- 626 名前:132人目の素数さん mailto:sage [2009/02/15(日) 18:15:49 ]
- >>621,>>624
数学は、現実(身の回りの現象)をシミュレートできるから、残るんじゃないと思うよ。 また、現実(身の回りの現象)において、有用だから、残ってるんでもないと思う。 数学が残るかどうかは、その数学自身の発展性が豊かかどうかに関係していると思う。 役に立たないと思われていた数学が、時を経て蘇ることもある。 例えば、分配法則を成り立たせるように数学を発展させてもいいし、成り立たない方向で進めてもいい。 数学はどちらでもいいんだよ。そうやってできたものから、今役に立つものは、今使われるし、 今役に立たなくても、将来役に立つことが認められて、使われるようになるかもしれない。 中には失われるものもあるだろう。要するにそれらは、結果なんだと思うなぁ。 また乗法の交換法則が使われないことがあるのは、現実がそうでないというより、 交換法則を使わない数学に発展性があったからだと思うよ。ではなぜ交換法則を使わない数学に発展性があったかと言えば、 交換法則を使わない数学にも、その基本、つまりモデルになった数学的現象があって、それがそうだったからという方が、 案外、的を射ているように思われる。モデルになった物理的現実があって、その現実がそうだったからとは限らないんじゃないのかなぁ。 数学の発展の方向性を、純粋に思惟だけに求めるのは、確かに危ういと思う。 そうやって駄目になった人たちも、大勢いるらしいからね。数学も現実(身の回りの現象)から多くの影響を受けているし、 数学者も確かに現実(身の回りの現象)の中にいる。その意味では、現実(身の回りの現象)を見据えて、 現実(身の回りの現象)から、数学のアイデアを得ることは有意義だと思うよ。 でも、数学の正しさは、現実とはまったく無関係だよ。そこにこそ数学のねうちがある。 それから、>>585は各種法則を試しているのであって、法則の成立を前提にしているのではない。 せめてそのくらいは理解して欲しいなぁ。
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