- 746 名前:この名無しがすごい! mailto:sage [2017/11/20(月) 02:27:15.79 ID:/NTQwb/e.net]
- お題→味噌ラーメンが名物の地獄
【おかえりなさい】1/2 「ただいま」 「おう」 短い言葉の応酬、父との挨拶はそれで終わる。 私が重たい荷物を玄関に置いて居間を覗き込めば、父は背中を丸めて足の爪を切っていた。 背中越しに掛けた挨拶に、背中越しで返される。それは私が物心ついたときからずっとそうだった。 いつものことだ。 小学生の私は、玄関の戸を開ける。 車輪が壊れた重たい扉を開けば、そこは繁盛しているラーメン屋だった。 「おかえり、ちえちゃん」 「はーい、ただいまー」 常連客からの挨拶に応えながら、客席を抜けて奥へと向かう。脱サラした父がラーメン屋を開くとき、住居と店舗を一緒にしてしまったせいで、私が家に帰るには客の中を通り抜けていかなければならないのだ。 客への挨拶は嫌いだった。何が悲しくて、他人の家の爺や婆に『おかえり』などと言われなければならないのか。ただいま、などと返さなければならないのか。 挨拶もだが、一見の客が店を通り抜ける私をチラリと見るのが、堪らなく嫌だった。 そんな思春期の心を知らずに、父は麺を茹でながら、スープをかき混ぜながら『おう』とだけ言う。 たまに『皿洗い手伝え』とつくこともあるが、いつも大体そんなものだ。 私は、この家が嫌いだった。 聞こえてくる客の笑い声、麺を啜る音。帰る度に、べたついた床で靴が鳴る。 休日には小麦粉が届いて、父は『研究だ』といって店舗に引きこもる。 そんな環境で、好きになれという方が難しいだろう。 味噌ラーメンが評判のこの店も、私にとってはただの地獄だ。 さながら父は、その地獄の獄卒とでもいえばいいだろうか。
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