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正史『三国志』 二十八巻



1 名前:世界@名無史さん [2012/09/28(金) 18:02:54.92 0]
前スレ
正史『三国志』 二十七巻
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201 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/11/29(木) 06:06:05.06 0]
公孫氏は世襲をやったので君主ではあるが、三国には数えられない。
交州の士ショウと同じ程度の存在。

202 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/11/30(金) 09:15:56.88 O]
地方の太守や州刺史(牧)が独立勢力になるのは理解できるが、将軍位しかないやつが勢力をつくるのってどういう流れ?
地方にいて、軍勢握ってたとかならまだわかるが、袁術が南陽で勢力を作った基盤が良くわからない。
名声だけで統治権は確立するものだろうか?

203 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/11/30(金) 09:40:33.61 0]
>>202
袁術はばっちり軍団引き連れてきただろw

204 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/11/30(金) 12:52:47.92 0]
曹操に追い回されて目減りしていただろうが、質量ともに袁術軍は揚州第一だよ。

205 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/11/30(金) 14:05:30.46 i]
0

206 名前:202 mailto:sage [2012/11/30(金) 16:36:48.87 O]
>>204
楊州じゃなくて、董卓の難を逃れるため南陽にいた時の話。

>>203
張咨の後釜として南陽を支配するまでは、後将軍とはいえ軍勢は率いてないのでは?
孫堅が張咨を殺さなければ、袁術の勢力の基盤はできなかったのか?っていう疑問です。

207 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/11/30(金) 23:26:08.20 0]
袁紹と同じで、董卓打倒を旗頭に義兵を募ったんじゃないの?

208 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 05:41:08.14 0]
身一つで飛び出した袁紹よりは、しばらく都に残ってた袁術はいろいろ準備していそうな感じ。
後将軍号もきっちりもらってるしね。

209 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 07:01:13.95 0]
袁紹が反董卓連合の盟主っていわれてるけど、ホント?
連合の中では地位も爵位も貧弱だし(自称奮武将軍の曹操よりはましだが諸侯の中では話にならない)、
曹操みたいに先手を打って主導権を発揮したわけでもなし。



210 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 08:38:51.32 0]
袁術傘下の孫堅が洛陽入城を果たしたりして袁術の方が活躍目立っている

211 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 08:56:19.09 0]
でもその軍団は孫堅のものであって袁術のものではないからな

212 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 09:12:53.59 0]
>>209
少なくとも三国志(武帝紀、袁紹伝)にはそう書いてある。

213 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 09:16:43.20 0]
袁紹がすごいのはないない尽くしのところから冀州ぶんどりやったところでね。
曹操と同じ成り上がりタイプでしょ。
名門を武器にしてないよ。

214 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 13:00:18.74 0]
袁術が袁氏の本流として汝南を基盤に揚州や荊州へと勢力を伸ばした

215 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 14:19:54.86 0]
汝南は曹操に取られたし、ていうかその前から黄巾も跋扈してるしで、とても袁術の基盤として役に立ったとは・・・。

216 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 14:32:46.57 0]
汝南袁氏って董卓によって全滅してるだろ。
二袁に袁氏一族の人材が乏しい、っていうかほぼいないのをみても根絶やしにされてるようだ。
これでは汝南が基盤でも使えない。

217 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 15:19:27.12 0]
>>216
全滅って豪族舐め過ぎでない?
棟梁格の袁隗、袁基は死んどるが地元に残ってる連中はいるはずだぞ
袁遺、袁胤辺りもいたから「ほぼいない」というのはおかしいと思うんだ

ちなみに袁術は袁術で後に殺される兄の基が家継いでたから
反乱当初は分家扱いなんだよな

218 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 15:25:40.89 0]
>>217
>地元に残ってる連中はいるはず

誰一人でてこないが。

>袁遺、袁胤辺りもいたから「ほぼいない」というのはおかしいと思うんだ

二袁とあわせて4人しかいないってのが絶望的。
曹操のほうがまだましだぞ。

219 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 15:33:26.14 0]
>>218
王朝残して親族の記録が詳細に残ってる連中と一緒にするなよ
首魁の袁紹、袁術ですら嫁の記録ほとんど残ってない袁氏に対して
妾の名前までいくつも残ってる曹操とその一族の親族の記録量比較するのはバカげてる



220 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/01(土) 16:27:24.09 0]
孫堅死亡で衰微した孫氏だって、当時の袁家よりは人材が多いぞ。
当時の袁家は劉備とタメ張るぐらい人材が枯渇してる。

221 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/02(日) 17:26:23.85 0]
>>220
子孫が生き残って王朝打ち立てて記録残す側に回ってるからね
お前バカだろ

222 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/02(日) 20:14:34.90 0]
でも、劉表劉ショウよりも一族の影が薄い

223 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/02(日) 22:31:16.08 0]
そういう目線で見ると、
蜀陣営に吸収されたとはいえ馬一族初めとする涼州軍閥の一族武将率は異常

224 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/03(月) 21:31:33.89 0]
>>222
代を重ねて土着化に成功してる例と土着化する前に
放逐された一族じゃ比較対照として間違ってるだろ
いい加減そのくだらない勘違いをやめろ

>>223
逆だろ
一族くらいしかまともに動員できる戦力がなかった零細ってこった

225 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/04(火) 17:47:38.40 0]
一族すらろくに動員できなかったのが二袁w

226 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/04(火) 19:46:36.11 0]
>>224
劉表は一代だし
劉ショウの方は劉エンから数えても2代目なんだが・・・

227 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/04(火) 21:02:19.16 0]
>>225
そらそうよ
二人とも一族の総帥じゃねーんだから
一族動員できる立場だった袁隗と袁基が死ぬまでは一族動かせないし
死んでからも本家争いするからそうそう動員できねーよ
そんな中でも親族の名前出てるんだから二袁はやはりたいしたもんだよ

>>226
劉表は子の劉キと劉ソウがおるし赴任が189年頃だから20年くらいずっと荊州におる
二袁は袁術が10年もたんかったし袁紹とて精々10年を超えた程度だ
ここの差がでかい
しかも劉表の親戚が蜀の重鎮として滅亡するまでずっと出ずっぱりなんだから
記録も残ろうもんよ

228 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/05(水) 07:13:49.85 O]
>>227
劉表の親族で、蜀政権の重鎮って誰?
伊籍?

229 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/05(水) 08:10:22.80 0]
なぜ一番重要なのを忘れるのか



230 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/05(水) 08:40:48.08 O]
>>229
マジでわからんので御教授を。
劉磐じゃないし、劉エンも血縁じゃない。
劉キの子とかが出てきたっけ?

231 名前:230 mailto:sage [2012/12/05(水) 10:23:28.58 O]
ごめん「親戚」って書いてあったね・・武侯祠逝ってくるorz

232 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/08(土) 18:21:06.16 0]
まあ、袁紹、袁術の直系を除いて、袁遺、袁胤、袁渙ぐらいしかいなかった点、
極めて厳しかった。他は皆殺しになったんでしょ。袁隗、袁基、袁滂など、有力な
のは董卓によって皆殺しにされたからね。

ちなみに、傍系には高幹、高柔などがいる。高柔は魏時代に三公にまでなっている。

233 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/08(土) 19:06:14.09 0]
楊修とかもいたね

234 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/11(火) 19:25:53.00 0]
諸葛亮が劉表の親戚の親戚ってのはどうにも眉唾だと思うけどな
なんで裴松之が注に入れないんだっていう
いつだかこのスレで指摘してる人がいたけど
現存する襄陽紀は、すでに散逸したものを清代に再編集したものなんだと

>>232
袁渙は汝南の袁氏じゃない
新唐書宰相世系ではかなり近い親族のように書かれてるけど
それを否定する碑文があったはず

235 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/11(火) 20:33:07.11 0]
>>234
諸葛亮の妻方の一族が蔡氏と結婚して、蔡氏が劉表と結婚して・・・という関係じゃなかったか
そんな関係では逆に裴松之としてもそれをわざわざ収録する必要があるのか、っていうことも言える

236 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/11(火) 22:06:45.06 0]
>>235
でも結構、瑣末な事柄も注で収録してたりするからなぁ
零陵先賢伝を引いて、諸葛亮が荊南3郡を統治した時に居住した県名を記したり

あと襄陽記(紀じゃなかった)を引いて黄承彦のことに触れてる箇所があるけど
なんでそこでついでに書かなかったのかと思う

237 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/11(火) 22:37:50.36 0]
でも諸葛亮って劉表生前から劉キに近付いたり劉備に近付いたり
内部で相当動けてるんだよなぁ
20代の若造が簡単にできることではない

238 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/12(水) 00:49:33.22 0]
孟達に殺された諸葛亮の姉の旦那もカイ良とカイ越と同じ一族でしょ?

239 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/12(水) 11:00:25.73 O]
>>237
魏晋南北朝期は評判がモノを言うからなぁ。

司馬徽門下の将来有望な逸材として名は通っていたんだろうな。

就職活動中の学生がOBの会社訪問するみたいな感じで、案外簡単に会えたのかもしれん。

ところでお前らは諸葛亮と諸葛瑾が兄弟じゃない説についてはどう思ってるの?



240 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/12(水) 11:17:52.82 O]
>>239
そういうお前はどう思ってるんだ?
少なくとも正史には兄弟だとわかる記述が載ってるが。
実際の血縁や生育環境はわからんが、一族的には兄弟なんじゃないか?

241 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/12(水) 13:29:54.26 0]
>>239
ありえない話ではないが肯定する理由はない思い付きの域を出ない珍説だろ

242 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/14(金) 15:14:53.18 O]
>>240>>241
正史にははっきり「兄弟」って書いてあるし、
孔明マニアの陳寿の言うことだから、信じるべきなんだろうけど。

でも瑾、亮、均ってやっぱり統一感がないんだなぁ。
珪と瑾で、排行が違うのに同じ玉へんなのも気になるし。

珪、瑾、璋で兄弟で、
孔明にとって瑾は「親戚のお兄ちゃん」だった、というのはオレにとっては説得力のある説なんだが。

243 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/14(金) 15:55:48.98 0]
>>239
眉唾
字に統一感が無かったりするけど
憶測の域を出ない話だと思ってる

244 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/14(金) 21:23:50.15 0]
>>242
曹操と曹拠も本当は兄弟だって言うなら諸葛亮と驢馬が兄弟じゃないっていうのも信じてもいいけどな

245 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/15(土) 10:47:53.34 0]
司馬懿の兄弟:朗懿孚馗恂進通敏
司馬懿の息子:師昭亮伷京駿幹肜倫
司馬炎の息子:衷柬瑋乂允晏遐穎熾

こちらも統一感はないと思う
あざなは共通字があるけど

246 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/15(土) 18:08:22.99 0]
結論:高島某とその説を信じる奴は語るに及ばない

247 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/15(土) 22:12:26.64 O]
>>246
すまん。オレ岡大なんでな。

248 名前:世界@名無史さん [2012/12/19(水) 14:24:03.93 0]
岡大でそれだと親が泣くぞ

249 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/23(日) 08:26:42.69 0]
そもそも排行とかいつ成立したんだっけ?

日本だって通し字の成立は意外と遅くて平安後期なのだが



250 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/24(月) 11:47:33.54 0]
曹休と曹真も逆なんじゃねーのって話をどっかで聞いたような
字が文烈と子丹だから

251 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/26(水) 21:49:11.67 0]
>>250
意味がわからない

252 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/27(木) 23:43:47.32 0]
甄子丹って香港アクション俳優いるね

253 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2012/12/28(金) 12:43:34.13 O]
そんな人したん

254 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/03(木) 10:09:34.69 O]
この時代って正月祝ったりしてたのかな?

255 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/03(木) 16:32:37.89 0]
記録ないし

256 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/03(木) 17:51:34.94 0]
南北朝時代まで下っていいんなら、
北魏末の爾朱兆は正月の宴会やってた隙に強襲されて高歓に滅ぼされた
宴会というより部族内での年頭集会の意味合いが強いんだろうが

257 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/03(木) 20:13:20.30 0]
当然祝ってるよ

三国志の中に何回か出てくるだろ
正月中に日食があった事件の描写もあったような記憶があるが

258 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/03(木) 20:20:22.25 0]
文帝の二年に、
「春正月、天地明堂を郊祀す。」
とあるな。

259 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/03(木) 21:30:32.89 0]
2月っていうほど春か?って昔の奴らに言いたい



260 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/03(木) 21:40:30.10 0]
1月2月3月が春だから

261 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/04(金) 06:04:15.91 0]
現代日本の暦と日本の風土の感覚で語られても

262 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/04(金) 09:12:38.19 0]
>>259
旧正月って大体今で言う二月の頭から中頃だから
春って「一番寒い時期が終ってこれから暖かくなる時期」という認識だよね
日本でも二月中頃過ぎると一気に暖かくなるから国は違えども感覚的には理解できると思う

263 名前:世界@名無史さん [2013/01/05(土) 17:34:38.49 0]
【中国史】やる夫と後漢初頭を生きるようでス。 24膳目
jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12973/1357052011/
やる夫が王莽になるようです その三
jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12973/1356871028/


みんな、三国志のちょっと前だけどおすすめ

264 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/06(日) 13:18:05.02 0]
爆竹等で祭るのが春正月だっけ?

265 名前:世界@名無史さん [2013/01/13(日) 21:43:28.49 0]
保守

266 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 00:18:05.34 O]
スレチだが話題がないので。
池上遼一の三国志漫画完結したね。
期待と迷走と消化不良のまさに怪作でした。
ここの住民の方は、世に溢れるああいう三国志の二次創作モノは嫌い?全否定の人もいると思うけど、俺は面白いければそれはそれとして楽しめる。萌えはいらないが。

267 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 00:45:35.60 0]
ここは「三国志なんでも雑談スレ」じゃないのでおかえりくだちい

268 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 08:12:56.43 0]
そんなことより今期アニメの話しようぜ

269 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 14:35:13.99 0]
一般的に知られている三国志=三国志演義で二次創作モノだからな



270 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 16:43:36.48 0]
だからここは正史三国志のスレなんでしょ?
関係ないよね

271 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 18:22:05.23 0]
蒼天航路や覇(LOAD)みたいな正史ベースの漫画はありだと思う。

今期アニメは終わっているものばかりだけどね。け○おんで、アニメは完全に死んだ。
あの名作、蒼天航路さえ満足にアニメ化できない連中の力量なんて、たかが知れている。

272 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 20:17:55.30 0]
そういうのは三戦とか漫画系の板でやれば良いじゃあないか

273 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 21:14:51.80 0]
なんで急にアニオタやら漫画オタが湧いてんの?
どこでも勝手に話題をねじ込んできて、さっさとくたばってね

274 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 21:31:50.47 0]
>>271
まずどっちも正史ベースじゃないし、もしそういう漫画があったとしても他のところでやってよ

275 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 22:17:33.84 0]
>>85
サカモッチとコオロギジジイは仲悪いよ。

twitter.com/YusukeOhara/statuses/237887402323111936

>本田雅一
>ところで、なんでここに 西川和久さんがいない?mickとあれだけ一緒にいたのになぁ。

いきさつを知らない本田さんにはわからんでしょうが、西川和久氏は「お呼びじゃない」ってことですね。
↓NIFTY-Serve大同窓会
itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20120821/417092/

無視されました、嫌われ者の仲間外れです。典型的な村八分ですね。
もう誰も覚えてないっていうか【思い出したくもない】というのが本音ですかね?

276 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/19(土) 22:37:39.28 0]
たしか蒼天航路をベースに陳寿って奴が二次創作したものが三国志なんだったな

277 名前:266 mailto:sage [2013/01/19(土) 23:44:27.83 O]
なんにせよレスが増えて良かったよ。

気を取り直して徐庶について話そう。
あいつが曹操陣営でそれなりに出世できたのはやっぱり穎川出身だからだよね?

278 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/20(日) 04:11:55.76 0]
>>262
日本と中国の暦が作られた地方は気候が全然違うよ。
日本だと立春は1年で1番寒い時期とほとんど変わらない。
日本の多くの地域なり主要な地域で春になるのは、早くて春分から。
最近だともっと遅い感じだけど。

279 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/22(火) 03:27:08.44 0]
坂井三郎に対する海軍の同僚の人からの評価も、
「列機を1機も失わなかったというけど・・・。列機が優秀だったから」
「腕はともかく頭はよかった」
「明るいが腕は「並み」のおとなしい、目立たない男」
「相手が死んでから昔の上官の悪口を言い出すなんて人間の風上にも置けない」
三四三空では、杉田上飛曹が 「あんなインチキはぶん殴ってやる」 と息巻き、それが隊上層部
でも問題になり、「杉田に上官暴行の汚名を着せるわけにはいかない」ということで、横空に戻る
ことになったが、横空では「あいつが戻ってくるのか」という空気だったとか。元搭乗員の方が
坂井氏のことを良く仰るのは僅かなようです。よく海兵出身の士官の批判をされていましたが、
ご本人が嫌っていた士官よりもむしろ、仲間のはずの下士官搭乗員に嫌われていたようです。

また戦後、大西中将夫人を商売で表に立てて利用したり、某有名戦闘機乗りの海軍の退職金を
持ち逃げ騒動、財団法人「天下一家の会」(いわゆるネズミ講)の広告塔となって元搭乗員を
勧誘したり、そのことが旧零戦搭乗員会を解散させたりなど評判は良くなかったそうです。



280 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/22(火) 08:48:29.53 O]
なんのスレチだ

281 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/01/26(土) 17:19:36.59 O]
保守。

282 名前:世界@名無史さん [2013/01/28(月) 13:18:42.73 0]
助太刀いたす

283 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/02(土) 00:17:06.73 O]
保守。

孫権と孫静、孫賁ら親族って当初は対等っぽいよね。
それが孫権を頂点にした体制に変わる契機ってなんだろう?
黄祖戦?赤壁?それとも漸進的な以降?
孫権が孫策の跡を継いだ時、反乱(対等勢力の争い)があったって記述はないよね?
孫策→孫権の権力委譲ってすんなり書かれてるけど、結構重大な出来事だよね。

284 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/02(土) 07:38:57.20 0]
対等というか、単純に一族の「頭領」である孫権が弱すぎただけ

赤壁からが権力回帰の始まりだね
巨大な脅威の前にはまとまらないといけないという認識ができた

日本でも守護大名で似たようなケースが多い

285 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/02(土) 22:44:22.67 0]
第4話で敵前逃亡した1年生チームが9話でフラッグ車の
盾になったシーンやバレー部が必死になってチームの
勝利を望んで逃げ回ったところ、JS-2登場時の砲塔の
インパクトなどなど・・・細かな演出を上げればきりが無いです。

もちろん、主人公補正によるご都合主義なのは否定しませんが。

少なくとも、私は頼りなかったメンバーが戦車道を通して
成長していく様子に感動した一人です。

いいアニメですよ、ガルパンは。

286 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/02(土) 23:04:45.03 0]
孫賁家は多分自分達が一家のあるじだと思っていただろうな・・・

287 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/02(土) 23:36:39.83 0]
>>285
何のスレチだよ

288 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/02(土) 23:39:03.23 O]
孫策はまだ孫賁に気を遣ってたきらいはあるけどね。
孫権が討虜将軍兼会稽太守になったのが、孫氏勢力の後継者としての公認だったのかな。
だとしたら曹操に感謝だな。

289 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/03(日) 02:36:53.46 0]
孫策が孫権を後継指名して、宿将や江南名士がそれを守って盛りたてて行ったのが大きいだろう
つまり孫策に大きな求心力があったというのが一番の要因だと思う



290 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/03(日) 13:50:01.16 0]
崇高なビジョンを持たぬ人間の喜怒哀楽なんて
真の感情には程遠く、それらは感情未満、
本能以上の低劣な反応に過ぎないからな。

291 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/04(月) 00:16:47.47 O]
孫策の勢力圏って丹陽、呉、会稽が中心だけど、
丹陽は陳禹や厳象など揚州刺史の勢力、呉は他の孫一族の勢力が強く、
事実上自ら切り取った会稽が本拠になってたのかもな。
本人も孫権も太守になってるし。

292 名前:世界@名無史さん [2013/02/05(火) 22:17:24.25 0]
赤壁を疫病のせいだけにする正史は
逆にあやしい

293 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/05(火) 22:42:13.28 0]
>>292
呉書の方に疫病以外の理由あるやろ
アホかいな

294 名前:世界@名無史さん [2013/02/05(火) 22:51:17.27 0]
>>292
お前日本語読めないの?www

295 名前:世界@名無史さん [2013/02/09(土) 00:14:20.12 O]
保守アゲ

話題がない…
三国時代の合戦って一年中やってたのかなあ。農閑期だけとかじゃないよね。

296 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/09(土) 13:21:29.11 P]
袁紹・曹操共に天下を治めるチカラを有していた。
只一つ、両者にとって決定的に無かったものは、
許攸の才知を発揮させるだけの器量である。

嗚呼 惜しい哉 許子遠

297 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/09(土) 15:06:18.44 0]
許攸のような古いタイプは
袁紹や曹操のことを「あるじ」とは見ずに
せいぜい「同期の出世頭」くらいにしかおもわなかっただろうな
「役職上は上司だが人となりの格は同じ」とかね

そういうのはえてして後漢の価値観のまま乱世に突入してしまい
結局適応できずに(時代が進むにつれてそういうのは全部粛清された)淘汰されたといえる
荀ケみたいに確信的に抗って粛清されたわけじゃないしね

時勢を読めなかった無能というのは言い過ぎではないと思う

298 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/09(土) 15:16:58.41 0]
この当時って400年続く、しかも一度滅亡しながら復活した漢朝の存在があって
現代の感覚よりも易姓革命が遠い世界だったろうから
我々の目から見て遅れた価値観に見えるものでも
当時としては一般的なものだったかもしれない。

299 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/09(土) 19:54:03.05 0]
孔融なんて曹操のことを完全に格下だと思い込んでいたのではないか



300 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2013/02/10(日) 00:33:35.02 0]
とうぜん宦官野郎の孫のくせにwって思ってたでしょ






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