- 5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [US] [2019/03/26(火) 07:43:54.61 ID:NglCGHhn0.net]
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キリスト教圏では計算理論・コンピューターサイエンスの創始者であるラモン・リュイが13世紀に生まれているが、 同レベルの天才が平安時代・鎌倉時代の神道の神職や仏教の僧に生まれ得たかと考えるべきだろう 吉田神道の吉田兼倶(室町時代)の仏教(釈迦)・儒教(孔子)のトンデモ日本起源論・パクリ・ウリナラファンタジーぐらいしか思い浮かばない https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田神道 このように神道を日本の宗教の根本と言いながらも、それまでの儒教、仏教、道教、陰陽道(おんみょうどう)などを習合におけ る矛盾を巧妙に解釈・混用した、きわめて作為的な宗教であったが、一方でその融合性に富むところから近世に広く長期に渡って浸透し続けた[1]。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ラモン・リュイ ラモン・リュイ(カタルーニャ語: Ramon Llull; カタルーニャ語: [rəˈmon ˈʎuʎ])またはライムンドゥス・ルルス (ラテン語: Raimundus Lullus、1232年頃[1] – 1315年6月29日[2])は、マヨルカ王国・パルマ・デ・マヨルカ出身 の哲学者・神学者・神秘家[4]。フランシスコ会第三会(在俗会)会員。 初期のカタルーニャ語文学において主要な作品を制作しており[5]、「カタルーニャ語の父」(カタルーニャ文学の 祖[6][7])と呼ばれる。リュイはまた計算理論の先駆者とされ、特にゴットフリート・ライプニッツに影響を与えている[8][9][10]。 1200年代末から1300年代初頭にかけて、文字列を生成する機械仕掛け(日本では、「ルルスの円盤」等と呼ばれる)に よって世界の真理を得る術(ルルスの術、アルス・マグナ)を考案する。ガリヴァー旅行記のラピュータで出てくるザ・エンジン はこれに着想を得たものとする説がある。これについて『ブルバキ数学史』は、ライプニッツの数学における、記号の機械的な 操作のみによることで、正しい推論のみを得る、という発想について、ラモン・リュイにまで遡ることができる、としている。 死後の1376年、カトリックの尋問官であるニコラウス・エイメリクス(英語版)はリュイによる100の理論や思想を考え違いであると して非難した。同じく1376年には、ローマ教皇グレゴリウス11世が公式にリュイの20の著作を非難し[31]、やがてローマ教皇パウロ4世 がグレゴリウス11世による非難を追認した[32]。一方で、1416年にはローマ教皇マルティヌス5世がグレゴリウス11世による非難を撤回 した[31]。このように死後にローマ教皇による非難は受けたものの、生前のリュイはカトリック教会と良好な関係を保った。
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