- 1 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/04/14(土) 16:09:04.60 ID:y82kk9YE]
- タイトルは飾り
過去スレ ロスト・スペラー 3 engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/ ロスト・スペラー 2 yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/ ロスト・スペラー yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
- 101 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/11(金) 19:35:14.04 ID:ifBIAXwV]
- サティは中級課程に上がり立ての頃と全く変わらず、増上慢だった。
事実、その中級課程には1年しか留まっていなかったので、大した出来事も無く、性格が変わるのなら、 そちらの方が余程大事だろう。 サティは魔法学校を、一時の通過点としか捉えておらず、常に更なる高みを目指していた。 教師の講義を受ける前から、彼女は進んで教本を読み込み、そこに書いてある呪文や発動技術を、 全て完璧に習得した。 『詠唱<チャント>』、『逆詠唱<リバース・チャント>』、『裏詠唱<サイレント・チャント>』、『描文<ドロー>』、 『逆描文<リバース・ドロー>』、『引継<テイク・オーバー>』、『独合唱<ソロ・コーラス>』、『独重唱<ソロ・マルチプレット>』、 『簡易発動<インスタント・エフェクト>』、『同時発動<コンカレント・エフェクト>』、『時間差発動<タイム・ラグ・エフェクト>』等、 技術的に教わる事は何も無い状態だった、サティの得意振りは、自らの成績が確認出来る試験の日を、 待ち遠しく思っていた程である。 サティ・クゥワーヴァの独走を止められる者は、このグラマー中央魔法学校には存在しなかった。 彼女が上級課程に進級してから半年が経ち、気紛れに選択科目で古代魔法史を選ぶまでは……。
- 102 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/12(土) 19:38:16.58 ID:6NLJPagt]
- 選択科目とは、魔法学校の教育課程の中では、序での様な物である。
正式には、自由選択科目。 魔法の習得には、余り役に立たない。 選択科目は自由に選ぶ事が出来る科目で、他の科目と被る事は無い。 その気になれば、全ての選択科目の単位を取る事が出来るが、選ばなくても良い。 基礎的な学問は、公学校で習うので、教養程度の物。 古代魔法史以外には、上級数学、都市法学、心理学、経済学、社会学、生物学、上級物理学、 上級化学、天文学、気候学、地学、詩学、医学、栄養学、音学、絵画、工芸、手芸、野外活動、 体術がある。 魔法学校外部の者を講師に招く事もあり、その方針によって、飛び抜けた専門性を持つ物まである。 魔法の才能は驚異的だったサティだが、その他の実力は、それなりに優れている程度。 不得手は無かったが、人並み外れて優秀でもなかった。 その為、魔法以外に気を取られる事が無く、真っ直ぐ伸び過ぎた嫌いがある。 故に、選択科目を学ぶ必要性は感じておらず、古代魔法史にも、そこまで興味があった訳ではない。 彼女が古代魔法史を選んだ理由は、講師がグラマー地方の人間ではないと言う事で、 物見の積もりだった。
- 103 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/12(土) 19:51:23.87 ID:6NLJPagt]
- 古代魔法史の講師、プラネッタ・フィーアは、グラマー市民と同じく、面紗で髪と口元を隠していた。
訛りの無い、綺麗な澄んだ声で、顔を隠していても、何と無く理知的で美人そうだと思ったのが、 サイティの第一印象。 その後、プラネッタの講義を受けたサティは、講義の内容より、彼女の「綺麗な」魔力の扱い方に驚いた。 プラネッタは表詠唱と裏詠唱を使って、極普通の振る舞いで魔法を使う。 サティが浮遊して移動するのと同じだが、決定的に違うのは、それが自然過ぎる事だった。 身振り手振り、本の小さな仕草、発する一言一言が魔法の要素。 他人に魔力の流れを感じさせず、魔法を使うには、相当意識しなくてはならない。 高い魔法資質を持つ者なら、尚更。 普段のサティは、自己顕示の為に、高い魔法資質を見せ付けて、人を威圧するばかりで、 静かに魔法を使う事は余り考えなかった。 何より、特別な目的がある場合を除いて、魔力を密かに行使する事は、こそこそ隠れている様で、 好きでなかった。 そう言った理由で、プラネッタの能力を認めはしても、好い印象は持たなかった。 その代わりに、この講師は本気になると、どの様な魔法の使い方をするのか――……、 自分より優れた魔法の使い手なのか、確かめたいと思う対抗心が、首を擡げて来る。 飽くまで、講師と学生と言う立場上、不躾に勝負を挑む事は出来ないが、何か方法は無い物かと、 サティは真剣に考えた。
- 104 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/12(土) 19:52:43.47 ID:6NLJPagt]
- 「十年に一度の才子になるであろう」と幼い頃から言われ続け、この年になって遂に、
その称号を自らの物にしたサティは、恐れ知らずにもプラネッタに負ける事は、思案の外であった。 余り大事にせず、彼女の実力を確かめるには、どうすれば良いのか、そこにしか関心が無かった。 しかし、働き掛けがあったのは、プラネッタの方から。 講義が終わった後、サティが1人になったのを見計らって、プラネッタは彼女に近付いた。 「貴女がサティ・クゥワーヴァさんですね?」 「はい。 何か御用でしょうか?」 「お願いがあります。 その……貴女の気は、険が強過ぎて……、講義の障りになるので、抑えて欲しいのです」 そんな事を他人に言われたのは、初めてだったので、サティは大層驚いた。 余程豪胆か、無神経でないと、面と向かっては告げられない事である。 プラネッタは講義中、ずっとサティを気に懸けていた。 高い魔法資質は、自然に周囲の者を脅かす。 サティの優れた魔法資質は、プラネッタの「講義を円滑に進める」細やかな魔法を妨害するばかりか、 講義室全体の雰囲気を、張り詰めた物にしていた。 それを意識的に抑える事は可能だが、プラネッタが見る限りサティには、その気が全く無かった。 寧ろ、触れなば切らんと、寄る者を拒む雰囲気があり、それを心配したのである。 傍にはサティの威圧が、意識しての物か、無意識の物か判らない。 プラネッタは「抑えて欲しい」と、制御が可能であるとの前提に立った言い方をしたが、無意識であれば、 制御する方法を教える積もりでいた。 その在り様は、講師の物ではなく、教師の物であった。
- 105 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/12(土) 19:53:59.49 ID:6NLJPagt]
- だが、これを絶好の機会と思ったサティは、プラネッタに刃を向けた。
「私が居ると、迷惑でしょうか?」 刺々しい口調で、敵対の意思を表す。 プラネッタは宥める様に言い開いた。 「違います、そう言う意味ではありません。 貴女の魔法資質は非常に優れていますが、人は強い魔力の流れに影響されます。 貴女にとっては何でも無い事でも、人は脅威に感じる事があるのです」 「私が怖いと――誰か言ったのですか?」 「いいえ……ですが、貴女の気は余りに鋭利。 人を遠ざけていては、回り道も多くなります。 抑える術を知らないのであれば、私が教えましょう」 彼女は終始冷静に、穏やかで優しい話し方を貫いたが、最後の一言は余計だった。 物を知らぬ様に扱われたサティは、不快感を露にする。 いや全く、不良少女を相手にする様である。 サティは居丈高な態度で応じた。 「お心遣いは有り難く思いますが、私が教えを請う方は、私に優る者と決めています。 『教えましょう』と仰られるなら、先ずは先生の実力を示して頂かなくては……」 態々、喧嘩を売る為である。 無礼は十分を越えて百も千も承知――とは言え、酷い言い掛かり。 少なくとも教えを請う者の態度ではない。 しかも、触れなば切らん所か、八つ裂きにしてやろうと思っている。 「解りました。 では、今日の放課後、実技演習場に来て下さい」 サティの企みを知ってか知らずか、プラネッタは安堵した様に、明るい声で応じた。 「実力を示して頂く」と言った意味が通じているのか? 或いは、全部理解した上での反応なのか? ……サティは小さな不安を抱えて、放課後を迎える。
- 106 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/13(日) 17:35:19.68 ID:YJKCu34q]
- プラネッタは約束通り、実技演習場で待っていた。
どうすれば実力を認めて貰えるのか、尋ねて来た彼女に、サティは学内で通用している、 変則スクリーミングでの勝負を持ち掛ける。 ただ実力を見るだけなら、フラワリングの技術を披露させれば良さそうな物だが……。 2、3極逡巡した後、プラネッタは「良いでしょう」と応じ、サティは内心で狂喜した。 幾ら他地方から来た者とは言え、この学校に勤めている以上、サティの噂を知らない筈は無い。 それを解って勝負に応じると言う事は、相応の実力者。 心の昂りを抑えられず、彼女は身を震わせた。 そこらの学生とは違う、自分を恐れない、本物の魔導師! 呪文を唱えた訳でもないのに、実技演習場全体が小刻みに共振する。 常識では考えられない現象だったが、プラネッタは感嘆の息を吐きはしても、驚愕はしなかった。 それが益々サティを悦ばせた。
- 107 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/13(日) 17:42:11.75 ID:YJKCu34q]
- プラネッタとサティは、実技演習場の床に描かれた、スクリーミング用のラインに従い、
対面して位置に付く。 競技を始める前に、プラネッタは『面紗<ベール>』を脱いだ。 さらりと青い髪が広がり、両耳のイヤー・カフスが小さな輝きを放つ。 グラマー市民のサティは、それを見て少し慌てた。 グラマー地方の女性は、身内以外に肌を晒す事は禁じられている。 婚約者以外の他人に、自ら素顔を晒すのは、即ち必殺の合図。 プラネッタはグラマー地方民ではないので、他意は無く、競技の邪魔になるから外したのだろうが……。 それに気を取られて、唖然としているサティに、プラネッタは声を掛ける。 「先攻後攻は、どうしましょう? 魔力石は使いますか?」 その毒気の無さに、サティは再び不安になった。 競技前の決まり文句の様な物だが、それにしても魔力石の使用を訊ねて来るとは……。 彼女は本当に、目の前の人物が、十年に一度の才子だと解っているのだろうか? 魔力石を持たせたら、演習と言うレベルでは済まなくなる。 肝が据わっているのか、軽んじられているのか、それとも鈍感なだけなのか……いや、 講義中の魔法の使い方からして、繊細な感覚の持ち主の筈である。 サティの優秀さも認めていた。 冷静に思考して、心を落ち着け、サティは穏やかに答える。 「魔力石を御使用になるのでしたら、どうぞ。 私は使いません。 先攻後攻も、お好きな方で」 「では、私も魔力石は使わないでおきましょう。 私の力量を見るとの事ですから、先攻は頂きますね」 「……解りました」 「では、参ります」 互いに確認が済んで、競技開始。 サティはプラネッタが何をするのか、その一挙手一投足を警戒して注視した。
- 108 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/13(日) 18:02:15.44 ID:YJKCu34q]
- しかし、プラネッタは困った様な表情で、何もせずにサティを見詰めていた。
演習場内の魔力が乱れる様子は無い。 サティが不審に思っていると、プラネッタは改めて問い掛けて来る。 「本当に始めて良いですか?」 サティは苛立った。 「はい」 「本当に?」 「はい、早くして下さい」 急かされ、プラネッタは静かに両目を閉じる。 「では……――A3H3J7!」 一変して、身を貫かれる様な鋭い声で発せられた、短い発動詩の後、閃光がサティの視界を奪う。 「――J7J3A3H7、くっ!」 しまったと思い、サティは反射的に逆詠唱したが、全然間に合わなかった。 彼女が一瞬戸惑ったのは、魔力の流れが読めなかった為である。 サティの目には、プラネッタは発動詩以外の動作無しに、魔法を放った様に見えていた。 『仕込み<プリペアリング>』ではない。 相手が先攻の時は、必ず警戒していた。 それに、魔力の流れは隠し切れる物ではない。 サティ程の魔法資質を持ち合わせている者に、全く覚られずに魔法を使うのは、不可能と言って良い。 サティはプラネッタが使った魔法の仕組みを、既に理解していた。 高レベルの『簡易発動<インスタント・エフェクト>』だ。 予め発動の準備をしておく、仕込みの形式とは違い、自然の魔力の流れを直接利用する物。 魔力は常に微かな増減を繰り返し、ランダムに揺らいでいる。 それが狙った形になる一瞬に合わせて、神速で魔法陣を完成させ、発動詩を唱えたのだ。 プラネッタは待っている間、本当に何もしていなかったので、動作を注視していては、 反応が遅れるのは当然。
- 109 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/13(日) 18:05:19.71 ID:YJKCu34q]
- 閃光を直視したサティの目は、眩みから未だ回復しない。
俯いて瞬きを繰り返すサティに、プラネッタは申し訳無さそうに謝る。 「御免なさい……不意打ちみたいになってしまって」 サティは怒りに駆られる心を抑えた。 発動が読めなかったのは、己が未熟だったから。 しかも、事前に何度も警告を受けている。 それを謝られるのは、見下されているのと同じ。 後には「やっぱり解っていなかったんですね」と続く、半ば侮辱めいた言葉が隠されている。 警告する事自体が、ブラフの可能性もあったが、そんな心理作戦に掛かる方も間抜けだ。 技術で遣り込められるのは、力押しで負けるより、精神的に応える。 そうなると、負けず嫌いの気が芽を出し始める。 「いいえ、大丈夫です。 続けましょう」 未だ実力の全てを確かめた訳ではない。 そうサティは自分に言い訳して、スクリーミングを続行した。 1ラウンド目の先攻が終わったのみで、後攻の自分のターンも、その後のラウンドも残っている。 先の成功は一撃のみの紛れ当たりなのか、それとも未だ手を隠しているのか、見極めなくては……。 サティは無自覚に、この勝負を楽しんでいた。
- 110 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/14(月) 20:05:51.79 ID:+pIwnwAA]
- サティはプラネッタに意趣返しをしようと試みる。
この方式の変則スクリーミングでは、発動させられる魔法は1つのみ。 例えば、火の玉を一度出せば、即ち、現象として起こしてしまえば、他の魔法―― 冷気や電撃を後で発する事は出来ない。 また、同じ火の玉でも、一度に複数出すのは認められるが、時間差で幾つも出すのは認められない。 彼女は自慢の魔法資質で、大威力の魔法を打ち噛ますと見せ掛けて、プラネッタと同じ方法で、 簡易発動を決めようと企んでいた。 サティは演習場内を不規則に漂う、魔力の流れに目を凝らした。 プラネッタは体の周囲に少しだけ魔力を纏っている。 それ以外では、特に何かを仕込んでいる様には見えない。 不気味な物を感じつつも、サティは詠唱と描文を始めた。 サティの高い魔法資質は、演習場内の魔力を掻き乱す。 生半可な魔法資質の相手では、場の魔力を奪い合う事すら出来ない。
- 111 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/14(月) 20:06:37.61 ID:+pIwnwAA]
- サティが両手を前方に差し出すと、そこに魔力が集中した。
「I1EE1・I3L4・F1D5O1H1・F1D5O1H1・F1D5O1H1・F37BG4、 F1D5O1H1・F1D5O1H1・F1D5O1H1・F37BG4、F37BG4・F37BG4・F37BG4・F1D5O1H1――」 プラネッタは静かに魔力の流れを見詰めている……。 詠唱で防御を固める様子も、逆詠唱でサティの詠唱を妨害する様子も無い。 この儘、魔力の塊を叩き付けた方が早いのではないかと、サティは思った。 小細工は見抜かれそうな予感があったのだ。 「F37BG4・J7CC1・BG4CC4・K56B4・H5J4J7!!」 計画を変更して、サティは魔力の塊を直接プラネッタに向けて飛ばす。 魔法資質の無い者にも、凝縮された魔力の塊が、薄らと見える程の物だ。 しかし、プラネッタは何の反応も見せない。 嘗めているのかと、サティは持てる技術を駆使し、自己の究極魔法を使う。 「N4H16B4・H5J4J7!!」 2度目の発動詩で、魔力の塊は無数に分散し、弧を描いて、プラネッタを包み込む様に襲い掛かる。 「. ┌E3・A17、E16H1H2D4・M2B2D4! J3J5D17┼B3・A56、A5H4D5J3D4・B4C1N1G3D4! └N1・H3K3D4、N1H4N1・N1H4N1N3D4!」 そして、独り三重唱。 裏詠唱と描文を用い、空気を振動させて行う、同時詠唱技術。 分散した魔力の一群は炎へ、一群は氷へ、一群は雷へと、同時に変化する。 「M1H4H1A2D3D1・N1L3・K17BC17J7!!!」 最後にサティが唱えた呪文によって、炎は纏まって巨大な1匹の赤い竜に、氷は白い竜に、 雷は黄金の竜になった。 演習場内の魔力を、全て注ぎ込んだ一発。 プラネッタが防御魔法に使う魔力は残していない。 殺す積もりで放った。
- 112 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/14(月) 20:12:18.16 ID:+pIwnwAA]
- 竜は一点に食らい付き、互いを貪り尽くす様に、莫大なエネルギーを撒き散らしながら、消滅して行く。
フラッシュと水蒸気と煙幕で、数点は視界が利かない状態だった。 エネルギーの放出が収まると、霧とも煙とも埃とも付かない白い靄が、演習場全体に立ち込める。 (殆ど抵抗しなかった……?) 余りに静かで、本当に死んでしまったのかと、サティは冷やりとした。 「プラネッタ先生!」 講師を殺したとなれば大罪だ。 実技演習とは言え、事故では済まない。 しかし、白い靄の向こうに、微かな魔力の流れを感じて、彼女は安堵した――と同時に、 どうやって魔法を防いだのか、疑問に思う。 「はい、平気です。 御心配無く」 プラネッタの返事は、意外に元気そうで、サティは益々不思議に思う。 靄の向こうで、プラネッタの影が揺れる。 彼女は魔導師のローブの裾から、折り畳み式のロッドを取り出すと、それを大きく振り回して、 石突で床をトンと叩いた。 それと同時に、靄が一瞬で晴れる。 プラネッタは全くの無傷であった。
- 113 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/14(月) 20:15:24.67 ID:+pIwnwAA]
- 深呼吸をするプラネッタに、疑惑の眼差しを向けるサティ。
それに気付いたプラネッタは、小さく微笑んで言う。 「勝負ありましたね」 もう魔法に使える魔力は、演習場内には残っていない。 魔法を決めた回数は、プラネッタが1回、サティは0回――……どんな一撃でも、勝ちは勝ち。 それが本来のスクリーミング、技術の勝負。 魔力石を使うかと訊ねられた時に、無下に蹴ったのも自分。 サティは俯いた。 本心では、こうなる事を望んでいたのかも知れない。 「――私の負けです」 プラネッタとサティは、同時に言った。 驚いて顔を上げるサティに、プラネッタは理由を説明する。 「サークルから出てしまいましたから」 スクリーミングは純粋な魔法と魔法の勝負。 競技者は互いに、魔法と魔法を打つけ合って戦う事。 その際、攻撃或いは防御の為に、競技用の円内から出てはならない。 基本ルールである。 「流石に、『あれ』は受けられませんよ」 苦笑するプラネッタに、サティは疑問を打つけた。 「……どうやって避けたのですか?」 「貴女は素晴らしい才能の持ち主です。 貴女の魔法は正確無比でしたが、貴女は魔力に集中して、他の物が見えていない状態でした。 魔法資質に頼り過ぎましたね」 サティは再び俯く。 プラネッタは自身を模った魔力を残留させて、魔法が直撃する前にサークルの外へ退避していた。 サークルの外に出れば負けになる為、そんな事をするとは、完全にサティの予想外だった。 旨々と一杯食わされたのである。
- 114 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/15(火) 19:22:22.87 ID:Gp9u0JSl]
- プラネッタの自己申告が無ければ、サティは敗北を認めていた……。
普通、勝利に拘るなら、自分に不利な事は、相手が気付かない限り、黙っている物である。 プラネッタ・フィーアと言う人物を、サティは測り兼ねていた。 サティの裏を掻く行動は、お戯くっている様だが、その言葉は穏やかで、人柄も真摯である。 先のスクリーミング勝負は、まるで授業……サティの欠点を教示していたとも言える内容だった。 魔法学校に来てから、他人に物を教わる事が、余り無かったサティにとって、 プラネッタは奇妙な存在だった。 誰もが避ける強大な魔法資質の持ち主に、積極的に関わろうとし、打ち負かすでなく、勝ち誇るでなく、 講師の立場を取り続ける。 その上から物を言う態度に反感を抱きながらも、サティはプラネッタの事を認めても良いと、 思い始めていた。
- 115 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/15(火) 19:22:52.36 ID:Gp9u0JSl]
- 俯いた儘で動かないサティの様子を、どう感じたのか、プラネッタはサティに言う。
「済みません。 私の実力を計る場でしたのに、腑甲斐無い所ばかりを、お見せしてしまって……」 その通り、彼女は実力を殆ど発揮出来なかった……と言っても、半分はサティの所為なので、 本気で謝っているのか、皮肉の積もりなのか、今一つサティには判らない。 愛想笑いの一つもしないサティに、プラネッタは提案する。 「魔力石を使って、仕切り直しませんか?」 「えっ」 「私としても、ここで引き下がる訳には行きませんし……」 サティは驚いたが、そもそもの始まりは、彼女がプラネッタの実力を認めて、その指示に従えるか、 従えないかを決める物であった。 「……はい。 もう一度、お願いします」 本来の目的を思い出したサティは、再戦に応じる。 ――さて、場の魔力が無く、魔力石のみを使うとなれば、互いの魔力条件は平等になる。 魔法資質が如何に高くとも、引き出せるのは魔力石に込められた分だけ。 この勝負は結果が見えていた……と言う程ではないが、幾分プラネッタ有利だった。
- 116 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/15(火) 19:24:11.27 ID:Gp9u0JSl]
- 結果を語る必要は無いだろう。
サティは魔法資質を抑える事を覚えて、多少目立つ事を控えた。 魔法学校に通う期間は、残り半年しか無かったので、彼女が俄かに大人しくなった事について、 あれこれ言う者は無かったが……。 後にサティは、プラネッタの勤める古代魔法研究所に就職する。
- 117 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/16(水) 19:26:23.45 ID:GYhnBZuV]
- 未来の僕へ
第四魔法都市ティナー 貧民街にて ラビゾーが貧民街に立ち寄ったのは、気紛れであった。 ティナー市を抜ける際、態々貧民街を迂回して行くのが、面倒だったからと言う理由。 貧民街に余所者が入り込むと、大抵ろくな事にはならないのだが、旅慣れた(と自惚れていた)彼は、 気が大きくなっていた。 ただ通り抜ける程度なら、問題は起こらないだろうと、高を括ったのである。 待ち構えるは「運命の出会い」。 求め続けた、魔法の在り方。
- 118 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/16(水) 19:28:36.00 ID:GYhnBZuV]
- ――ラビゾーは自分の魔法を見付けられない儘、十年以上も旅を続けていた。
大陸の各地で、人々の暮らしを見詰め、外道魔法使い達と出会い、多くの事を経験して来た。 それでも自身の在り方を決められないでいた。 共通魔法使いとして故郷に帰るべきなのか、今までとは違う生き方に目覚めるべきなのか、 それとも半端者の旅商として生活を続けるのか……。 時が経てば経つ程、生き方は旅商の物になって、修正が利かなくなる様に感じられる。 師に「己の魔法を探せ」と命じられた以上、惰性で生きるのは辛い。 しかし、これで生活出来ているのだから、この儘でも良いのではないか……。 そんな風に思い始めていた時の事だった。
- 119 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/16(水) 19:29:48.88 ID:GYhnBZuV]
- この貧民街で、ラビゾーは物乞いの少女に出会った。
見るからに汚らしい、埃塗れで、くすんだ色の髪と肌、痩せ細った幼い体を、ぼろを纏って隠した、 憐れみを誘う姿。 乞食の中には、態と貧しい格好をして、同情を引く者があると言う。 乞食になれない者は、小さな尊厳を捨て切れない者。 そう言った者は、盗人になる。 盗人にも色々ある。 置き引き、掏り、引っ手繰り、強盗。 それにもなれない者は、死ぬしかない。 貧民街では、誰もが持たざる者。 都市の豊かさのお零れに与って生きる身、誰も養ってはくれないのだから。 乞食と泥棒は、互いに蔑み合う仲だ。 己の手で生きようとせず、人の憐れみを受ける乞食。 人の物を奪い、時には人を傷付ける盗人。 どちらが良い生き方とは言えない。 社会的には、どちらも屑と評される。
- 120 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/17(木) 19:07:38.93 ID:NJZoRow3]
- 物乞いに会う事は、ラビゾーも予想していた。
物乞いの中には、道端に椀を置いて座っている者もあれば、道を遮って金品を要求する者もある。 物乞いに出会った時の対処方法は、適当に硬貨をくれてやる事。 物乞いは道行く人の善意を量る。 善意の大きさは、落とした金の量に比例する。 礼儀として、紙幣を渡してはならない。 破れたり汚れたりすれは、使い物にならなくなるし、何より硬貨より軽い。 物乞いは小額でも決して文句を言わない。 貰ったのが、たったの1MGであっても、妨害を続けたり、後を追ったりはしない。 それは物乞いが善意を量る存在だからである。 しかし、この少女は違っていた。 100MGを渡されても、ラビゾーの後を付いて歩いた。
- 121 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/17(木) 19:09:03.03 ID:NJZoRow3]
- この行為は、許される物ではない。
物乞い全体の印象を悪化させる物として、同じ物乞い仲間から爪弾きにされる。 普通は、「物乞いの作法」と言う物を、周りが教える。 そもそも子供が1人で物乞いをする事が異常。 子供の物乞いは、大勢で通行人を取り囲み、「恵みを下さい」と合唱する。 その方法が、最も安全で、金品を多く貰える。 1人では、どんな危険な目に遭うか判らない。 この少女は、物を乞う態度も、普通ではなかった。 元は白色だったであろう、汚らしく黄ばんだ茶碗を両手で抱え、無言でラビゾーの前に立っていた。 ラビゾーは深く考えず、関わり合いになりたくないばかりに、硬貨を恵んで逃げようとした。 彼女が欲している物は、本当に金だったのか、それとも何か別の用があったのか……? 少女が3〜4身程の距離を保って、後を尾けて来ている事に気付いた彼は、焦った。 こう言う時に、「来るな」と大声で言える程、ラビゾーは非情になり切れない。 独り旅をして来た十年以上の歳月は、一体何だったのか……彼は甘い男であった。
- 122 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/17(木) 19:12:13.75 ID:NJZoRow3]
- 普通、物乞いが後から付いて来ると、もっと金品を欲していると考える。
ラビゾーも、そう思っていた。 流石に100MGでは少なかったのかと、ラビゾーは立ち止まって振り返り、少女を見詰める。 少女もラビゾーから距離を置いた儘で、立ち止まった。 ラビゾーは少女を観察する。 髪は伸び放題で跳ね返っており、その間から覗く目は、不気味に大きい。 どこと無く、怖い子供である。 髪が長い事から、初めは女の子かと思っていたが、もしかしたら男の子かも知れないと、 ラビゾーは考え直した。 まあ、男であろうが、女であろうが、どちらにしても、幼い子供を強く拒絶する事等、 彼には出来やしないのだが……。 不要な優しさである。
- 123 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/18(金) 18:49:42.57 ID:2oMx8XNm]
- ラビゾーは自ら子供に声を掛け、歩み寄った。
「おい」 大人の男の低い声に驚いた子供は、数歩後退りしたが、それ以上は下がらず、踏み止まる。 これで逃げてくれない物かと、ラビゾーは少し期待していたが、その通りにはならなかった。 彼は、手を伸ばせば子供に触れられる位置まで近付くと、屈み込んで表情を窺う。 「何か用か?」 子供の顔は垢だらけで、両目の端には目脂が溜まっている。 瞳は暗い緑色で、焦点が定かでない。 心做しか、変な臭いもする。 見れば見る程、汚さばかりが目に付く……。 「何故、付いて来る? 未だ金が欲しいのか?」 ラビゾーが尋ねても、子供は答えない。 「他に仲間は? 親は?」 一言も発さないので、唖なのかと彼は疑った。 貧民街の子供は、病を抱えていても、治療を受けられない者が多い。 医学知識を持つ者は居ても、重い傷病を治すには、器具も設備も薬も足りない。
- 124 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/18(金) 18:51:59.23 ID:2oMx8XNm]
- ――唖者であろうと、なかろうと、何を求めているのか判らなければ、何も出来ない。
或いは、聾者かも知れないと思ったラビゾーは、文字を書かせようと考え付いたが、 貧民街の子供は識字率が低い事を思い出して諦めた。 ラビゾーは静かに、子供の反応を待った。 それでも貧民街に長居はしたくなかったので、暫く待っても、何も訴え掛けて来なければ、 無視して置いて行く心積もりをした。 所が、踵を返そうと、立ち上がろうとした途端、子供はラビゾーの旅服の裾を掴んで、強く引く。 その目はラビゾーではなく、側の路地に向けられている。 どうやら、どこかへ彼を連れて行きたがっている様であった。 これは厄介事に巻き込まれるかも知れないと、ラビゾーは嫌な予感を働かせたが、 余程の事情があるのだろうと思い、振り払って逃げるのは後でも出来ると、為されるが儘、 子供に従った。
- 125 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/18(金) 18:52:47.10 ID:2oMx8XNm]
- 子供はラビゾーを、貧民街の小さな家に案内した。
――いや、家と言うのは躊躇われる、雨風を凌ぐだけの、屋根付き小屋―― それは「豚小屋」と言うのが、相応しい様な外観だ。 足を止めて警戒するラビゾーを、子供は小屋の中へ連れて入ろうとする。 ラビゾーは悩んだ。 中で待ち伏せされていないだろうか? そもそも子供は何が目的で、自分を連れて来たのだろうか? 自問しても、答えは出ない。 彼は尋ねる。 「何があるんだ?」 「……おかあさん」 子供は聞き取れるか、聞き取れないか位の小さな声で、ぼそりと答えた。 ラビゾーは子供が物を言えた事に驚くと同時に、売春小屋の可能性に思い至って焦った。 今のが聞き違いでなかったか、確認する意味で、再度尋ねる。 「何があるって? お母さん?」 子供が頷くと、ラビゾーは更に尋ねる。 「お母さんが、どうしたって?」 しかし、その答えを聞く事は出来なかった。 大人の物乞いの男が、ラビゾーの前に姿を現したからである。
- 126 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/19(土) 19:14:11.37 ID:gkNL5TXs]
- これは釣られたかと、ラビゾーは激しく後悔した。
「堅気の者が何の用だ?」 威圧的な態度で迫る、物乞いの男。 ぼろを纏って、汚らしい格好をしているが、血色が良い分、子供よりは幾分増しな感じがする。 「ぼ、……――私は、この子供に連れて来られた。 ここは何なんだ?」 正確には、ラビゾーも堅気の者ではないのだが、貧民街で暮らす者達に比べれば、 かなり真面な生活をしていると言えるので、その事への反論はしなかった。 一人称と口調を改めたのは、嘗められるのを避ける為。 同時に胸を張って、堂々としている風を装った。 それを受けて物乞いの男は、忌々しさを込めた視線で子供を睨み付ける。 子供は男を避ける様に、ぼろ小屋の中へ逃げ込んだ。 男は改めてラビゾーに向き直り、尋ねる。 「先に、俺の質問に答えてくれ。 何の用で来た? 事件の捜査か? 人捜し? 官公の人間か?」 物乞いの男が懸念している事を察したラビゾーは、正直に答える。 「偶々通り掛った所、あの子供に連れて来られただけなんだ。 特に用があった訳じゃない。 普通に通り抜ける積もりだった」 「チッ……あのガキは、ろくな事しねえな」 吐き捨てる様に言った男を見て、ラビゾーは少し心が痛んだ。
- 127 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/19(土) 19:17:23.70 ID:gkNL5TXs]
- 物乞いの男は、続けて言う。
「あんた、ここには何も無いから。 気の狂れたガキに付き合ったって――」 直後、子供の絶叫が響いた。 「わあああああああああああ!」 ラビゾーと物乞いの男が驚いて身を竦めると、ぼろ小屋から子供が飛び出す。 子供は物乞いの男に掴み掛かって、泣きながら訴えた。 「かえせ!! おかあさんをかえせ!!」 「黙れ!! 手前の母親は死んだんだよ! 死体なんか置いといても、腐るだけだろ!」 爪を立て、髪を振り乱して暴れる子供を、男は蹴り飛ばす。 「ううっ……うぅう゛わああああああああああ!!」 飛ばされて地面に転がった子供は、一層大きな声を上げて号泣した。 物乞いの男は聞いてられないと、耳を塞ぐ。 ラビゾーは不快を堪えて、子供が泣き疲れるのを待った。
- 128 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/19(土) 19:19:39.60 ID:gkNL5TXs]
- 子供が声を枯らし切って、嗚咽を上げるだけになると、ラビゾーは物乞いの男に尋ねた。
「一体、何があったんだ?」 「あのガキの母親、この前死んだばっかりでな。 そいつを認めたがらねえんだよ。 死体を処分するっつったら、怒り狂って邪魔しやがるしよ……。 死ぬ前に母親を診た、潜りの奴が、『街の医者に診せれば何とかなるかも知れん』とか何とか、 適当な事言った物だから、あんたを連れて来たんだろう。 死人が生き返る訳無いのにな」 「ぼ……、私は医者じゃないんだが……」 「そんなの、見りゃ判る。 あんたに医者を呼んで貰う積もりだったんじゃないのか? 本当の所は知らんがな」 その話を聞いたラビゾーは、子供に同情した。 「あの子は、どうなる?」 「あんたの知ったこっちゃない」 深入りして欲しくなかったのか、物乞いの男は冷たく突き放した。 しかし、それと同時に、汚い椀をラビゾーに差し出している。 これの意味する所が理解出来なかったラビゾーは、物の序でに施しを求められているのかと思い、 余り深く考えずに100MG硬貨を与えた。
- 129 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/19(土) 19:23:52.93 ID:gkNL5TXs]
- 椀の中で銭の音が鳴ると、物乞いの男は、にやりと笑って語り始める。
「あのガキの母親は、逸れ者でな……。 不義理をしたんで、母子共々、八分にされた訳よ。 俺は時々様子を窺いに来る、目付け役って所だ」 椀を差し出したのは、情報が欲しければ金を寄越せと言う意味だった。 それを理解したラビゾーは、頷きながら話を聞く。 「不義理をした母親は死んだが、俺等には、あのガキを迎え入れる訳には行かん理由があるのよ。 追放される時に、母親は子供を俺等に預けて行くか、自力で育てるかの選択で、後者を取った。 それは詰まり、こうなっても手助け無用と、承知してたって事。 俺等には、好んで迷惑者を預かる理由も余裕も無い。 可哀想だが、あいつの運命は、どっかで野垂れ死ぬか、人買いに連れ去られるかって所だ。 ここらには俺等と盗人連中以外に、危ない連中も居るからなぁ……」 「父親は?」 「知らねーよ。 母親は売女だ。 どこぞで勝手に拵えたガキだろう」 「……どうにかならないのか?」 ラビゾーが尋ねると、男は再度、椀を差し出した。 新たに硬貨が1枚、椀の中に落ちる。 「無理だね。 こればっかりは」 ラビゾーは眉を顰め、悲し気な表情を浮かべた。 流す涙も枯れたのか、子供はラビゾーと男の会話を余所に、脱力して項垂れている。 それを憐れみの目で見詰めるラビゾーに、物乞いの男は言う。 「何なら、あんたが引き取るかい? 教養も常識も可愛気も無い、恩を仇で返す様なガキだが……」 ラビゾーが答えに詰まると、物乞いの男は呆れた様に笑った。 「冗談だよ、冗談。 あんた、お人好しが過ぎるわ。 悪い事言わねえから、さっさと出て行けよ。 目障りだ、偽善野郎」 笑顔で偽善者呼ばわりされたので、ラビゾーは酷く傷付いた。 男は背を向けて去って行く。
- 130 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/20(日) 18:44:26.36 ID:FqzJRnSN]
- 自分も早く立ち去れば良い物を、ラビゾーには、それが出来なかった。
彼は子供を引き取るべきか否か、本気で悩んでいた。 だが……よく考えれば、見ず知らずの男に、子供が懐いてくれるとは思えない。 ここは適当に、「強く生きろ」とでも慰めて、後は知らん顔した方が、お互いの為だと思い直し、 漸くラビゾーは子供に声を掛ける決心をする。 しかし、子供は路地に座り込んだ儘で、茫然自失し、ラビゾーが近寄っても反応しなかった。 まるで魂が抜けた様なので、彼は心配になった。 「大丈夫か?」 子供は緩慢な動作でラビゾーに視線を向けたが、それは感情の無い人形の様だった。 頬には涙の跡が、くっきり残っている。 今まで頼りにしていた母親が、居なくなってしまったのだ。 その絶望は測り知れない。 母の死を認めない事で、平常を保って来た心が、折れてしまったのだろう。 こんな時に、どう振る舞えば良いのか、ラビゾーは分からなかった。 彼は貧民街を通り抜けようと判断した、己の気紛れを後悔した。 (――優しいだけで何も出来ない男は屑よ) 過去に言われた事が、今頃になって思い出される。
- 131 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/20(日) 18:46:58.22 ID:FqzJRnSN]
- ここで見放しては、この子供は生きられないだろうと思ったラビゾーは、長い長い葛藤の末に、
覚悟を決めた。 彼は片膝を突いて、子供の傍に屈み込むと、背負っていたバッグから、色褪せたノートを取り出した。 そこには実用的な共通魔法の呪文が、基本的な唱え方と共に、書き記されている。 作成に至った明確な記憶は無いが、どこかで何かに使えるかも知れないと思って、 未練がましく捨てられずにいた物だ。 手製故か、残念ながら、索引や目次は無い。 ラビゾーは薄茶色に変色したページを忙しく捲り、心の魔法を探した。 (人が苦しんでいる時、辛いと思っている時に――) どこに書かれていたか、必死に思い出そうとするラビゾーの頭に、誰かの声が響いて来る。 (――その心を少しでも解って上げられたら……――) ページを捲る指が震える。 (――どれだけ自分が相手を想っているか――) 今まで何度見返しても、思い出せる事は無かったが……この呪文は知っている気がした。 (――少しの誤解も嘘も無く――) 該当ページを見付けた彼は、ノートを開いて地に置き、左手に魔力石を握り締め、 囁く様に呪文を唱えながら、右手で子供の背中に呪文を描いた。 (――有りの儘を伝えられたなら……――) 懐かしく、暖かく、 (――この魔法は、そう言う魔法――) 同時に、切なく、苦しい感情と共に、 (――だから、苦しい時、辛い時は、独りで抱え込まないで……) 何かを思い出せそうな気がする……。
- 132 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/20(日) 18:52:24.00 ID:FqzJRnSN]
- 心と心を繋ぐ、交感の魔法。
ラビゾーは目を閉じ、子供の背中に手を添えて、想いの全てを伝える。 憐憫の情を、愛と言って良いか、彼には判らない。 男の彼には、どう足掻いても、母親の代わりは出来ない。 それでも……彼は子供を見捨てられなかった。 ラビゾーには、弱い者の力になりたいと思う、明確な意志がある。 有り触れた善意と言うには、根が深い。 その源は何か? 雑念が混ざってはいけないと思いながらも、彼は考えずにはいられなかった。 (こんな医者の真似事をして……――僕は医者になりたかった? 苦しんでいる人達の救いになりたかった……? 何か、違う気がする……。 もっと俗的に、人から先生と呼ばれて、感謝されたかった? ……近い様な…………先生……?) ラビゾーは小声で呟いた。 「あぁ、先生か……」 そっと静かに、子供の背中から手を離す。 (僕は魔法の先生になりたかったんだ……) 彼は自然に込み上げて来る涙を、堪え切れなかった。 どうして泣かなければならないのか、その理由はラビゾー自身にも解らなかった。 心の魔法が効いて、正気に返った子供は、忍び泣く彼を不思議そうに見詰めながらも、 その傍を離れようとはしなかった。
- 133 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/21(月) 18:43:03.42 ID:vz2ksA2U]
- ティナー地方の貧民街界隈に於ける奇妙なルール
ティナー地方の貧民街の人種は、乞食・盗人(ぬすびと)・外者(そともの)から成る。 乞食は、通り掛かった人に物乞いをして、金品を集める。 盗人は、通り掛かった人から物を盗って、金品を集める。 乞食と盗人は、互いに軽蔑し合う仲である。 乞食や盗人は、貧民街から出られない。 乞食や盗人と取引して、商売をする者は、外者に限られる。 外者の定義は、貧民街を拠点にしながら、外に別の本拠を持っている者。 人身売買業者、密売買組織、暴力団、その他の総称。 何れも乞食や盗人とは区別される。 しかし、そう言った不法組織とは別に、乞食や盗人の中から、外と関わりを持つ役目の者を選抜した、 外者の集団もある。 乞食と盗人は、別々に外者を持っている。 盗人の外者は、正体を知られると、(当然だが)都市警察に逮捕される。 乞食と盗人は、表向きは啀み合っているが、その裏には2つの暗黙の了解がある。 1つは、貧民街に住む者同士、緊急時には協力し合う事。 もう1つは、乞食に施しを与えた者からは、盗人は物を盗らない事。 乞食と盗人は別の人種ながら、実は表裏一体なのである。
- 134 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/21(月) 18:48:50.09 ID:vz2ksA2U]
- 乞食も盗人も、大半は市民権を持たないが、貧民街に住所を持っている者は存在する。
表向きは、「空いた土地に勝手に他人が住み着いている」事になっており、地主とは無関係。 本来は、貧民街の者は全て住民登録されるべきだが、下手に掻き回すと、大量の浮浪者と、 逮捕者を出す事になるので、都市警察も中々手が出せない。 殺人事件や失踪事件の際には、捜査の手が入る事もあるが、その場合は内通者を利用する。 住民登録されていない者は、金を払えば利用出来る物以外の、公共機関を頼る事が出来ない。 犯罪の被害者になっても、どこの市町村にも住民登録されていなければ、被害届は受理されない。 しかし、加害者は罪に問われる。 貧民街の者は被害補償されないが、その財産は市の物として扱われる。 貧民街の者を殺せば、殺人罪に問われるし、貧民街の者から物を盗めば、横領罪に問われる。 どうしても取り返したい物がある場合、地主が被害届を代理して出す事もある。 貧民街の者が住民として登録されるには、諸々の手続を行うと共に、税金を納める必要がある。 既に住所を持っている者の後見があれば、比較的スムーズに登録される。 婚姻や養子縁組等、血縁関係になる他、企業が雇う形で、身分を保証する場合もある。 所が、不正が絶えない為に、貧民街出身と言うだけで、警戒され、敬遠される。
- 135 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/21(月) 18:50:21.72 ID:vz2ksA2U]
- 貧民街を訪れる者は、決して多いとは言えない。
乞食は人の施しだけでは生きて行けない。 盗人も人から物を盗るだけでは生きて行けない。 乞食も盗人も、普段は空いた土地で適当に作物を育てたり、川で魚を釣ったり、ネズミや野良猫、 野良犬、鳥等を獲って、飢えを凌ぐ。 中には、乞食や盗人の集団に属しながら、一切稼業に手を出さない者も居る。 そう言った者達の、集団内での扱いは、各集団によって異なる。 朱に交わろうとしない者として、軽蔑される所もあれば、貴重な生産者として、尊重される所もある。 不法組織に所属する外者は、法の庇護が無いのを良い事に、貧民街で暮らす者達を、 戯れに虐げる事があり、基本的に嫌われている。 法に守られない為か、貧民街の者は、都市法よりも集団内での規律を重視し、特に自分達の縄張りで、 都市法や一般常識を持ち出される事を、激しく嫌う。 ……とは言え、貧民街も都市の一部であり、そこは間違い無く、都市法の支配下である。 その為、貧民街で暮らす者達は、一般人には強気に出られるが、官公の人間には弱い。 不法組織の摘発で、都市警察が乗り込む際には、貧民街はゴースト・タウンの様になる。
- 136 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/22(火) 19:30:36.65 ID:A5GI85Wv]
- 馬鹿
第四魔法都市ティナー ティナー中央魔法学校にて ヒュージ・マグナは、ティナー中央魔法学校の中級課程に通う男子学生である。 本人は魔導師になる気は無かったが、それなりに魔法の才能があったので、両親の希望で、 魔法学校に通わされた。 今でも上級課程にまで進む気は無く、中級をクリアしたら、そこで卒業する積もりでいる。 熱意の無さは、授業中の態度にも表れており、隙あらば笑いを取ろうと、冗談に走る。 その剽軽な性格は、人を惹き付け、男女を問わずクラス内の人気は高いが、一方で、 真面目に授業を受けたい者にとっては、少々障りになる存在でもある。
- 137 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/22(火) 19:33:51.77 ID:A5GI85Wv]
- その日は、中級課程の魔導工学の授業で、魔力伝導物質の特性実験が行われていた。
中級校舎内の実験室で、出席番号順に4人1組の班に分かれ、班毎に魔力伝導物質が渡される。 魔導合金線、不動鉄線、鋼線、銀線、銅線、魔導ゼリー、水、そして中空のストロー・チューブ。 目的は、真空を1とした時の、各々の魔力伝導係数を、実験により導き出せと言う物。 魔力伝導物質を用いて、簡単な魔法陣を描き、発動した魔法の効果から、 どの程度効率的に魔力が伝わっているかを見る。 実験する際の重要なポイントは3つ。 正確な呪文完成動作で、魔力の使用量を一定にする事。 魔力量による効果の変化が、判り易い魔法を使う事。 微妙な魔力の変化を正確に捉えられる、高い魔法資質を持っている事。 それなりの魔法知識と魔法技術、魔法資質を持っていれば良いので、実験としては、 困難と言う程ではない。 逆に言うと、どれか1つでも欠けていると、中々成功しない。 魔導工学は、修得が義務付けられている科目の1つで、共通魔法の実技とは余り関係無いが、 幾ら技能に秀でていても、基礎的な知識と、それを活かす事が出来る賢さが備わっていなければ、 卒業は認められない。
- 138 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/22(火) 19:35:42.84 ID:A5GI85Wv]
- ヒュージ・マグナの所属する班は、早々に実験を成功させて、レポートを提出したので、
時間を持て余した。 実験が終わった班と、終わっていない班は、半々位。 実験が終わった班は、他班を手伝うなり、さっさと帰るなり、何をしようと自由だが、 ヒュージは受けを狙って、実験中考えていた事を、実行に移す。 先ずは、担当教師に尋ねた。 「コノハ先生、この魔導ゼリーってのは、食えるんですか?」 「ゼリーはゼリーでも、食べ物じゃないから、止めなさい」 「毒でもあるんですか? 食べると死ぬとか?」 「死ぬ様な事は無いけど……」 それだけ聞くと、ヒュージは不敵に笑う。 「じゃあ、大丈夫ですね」 そして、実験台の上に立ち、魔導ゼリーの入ったビーカーを持って、高く掲げた。 「さァさァ、お集まりの皆々様、篤と御覧じろ! この58番(※)、ヒュージ・マグナが、ここな魔導ゼリーを飲み干してくれよう!」 多くの学生が何事かと驚く中で、ヒュージをよく知る友人と、教師だけは、呆れている。 ※:出席番号
- 139 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/23(水) 19:00:29.31 ID:4YZ9wY3o]
- そこで同班の男子学生、ヒュージの友人であるシューロゥが、彼を止めに掛かった。
「何やってんだよ、止めとけって! お前、ゼリーと言えば食い物しか知らないの? 昼飯前で腹減ってても、そこは我慢しようぜ」 「心配するな。 毒は無いと、先生が言った」 「そう言う問題じゃねーって!!」 いや、それは制止の言葉ではない。 前振りだ。 シューロゥは本気で止めようとはしていない。 その証拠に、必死なのは口先だけで、表情は半笑いである。 ヒュージはビーカーの中身を凝視しながら、数度深呼吸をした後、ぐっと目を瞑って魔導ゼリーを仰いた。 ぐびぐびと4、5回嚥下すると、空になったビーカーを掲げて、「ッハァー!」と息を吐く。 喉を潤す一杯が堪らないと言った表情を浮かべ、得意気にしていたのは、束の間……。 次の瞬間、口元を押さえて蒼褪めた彼は、実験台から飛び降りて、側の流し台に顔を突っ込み、 一度は胃に納まった物を、全部吐き戻した。 「う゛ぅえ゛ぇえ!! ゲホッ……不味っ! ゴホッ、ゴホッ……」 「お前、本当に阿呆だな」 まるで、こうなる事を予見していたかの様に、シューロゥは手際良く水を流しつつ、 ヒュージの背中を擦る。 噎せ込み、苦しんでいるヒュージに対して、コノハ教諭は冷めた一言を掛けた。 「お昼前で良かったな、ヒュージ君」 他の学生達の反応は十人十色だ。 爆笑している者もあれば、呆れ果てて物も言えない者も、下らないと無視する者も居る。
- 140 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/23(水) 19:03:26.41 ID:4YZ9wY3o]
- 漸く落ち着いたヒュージは、布巾で顔を拭った後、コノハ教諭に涙声で訴えた。
「コノハ先生、不味いなら不味いって、先に教えて下さいよぉ……」 「だから『止めなさい』と言ったじゃないか……。 本当は、こうなると分かっていたんだろう? 君の芸人魂には感服するよ」 「いやいや、分かってませんでしたよ?」 素っ呆けるヒュージの頭を、シューロゥが軽く叩く。 「どんな言い訳だよ!? 食い物じゃないんだから、不味くて当たり前だ!」 ヒュージは叩かれた頭を押さえて反論した。 「いやいやいや、よく考えてくれ、シューロゥ……。 食い物じゃない事と、不味い事は、一見関係ありそうで、実は関係無いんだ。 例えば、墨は食い物じゃないが、舐めると甘い味がする。 ……詰まり、そう言う事だ」 「どう言う事だよ!? っつーか、墨は甘くねーよ! さらっと嘘吐くな!!」 2度叩かれて、ヒュージは驚いた顔をする。 「えっ、お前舐めた事あんの?」 「舐めたくて舐めたんじゃねーよ!! 物の弾みって言うか、何かの間違いで偶々口に入っちまったんだ! そう言うのって、誰にでも覚えがあるっつーか……、寧ろ無い方が変だろ!?」 「無いわー。 何、常識みたいに語ってんの?」 「あるって!!」 「それなら、俺が魔導ゼリーを飲んでしまったのも、何かの間違いだな」 「お前のは、思いっ切り故意だったじゃねーか!! 間違ってるのは、他の何でもなくて、お前の頭の中身だよ!!」 ヒュージとシューロゥの漫才に、実験室で徐々に笑いが拡がる。
- 141 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/23(水) 19:04:43.67 ID:4YZ9wY3o]
- これ以上続けられては、実験の妨げになると思ったコノハ教諭は、両手を叩き合わせて、
2人を止めに動いた。 「そこまでにしなさい。 未だ終わってない人の事も考えて」 しかし、ヒュージは止まらない。 「待って下さい、コノハ先生。 俺は真面目ですよ」 「真面目って、お前……」 突っ込み疲れて、シューロゥは溜め息を吐いた。 もう付き合い切れないと、彼は持ち物を片付けて、実験室を後にする。 それに構わず、ヒュージは続けた。 「先生が何を言っても、それは『俺の体験』じゃないでしょう?」 「本気で言ってる?」 訝し気にコノハ教諭が訊ねると、ヒュージは真顔で頷いた。 その様子を見て、彼女は微笑みながら言う。 「それは探究心だよ。 君は中々面白い性格をしているな。 将来、優秀な研究者になれるかも知れないぞ」 「冗談! 俺は魔導師になる気なんて無いですよ」 しかし、ヒュージは自分の将来に関わる、この手の話が苦手だった。 彼は教師の言う事に耳を傾けようとせず、逃げ出す様に話を切って、そそくさと立ち去る。 儘ならぬ物だなと、コノハ教諭は小さく笑った。
- 142 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/23(水) 19:05:45.55 ID:4YZ9wY3o]
- 「魔導ゼリーと言えば、私が子供の頃には、魔導ゼリーの菓子が流行っててな……」
「今も売れてますよ?」 「違う違う。それじゃなくて、その前の。販売差し止めになった奴。あれは本当に酷い味だった」 「何年前の話ですか?」 「……そんな事は、どうでも良いだろう。この話は止めだ」 「えぇー」 「終わりったら、終わり! 早く実験を済ませなさい」
- 143 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/24(木) 20:50:34.39 ID:R7f85eow]
- 「知っている道を行け」――唯一大陸では、この言葉は、「急がば回れ」の意味で使われる。
「急いでいる時こそ、堅実に立ち回るべし」と言う教えだ。 「知らない道には、未知の危険が潜んでいる」と言う教えでもある。 もう1つ、「人に訊けども頼めるな」と言う諺もある。 こちらは、「困った時は人に尋ねるべきだが、頼ってはいけない」と言う意味。 解決の方法を尋ねる事はあっても、解決その物を任せてはならない。 「何事も独力で為せ」と言う教えである。
- 144 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/24(木) 20:54:59.89 ID:R7f85eow]
- 第四魔法都市ティナー繁華街 アーバンハイトビルにて
アーバンハイトビルは、ティナーの繁華街で普通に見られる、雑居ビルの一である。 この3階には、L&RCと言う会社の事務所がある。 L&RC(Love and Romance Consulting room)とは、恋愛相談所の事。 社長イリス・バーティと、事務社員2名の、小さな会社である。 社長を含め、全員が女性の会社で、当然相談者も女が多い。 ある日、この会社に子連れの男が訪れた。 接客の女性社員リェルベリー(※)が応対に出ると、男は社長を呼んでくれと言った。 「お客様、本日は未だ始業時刻前ですが……御予約は?」 「お客じゃありません。 取り敢えず、社長を呼んで下さい。 ラビゾーと言えば、伝わると思うので」 「……何の御用か、お教え願えませんか?」 「個人的な用事なんです」 「そうは仰られましても……」 「時間外なんでしょう?」 「ここで揉め事は困るんです」 この様な事は過去に何度かあったので、リェルベリーは社長の男絡みの厄介事だと思い込んで、 しつこく事情を問い質そうとしたが、男は一貫して社長の呼び出しを要求し、答えなかった。 ※:リェの発音はry(リャ、リ、リュ、リェ、リョ)行。
- 145 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/24(木) 20:56:28.85 ID:R7f85eow]
- 男とリェルベリーが押し問答を繰り返していると、社長のイリスが姿を現した。
「騒がしいわね……何やってんの? って、ラヴィゾール! ここにアンタが来るなんて、どう言う風の吹き回し?」 「あっ、社長!」 イリスは、リェルベリーと男を交互に見詰め、男の方とアイ・コンタクトを取ると、 リェルベリーに向かって言う。 「リェル、少し外してくれない?」 蔑ろにされた気がして、リェルベリーは軽くショックを受けたが、当事者である社長の頼みなので、 聞かない訳には行かない。 リェルベリーは渋々従う振りをして、隣の部屋で聞き耳を立てた。 この男の姿を見た時、イリスの声が僅かに浮付いていた事を、彼女は聞き逃さなかった。 イリスを追って、事務所に押し入る男は、偶に現れたが、強盗目的でもなければ、彼女が不在であろう、 始業時刻前に、事務所を訪ねたりしない。 リェルベリーの知っている限り、彼女が公私を混同した事は無く、時々事務所に入り浸る事は、 体面の問題もあって、誰にも教えていなかった。 イリスにとって、この男が特別な存在だと言う事は、明らかだった。
- 146 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/25(金) 18:52:29.12 ID:sScnIhFx]
- イリスは自分からは何も言わず、男が事情を説明するのを待った。
男は気不味そうに頭を掻いて、自信無さ気に小声で言う。 「今日はバーティフューラーさんに、相談したい事がありまして……」 男に「バーティフューラー」と呼ばれても、イリスは無反応で、ただ彼の言葉を待っている。 男は自分の後ろに隠れている子供を、そっと横に立たせた。 「この子の事で……、その……、この子の服を見繕って貰えませんか?」 「……それだけ? 他に言うべき事があるんじゃないの?」 何か隠し事をしていないか、イリスが嫌に冷めた口調で男に迫ると、子供は彼女を恐れて、 再び男の後ろに隠れる。 男は回らない舌で、必死に弁明した。 「ああ、ええっと、この子は……何と言うか、一時的に預かっているとでも言いますか……、 その……保護している……と言えば、良いですか?」 「アタシに訊かれても、知らないわよ。 一体どう言う訳なの?」 問い詰められて、男は言い難そうに答える。 「……拾いました」 「はぁ!? どこで!?」 イリスは眉を吊り上げて、威嚇する様に声を高くした。 「貧民街で」 萎縮した男が小声で付け加えると、イリスは一層トーンを上げる。 「馬っっ鹿じゃないの!? 犬猫飼うのとは違うのよ!? アンタ、解ってる!?」 「……――解っています」 窮した男は一転して、非難の声にも怯まず、イリスの目を真っ直ぐ捉えて言い返した。 その存外真剣な眼差しに、彼女は一時声を失った。
- 147 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/25(金) 19:00:45.90 ID:sScnIhFx]
- 我に返ったイリスは、落ち着いた声で問い直す。
「それで、どうする積もり?」 「何を?」 「そこの子供の事よ。 アンタの養子にするの?」 「いえ、先ずは引き取ってくれる所を探そうかと……」 「無かったら?」 「その時は、僕が」 そう答えた男の目は、イリスが余り見た事の無い、強い決意が秘められた物だった。 彼女は大きな溜め息を吐いた後、じっと子供を見詰め、再び黙り込んだ。 男は自ら話の続きを始める。 「――で、街を歩くのに恥ずかしくない服を、この子に買って上げたいんですけど……、 生憎と僕にはセンスが無い物で……」 「確かに……アンタ、ファッションとかには興味無さそうだし、そう言うの苦手そうよね」 子供から目を離さず、どこか上の空の様な調子で頷くイリス。 「そんな訳で、バーティフューラーさんを頼った次第です」 「はいはい」 彼女は男に視線を戻すと、悪戯っぽく微笑み掛ける。 「回りくどい誘い方するのね、ラヴィゾール」 男は照れ笑いして頬を掻いた。
- 148 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/25(金) 19:05:07.71 ID:sScnIhFx]
- イリスは改めて、男の後ろの子供を見詰める。
「その子、男? それとも女?」 そして、性別を尋ねた。 男は困り顔で尋ね返す。 「……どっちでしょう?」 クイズかと思ったイリスは、当て寸法で答えた。 「女の子?」 わざわざ自分を頼るのだから、男が苦手とする所だろうと予想。 しかし、彼は平然と答える。 「いや、知りません」 イリスは目が点になった。 「……我が子の性別を把握してないとか、親としてあり得なくない?」 「未だ僕の子供になるとは決まってませんよ」 無責任に聞こえる言い訳に、彼女は表情を険しくする。 「本気で言ってる?」 「別に知らなくても困りませんでしたし、余り人の裸を見ると言うのは……」 「こんな子供の裸を見たから何だって言うの? アンタ、ロリショタの気でもある訳?」 「無いですよ!」 本の冗談の積もりだったが、男が向きになって即答したので、イリスは小さな疑惑を抱える事になった。
- 149 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/26(土) 19:31:14.44 ID:oPYwRbaI]
- 子供は小汚い格好をしていたので、イリスはシャワー・ルームで体を洗って綺麗にしようと、
男から預かろうとした。 初対面のイリスを警戒して嫌がる子供を、男は抱き寄せ、心配無いと囁く。 男に宥められ、俄かに落ち着く子供。 その様子に、イリスは言い知れない不快感を覚えた。 誰が知るだろう……彼女に湧いた感情の正体は、嫉妬である。 男の愛を、欲しい儘に受ける子供に、妬いたのだ。 イリスは過去、何度と無く男にアプローチを掛けた。 しかし、男は尻込みするばかりで、一度も乗って来た事が無い。 男女の恋愛感情と、弱者に向ける同情心、博愛の精神が別物だとは、イリスも知っている。 余り良い思い出ではないが、彼女は男の博愛に救われた事がある。 男が子供に向ける愛情は、それと全く同じ物だろう。 それでも嫉妬した理由は、見ず知らずの子供を守る為に、男が人生を懸けたから……。 心の底では、自分だけを見て欲しいと、叫びたかったのである。
- 150 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/26(土) 19:32:11.98 ID:oPYwRbaI]
- だが、イリスは言えなかった。
この男は、イリスが知っていた男では、なくなっていた。 男の内面の小さな変化を、彼女は無意識に感じ取っていた。 ……この日から数月後、イリスは長年慣れ親しんだ街から姿を消した。 L&RCの経営は、元事務社員のリェルベリーとファアルが引き継ぎ、新たに新入社員を加えて、 細々と続けられている。
- 151 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/27(日) 20:15:36.44 ID:wEeDn7Cp]
- 名前に関する諸法則
地方によって名付けは違うが、ボルガ地方を除いて、多くは名・姓となっている。 その中には、古い習慣が残っている地域もある。 代表的な物は、エグゼラ地方のバルハーテ家。 当主、ミロ・ゾ・イダス・カイ・バルハーテは、「バルハーテの子孫イダスの息子ミロ」の意味。 敬称として、ミロ・ゾ・イダス・カイ・グロス・バルハーテ(大バルハーテの子孫)とも呼ばれるが、 公的機関に登録された正式な名前ではない。 流石に長いので、より短く、ミロ・ゾ・イダス或いは、ミロ・カイ・バルハーテと呼ばれる事が多い。 また、エグゼラ以外の地方では、ミロ・バルハーテの方が通りが良い。 その妻アンバーバラのフルネームは、アンバーバラ・ド・グートス・カイ・ベラル・イル・バルハーテであり、 「バルハーテ家に属する、ベラルの子孫グートスの娘アンバーバラ」の意味。 やはり他地方では、アンバーバラ・バルハーテと表記される事が多かった。 ゾは息子、ドは娘、カイは子孫、イルは所属を表す、北方の一部地域独特の物。 ゾ、ドの後には家主名が、カイ、イルの後には家名(始祖名)が付く。 この家名を姓の代わりにしている。 イルは嫁婿だけでなく、養子にも用いられる。 始祖を名乗って、カイの後に名を残す事は、誰にでも出来る訳ではない。 戸籍管理上、少なくとも財産の相続を一部放棄して、完全に独立した一家の主になる必要がある。 始祖を名乗るのは、男性限定ではないが、女性が始祖を名乗る例は少ない。 カイが付くのは始祖の孫の代からであり、始祖の子にはカイを用いず、ゾ、またはドを付ける。 グラマー地方の北部でも、この方式の名を持つ所がある。
- 152 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/27(日) 20:31:11.17 ID:wEeDn7Cp]
- カイには功績者名の意味もある。
ミヒェロ・ヴラードV・ゾ・オブシーン・カイ・ヴラード・カイ・エルヴィ(実在の人物)は、 「エルヴィの子孫ヴラードの子孫オブシーンの息子ミヒェロ・ヴラード3世」の意味。 エルヴィの子孫に加えて、ヴラードの子孫と付くのは、ヴラードなる人物が過去に功績を上げた為。 カイが2度入るのは、始祖と区別する為。 功績者が始祖の場合には、カイ・ヴラード・エルヴィ、または単にカイ・エルヴィとなる。 過去の風習なので、現在では功績者名は省かれる傾向にある。 因みに、ヴラード・カイ・エルヴィは初代エグゼラ市長。 エグゼラ地方では全員が全員、この様な名付け方を採用している訳ではない。 ゾ、ド、カイ、イルを用いない家系も普通に見られる。 この時、カイニトフ、カッタジール、カードガン、キリンバール、ケイオール等、姓がカ、キ、 ケで始まる時は、カイの名残である事が多い。 稀にイルラシーン、イリンベリール、イロベロート等、イルが元になった姓もある。 名前がアルトゾ、リフェルゾ、ナイラド、マリナド等、男性名+ゾ、女性名+ドで終わる時は、 明確に子を表すゾ、ドの名残と言える。 名前の後にレド、レダ等の、序列名が付く場合は、基本的には、アルトレッドゾ、 アルトレダッドの様にはならない(稀に付ける親が居る)。 一方で、そう言った伝統とは全く関係無い、普通の姓名(※)もある。 ※:例としてストラド・ニヴィエリは、ストラ(女性名)+ドだが、男性である。 発音上は娘を表すドはdouでありドウ、ドー、ドゥーに近い半長音で、ド(do)、またはドゥ(du)と、 短く区切る一般の男性名とは、厳密には異なる。 しかし、細かすぎるので、現地でも殆ど区別されていない。
- 153 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/28(月) 18:29:06.67 ID:Kc0HHYr3]
- ブリンガー地方の小村オーハにて
執行者ストラド・ニヴィエリは、『蛇男<ウェアスネーク>』を連れて、ブリンガー地方辺境の小村、 オーハを訪れた。 オーハは人口1000人に満たない、最小規模の集落である。 この小村に着いたストラドは、フードを深々と被っている蛇男に尋ねた。 「なア、蛇男さんよォ……そろそろ見覚えのある風景とか無いのか?」 「残念ながら……」 ストラドの目的は、蛇男を生み出した、外道魔法使いを逮捕する事。 蛇男の目的は、自らの出生の理由を知る事。 互いの目的の為に、1人と1匹は行動を共にしている。 「心測法で見えた風景にある植物しか、場所を特定出来る物が無いんだぜ? 何か感付くとか、思い出すとか、無いのかよ」 「残念ながら……」 「何だかなぁ……。 こんなド田舎まで来て、無駄足でしたって落ちだけは、勘弁願いたい物だ」 蛇男は申し訳無さそうに項垂れた。 蛇男の記憶を心測法で探ったカーラン・シューラドッド博士は、蛇男の過去に関係がありそうな風景を、 呪文に書き留めていた。 そこにブリンガー地方北部の一区域にしか自生していない、希少な植物が写っていた事から、 ストラドと蛇男は、関係ありそうな場所を、虱潰しに探し歩いている最中なのだが……、 オーハ村はティナー地方との境から離れて、カターナ地方との境にある。 これまでストラドと蛇男は、ブリンガー地方の北部を西から東へ移動して来た。 希少な植物の自生域は、ブリンガー地方北東部の山間域に限定されている。 詰まり、オーハ村に何も無ければ、蛇男の記憶にある場所の特定は、かなり難しくなると言う事だ。
- 154 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/28(月) 18:31:52.15 ID:Kc0HHYr3]
- オーハ村の宿を確保したストラドは、思い出した様に、蛇男に言う。
「そう言えば、ナイト何とかの話。 あれは、どうなったんだ?」 宿のベッドの上で、とぐろを巻いて寛いでいた蛇男は、鎌首を擡げて尋ね返す。 「え、何ですか?」 「どこだかで言ってただろう。 夜の、ナイトが何とか……」 何を今頃……と思う蛇男だったが、数日前に言い掛けた些細な事を、気に留めてくれていたのは、 素直に有り難かった。 「ああ、ナイト・レイスです。 あれはスファダ村の宿に泊まった夜の事で……、俺は知らない間に外へ誘い出されて、 ナイト・レイスと名乗る変な人に会いました」 蛇男の話を聞いたストラドは、目の色を変える。 「手前、それ重要そうな事じゃねえか!! 何で黙ってたんだ!?」 「だってストラドさん、下らない事は言うなって……」 「だからってなァ! ――……チッ、まあ良い。 それでナイト・レイスとやらは、どんな奴なんだ? 何か言っていたのか?」 蛇男の言い訳に激昂し掛けたストラドだったが、自らにも非があると認めると、直ぐに怒りの矛を収め、 話の続きを促した。
- 155 名前:創る名無しに見る名無し mailto:sage [2012/05/28(月) 18:33:02.77 ID:Kc0HHYr3]
- 蛇男は曖昧な記憶を、必死に想い起こす。
「どんな奴と言われても、影しか見ていないので、取り敢えず『男』だとしか……。 でも、奴は俺を何とかの子だと――」 「お前の正体を知っていたのか!?」 「それは……分かりません。 俺もナイト・レイスの仲間だとは、言ってましたが……」 「ナイト・レイス……夜の人種……。 そいつが、お前を造ったのか?」 一々ストラドが食い付くので、蛇男は少し得意になった。 「それは違うみたいです。 俺が何者かに造られた存在だと知ると、驚いた様子で……俺を見守るとか何とか言って、 姿を消してしまいましたから……」 ナイト・レイスは、闇に紛れて活動すると言われる、伝説上の亜人種。 復興期では盛んに目撃されていたが、現在では妖獣を見間違えた物として、片付けられている。 気になる事があったストラドは、蛇男に訊いてみた。 「所で、蛇男よ。 お前自身は『ナイト・レイス』を知っているか?」 「いいえ、聞いた事もありません。 何なんですか?」 「本当に知らないのか?」 「え、ええ」 蛇男は最近造られたのだから、昔の事を知らなくても不思議ではない。 「いや、知らないなら良い……」 ストラドは無言で考え込んだ。 お伽噺を真に受ける訳には行かないが……。 (ナイト・レイス、ナイト・レイスね……。 面倒な調べ事は本部に頼るとして、誰か動いてくれるかなぁ? 自分で全部やれとか言われそうで嫌だな……) 彼はオーハ村で何も見付からなければ、魔導師会に連絡して、ナイト・レイスについての調査を、 依頼する事にした。
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