- 1 名前:世界@名無史さん [2012/09/28(金) 18:02:54.92 0]
- 前スレ
正史『三国志』 二十七巻 awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1332746673/
- 637 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/08(土) 18:56:03.99 0]
- 主人公である劉備に魅力が無いという奴らがいるが、それに私は甚だ疑問を抱いていた
そもそも主人公にそれほど魅力はいらない、魅力あふれる存在にされるのは敵方になるほうが多い ウルトラマンなどがそうである、敵役である怪獣や宇宙人に同情が集まったりするものだ ガンダムもジオンのほうが人気があったりする、こういう風に敵役に魅力があるほうが 名作とされることが多い、三国演義もその典型ではないだろうか
- 638 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/08(土) 20:10:49.70 0]
- >>632
i.imgur.com/5IfE5L8.jpg 70〜100cmの刀 木製の盾 刀鞘
- 639 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/08(土) 22:37:25.44 0]
- 突然三鮮の落書きみたいなレベルに一気に落ちたな。どうしたの?
- 640 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/08(土) 23:37:56.58 O]
- 三ですら相手して貰えない子が、自作自演を交えてまで背伸ばしに来てるぽい
コテつけるか黙ってくれてくれれば嬉しいがな >>634 原文でよけりゃ台湾の中央研究院のサイトで見られたはず 質を選ばなければ、国会図書館など国内サイトでもあるかも
- 641 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/10(月) 23:26:04.32 0]
- そういえばこの時代はまだ銅器?鉄の剣とかは無かったのかな。
- 642 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/11(火) 00:33:45.79 0]
- 移行期とされてるけど武器はもう鉄がメイン
- 643 名前:世界@名無史さん [2013/06/14(金) 20:47:00.93 0]
- 正史劉備解説
www.nicovideo.jp/watch/sm13179330 このスレ的にはこれも含めて正しいの? この中では「劉備は大儒の盧植に学び、 曹操と一緒に兵を集めて反董卓軍を立ち上げた」言ってる。
- 644 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/14(金) 21:29:05.02 0]
- いうまでもなく
劉備は大儒の盧植に学び○ 曹操と一緒に兵を集めて反董卓軍を立ち上げた×
- 645 名前:世界@名無史さん [2013/06/14(金) 21:48:58.13 0]
- 英雄記にかいてあるじゃんw
英雄記に云う:霊帝の末年、備嘗て京師に在り、後曹公に與して倶に沛国に還り、募召して衆を合す。 霊帝の崩ずるに会いて、天下大乱、備また軍を起こし董卓を討つに従う。
- 646 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/14(金) 22:09:30.69 0]
- 英雄記のその記述を信じる人って超少数派の変わりものだと思うの。
- 647 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/14(金) 23:18:00.75 0]
- >>646
面白すぎて信じにくいけど否定する根拠が明確にないのがな この時期の劉備は何やってたかわからんので史家が創作し放題 英雄記が本当に王粲編纂なら事実の可能性があると思う 曹操直接の関係者だし曹操への取材も、曹操からのチェックもあるだろうからな でも英雄記が本当に王粲編纂であるという事実がないのでそこが苦しい 伝王粲編纂でしかないんだよなぁ 劉備は袁紹に徐州手土産に頭下げる以前は公孫サンの元で戦っているし それ以前も朝廷側として反乱軍である袁紹、曹操らとは敵対してる筈だから 反乱軍として曹操と一緒に兵を集めて朝廷に弓を引くってのはすっごく考えにくいとは思うんだが
- 648 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/14(金) 23:22:34.73 0]
- 英雄記は面白すぎてなあ。
ところで、義兄弟の契りを交わす場合にどっちが兄になるかは年齢が基準? 立場や官職は関係ない?
- 649 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/14(金) 23:29:54.23 0]
- >>648
親子兄弟って官職じゃなくて年齢じゃね?と思うのだが
- 650 名前:世界@名無史さん [2013/06/15(土) 01:24:04.91 0]
- その時期の劉備の経歴が他史料だと不明になってる
英雄記を否定するのは文献史料の異同という面からは結構難しいよ あんだけ細かいことに一々文句言ってくる集解ですら英雄記の記述に関しては文句無し 逆にこの記述は何時頃の話であるかという事を武帝紀と合わせて曹操が都落ちの時の事だと補強する方向
- 651 名前:世界@名無史さん [2013/06/15(土) 04:52:40.03 0]
- 曹操が後に劉備を左大臣に引き立ててやったりしてるのをみても、このときコネができたんじゃない?
英雄記で一緒に募兵にいったとき仲良くなった。 ところで >霊帝の末年、備嘗て京師に在り なんで劉備は都にいたの?
- 652 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 05:00:07.04 O]
- 何進幕府の人材集めに連動したか
連動したように創作したんじゃね
- 653 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 05:55:44.60 0]
- 先主伝本文でも何進が募兵の為に派遣した都尉毌丘毅に随行していたと書いてるから、
募兵活動に従事する前は洛陽にいた可能性はありそう。
- 654 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 06:05:56.04 0]
- 猟官運動だろ
- 655 名前:世界@名無史さん [2013/06/15(土) 07:25:13.26 0]
- >先主伝本文でも何進が募兵の為に派遣した都尉カン丘毅に随行していたと書いてる
騎都尉の曹操が無名の劉備と同僚のはずがない。 曹操と同格の都尉カン丘毅の部下として同行しただけだろう。 だが劉備万歳の先主伝では、さも曹操と劉備が同格であるかのように粉飾した。
- 656 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 07:51:59.35 0]
- >>655
劉備は無名ではないぞ 安熹尉を経験してしかも自分から官を捨ててさっさと去ってるというところだけ強調されて 現代人からするとあまり地位があるように見えないけど 能力が認められて職を得るけど自分に相応しくないのですぐやめてもっと上のオファー待ちってのは 後漢での出世方法の一つだ それで劉備の場合辞めた後もまた別のところで名前と顔売って次第に出世している 下密丞、高唐尉、高唐令と着実に出世してる
- 657 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 08:03:21.11 0]
- >>655
劉備が曹操と並んで募兵したように書いてるのは英雄記でしょ。 先主伝の方は曹操との関係に触れてない。
- 658 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 08:32:53.27 0]
- 先主伝だと、黄巾の乱での劉備の上司は雛靖。このときの功績で安熹県尉。でも督郵をぶんなぐって逃亡。
官吏を殺しかけて逃亡なんてことしたら、フツーお尋ね者だろ。 なぜ出世できたのか。
- 659 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 08:34:51.36 0]
- >能力が認められて職を得るけど自分に相応しくないのですぐやめてもっと上のオファー待ちってのは
>後漢での出世方法の一つだ 郡の督郵ぶんなぐって逃げたのに、「もっと上のオファー」なんてくるわけないだろw そんな出世方法はない。
- 660 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 09:26:41.67 0]
- >>658
平時なら100%お尋ね者だが、まだ乱世の認識まではないにしても、 混乱期だからねそのくらいの方が元気有ってよろしい。 毒を制すには毒をもって、ってやつなんでしょう。 元末だけど、方国珍なんか起こすたびに出世。これも最初は県尉でしょ。
- 661 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 09:30:48.07 0]
- 張温に逆らいまくっても出世できた陶謙や黄巾戦で功績がなくても
涼州戦でまた起用された董卓など、戦争ができるやつは何度でも チャンス与えられている。
- 662 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 09:44:01.97 0]
- 仮に曹操と一緒にいたとしても
居候のゴロツキみたいなもんだったんじゃね?
- 663 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 10:17:42.81 0]
- 曹操と一緒で新進気鋭の若手として見られてたんじゃないかな?
曹操だって洛陽北部尉やどっかの県令の時も相当な真似してる。 歴史には残ってないけど、劉備は大侠客として有名だったかもしれないし。
- 664 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 10:21:55.73 0]
- 多少素行が悪かろうが、人格がひね曲がってようが、
とにかく戦争に強いやつが必要とされる時代。 白い猫だろうが黒い猫だろうが、ネズミを捕る猫がよい猫だ。
- 665 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 10:48:37.33 0]
- ただその後劉備は公孫賛陣営に行って袁紹傘下の曹操と戦うに至る
経過がよくわからない。河北出身の劉備がどうして同窓の公孫賛か冀州 に割拠した袁紹のところに行かず洛陽で曹操なのか。何進が宦官討伐 のために辟召した連中の属官だった形跡もない、それまでの経歴から見て 官界に志がないわけでもないのに。
- 666 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 14:50:27.38 O]
- 時系列ぐちゃぐちゃ過ぎるだろ
- 667 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 17:21:08.75 0]
- >>637
ようやく正史三国志をすべて借りられた、やっと患者どもを論破出来そうだ 裴松之の註はすべて無視する方針で大体読んだ そしてまず一つ目髀肉の嘆は註にしか載ってない、劉備への非難はこれで一つ消えるw
- 668 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 17:26:36.68 0]
- 二つ目諸葛亮に国を奪ってもよいとの言は、諸葛亮伝にあったが群臣の前とは
書いてない、劉備が予防の為に言ったわけではない 呉の動向は正史を読んでも分かりにくい、確かに何度も合肥を巡って争うが常に負けてる、実に情けない 孫堅の廟号は武烈帝だ、二文字だな
- 669 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 17:31:36.21 0]
- ざっと読んでみた感じだと正史は実に淡々としている、しすぎている
故に誰にも感情移入出来ない、もし残されたものが正史だけだったら 曹操派劉備派の醜い争いは無かっただろう あと劉備が偽善者であることの科学的根拠を早くおね
- 670 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 17:38:05.99 0]
- 劉備は負け続きだったといわれるが、劉備伝にはそんな重苦しさは無い
乱世を軽快に渡り歩いてる感じ、武帝紀、呉主伝 先主伝をざっと読んだが 一番ノリが軽いのは劉備だ、もしついていくとしたら劉備だな
- 671 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 17:54:59.89 0]
- 付録の月報に面白い話が載っていた、旧制高校の教師をしていた解説者が
生徒に今何を習ってるかを聞いた、生徒は「漢文です」「何の漢文か」 「諸葛孔明の出師の表です」少し知識はあった解説者は 「あれは名文である、あれを読んで泣かざる者は人にあらず」といったところ 生徒は「漢文の授業では今どきこれを読んで泣くものは阿呆である」と返したそうだ 戦前の昔からこれほどまでに蜀憎悪の歴史があったのだなw とすると曹操の評価はつい最近まで低く蒼天が出てやっと再評価されたとの 患者の言はどこから出てくるんだ?
- 672 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 17:55:27.00 0]
- >>670
最後までついていければ蜀の重鎮だが、9割がたその前に脱落する。
- 673 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 20:49:43.29 0]
- どうでもいいけど偽善者って言葉の意味わかって言ってるの?
- 674 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 21:05:25.74 O]
- なんだかんだ言って皇帝まで自称しちゃって
よく臣下がついていったな 日本には後漢皇帝の末裔を自称する輩が住み着いてたようだけど 蜀に皇族は集まら無かったんだろうか
- 675 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 22:14:31.43 0]
- 自己満足のオナニーは三線かVPでやってこい
世界史板でやるな。ガチで迷惑
- 676 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/15(土) 23:43:05.09 0]
- 劉埼が病死したり劉璋が乗っ取られたり劉封が死罪になったり
- 677 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 04:43:36.61 O]
- 劉封は寇氏だろ
- 678 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 08:03:56.95 0]
- >>669
正史が淡々としすぎて「事実を隠蔽している」云々で裴註が付いたんじゃなかったっけ?
- 679 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 10:26:21.56 0]
- 劉禅の蜀など懐かしくない発言は註にしかないじゃん
よってボツだなこれも、巫に頼ったとも書いてない、これもボツ そして相変わらず泥臭さが他と比べてない、住むとしたらやはり蜀
- 680 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 10:33:02.25 0]
- 何の話してるか分からん
三戦に「住むならやっぱ蜀だよな」ってスレ立ててそこでやれ
- 681 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 10:40:18.80 0]
- 正史三国志呉主伝を読んだら神々を祀ったと何度も出てくるが
どんな、何の神々なんだ?この時代道教はまだ普及してないだろ >>680 魏に囚われても涙ひとつ流さずここが楽しいといったというのは 裴松之の註にしか載ってない、つまり捏造の可能性が高いってことだよ
- 682 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 11:15:55.48 0]
- 正史を読んで来たって姿勢はいいが、いろいろと理解していないな
- 683 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 11:43:35.93 0]
- >>681
正史自体も陳寿による捏造が入っている疑惑があるで
- 684 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 13:11:26.36 0]
- 自分は相互に矛盾があるか、発掘などで何かの証拠で否定されない限りは、
基本的に記録が残っていることは信じる派だな。 情報量は多い方が良いって考え。 注記は一切信じないって言う考え方も個人の自由だから否定はしないけど、 話がかみ合わないと思われるのでそう言う人と議論する気はない。
- 685 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 13:13:21.06 0]
- 神様=道教って言う発想なの?
- 686 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 13:24:20.28 0]
- 伍子胥とか項羽とか道教以前に祭られてるしな
- 687 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 20:14:49.93 0]
- 伍子胥は明らかに「祟らないで!」という恐怖から祭られたんだろw
- 688 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/16(日) 20:47:37.44 0]
- 三帝じゃないの?
- 689 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/17(月) 12:18:37.80 0]
- 陳寿の記述が捏造としたってそれと比較できる資料が無い
ほとんど100年後とかの資料ばかり、裴松之の註の信憑性は低い 曹操が関羽の侵攻にびびって遷都しようとしたことは本当 張飛が死んだのは無茶な命令をしたせいではない
- 690 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/18(火) 06:52:43.55 O]
- 詩経楚辞や当時の発掘品等々を無視して神って何だとか言い出す奴だぞ
というか自演ならともかく、いい加減相手するなよ
- 691 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/19(水) 15:58:03.99 0]
- 実際中国って何度もいわれるが神話が無いじゃん
伏羲、女カも実は統治者、人間だし 詩経楚辞を読んだって神観わかんないよ
- 692 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/19(水) 16:25:50.80 0]
- 漱石の起源になった石に枕し流れに漱ぐって
蜀の彭ヨウ伝が元だったのか
- 693 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/19(水) 18:00:27.75 0]
- 石で漱いで、流れを枕す
じゃなかったっけ 間違って言ったのをこじつけて正当化したやつだろ
- 694 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/19(水) 18:43:41.39 O]
- >>691-693
一人で何レスしてんだよ
- 695 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/06/20(木) 18:04:33.60 0]
- 曹操の詩が初出みたいよ。秋胡行。
我居崑崙山,所謂者真人。 我居崑崙山,所謂者真人。 道深有可得。 名山歷觀,遨游八極,枕石漱流飲泉。 沈吟不決,遂上升天。 歌以言志,我居崑崙山。
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