- 249 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2007/09/18(火) 03:15:24 ID:obQWSsYD0]
- ■7.「罪」と「責任」の違い■
賠償の次に、ドイツの謝罪ぶりを見てみよう。 罪のある者もない者も、老若男女いずれを問わず、われ われすべてが過去に責任を負っている。 このワイツゼッカー大統領の有名な「荒れ野の40年」とい う演説を引き合いに出して、朝日新聞「声」欄は言う。 かえりみて、わが国戦後の歴代首相や閣僚は、日本の戦 争責任と、侵略を受けた諸国に対する明確な謝罪を、心を 込めて表明したことがあるだろうか。[8] しかし、それほどドイツは誠実に謝罪しているのだろうか。 ワイツゼッカーの演説の「罪のある者もない者も」という部分 を見落とすべきではない。「罪」と「責任」を厳密に区別して いる。この違いについて、ワイツゼッカーは、朝日新聞の記者 とのインタビューで次のように答えている。 人は自分に罪がないことにも、責任をとることができる。 例えば、私の自動車を他人が運転して事故を起こしても、 私は賠償責任を負う。[2,p326] この区別と、次の言葉をあわせて、ようやくワイツゼッカー の本音が見えてくる。 一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というよ うなことはありません。罪といい、無実といい、集団的で はなく個人的なものであります。 ワイツゼッカーの回りくどい主張はこう要約できよう。当時 のドイツは、ヒットラーに乗っ取られた車のようなものだ。そ れが暴走して事故を起こした、その罪はヒットラーとナチス党 員の個人的なものである。車の所有者たるドイツ民族には、賠 償責任はあっても、罪はない。
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