- 291 名前:現代数学の系譜11 ガロア理論を読む [2012/03/31(土) 23:06:53.43 ]
- >>290
www.ms.u-tokyo.ac.jp/~t-saito/jd/gr.pdf グロタンディーク [さいとう たけし] (つづき) グロタンディークの数学 グロタンディークの業績を振り返ってきたが、それが、その後の代数幾何、数論幾何にもたらしたものは、あまりに巨大である。 簡単に紹介した、ドリーニュ、マンフォード、クィレン、ファルティングス、ラフォルグの業績は、どれもフィールズ賞の栄誉をうけた。 こうしてみると、リーマン・ロッホの定理や、エタール・コホモロジーのレフシェッツ跡公式といった大定理が、輝きを放っている。 しかし、それよりも強く感じられることは、これらの定理の証明を追い求めたというよりは、理論を構築するうちに、こうした定理が自然に得られるような枠組みを作り上げたという印象である。 これは、ドリーニュによるヴェイユ予想の証明や、ワイルズによるフェルマー予想の解決からうける印象とは、異質である。 これが、グロタンディークの強烈な個性だけによるものか、それとも、分野の性格にもよるものなのかは、よくわからない。 最近、数学を専門として勉強し始めた学生向けの授業をうけもつ機会が多い。今の数学のカリキュラムでは、まず抽象的な数学の思考法に慣れることが重要になる。 そこで、抽象数学では、記号はただの記号であることがだいじだが、ただの記号と思ってはいけないなどという話をする。 矛盾しているようだが、いいたいのはこんなことである。 ただの記号であるとは、どんなものでもあてはめてよいということである。 そう思ってはいけないというのは、記号にあてはめられるものには、実に多様なものがあり、それらについての実体感抜きでは、本当の理解にはならないというつもりである。 しかし、グロタンディークは、スキームX といえば、ただX だと思っていたのではないかという気もしてくる。 とすると、そんな話をしても、未来のグロタンディークにとっては、余計なお世話かもしれない。 でもグロタンディークだからこそ、それでよかったのだとも、一数学者としては思うのである。 (おわり)
|

|