかりで行動していないしそもそも反出生主義は実現できないのでは」 みたいなことを言われたので 「実現可能か以前に出生が悪かどうかを議論するのが先だ」 ということを言うためにつくった このことは>>955にも言いたいことだけど、 「どのように反出生を実現するか?」 と 「出生は悪か?」 は分離した問題だと私は言いたい 図に対する意見があるならぜひ聞きたいです
- 960 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/04/30(水) 23:24:06.48 0.net]
- ベネターは、主体が存在しなかったらどうなるのか、ということを持ちこむと、快苦は実は対称的なものではない、ということを示しそのコロラリーを持ってして、出生は害悪であると主張したわけだね。
なのに、ベネターっぽい話を大いに持ち出している、にもかかわらず、主体の存在ありきで苦痛や快楽がどうたらと適当にこねくり回した議論ばっかりしてさぁ。ベネター的な理論としては、ほとんど痛くも痒くもない、なんもない議論だよな。何がやりたいのか不明すぎる。
- 961 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/04/30(水) 23:39:10.86 0.net]
- >>959
あーうん論理的には全然出来るよー。 抽象的な話をしてもどうせグダグダ言われるので、明確な具体的な仮説として持ってくるなら、例えば、人類は初めから存在しない方が善かっのか?みたいな命題として捉えて議論すればいいだけだね。
- 962 名前:考える名無しさん [2025/04/30(水) 23:47:17.21 0.net]
- >>959
皆が手を取り合い幸せに滅亡していく様子(私はそうならないと思うけど)を配信して反出生に転ぶ人が一人でもいれば「効果はある」と思うけどね 少なくともその村の中では反出生が主張する苦痛は産まれないんだから、世界中で苦痛が肯定される今の状態よりいい
- 963 名前:考える名無しさん [2025/05/01(木) 00:02:16.82 0.net]
- >>959
反出生国なら難しいけど反出生村に限ればすぐにでも実現可能なのにわざわざその前に「出生は悪か」なんて問いは必要なく無いか 出生は悪だという共通認識がある反出生数人が廃村で生活してみたら良いだけでは 生活を通して見えてくる事もあるだろうし
- 964 名前:考える名無しさん [2025/05/01(木) 00:04:04.88 0.net]
- それこそAIで反出生村をシュミレートしてみてもいいし
- 965 名前:考える名無しさん [2025/05/01(木) 00:08:11.50 0.net]
- 村ですらうまくいかないのに国なら成功するとは思えんのだけど
- 966 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 00:12:01.17 0.net]
- >>965
おまえらってさぁ、消極的功利主義とか出てきてんのに、自分らがどれだけアホな話をしてるかってわかってる?
- 967 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 00:13:15.85 0.net]
- >>963
「出生は悪である」という前提にたってその反出生村が存在できるのだから それだと前提と結論が逆になっている
- 968 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 00:13:25.91 0.net]
- 基本、アホばっかだよ
- 969 名前:考える名無しさん [2025/05/01(木) 00:14:09.66 0.net]
- 子供を産んでる人には効果が無いってのもよく分からないけどまあそれは置いておいて、少なくともこれから産もうと悩んでる人には反出生村の効果はあるのでは?
ベネターだって産まれた人はしょうがないって言ってるんだから訴えかけるべきはすでに産んだ子持ちでは無く産もうか悩んでる人だと思うし
- 970 名前:考える名無しさん [2025/05/01(木) 00:18:52.38 0.net]
- >>967
逆でも構わんよ 「出生が悪」だと証明する為に反出生が集まって苦痛が産まれない反出生村を作る、でもいい
- 971 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 00:22:32.40 0.net]
- >>968
それなりにまともな話を展開すればするほど、アホだけが残っていってる気がするんだが?なんでだろ?
- 972 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 00:23:20.07 0.net]
- >>969
その村には多からず効果はあると思う。私が怠惰で熱意がないだけだ 反出生主義の問題じゃなくて私個人の問題だ
- 973 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 00:28:13.01 0.net]
- >>970
それ逆のままじゃない 「出生が悪だと証明する」ために「反出生村を作る」というのは文章的におかしくて 「出生が悪だと証明する」ために集まって、仮に証明されたとして、「反出生村を作る」 というのがただしいんじゃない?
- 974 名前:考える名無しさん [2025/05/01(木) 00:29:05.85 0.net]
- >>972
他の反出生も村を作ろうって言い出す人は誰もいないからあなただけが怠惰なわけじゃ無い 気にしないで欲しい
- 975 名前:考える名無しさん [2025/05/01(木) 00:34:55.81 0.net]
- >>973
んー意図と違うかもしれないけど私が言いたいのは反出生村を成功させて外部に反出生主義者を増やし、反出生街を作り、ゆくゆくは反出生国を作れば良いのではと言ってる
- 976 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 01:00:05.81 0.net]
- >>957
まず、根本的に倫理というのは一枚岩ではありません。そもそも、反出生主義は既存の倫理へのカウンターなので、既存の倫理と異なるのは当然です。 倫理の根源については様々な議論がありますが、私は信念や価値観だと考えますので、その点はあなたに同意します。一方、あなたが正しいと信じる倫理もあなたの信念や価値観によって形成されたものであると考えられます。ヒュームが述べているように、倫理とは論理的に演繹できる性質のものではないということは共通認識です。ヒュームの法則に当たらない倫理規範は存在しないというのが私の考えです。 苦痛の悪性についてですが、通常、人は苦痛を忌避します。それは苦痛が本人にとって悪いものであり、できれば避けたいからです。 例を挙げると、尿路結石、骨折、癌、鬱病、統合失調症、イジメ、差別、各種ハラスメント、その他様々な苦痛を「良いもの」として好んで受け入れる人はまずいないと思われます。私はこのような苦痛を「絶望的苦痛」と呼びます。定義は「本人が絶対に望まない苦痛」です。 更に掘り下げると「本人が絶対に望まない苦痛とは何なのだ?」という疑問が湧いて来ますが、これはある程度は一般化できます。上に書いた例は絶望的苦痛と言えるでしょう。勿論、癌の苦痛を好んで受けるという人が存在する可能性を完全に否定することはできませんが、そのような人は一旦考察の対象から外します。恐らく、絶望的苦痛が何も無いという人間は存在しないと思われます。そういう意味では、「何が苦痛となるのか?」という厳密な定義はあまり問題にならないのです。 合成の誤謬についての見解はもう書きましたが、改めて述べると、長期的な苦痛が無くせるのであれば、短期的な苦痛は「あってもいい」と考えます。 そして、構造的帰結の責任を私に求めるのは筋違いです。反出生主義は自己選択なので、このような帰結は各人の自律的選択が積み重なったものであり、誰か1人に責任を問うことはできません。 強いて言えば、「人類が選んだ」ということです。
- 977 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 01:44:36.54 0.net]
- 多くの人にとって、死は絶望である
例外的に死を望む人は、価値観が逆転してしまうほどの酷い苦痛を受けている場合がほとんど 死という現象そのものに苦痛は伴わないかもしれないが、死に至る過程で苦痛が伴う 生まれれば、必ず死ぬ 我が子の死を回避させる為には、生まないしかない
- 978 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 01:47:36.70 0.net]
- どうみても哲学とか興味なさそうなのが混じってワチャワチャやってるの何なの
- 979 名前:考える名無しさん [2025/05/01(木) 02:59:48.89 ID:0.net]
- 死にたくないくらい幸せな時点で親に感謝しろよクズ
- 980 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 04:50:55.19 0.net]
- クズはてめえだゴミカス
- 981 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 07:38:52.87 0.net]
- >>975
反出生主義を政治的に捉えるか、哲学的に捉えるかで975と私で違いがある もちろん975のように正しいと思うなら行動で示しその価値観を広めるべきという考えも理解できる ただ哲学的には、「みんなで一つの結論に達する」ことが重要になる 私は反出生主義は正しいと考えてはいるけど、 それが議論によって覆る可能性もあると思う 「正しいと思うならそっちで勝手に政治的行動をすればいい」というのは哲学的態度を放棄している 政治的には975は正しいんだけど。
- 982 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 08:24:43.34 0.net]
- >>976
んー相対主義を隠れ蓑にしてないか 批判回避のために相対主義利用して、思想の社会的責任を放棄している感じ。 倫理が相対的であることは確かだが、かといって全ての倫理が等価で批判不可能である訳では無いよね、当然のことだけど。 倫理としての社会的評価つーか、公共的倫理(社会的な合意や制度設計や政策の検討)については、整合性、影響度合い、実効性の観点から批判的に検討しないとだろうし。 相対性を根拠に批判を免除しようとするのは、ぶっちゃけ許されないと思う 苦痛の一般化についても危うい。事例ベースで苦痛の普遍性を主張し、存在否定への倫理的飛躍を正当化しようとしている感じがするけど、 その「絶望的苦痛」のような苦痛の種類は、結局は程度の問題に過ぎず、「苦痛=存在否定」という主張を正当化する根拠にはならないよな。 苦痛の意味や価値なんて、時代の変遷(社会的関係・文化的背景・内的構造)によって変わってくるでしょ、技術の発展や社会の習熟度合いとか考えれば。 てか苦痛は(反出生主義含めて)何らかの共感や変化や創造の切っ掛けにもなるわけじゃん?思ったけど、それすら否定すると、巡り巡って反出生主義の否定にもなってくるんじゃない?知らんけど笑 で、反出生主義は、人類滅亡の切っ掛けというか、その選択や方向性を決定付けようとする立場に加担するわけじゃんか(ベネターが既に組み込んでるわけで)。まあ誰か一人に責任を負わせられるわけではないしそれは難しいだろうけど、加担者は責任持つべきじゃないの? いくら個人の選択とはいえ、その理念を「広め・正当化し・推進する思想や運動」には構造的責任が生じるでしょうよ。 そもそも「静かに滅ぶ」(このスレ然り反出生に肯定否定と騒動してる有様を目にしておきながら、静かに滅べるのか甚だ疑問だが)に至る契機として、個人の選択にしろ社会の選択にしろ「反出生主義」に「舵を切る」あるいは「舵を切らせる」機会があるわけでしょ?
- 983 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 08:54:40.14 0.net]
- >>982
簡単に応答しておきます ・相対主義を隠れ蓑 してません。言っていません。 「倫理の根源は信念や価値観」と述べただけです。 異なる倫理が対立、拮抗するのは必然です。 ・苦痛の意味や価値 例えば、癌の苦痛が本人にとって悪いものであるということは、文化や社会の変化に伴い変わるものではありません。癌が無くなる可能性はあります。 苦痛を相対化しようとしたようですが、無理があります。 ・合成の誤謬の責任 「舵を切る」の意味が不明瞭です。 仮に、掲示板・SNSなどで反出生主義について発信することだとしても、それを受けた相手が同意し実践したのであれば本人の選択であり、発信者に責任を問うことはできません。 倫理は個人の自律的選択ということをご理解下さい。 ざっと読んだ感じでは、こんなところです。 他にあれば追記します。
- 984 名前:考える名無しさん [2025/05/01(木) 09:02:14.01 0.net]
- >>981
それだと反出生はしょせんは机上の空論に過ぎないと認めた事になり、個人で反出生を実践した人が救われないのでは 哲学を実践する時に体を動かしちゃいけないというルールがあるなら分かるけれども
- 985 名前:考える名無しさん mailto:sage [2025/05/01(木) 09:27:01.49 0.net]
- >>983
「苦痛を相対化しようとしたようですが」 ↑ここ語弊があるので補足 苦痛は基本的には相対的なものですが、一般化できる苦痛もあります。 それら全てを相対化するのは無理があるという意味です。 更に言えば、相対化可能な苦痛の価値や意味が変化したとしても、社会や個人の中に何らかの絶望的苦痛が存在するということに変わりはありません。
|

|