- 584 名前:132人目の素数さん [2005/10/28(金) 18:05:35 ]
- >>581
タエコが小学生だったのは、60年代後半。 60年代初頭にソ連がアメリカに先がけ人工衛星スプートニックを打ち上げ、アメリカとの科学技術競争が始まった。 いわゆるスプートニックショックだね。教育現場はもろにこの競争の荒波にもまれ、理系の学問をどんどん学校で 教えようとする機運が社会に充満した。 小学校にまで集合論の基礎が入り、中学校では三角関数のかなり高度な部分までもが教えられた。当時の 小学生は算数の教科書は分厚く、かなりの宿題をこなさなければいけなかったようだ。 後に詰め込み教育と批判されるこの時代…。等分除とか包含除なんてさーっと流して、直ぐに計算練習を どんどんこなさなければ教科書が終われない状況だったらしい。したがって、タエコの時代は子どもが分かろうが どうだろうが、計算法を直ぐに教えてどんどん練習した方が「効率的」だったのは間違いないだろう。
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