- 192 名前:日本@名無史さん [2020/10/18(日) 16:44:15.37 .net]
- >>129
>出雲の最高の葬儀は風葬であり、遺体に朱を流し込んで腐敗を防ぎ、数年後に洗骨してそれから磐座に埋葬するスタイルだった。 千家の葬儀は水葬であり、出雲には千家の古墳は一切存在していない。 液体水銀の需要が増えるまでは、青銅器と同じく、古墳時代に一度終焉を迎える事が大前提。 つまり、大規模需要は青銅器、古墳時代という期間に重なる。 青銅器の材料の錫と同じで、需要と分布の世界。土から出るものはごまかしがきかない。 7世紀後半の記紀が編纂される頃には、丹生氏の影は薄くなっており、記記には丹生都比売神は登場していません。 神功皇后のエピソードの中にかろうじて天野祝の名が出てくる程度の扱いとなっている。 中央構造線沿いの水銀鉱床群 大和鉱床群 伊勢から紀ノ川河口の間 伊勢神宮と日前国縣神宮が東西の端に鎮座している。 阿波鉱床群 阿波吉野川沿い 若杉山遺跡は古墳時代の辰砂採掘遺跡で石臼石杵が多数出土している。 九州鉱床群 大分市坂ノ市から姶良郡溝辺町丹生附 九州西部鉱床群 佐賀県多良岳から嬉野町、松浦市 実は大量に産出する三重県は大和鉱床群の一部なのである。 ふーん。
|
|