- 169 名前:132人目の素数さん mailto:sage [2010/05/18(火) 21:51:21 ]
- >>167
> 交換したときに「期待値的に」得をする条件がy(a) >y(a/n)/n であるなら意見の相違は基本的にない。 【「期待値的に」得】 というのは、おそらく 「得をする」とは 「期待値が高いほうを選ぶ」 損得 とは 期待値の大小関係 で、 それ以外の影響はないと定義したのだと解釈する。 それならば そのとおり。 そのような定義無しに「得」という言葉を使ってはならないと考える。 たとえば、100万人に一人が1億円を得るくじが100円未満で売られているなら、期待値は100円を上回るがほとんどすべての人が、結果100円を失う。 この現状が得と言えるかどうかは、期待値だけでなく他の要素も十分に支配的だろう。 蛇足と考える部分は >>112の 「 結局、<a,na>の組み合わせで 〜 」 以下 113の終わりまで。 >>112の最後の2つの文は 得 ということばを 用いずに たとえば 以下のように書かれていればその部分は 蛇足ではないとしてもいい。 > 結局、<a,na>の組み合わせで2封筒に入れた確率y(a)(場合1)が<a/n,a>の > 組み合わせで2封筒に入れた確率y(a/n)(場合2)のn分の一よりも大きいならば > 封筒を交換したほうが【得られる金額の期待値が高い】ということになる。 しかし、それで、>>113の部分は(数学的には)完全に蛇足。 しかも 間違えている。 > 出題者の金銭感覚とかプレイヤーの金銭感覚とかそんなことは別に本質的なことではない。 ちがう、そのことこそがこの蛇足の部分の本質。 「結局選ぶ人の主観で決まる。 主観で決めるしかない」 と言いたいはずなのに、 それを選ぶひと(プレイヤー)の主観でなく、出題者の主観にしてしまったら、蛇足の部分が全く意味を成さない。 > くだらない議論はやめるべき。 だからこそ、蛇足で与太話だと断った。 くだらないと思うなら噛みつかないでもらいたい。
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