- 413 名前:132人目の素数さん [2024/09/20(金) 11:56:32.67 ID:4YvyoyGy.net]
- >>362 参考
老荘思想ね (参考) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%81%E8%8D%98%E6%80%9D%E6%83%B3 老荘思想(ろうそうしそう)は、中国で生まれた思想。諸子百家の道家(どうか)の大家である老子と荘子を合わせてこう呼ぶ。 「道」「天」「無」「無為自然」「養生」などの思想や、儒家批判を特徴とする。 特に魏晋南北朝時代の清談・玄学で取りあげられた。道教・禅仏教・神仙思想とも関わりが深い[1]。日本でも古くから受容された[2]。 概略 『老子』が先で『荘子』が後、とするのが一般的だが、専門家の間では、老子の非実在性や史料批判を根拠に、『荘子』が先に書かれたとする説もある[3][4]。 「老子と荘子」を並称することは、前漢中期の『淮南子』に初めて見え[5]、魏晋以降に多くなる[6]。魏晋より前は「老子と荘子」よりも「黄帝と老子」を並称するほうが多かった[6](黄老思想)。 儒教が国教となってからも、老荘思想は中国の人々の精神の影に潜み、儒教のモラルに疲れた時、人々は老荘を思い出した。森三樹三郎は、「中国の知識人は、職場では儒家、自宅では道家になる」としている[7][8]。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%98%E5%AD%90 荘子(そうし、Zhuang Zi、紀元前369年頃 - 紀元前286年頃)は、中国戦国時代の思想家で、『荘子』(そうじ)の著者とされ、また道教の始祖の一人とされる人物である。 姓は荘、名は周。字は子休とされるが、字についての確たる根拠に乏しい。曾子と区別するため「そうじ」と濁って読むのが日本の学者の習慣となっている[1]。 『史記』には「魏の恵王、斉の宣王と同時代の人である」と記録されている[2]。出身地は宋の蒙(現在の河南省商丘市民権県)とされる。 思想 荘子の思想はあるがままの無為自然を基本とし、人為を忌み嫌うものである。老子との違いは、前者は政治色が濃い姿勢が多々あるが、荘子は徹頭徹尾にわたり俗世間を離れ無為の世界に遊ぶ姿勢で展開される。 軸となる傾向は徹底的に価値や尺度の相対性を説き、逆説を用い日常生活における有用性などの意味や意義にたいして批判的である。 こうした傾向を、脱俗的な超越性から世俗的な視点の相対性をいうものとみれば、従来踏襲されてきた見方であるが、老荘思想を神秘主義思想の応用展開として読むことになる。他方で、それが荘子の意図であったかはもちろん議論の余地があるが、近年の思想研究の影響を受けつつ、また同時代の論理学派との関連に着目して、特権的な視点を設定しない内在的な相対主義こそが荘子の思想の眼目なのであり、世俗を相対化する絶対を置く思想傾向にも批判的であるという解釈もなされている。 荘子の思想を表す代表的な説話として胡蝶の夢がある。
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