- 321 名前:名無しの笛の踊り mailto:sage [2009/05/02(土) 12:51:26 ID:XklBXUu3]
- >>313
>>185,186,188,190,194-196あたりのやりとりも参考にしてみて。 // つか、クラシックとポップスの「作曲」って概念は、範囲が違うんじゃないかな。 クラシックだと、たとえ独唱曲であっても、オケなりピアノなり室内楽編成なりの伴奏まで作曲家が「作曲」します。 ↑つまりポップスで言う、作曲+編曲ですね。 ポップスの場合、作曲=メロディーを作る、が普通の概念ですよね。で、その後に編曲家が伴奏をアレンジする。 しかしクラシックの場合、必ずしも作曲家の頭の中や指先からメロディーが先に出て来るって訳でもない。 いっぺんに全ての音符が、作曲家に降りてくる場合だってあり得る。 また、どこまでがメロディーでどこまでが伴奏なのか不可分な場合もあるし、 主旋律が不在でメロディーとメロディーがぶつかり合いをしていたり、 旋律は音楽作品の小さな素材でしかなかったりもする。 // クラシックの場合、一見「編曲」に該当する部分が、実は作曲の一番肝心のポイントだったりもするんですよね。 …前に、PE'Zが『大地讃頌』を「カバー」して作曲家ともめたじゃん。 PE'Zは、ポップスの「カバー」の観点では、全く問題はなかった。著作権協会にも正式な手続きをしてた訳だし。 ただ、クラシック陣営の「作品=全ての音符が隅々まで決められている楽曲」という概念と相容れなかっただけ。 作曲家本人がとりたてて大人げなかった訳でもなく(作曲家としての評価は知らん)、 ポップスを特別に見下してる訳でもなく(多分ね多分…これも知らんけど)、 今日の「クラシック音楽に属する作品」の概念とは、そういうものなのです。 まあこの「固まった概念」に抵抗する意味で「偶然性」を導入してる作曲家もいるけどね。 // ↑質問者は、このへんのことが引っ掛かってるのかな?と感じたんで、ちと飛躍させました。 長なってすみません。では。
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