- 725 名前:597,653 mailto:sage [2012/01/31(火) 10:23:59.63 ID:???]
- 例えば自分が10番の時、C1には該当しない。
C2に該当するかどうかは、相手がC3に該当するかどうかに依存する。 よって相手がC3に該当するかどうか相手の立場に立って考えてみる。 (相手の立場で) 自分がC3に該当するか?それは自分がC1C2に該当するかどうかに依存する。 C1には該当しない。C2に該当するかどうかは相手がC3に該当するかどうかに依存する。 つまり、自分の判断は相手の判断に依存し、相手の判断は自分の判断に依存する。 一枚のカードの両面に「裏に書かれていることは真実です」と書かれている場合、 両面とも真実かもしれないし、両面ともウソかも知れない、どちらの可能性もある。 どちらとも決定できない。 C1C2C3は自分が10番の時にこれと同様の現象になっていると私は考える。 たぶん君は、自分が10番の時は、相手は9番かもしれなくて、その9番は相手のことを8番だと想像 するかもしれなくて、、、と繰り返して、想像上の人物が考える想像上の1番にC1を適用し、 先読みの結果、自分は「いいえ」という。という答えを導くのだろうと思う。 しかし、C1C2C3の文章を素直に読んだ場合、この文章は本当にそんなことを意味しているのだろうか? 自分Aが10番の時、相手Bは9番か8番かわからない。相手Bも自分Aが何番か正確には分からない。 しかし、C1C2C3のルールが適用されるのはあくまでもAとBに対してであるはずだ。 どちらもC1に該当しないのに、なぜC1を考えるのか? 君は、はしごを上るように相手の相手の相手は、、、8番、7番、6番、、、と、架空の数多くの人物を考える。そして「いいえ」と答える。 私はの考えでは、C1C2C3はAとBの両者の判断が互いに相手に依存していると考える。そして双方ともC1に該当しない。そしてC2C3のみでは答えは定まらない。 どちらがC1C2C3の文章を素直に読んでるのだろうか?
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