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坐禅と見性第73章 社会的関係性と言う存在が、人



1 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/14(日) 07:41:36 ID:B42OoC7x]
このスレの1章は、南予さんが建てたスレッドである。
禅は、来る者は拒まず、去る者は追わず、である。
スレの興隆は、時空のながれにまかせよう。

遠くの山は、青く見え、旅に誘う。
あの青い山の向こうに、何があるのか。
白い雲は、山にかかると、さっと分かれて、又、元に戻り何事も無かった如く流れていく。
水も又、川面に顔を出している大石にあたると、さっと分かれてまた、もとの流れとなる。
行く雲、流れる水に、修行僧がたとえられるゆえんである。

縁があって、対話してきた各章のつらなり。
1000章が、つぎのステップである。

行住坐臥のまま、真理、ダルマ、法の真っ只中である、われら。

問う
「片手の人がたたく拍手の音を聞いてこい」

【前スレ】
坐禅と見性第72章菊、有馬、金杯と諸行無常
toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1284735644/


2 名前:素人A [2010/11/14(日) 09:14:54 ID:q5ln6yE2]
とにかく頭はプライドが高い。目とか手足を自由に使おうとするが体も意志がある。本や経文等字の書いてある物は頭で理解
しなきゃと思うのが間違い。目に任せ文字もざーつと難解なものも絵を見るように何回でも見れば段々見えてくるのか?手も勝手に
動かせれば利口だと解るのに、字の間違い見つけて端書くという、他の体の部分も負かせる処が無い、からだの中でご主人は誰なのか
環境も頭じゃどうにもならん手足の出せない頭手もうそうするだけ。出たら目なおーなにーも楽しい。?自分の目で見たものは確か?

またぼちぼち有る苦か もつと自由に
www.youtube.com/watch?v=coDLg0Qaqcg
あれすまんここが正しいスレ、でも私の立てたスレの消し方解らん教えて




3 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/14(日) 09:59:48 ID:hp88ZMkW]
>>1、乙カレーカツカレー

4 名前:素人A [2010/11/14(日) 11:24:35 ID:q5ln6yE2]
私の立てたスレの削除依頼しました。

5 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/14(日) 12:04:59 ID:hp88ZMkW]
>>4も乙カレースパカツカレー

6 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/14(日) 13:27:48 ID:vn1wwQvz]
>>1>>4乙です。


7 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/11/14(日) 19:34:49 ID:vd8CR4uK]
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタンと称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥も分らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも20数年間もこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

8 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/11/14(日) 19:35:31 ID:vd8CR4uK]
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること意外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
||                                  。  ∧_∧              ||
||                                  \(´・ω・`)   いいかな・・?  ||
||                                    ⊂ ⊂ )旦~           ||
||___∧ ∧___∧ ∧___ ∧ ∧__ ∧ ∧___| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_______||
      (  ∧ ∧__ (  ∧ ∧__(    ∧ ∧__(   ∧ ∧   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   〜(_( ∧ ∧(  (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い。
     〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
       〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ   〜(___ノ


9 名前:素人A [2010/11/15(月) 06:52:52 ID:TgYzgsH4]
海印三昧「・・仏がいうに「この身は一切の法から成り立っている。起こるときはは、ただ法が起こるのであり、滅する時も、ただ法が滅するのである。
この法が起こるときに、われは起こるとは言わない。また、この法が滅するときも、我が滅するとわ言わない。さらに前念と後念とは互いに関係しない。
前法と後法とも互いに関わり無い。これを海印三昧となずけるのである」と。
ここで言う海印三昧の時節というのは「ただ一切の法による時節ということであり、ただ一切の法による発言である」」このときを「この身は一切の法から
成り立っている」と言うのである。けつしてこの身を全体相として対照的に捉えているのではない。「この身は一切の法から成り立っている」このように、
成り立っているこの身を、この身として発言するのである。

10 名前:素人A [2010/11/15(月) 07:58:48 ID:TgYzgsH4]
「起こるときは、ただ法が起こる」という場合の、この「法が起こる」ということは、けっして「起こる」という
足跡のこすのではない。したがつて「起こる」ということは、知覚されるのでも知見されるのでも無い。この
ことを「我が起こるとはいわない」と言うのである。「我が起こるといわない」場合に、他の人もまた「この法が
起こる」と見聞・知覚したり思慮・分別したりするのではない。さらに・このような境地を超えてていつそう
深い境地に相ま見えるとき、まさしく相見えることの心身脱落を得るのである。・・

法といわれたらクールというか情が無いような、仏はクールに来る。



11 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/15(月) 08:10:20 ID:D5TEhxGv]
勉強になります。

12 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM mailto:sage [2010/11/15(月) 15:38:49 ID:0yPdjyFO]
>>1  ID:B42OoC7x さん

スレ建て! ┏O)) アリガトウゴザイマ━━━━━━━ス!

感謝します、≦(._.)≧ ペコ

助かります。


13 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM mailto:sage [2010/11/15(月) 15:46:51 ID:0yPdjyFO]
>>2
>4

素人A さん

そろそろ新スレを建てたほうが良いんじゃないかと、忠告を受けたのに、紋切り型の受け答えをしてしまいました。
500KBで、満杯になってしまう下段の表示を見てなくて。
通常では、950レスが過ぎたあたりで新スレを建てれば、マタ──゚+。(´ー`)。+゚──リ♪ 進行のこのスレでは充分すぎると思いました。
お手数をかけました、ペコリ(o_ _)o))。

14 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM mailto:sage [2010/11/15(月) 16:08:16 ID:0yPdjyFO]
>>9-10 素人A さん

>法といわれたらクールというか情が無いような、仏はクールに来る。

真理ですからね。
スパッと、切り込んで来ますね。

生きている人間は、煩悩と欲が、ついて回ります。
さいわい仏教は、
煩悩即菩提
少欲知足
と、
うんこまみれの自己をすくい取ってくれます。

公案にも、仏は、糞の一本棒!と威勢がよく、立派です。

真理とは、そう言う自己と切り幅されて、見上げたところにあるのでは、ないと思いますよ。

これから年末ジャンボが売り出されますが、お金なくれ、お金がほしい 私は、必ず、買います。(笑)

法とか、真理、あるいはダルマと言うものは、そう言う汗だくも含んでいるのですよ。


15 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/15(月) 20:17:18 ID:RnHrbmAm]
ぽったんにとっては、宝くじを買うことが
汗だくの事なんだな。

カスだな。

16 名前:ぽったんの見性物語 mailto:sage [2010/11/15(月) 20:21:23 ID:syL1Jlx0]
ぽったんの見性物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場の女から金色の炎が立ち上がってるのを見て見性したというのがことの始まりである。
勿論、見性とはまったく無縁のことであり、当然のことながらあきれた幼稚さに非難轟々であった。
それでもぽったんは仕切りと反論したが、渋々、引っ込めざるを得なかったのはいうまでもない。
その頃から、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」風の物語を語り始め、それがマンゴー先生(これもいい加減な奴だった)とかに見性してると”認定”されて、今日までその事がぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
それだけでは虚栄心が満足せず、その後、隻手の音声を聞いたとも吹聴している。
しかし隻手の音声を聞いたとはいったものの、ある人物から「本当は聞こえないんだよ」と指摘されたことから、すっかり自信を失なってしまった。
その後は、音声が聞こえるのは色即是空までで、それを体験した後は音声は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
実に都合の良い解釈を考えるもので虚言癖もなかなかのものであるようだ。
真に見性してものであれは、誰が何と言おうと実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、一切、右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
どれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためである。
このように見性への憧れというより飢餓とでもいったほうが近い。

最近は、あちこちのスレで「無とは何か?」などといって、師匠面して回答を募っているようだが、勿論、本人は分かっている筈がない。



17 名前:素人A [2010/11/16(火) 06:53:21 ID:ZODQHr7H]
海印三昧 もろもろの仏祖という場合には必ず海印三昧である。すなはわち、仏祖そのまま海印三昧である。
この三昧を泳いでいくときに、説法するときもあり、悟りをひらくときもあり、修行するときもある。海上を
わたりながら、その功徳は海底に轍した行である。言い換えれば、深深としている海底を踏み歩いているままで
海上を渡っていくのである。それは迷いの世界に流浪している衆生を悟りの根源に帰そうと願うような、いか
なる心の働きでもない。関門を透脱して悟りを開くことはもとより仏祖の実態でわあるが、そうしたことは総て
海印三昧に流れ入るのである。
「仏がいうに「この身は一切の法から成り立っている。起こるときはは、ただ法が起こるのであり、滅する時も、ただ法が滅するのである。
この法が起こるときに、われは起こるとは言わない。また、この法が滅するときも、我が滅するとわ言わない。さらに前念と後念とは互いに関係しない。
前法と後法とも互いに関わり無い。これを海印三昧となずけるのである」と。
ここで言う海印三昧の時節というのは「ただ一切の法による時節ということであり、ただ一切の法による発言である」」このときを「この身は一切の法から
成り立っている」と言うのである。けつしてこの身を全体相として対照的に捉えているのではない。「この身は一切の法から成り立っている」このように、
成り立っているこの身を、この身として発言するのである。」

海底でびるしゃない阿弥陀仏の脳から後光の光通信の神経網が枝解かれしながらドンドン広がって海上の色色な衆生パソコンに
繋がり衆生どうしもメロンの網状のインターネットしている、それが一体全体なに言いたいのか
私は良くわからなくなつた?正解は光通信している一個の珠である?解らん




18 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/16(火) 08:33:37 ID:aInMEPV2]
ぽったんもあはも、ここに居座って悪ガキしている人も誰もかれも本当はみんな一つだよ。
Aさんは正解かもなあ。

19 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/16(火) 10:34:51 ID:5SvPbkZF]
>>18
生半可な知ったかちゃんがここにもいる。
じゃあ、お前の屁理屈で言うと17はお釈迦様とも一つだ。
お釈迦様のお言葉と言えるな。

20 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/16(火) 23:06:21 ID:xPu9BXde]
>>17 素人A さん

>一個の珠である。

禿同!



21 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/17(水) 01:11:22 ID:FMjVfghM]
Il Ferroviere(鉄道員)−Pietro Germi
www.youtube.com/watch?v=e9uf25PYbMk&feature=related

I Girasoli (ひまわり/Sunflower)−Henry Mancini
www.youtube.com/watch?v=1m4NHNwulF4&NR=1&feature=fvwp

The Godfather(ゴッド・ファーザー)−Nino Rota ニーノ・ロータ
www.youtube.com/watch?v=QB3clUpvTyk&feature=related

Papillon (パピヨン)
www.youtube.com/watch?v=C8BbF-7w-wk&NR=1

Elevetor to the Gallow(死刑のエレベーター)−Miles Davis
www.youtube.com/watch?v=SdOZnbW5GZY&feature=related

Michel Legrand 映画「シェルブールの雨傘」 Je t'attendrai toute me vie...
www.youtube.com/watch?v=17A0fN8NJi0&feature=related

「ふたりの天使」 ダニエル・リカーリ
www.youtube.com/watch?v=qbC8eNpryXE&feature=related

涙のカノン
www.youtube.com/watch?v=eMPpxWpcg1s&feature=related

夕焼けのトランペット ニニ・ロッソ
www.youtube.com/watch?v=TjBIPjTwgLU&feature=related

Radio Hits In Japan / 1970 Part. 1 〜2
www.youtube.com/watch?v=HdpqHkp8pCI&feature=related
www.youtube.com/watch?v=KYTRoKl-xLc&feature=related

22 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/17(水) 01:34:24 ID:FMjVfghM]
本当の尖閣 海上保安庁1
www.youtube.com/watch?v=AZzR02rD7S0&feature=related

本当の尖閣 海上保安庁2
www.youtube.com/watch?v=P2qq-mDV1CY&feature=related

本当の尖閣 海上保安庁3
www.youtube.com/watch?v=-5W5I0xkRsE&feature=related

本当の尖閣 海上保安庁4
www.youtube.com/watch?v=3k5IgLYp2YY&feature=related

本当の尖閣 海上保安庁5
www.youtube.com/watch?v=hXI0DwLxOhA

本当の尖閣 海上保安庁6
www.youtube.com/watch?v=uPMM6GHWRFw&feature=related

防人〜あなたがいるから〜 【海保支援】
il.youtube.com/watch?v=attdN_waiXY&feature=related

オーメンズ・オブ・ラブ / 海上保安庁音楽隊 / 海保フェア in 立川
il.youtube.com/watch?v=BxqBorEnQb8

中国政府 「日本は2015年には消えてなくなる」
il.youtube.com/watch?v=BmvhKCLfVdM&feature=related

解放軍【×尖閣諸島】【О???】中国領土を守る
il.youtube.com/watch?v=dgyE0NUNccI&feature=related

23 名前:素人A  [2010/11/17(水) 07:45:40 ID:k97XL1tO]
うまく行かない言葉仮。つまずいたり、転んだり色色ある位置の仕事、ふしょう不滅の
という損財だけじゃ不満だとブツブツ言いながら、まあ色んな立場で説きは続いている。
心ろ迷えば法華に転じられ 心悟れば法華を転ず ころころと転んでいく此処路、
さあとりあえずはまあ良いか。すぎてしまえばどんなことももう『  』はついているし、
端書けば後は何とかなるボコボコ曲がりくねった一筋の未知を今は有る苦だけ、楽もあるか。



24 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/17(水) 15:25:47 ID:HiQDCzI5]
>>23 素人A さん

主体性と言うことでしょうか。

他にこき使われるのではなく、

随所に主となる。

私のことばでは、自由ですね。

25 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/17(水) 17:18:38 ID:HiQDCzI5]
38
37 ← 38 → 39
素因数分解 2×19
二進法 100110
八進法 46
十二進法 32
十六進法 26
二十進法 1I
ローマ数字 XXXVIII
漢数字 三十八
大字 参拾八
算木
38(三十八、さんじゅうはち、みそや、みそじあまりやつ)は自然数、また整数において、37の次で39の前の数である。
38 は合成数であり、約数は1, 2, 19と38である。
14番目の半素数で、一つ前は35、次は39。
1/38 = 0.0263157894736842105…(下線部は循環節でその長さは18 )
唯一2桁の数で平方の下3桁がゾロ目となる数である。382=1444
その他 38 に関連すること [編集]
北緯38度線:朝鮮半島の南と北を分断する軍事境界線。日本では八郎潟を通過する。
原子番号38番の元素はストロンチウム(Sr)。
第38代目の天皇は天智天皇である。
日本の第38代内閣総理大臣は近衞文麿である。
大相撲の第38代横綱は照國万藏である。
アメリカ合衆国第38代大統領はジェラルド・R・フォードである。
アメリカ合衆国の38番目の州はコロラド州である。
38スペシャル アメリカのサザン・ロックバンド
ゲーム、アメリカンスタイルのルーレットで選択出来る数字の升の数(0,00と1から36)
軽自動車のナンバープレートで自家用車につけられる平仮名は、「あ」〜「を」のうち「お」「し」「へ」「り」「れ」「ろ」「わ」を除いた38通りである。
一分子のグルコースから38分子のATPが生成される。
尖閣諸島中国漁船衝突事件の映像をYouTubeに投稿したアカウント名がsengoku38で、この38という数字に関する様々な憶測がなされた。
しばしばサンパチと呼ばれる。昭和38年(1963年)の豪雪は「サンパチ豪雪」と名付けられた。
大相撲では横綱双羽黒光司、横綱北勝海信芳、関脇寺尾常史、関脇琴ヶ梅剛史等、「花のサンパチ組」と呼ばれる昭和38年生まれの力士が活躍したことで知られる。

26 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/17(水) 17:27:06 ID:HiQDCzI5]
コピペ

回答日時:2010/11/10 15:01:53
iphone_japan_softbankさん

色んな説がありますが…

中国の数字の読み方と 中国語の語呂合わせで、

3はサン、8はパー、

中国ではサンパーは

バカとかアホの意味。

つまり仙谷由人バカ・アホ って説も有るみたいです。

27 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/17(水) 20:48:21 ID:nTWx5Mnv]
>>24
お馬さんの穴に振り回され、本やらの文字言句に振り回され、お主には自由がないのお。
それじゃ随所に主とはなるまい。
主体性などお主には永遠に分からんのじゃ。


28 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/17(水) 20:53:58 ID:HiQDCzI5]
>>27 名無し さん

パチッ☆-(^ー'*)bナルホド-

肝腎のあなたはどういう人なのかなー

29 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/17(水) 20:57:47 ID:HiQDCzI5]
> 呆けるときは呆けるが良かろう、ですね。 ぽったんさん。

どこかで聞いたようなせりふは、無意味ですよ。

そんな事より、ボケの効用を10挙げなさいよ。

30 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/17(水) 21:48:37 ID:HiQDCzI5]
>>29
名無し さん

> まさに呆けた肉親を目の前にして、の心境ですよ。 最強です、呆けた人はw

「呆けた肉親」 よ 呆けてないあなた と言う対立があるようです。

あなたの言う呆けた肉親が、呆けてない肉親になれないのであれば、仕方がありません、あなたが、呆ける事です。

呆けて全員が、呆けた肉親になってしまえば、いいのです。

そういうふうに、接してください。
よろしく、お世話をお願いします。



31 名前:素人A [2010/11/18(木) 07:47:23 ID:PsTtLrQg]
「横岳の絶頂は、きり立つて険しく、達磨も仰ぎみることができぬ、渓谷の寒泉は、とてつもなく冷たく、
禅僧ものぞくすべがない、もしこれを見通し、押し開くなら、それこれ、達磨も仰ぎ見ることができず、
禅僧ものぞくすべが無い境地の中身がわかるだろう。くるりと向きをかえて活路を歩み、手で押し開いて
その境地を出てあらゆる場処で禁則し、あらゆる場処で身をまもり、長期であろうと短期であろうと、
一切の境地にしらわれはしない。そうではあるが、わしの使い慣れた柱杖は、まだ納得しないのだ。
なんで「生を護るにゃ殺すに限る。殺し尽くしてやれやれ安心、ここのところがわかつたなら、鉄の舟でも
水に浮く」などと説く必要があろうか。ずいぶん無駄骨折ることだし手ここにわざわざ取り上げるまでも
無い、それでは結局、わが門下における90日の夏安居はどう実行したら良いのか」
柱杖を立てて「さりげない聖哲のかなたに超出すれば、明月清風は変わらねど格別の趣があり」

32 名前:素人A [2010/11/18(木) 08:24:17 ID:PsTtLrQg]
さらに、次の因縁を挙した。「保福に、あるとき、僧が待立していた。保福いう、「おまえはいかにも気荒だな」。僧言う「私のどこが気荒ですか」
保福はひとくれの土を僧にわたして言う、「これを外に放れ」。僧はそれを外に放り、またやって来て問うた、「私の何処が気荒ですか」。
保福いう「わたしから見るとお前はがさがさしている。だから気荒だというんだ」
師はこれを○じて言う。「保福が宝玉を僧に渡してやったのに、残念ながら、この僧はそれを扱い損ねた。わが門人どもも、みんな気荒だな。
わしがみなを見るに、やつばりがさがさしているからだ」



33 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/18(木) 13:37:31 ID:jF1AmJvc]
>>31-32 素人A さん

つちくれ

わたしは、糞の一本棒。

34 名前:クソネリオナニー禅ぼったんw [2010/11/18(木) 16:14:56 ID:4yZE7Qp+]
>禅はまったく一言半句(いちごんはんく)の説くべきものもない。を親切具体指導ww

ぼったんウンコ書き込みとコピペのの動機w
1、かまって頂戴と上から目線オナニー師匠妄想主人公ぼったんオンリー至福による書き込みだけ。
2、強烈な自己愛自己語りが自慢、
3、嘘つき、言行不一致、口先だけ、有言不実行、身についてない事を身についているが如くに書き込む
4、ごまかす、
5、話をそらす、
6、誠意がない、 反省しない、自己観察ができない、しようとしない、
7、虚栄心だけ、
8、知ったかぶり、妄想的に仏教用語、禅用語を無駄に付け加え自己、念、思考を引き起こすw
9、質問にキチンと解答しない、
10、理解していない禅語録、無理やり仏教用語に接続し実用性ゼロ禅用語垂れ流し、
11、オナニー的自己満足的カキコが多い、
12、シャブ禅疑惑、
13、仏教用語、禅用語だけで生活と無関係書き込みでオナニー果てる書き込み
14、相手なくとも、オナニー的放出かまってちょうだい心理から書き込みを突然始める
15、禅用語、禅語録のぼったん書き込みとぼったん会話、解答姿勢が不一致、

ぼったん悟りは仏教用語を
仏教用語何々Aは仏教用語何々Bであると、
仏教用語何々A=仏教用語何々Bと言う論理なんだわ、
矛盾した意味を仏教用語何々A=何々B仏教用語で
ライフスペースのグルの様に「定説」としてむやみデタラメに接続し、
不立文字の公案の意味= 仏教用語何々で
ライフスペースのグルの様に「定説」としてむやみデタラメに接続し
具体的意味がなくなる、意味不明で仏教用語ブツブツ書き込みナ訳、素人エーも同じ、(故に自演)
ぼったんは無駄な妄想、形容詞、表現、思考、仏教用語、禅用語を付け加えて、
自己、念、思考を引き起こし観念妄想の穴に落ち込みオナニーにふけり、
日常を失うww


35 名前:クソネリオナニー禅ぼったんw [2010/11/18(木) 16:17:46 ID:4yZE7Qp+]
クソネリ垂れ流しオナニーから自由になれないのが、かまって師匠妄想永遠餓鬼道ぼったんw

たろすけが現れていたなあw

ぼったん主体性、とは、かまって師匠妄想永遠餓鬼道欲望が主人公のままに、
日々、クソネリ垂れ流しオナニーすることw

36 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/11/18(木) 16:43:03 ID:OKjQjHaX]
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタンと称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥も分らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも20数年間もこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

37 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/11/18(木) 16:43:45 ID:OKjQjHaX]
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること意外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
||                                  。  ∧_∧              ||
||                                  \(´・ω・`)   いいかな・・?  ||
||                                    ⊂ ⊂ )旦~           ||
||___∧ ∧___∧ ∧___ ∧ ∧__ ∧ ∧___| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_______||
      (  ∧ ∧__ (  ∧ ∧__(    ∧ ∧__(   ∧ ∧   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   〜(_( ∧ ∧(  (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い。
     〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
       〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ   〜(___ノ


38 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/11/18(木) 16:44:51 ID:OKjQjHaX]
こいつも一緒にコピペだ。

ぽったんの見性物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場の女から金色の炎が立ち上がってるのを見て見性したというのがことの始まりである。
勿論、見性とはまったく無縁のことであり、当然のことながらあきれた幼稚さに非難轟々であった。
それでもぽったんは仕切りと反論したが、渋々、引っ込めざるを得なかったのはいうまでもない。
その頃から、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」風の物語を語り始め、それがマンゴー先生(これもいい加減な奴だった)とかに見性してると”認定”されて、今日までその事がぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
それだけでは虚栄心が満足せず、その後、隻手の音声を聞いたとも吹聴している。
しかし隻手の音声を聞いたとはいったものの、ある人物から「本当は聞こえないんだよ」と指摘されたことから、すっかり自信を失なってしまった。
その後は、音声が聞こえるのは色即是空までで、それを体験した後は音声は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
実に都合の良い解釈を考えるもので虚言癖もなかなかのものであるようだ。
真に見性してものであれは、誰が何と言おうと実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、一切、右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
どれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためである。
このように見性への憧れというより飢餓とでもいったほうが近い。

最近は、あちこちのスレで「無とは何か?」などといって、師匠面して回答を募っているようだが、勿論、本人は分かっている筈がない。



39 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/18(木) 21:27:50 ID:aapSFdeN]
2典 用語辞典
ああ言えば上祐【ああいえばじょうゆう】[成句]
「ああ言えばこう言う」を皮肉った言い方。

あ〜う〜・・・【ああうう】[感]
知能が低い様子を表現する言葉。

ああ、ガムやるよ。【ああがむやるよ】[成句](少年漫画)
2001年の夏頃から特に流行るわけでもないが、色々な所で使われ続けてきたセリフ。
主に>>1を煽るときや気に入らないレスを流すときに使われる。
元ネタは漫画「ジョジョの奇妙な冒険」だという説もあるが、詳しい事は不明。

プロレス板のスレの2〜10に書かれている言葉でもある。

参照スレッド:ああ、ガムやるよとドリルちんちんを開発したのは・・・
salad.2ch.net/ymag/kako/997/997778659.html

アージュ【ああじゅ】[名](エロげー)
エロげー板ではage=アージュ(えろげメーカー名)と呼ばれていた時期があった。

アーハハ/アーハハ【ああはは】[感](プロレス)
笑い声。元ネタは高田延彦選手の笑い声。

愛誤【あいご】[名](ペット大嫌い、ペット大好き)
主張が独善的な過激動物愛護主義者。白ムツの一種。時に板を荒らす。

アイゴ〜!【あいごう】[感](ハングル)
漢字では「哀号」。感情が高ぶったときに叫ぶ。「ちきしょ〜」とか訳してたりするが、意味はもっと多様で、説明は困難。

アイコラ【あいこら】[名]
アイドルコラージュ。単にコラということもある。アイドルの顔とモデルのヌードを使用して作る合成写真。

40 名前:素人A [2010/11/19(金) 07:10:51 ID:v4c68sCR]
ちーんもく黙の仏教修行では2チャンネル世界では正解が成立たない。
何でも申そうで世界も成り立っている。嘘でも何でもほんとの海の中で
字言うに泳げるのだ?安心があればそれだけで今は安心して生活できる。
ブツブツ言いながら色んな妄想の人が来るのもまた楽しい。



41 名前:素人A [2010/11/19(金) 07:36:48 ID:v4c68sCR]
 画餅
諸仏は真理そのものであるから、万物もまた真理である。しかし、覚者と万物は、同一のものではないし、
一つの心ではないけれども。しかし、真理を体験するとき、それぞれの心理が、互いに妨げあうことなく
実現するのである。顕現するとき、お互い接することなく実現するのである。
これが祖師たちが正しく見抜いたところである。それを、諸仏と万物が同一であるか異なっているかという
分析力を修行者の力量として理解してはいけない。なぜならば、一つのことに通じれば、すべてのことに
通じるというのである。いわゆる一つのことを体験するということは、一つのことに備わっている本来の
姿を奪うことではない。一つのことを他のことと対立させることでも、対立をなくしてしまうことでもない。
強いて対立をなくそうとすることは、まさしく妨げあうことである。体験することで、体験することを妨げ
なくなったとき、一つの体験は、すべての体験である。このように、一つのことを体験するということは、
そのものになりきることである。一つのものに通暁するということは、すべてのものに通暁する事である。



42 名前:たろすけ ◆JRCMycYHTZw5 [2010/11/19(金) 20:08:23 ID:DB770jEY]
>>33
> わたしは、糞の一本棒。

そんな話聞いたこともないですよ

43 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/20(土) 00:31:30 ID:QXorjS0x]
>>40 素人A さん

>ブツブツ言いながら色んな妄想の人が来るのもまた楽しい。

笑顔の黒酢 ですよ。
笑顔でいると、いいのです。
笑顔のように景色が見えてきます、(笑)

44 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/20(土) 01:02:28 ID:QXorjS0x]
>>41 素人A さん

画餅

画餅はいいな、悪さをしない、 と古人も言った。

かの69連勝の大横綱、双葉山が記録達成の前に、59連勝の、そのあたりで記録が途絶えた事があったそうな。
「われ、未だ(いまだ) 木鶏(もっけいに)に非ず(あらず)。」
と、戒めた(いましめた)事があったという。
心が、動かない、動揺しない、安定している、と言うことだろう。

今場所、白鳳が敗れる前、
「私が今充実しているのは、心、技、体、の内の心である」、と言っていた。

わたしの奥さんが、白鳳の69連勝達成、出来るかなー、と聞いてきたので、それは無理かもしれない、と答えていた。

白鳳は知らず知らずのうちに、不安のこころを告白してしまっていたのである。

そして、九州場所が始まる前、大分県の双葉山の地元、双葉山の実家を訪問している。

白鳳の脳内では、69連勝を破って、今場所も全勝優勝が出来ると、脊髄反射してしまっていたのだ、と思う。

美空ひばりが歌う「やわら」の一節にもあるのだが、「勝つと思うな、思えば負けよ}と言う下りがある。
人は、勝った、とこころが思うと、その時点で、戦いを放棄してしまう、と聞いた。

白鳳は、「負けない相撲をしようと積極的に勝ちにいった」と、と自己分析して見せた。
白鳳は、負けない相撲を心がけている、ようだ。
今回は 69連勝に届かなかったが、いずれ、70連勝以上の大記録を残すだろう、と思う。

画餅とは、木鶏 と言える。

45 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/20(土) 01:09:13 ID:QXorjS0x]
>>42 たろすけ さん
> >>33
わたしは、糞の一本棒。

> そんな話聞いたこともないですよ。

聞いたことが、ない。
と言う時点で、思考停止してしまいますか・・・(。_・)ドテッ

クソカキベラ、と言えば、嗚呼、そうかあ、になります?

46 名前:たろすけ ◆JRCMycYHTZw5 [2010/11/20(土) 01:17:59 ID:2ggRxiAr]
>>45
>>42 たろすけ さん
> > >>33
> わたしは、糞の一本棒。

> > そんな話聞いたこともないですよ。

> 聞いたことが、ない。
> と言う時点で、思考停止してしまいますか・・・(。_・)ドテッ

> クソカキベラ、と言えば、嗚呼、そうかあ、になります?

やはり聞いたことないですね。

47 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/20(土) 01:21:32 ID:QXorjS0x]
2典 (2ちゃんねる 用語辞典)

あいせん【あいせん】[名](卓上ゲーム)
支離滅裂な文章を書くため、会話が成立しない相手。
また、そのさま。用例「そんなこと、――だって言わねえよ(ワラ」。
トレーディング・カードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」の日本語版発売元、
ホビージャパン社に対するクレーマーサイト「Echizenぎゃざる」を運営している福井県人「あいせん」が語源。
なお、元になった地名"Aysen"の発音は「アイゼン」に近く、そういった根本からのねじれを本人が自覚していないことも、
ウォッチャーたちの興味を引いて止まない点である。

参照スレッド:福井のMagicってどうよ?
cocoa.2ch.net/cgame/kako/990/990892609.html
福井県無理矢理リスペクトスレッド
cocoa.2ch.net/cgame/kako/976/976104567.html
参照サイト:Echizenぎゃざる
www.kimama.com/aysen/


アイちゃんが好きだあ!【あいちゃんがすきだあ】(鉄道総合板他)
平成17年11月30日に東京メトロ東西線の運転士が、乗務中に突然叫んだ言葉。
この叫びを聞き驚いた乗客が通報し、電車が遅れるという珍事件になった。
2ちゃん内でも「○○が好きだあ!」と「○○」に適当な名前を入れて叫ばれる事がある。

「アイちゃんが好きだあ」のガイドライン
ex13.2ch.net/test/read.cgi/gline/1133414719/
朝日新聞
www.asahi.com/national/update/1201/TKY200512010167.html


哀$【あいどる】[名](難民)
痛管スレで晒された名物管理人のこと。

48 名前:素人A [2010/11/20(土) 07:10:04 ID:zZ37x+bd]
ここはおやおやに任せて輪から内でも安心は安心◎で困る事も内。
そのうち未来の社会は人々は頼りないので全部器械に任せて人安心しているので
そのうちいつか、ロボット山河主人公になるのかも。人より有能か。
ロボットにも仏性はあるのでしょうか。いつの間にか変なところに迷い込んだのた。
ほんとは本写すのが面倒なので適当な事を書いたのだ。




49 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/20(土) 17:14:07 ID:pwFCHbcS]
>>48 素人A さん

> ほんとは本写すのが面倒なので適当な事を書いたのだ。

本当に出たら目だね、(汗)
1とゼロの組み合わせの言語には、突然変異がないだろう。
ひとには、それがある。
突拍子も、ないことをやりだす。
結果は、どう出るのか、分からないけどね。(笑)

50 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/20(土) 18:42:42 ID:pwFCHbcS]
>>48 素人A さん

> 手打ちで、本を写す。


仏典
www.nurs.or.jp/~academy/butten/butten.htm



51 名前:素人A [2010/11/20(土) 19:53:05 ID:zZ37x+bd]
続き。古仏が言うに、「画に描いた餅は、飢えを充たすにたりない」と。
この句を産学むする修行者は、各方面から集まってきて、そのなかには、菩薩(大乗人)や声聞(小乗人)の
さまざまな段階の人がおり、鬼人とみられる人々も各種である。しかもむかしも今も学僧たちがこの句を学
んではいるが、みな仏道にかなっていない。したがつて、自分の家風を伝えるのに、さまざまなことを言って
いる。ある人は、経典や論書の学業では真実の智慧を開発できないから、画餅に例えたのである、といい、
またある人は三界や一乗の教学では究極の悟りは得られないということを、このように言ったのであると理解
している。つまり、仮に設けた教えでは真実にはものの用にたたないことを言おうとして、このような句にな
ったのであると理解しているが、これは大変な誤りである。仏祖の働きを正しく受けておらず、仏祖のおしえに
暗いものである。画餅に関するこの一句を究明しないままで、他の諸仏の教えを参級したと言つても、たれが
それを 認めるであろうか。 つづく明日疲れた。手打ち?。




52 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/20(土) 23:47:00 ID:COU+TYdM]
>>51 素人A さん

>古仏が言うに、「画に描いた餅は、飢えを充たすにたりない」と。

物質を空と見る。

それは、画餅である。

画餅は、餅ではない。

が、餅であると言う認識はある。

餅である問う認識はあっても、餅は無い。

53 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/20(土) 23:49:24 ID:COU+TYdM]
正法眼蔵

www.geocities.co.jp/suzakicojp/syoubougenzou2.html

54 名前:素人A [2010/11/21(日) 07:40:29 ID:hYkq3GTf]
飢えとは菩提心ということらしい。つづき>>92「画餅は飢えをみたすことは出来ない」というのは、たとえば、「いかなる
悪も働くべきものがなく、いかなる善も行なわないものはない」というが如くである。また「まことに、いかなるものも
このようにしてくる」というがごとしである。あるいは「わたしはいつもいまここになりきつている」というが如くである。
ともかく、このように参学すべきである。画餅という言葉について、これまで思いをめぐらした人々は少ない。それを知
りつくした人はまつたく居ない。どうしてそういえるかというと、これまで一、二の人を検討してみるに、かれらはその
言葉を疑ってもみない。まして親しくして見ようともしない。ただ隣人の話に耳をかたむけようともせず、いかにも無関心
のごとくである。<つづく> 
書き写すだけの修行続く、字を写すだけつまらんけど、それを後で眺めると見えてくる何で?意味無い事は後で意味が出てくるのか?




55 名前:素人A [2010/11/21(日) 07:50:50 ID:hYkq3GTf]
難解なものは意味も解らんでもさっさと読んで。何回でも輪廻転生して
繰り返せば難解な思いも薄れてくるのかも。解らんでも輪かつてくるのかも。
繰り返す旅にうすれて行くのかも、難解が見えてくる画絵がなあ映画?

56 名前:素人A [2010/11/21(日) 09:51:43 ID:hYkq3GTf]
つづき>>96画餅というのは、つぎのように知るがよい。父母によつて生まれたこの姿であり、あるいは、父母のまだ生まれない前の
本来の面目である。いずれも画餅である。また、餅は麦粉を用いて作られる。まさにそのときは、かならずしも不生といえないけども、
まさしくそのときが画餅の実現する時節である。けっして、去る、来る、などという観念に拘束されると考えてはいけない。餅を描く
絵の具は、山水を描く絵の具と同じであろう。いわゆる山水を描く絵の具は赤や青の色を用いるが、画餅を描くには米や麦粉という絵
の具を用いる。それゆえに、その用い方も同じであり、学び方も同様である。
こういうわけだから、今というところの画餅は、すべて糊餅・菜餅・乳餅・磁餅など、みな描くことから現われるのである。よく知るが
良い、絵という点で総て平等であり、餅という点で総て平等であり、事象という点で総て平等である。それゆえに、いま現われている
ところの各種の餅は、総て画餅である。そのほかに画餅を求めても、とうてい出会うことはないとも言える。取り出せるものではない。
画餅は同時に現われているともいえるし、同時に現われていないともいえる。しかし、年を経ているとか年若いという性質のものでも
無いし、去るとか来るとかいう性質のものでもない、まさしくただいまの時節に画餅の世界が現われ、成立するのである。<つづく>
はあつ道元あまり考えてい書いていないような、適当といえば適当な感じに漢字る。




57 名前:素人A [2010/11/21(日) 10:06:00 ID:hYkq3GTf]
何でかなあ、夢中になりすぎて書きうつして居たら、あそこが縮困るよう。
まずい即修行は中止しよう。そのうち戻るまた明日続き書こう。

58 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/11/21(日) 11:04:40 ID:KA0mC+i2]
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタンと称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥も分らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも20数年間もこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

59 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/11/21(日) 11:05:22 ID:KA0mC+i2]
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること意外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
||                                  。  ∧_∧              ||
||                                  \(´・ω・`)   いいかな・・?  ||
||                                    ⊂ ⊂ )旦~           ||
||___∧ ∧___∧ ∧___ ∧ ∧__ ∧ ∧___| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_______||
      (  ∧ ∧__ (  ∧ ∧__(    ∧ ∧__(   ∧ ∧   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   〜(_( ∧ ∧(  (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い。
     〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
       〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ   〜(___ノ


60 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/11/21(日) 11:06:04 ID:KA0mC+i2]
ぽったんの見性物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場の女から金色の炎が立ち上がってるのを見て見性したというのがことの始まりである。
勿論、見性とはまったく無縁のことであり、当然のことながらあきれた幼稚さに非難轟々であった。
それでもぽったんは仕切りと反論したが、渋々、引っ込めざるを得なかったのはいうまでもない。
その頃から、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」風の物語を語り始め、それがマンゴー先生(これもいい加減な奴だった)とかに見性してると”認定”されて、今日までその事がぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
それだけでは虚栄心が満足せず、その後、隻手の音声を聞いたとも吹聴している。
しかし隻手の音声を聞いたとはいったものの、ある人物から「本当は聞こえないんだよ」と指摘されたことから、すっかり自信を失なってしまった。
その後は、音声が聞こえるのは色即是空までで、それを体験した後は音声は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
実に都合の良い解釈を考えるもので虚言癖もなかなかのものであるようだ。
真に見性してものであれは、誰が何と言おうと実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、一切、右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
どれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためである。
このように見性への憧れというより飢餓とでもいったほうが近い。

最近は、あちこちのスレで「無とは何か?」などといって、師匠面して回答を募っているようだが、勿論、本人は分かっている筈がない。





61 名前:素人A [2010/11/21(日) 15:16:54 ID:VBZlyvK6]
ぽつたん師匠、わたくし素人Aは
ついに ちんちん脱落 いたしました!

印可をお願いします

62 名前:没痰支障 mailto:sage [2010/11/21(日) 22:33:10 ID:y/io0P4W]
素人某をニューハーフに認定する。

63 名前:素人A [2010/11/22(月) 07:55:15 ID:K/q/Qw2N]
途中でばてているけど、生はある投げだすわけはいかず少し航海。>>98つづき
「飢えを充たず」という場合の飢えというのは、時間に追われているところの、いわゆる世間でいうところの飢えではないけれども、
画餅に出会って飢えを充たす手段は無い無。いかに画餅を食っても、ついに飢えをとどめる力は無い。飢えに対応する餅もなく、
餅に対応する飢えも無いから、飢えを充たすような働きは伝わっておらず。また、それに類する教えも伝わっていない。飢えも
「一本の杖」それが全世界であり、それを横にかつてだり、たてに担いだり、千変万化、さまざまな仕方で試みている。餅も一つの
心身の現われであり、青・黄・赤・白、長・短・方・円・など、さまざまな在り方を示している。今山水を描くのに、青や緑の絵
の具を用い、奇妙な姿の岩石を配合し、七宝・四宝などの珍しい宝をとり合わせる。餅を描く場合の配慮もこれと同じである。
人物を描く際には、四大・五蘊を用いる。仏を描くには、塔や土の仏像を用いるだけではなく、32種の仏相を用い、あるいは一本
の草を用いる。または、気の遠くなるような長い間続けていく修行の香りを用いる。このようにして一軸の画仏を描いてきたので
あるから、一切の諸仏はみな画仏である。また、一切の画仏はみな諸仏である。このような画仏と画餅をよくよく点検すべきである。
どちらが石の烏や石の亀か、どちらが鉄の杖か、どちらが物的なもので、どちらが心的なものか、つまびらかに工夫・参級すべきで
ある。このように功夫していくとき。生死去来(この世の現実経験)はすべて描いた絵である。およそ全世界も虚空も、悉く描いた絵
でないものはない。(つづく)  最初に餅を持ち出したのでこんなにややこしくなったのか、とにかくブツブツ一休みまた。



64 名前:素人A [2010/11/22(月) 10:49:46 ID:K/q/Qw2N]
書き終わらないのに答えがとんでもないところ空飛び出したような。とにかく仏はずるいのだ。
というかいい所になると蜂蜜を盗んで行く人のような、蜜目る人ほっとけ、わからんさあとりあえずは
続きは明日にしょう。ミツバチは働いて蜜をはこびましょう、出鱈目さあとりあえず、うっぷんばらし。

65 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/22(月) 13:47:23 ID:3HHpz6bT]
>>54-64 素人A さん

画餅とは 色即是空 を言っている。

66 名前:クソネリオナニー禅ぼったんw [2010/11/22(月) 14:30:45 ID:23EbFRw4]
ぼったんよ、反省無きシコシコ猿と呼んでもいいだろうか?
65の内容はただの仏教用語接続オナニーシコシコですわなw

ぼったんウンコ書き込みとコピペのの動機w
1、かまって頂戴と上から目線オナニー師匠妄想主人公ぼったんオンリー至福による書き込みだけ。
2、強烈な自己愛自己語りが自慢、
3、嘘つき、言行不一致、口先だけ、有言不実行、身についてない事を身についているが如くに書き込む
4、ごまかす、
5、話をそらす、
6、誠意がない、 反省しない、自己観察ができない、しようとしない、
7、虚栄心だけ、
8、知ったかぶり、妄想的に仏教用語、禅用語を無駄に付け加え自己、念、思考を引き起こすw
9、質問にキチンと解答しない、
10、理解していない禅語録、無理やり仏教用語に接続し実用性ゼロ禅用語垂れ流し、
11、オナニー的自己満足的カキコが多い、
12、シャブ禅疑惑、
13、仏教用語、禅用語だけで生活と無関係書き込みでオナニー果てる書き込み
14、相手なくとも、オナニー的放出かまってちょうだい心理から書き込みを突然始める
15、禅用語、禅語録のぼったん書き込みとぼったん会話、解答姿勢が不一致、

ぼったん悟りは仏教用語を
仏教用語何々Aは仏教用語何々Bであると、
仏教用語何々A=仏教用語何々Bと言う論理なんだわ、
矛盾した意味を仏教用語何々A=何々B仏教用語で
ライフスペースのグルの様に「定説」としてむやみデタラメに接続し、
不立文字の公案の意味= 仏教用語何々で
ライフスペースのグルの様に「定説」としてむやみデタラメに接続し
具体的意味がなくなる、意味不明で仏教用語ブツブツ書き込みナ訳、素人エーも同じ、(故に自演)
ぼったんは無駄な妄想、形容詞、表現、思考、仏教用語、禅用語を付け加えて、
自己、念、思考を引き起こし観念妄想の穴に落ち込みオナニーにふけり、
日常を失うww

67 名前:素人A [2010/11/22(月) 17:51:25 ID:K/q/Qw2N]
問題とは何だろう。政治の世界も問題外のところから問題が発生し大臣も辞める
はめになる。ほんとの問題を解決する気はみなさらさら無い。ほんとはわが党
の勝ち負けだけ考える、正解なんてこんなものかも。

68 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/22(月) 19:00:52 ID:aJJPmKaY]
>>67 素人A さん

三権分立、

司法、行政、立法、

国会議員は、立法の人。
法律を提案していく人たちである。

その一方で、
三権の
司法であれば法務大臣、
行政であれば、総務大臣か、
立法は、総理大臣だろうか。

経済では、財務大臣、経済産業大臣か。

突如として、さん剣野町となり、権力を集中する。

パワーゲーム、である。

権力の座は、蜂蜜の味、かも。

厚いバタートーストに、切れ目を入れて、たっぷりと蜂蜜を垂らす。ヘ(゜▽、゜*)ノ ジュル♪

69 名前:素人A [2010/11/23(火) 06:53:07 ID:YtKr5TTK]
>>63つつき 古仏がいうに「仏道が成就するときは、それはどういう光景かというと、白雪がちらちらと降り去り、あるいは青山の数軸を描き得た、
このようなものである」と。これは大悟の模様を伝えたものであり、弁道巧夫の成就した様子を語っていたみのである。それゆえに、仏道成就した
まさにそのときは、青山・白雪の数軸と名づける。それを描いているのである。しかしさらに眼を転ずると、一つ一つの動静が、総て描いた絵でな
いものは無い。われわれの修行の巧夫も、ただ絵から得たものである。仏の十種の名前や三個の働きなども一軸の絵である。もし絵は事実でないと
言うならば、総ての事象は事実でない。仏法がもし事実である場合には、画餅はすなはわち事実であろう。
あるとき雲門に一人の僧がたずねた。僧「仏祖を超えた究極の世界の話とはどういうものでしょうか」 師「ごま餅」この言葉を静かに究明すべき
である。ごま餅がそこに実現するのには。この師のように、仏祖をも超越する世界を説く祖師もあり、この僧のように、ただちに聞き入れる道心の
堅い人物もある。またこの話を聞いて会得する学道のひともあろう。そしてここにごま餅という言葉が成就するのである。今雲門がごま餅という事実
をくりのべて、僧の機に投ずるとき、かならず二枚・三枚の画餅が実現する。そこに仏祖を超越する話も成就し、仏も魔にも自由に入っていく境地も
開けてくるのである。<つづく> よくわからんのである、でも何と無く別のまあ良い道は進んでいるのである。

70 名前:素人A [2010/11/23(火) 07:39:10 ID:YtKr5TTK]
白雪がちらちらと降り去り?何か寂しいし、何か寒い そんなのあったかい 有った。
ウインターストーリー www.youtube.com/watch?v=M5DiYoXsuU8&NR=1



71 名前:素人A [2010/11/23(火) 08:13:52 ID:YtKr5TTK]
僧「仏祖を超えた究極の世界の話とはどういうものでしょうか」 師「ごま餅」
そんなら言葉も何も要らない?何の苦労も無い?そんなのあつたかい?未知知るべー?
さあとりあえず私も何かわからんけど端は描けた。

72 名前:素人A [2010/11/24(水) 07:34:58 ID:AmNW4Wxh]
さあ?読まれてなくても、つづき(画餅) 
先師(天童如浄)がいうに、「長竹や芭蕉が描いた絵の中に入る」と。この句は長短の相対性を超えたものが、画図の世界を参究した言葉である。しゅう竹というのは長竹のことである。
長竹は、陰陽の運行によって成長したものではあるが、逆に陰陽をして運行せしめるのに、長竹の成長する年月がある。この年月に、自然の果てしない生命が込められている。その
ような年月・陰陽は、自然の生命そのものであるから、とうてい測ることは出来ない。大聖(仏)は、陰陽の現われを見ることはできても、陰陽そのものを測ることは出来ない。陰陽
ともに、いかなる存在とも等しく、いかに測っても平等であり、いかに表現しても同等であるから、外道や二乗などの耳目に感ずるような陰陽ではない。これは自然の全生命が込め
られている長竹の陰陽であり、長竹の成長過程であり、長竹の世界である。長竹は全生命の代表者であるから、それに属するものとして、十方諸仏が存在するのである。よく知るべき
である。天地全体が長竹の根茎であり、枝葉である。それゆえに長竹は天地の全体をして悠久ならしめ。また、大海や須弥山や全世界を堅固なものにする。あるいは杖も竹べらも、
同じく長竹の現われであるから、一つのものは古びたもの、他は新しいものと自由に使用せしめるのである。芭蕉は地・水・火・風・空や、心・意・識・智慧などを根茎・枝葉・花果
・色彩としているから、秋風を帯びながら、秋風にやぶれていく、芭蕉は骨も皮もない。一塵も残さずにくずれていく。まことにきれいさっばりしたものというべきである。芭蕉の
消えていくのを見る眼のうちには、筋や骨のようなさまたげになるようなものは無く、芭蕉を描く絵の具のなかには膠も緑青も無い。まさしくその当処において解脱しているのである。
その解脱の速さにも拘束されないから、瞬間や刹那などの心的作用を脱落せしめている。それゆえに芭蕉という家の業には「春は生じ、夏は茂り、秋は実り、冬は枯れる」というのを
家財道具に受け継いできたのである。(つづく)   正法眼蔵は画日記のような文は画なんだか?



73 名前:神も仏も名無しさん [2010/11/24(水) 09:14:44 ID:OclYeZ14]
ユダヤ教は問う宗教であるそうだ。
全集もそうなのか

74 名前:素人A [2010/11/24(水) 10:01:56 ID:AmNW4Wxh]
私は禅宗とは全然かんけいない素人なのですが、師匠?支障かなないようだ。
出鱈目だがかつこつけて答えよう 「  ○    」


75 名前:素人A [2010/11/24(水) 10:33:27 ID:AmNW4Wxh]
お経でも何でも難解なものでも、気にしなく何回でも見れば、自分では気がつかないのに
まねしている説きがある毎度コントロールかも。私のは道元の猿真似多し、いつの間にか影響
されているんだなあ。気おつけようマインドコントロール。



76 名前:やぁやぁ 野狐禅スレだぁ mailto:sage [2010/11/24(水) 16:35:59 ID:gJpwwMJ3]
ぽったんの見性物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場の女から金色の炎が立ち上がってるのを見て見性したというのがことの始まりである。
勿論、見性とはまったく無縁のことであり、当然のことながらあきれた幼稚さに非難轟々であった。
それでもぽったんは仕切りと反論したが、渋々、引っ込めざるを得なかったのはいうまでもない。
その頃から、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」風の物語を語り始め、それがマンゴー先生(これもいい加減な奴だった)とかに見性してると”認定”されて、今日までその事がぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
それだけでは虚栄心が満足せず、その後、隻手の音声を聞いたとも吹聴している。
しかし隻手の音声を聞いたとはいったものの、ある人物から「本当は聞こえないんだよ」と指摘されたことから、すっかり自信を失なってしまった。
その後は、音声が聞こえるのは色即是空までで、それを体験した後は音声は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
実に都合の良い解釈を考えるもので虚言癖もなかなかのものであるようだ。
真に見性してものであれは、誰が何と言おうと実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、一切、右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
どれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためである。
このように見性への憧れというより飢餓とでもいったほうが近い。

最近は、あちこちのスレで「無とは何か?」などといって、師匠面して回答を募っているようだが、勿論、本人は分かっている筈がない。



77 名前:やぁやぁ 野狐禅スレだぁ mailto:sage [2010/11/24(水) 16:36:42 ID:gJpwwMJ3]
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること意外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
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78 名前:やぁやぁ 野狐禅スレだぁ mailto:sage [2010/11/24(水) 16:37:25 ID:gJpwwMJ3]
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタンと称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥も分らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも20数年間もこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

79 名前:素人A [2010/11/25(木) 07:40:23 ID:EGj27Gbi]
もう少しか( >>144 つづき)以上のような長竹・芭蕉の全消息が、すなわち描かれた絵である。したがつて、香厳のように
石が竹にあたる音を聞いて大悟した場合、大悟以前の蛇も、大悟後の竜も、いずれも描かれた絵であろう。それを以前は凡夫、
以後は聖者ではないかなどと疑ってはならない。「あの竿はこのように長い」のであり、「この竿はこのように短い」のであり、
「この竿はこのように長い」のであり、「あの竿はこのように短い」のである。これらは皆描かれた絵であるから、長いは長い
まま、短いは短いままで齟齬は来たさないのである。長い絵があれば、短い絵がないわけでは無い。悟りがあれば迷いもある。
いずれも描かれた絵である。この道理を明らかに究明すべきである。
まさしく全世界・全存在は悉く描かれた絵であるから、人も事象もすべて絵より現われ、仏祖も絵より成就するのである。
そういうわけであるから、「描かれた餅」でなければ、飢えを充たす薬はない。また「描かれた飢え」でなければ、人に出会うこと
は無く、また「描かれた充」でなければ、力量はでて来ないのである。およそ「飢えを充たし」「飢えないを充たし」「飢えを充たさず」
「飢えないものを充たさない」などは、総て「描かれた飢え」でなければ出来ないことであり、また言えないことでもある。ともかく
自己そのものが「描かれた絵」であることを参級すべきである。この大切な主旨を参学するとき、「物を転じ、物が転ずる」という働き
を、心身に究めつくしていくことが出来る。このような不思議な働きが現われないようでは、仏道を学力量はまだ成就してないと
思うべきである。この働きを実現させることが、「悟られた絵の成就となるのである。」  終わりやつと終わった。やれやれ



80 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/25(木) 09:33:30 ID:/MI3K6/N]
お疲れさまです。
いつもありがとうございます。



81 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/26(金) 06:09:27 ID:nClmMhrw]
たわいない妄想を毎日、よく書いているね。
これが禅とは、あまりにもひどい。
完全に間違った方向をむいてるよ。
いわれるように野孤禅だね。

82 名前:素人A [2010/11/26(金) 06:51:33 ID:w/Lxn714]
他は胃内申そうしか無いので今日も行くか。・・ほとんど全世界に分布している神話的テーマの一例。英雄が魚の腹の中に入り最後は変身を
遂げて出てくる。キャンベル「それは暗闇のなかえ降りていくことです。心理的にいうと、鯨は無意識の領域に閉じ込められた生命力を表わ
します。隠喩としてみるなら、水は無意識、水の中の生物は無意識の生命またはエネルギーです。それは意識の領域内での人格を圧倒し続けてきた。
その力を弱め、その力に打ち勝つて、それをコントロールしなければならない。
この種の冒険の第一段階では、彼がなにがしかの支配力を持っていた住み慣れた世界を離れ、別の世界の入り口へ
やつてきます。湖とか海岸ですね。そこでは深遠の怪物が彼を待ちうけている。でここで二つの可能性があのます。・・英雄は
怪物に飲み込まれて奈落の底に落ちていき、のちによみがえるー死と再生のバリエーションですね。意識界の人格は
ここで難しい無意識のエネルギーの支配下に入り、試練と啓示に満ちた恐ろしい夜の海の旅をしなければなりません。
それと同時にどのようにしたらこの闇の力と折り合いをつければよいのか学。そして最後に腹から出てきて新しい
生き方に到達するわけです。」もうひとつの可能性は・・が竜を倒したように英雄が闇の力と出合ったとき、それを
やつつけて殺してしまうことです。しかし彼は竜を殺したあとその血を飲まなければなかった。竜の力を自分の中に
取り込むために・・は竜を殺してその後で血を飲むと彼の耳に自然の詩が聞こえてきた、自己の人間性を超越して
自然の力と再び結合したのです。ー私達は知性のおかげでその力から引き離されているのですが。


83 名前:素人A [2010/11/26(金) 08:40:37 ID:w/Lxn714]
名前:素人A :2010/11/26(金) 08:39:27 ID:w/Lxn714
さあ里に帰って人休みしてから又個個で働かなきゃ、色そく是食う食うそく是食なのだ。
働かなきゃ生活というか世界が成立たない。まあ色色な苦労もため息もあらあな。




84 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/26(金) 13:08:26 ID:psNu/hug]
>>81

妄想がよいことで、書き込むことが禅だと勘違いしてるんだな。

85 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/26(金) 16:07:37 ID:ljPiwltx]
師匠が悪いからだな。

86 名前:素人A [2010/11/26(金) 16:13:15 ID:w/Lxn714]
私は考える勉強あまりしないけど、勘が悪いといわれるとちょつと?で
私の取り得は山勘しかない。勘違いと言われると?で私が勘で選んだ
師匠は支障がない、あれ何か文章が可笑しい。ぽつたん支障、キャンベル師匠、
道元師匠、孝子師匠、鬼お師匠、大王師匠、名無し師匠、みんな無断師匠ですが?
そういえばぽつたん師匠に椅子禅ならつた時、この歌がすーつと出てきて簡単に坐禅になつた。
www.youtube.com/watch?v=YBf0KDOv5Xk

87 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/26(金) 17:20:44 ID:KMrfZ2Xx]
自分は二サルガ師匠、鬼師匠、A師匠、名無し師匠です。
ぽったん支障も?

88 名前:素人A [2010/11/27(土) 06:52:05 ID:yGNKGIFC]
・・エデンの園で起きる前に生命の調和があつたということをつげようとしているのですか?
キャンベル「これは意識の次元の問題でして、なにかの出来事と関連ずけることはないでしょう。対立項の世界を
超越したなにかと自己とが一体であるということを自覚できるような、そんな意識の次元があるという事です。」
モイヤー「なにと一体なのでしょうか」キャンベル「なずけがたいもの」モイヤー「神でしょうか」キャンベル「私達の
言語において「神GOT」というのはあいまいな語です。何かすでに知られたものを指す語のように聞こえますからね。
しかし超越者は知ることができず、誰にも知られて居ない。神は究極の所、神という名前を含めて一切のものを
超越している。神は名前や形を超えています。マイスター・エルハルトは、究極的で最高の離別は神のために神から
別れること、あらゆる想念を超越したものを経験するためについて想念を捨てることだ、といっています。生命の
神秘はあらゆる人間の観念を超えています。私達が知っているあらゆるものは存在と非存在、多と一、真理と誤と
いった観念用語の範囲内にあります。私達はいっも対立した諸観念のなかでものを考える、しかし究極者神はあら
ゆる対立観念を超越している。そうだとしか言えません。」モイヤー「なぜ私達は対立項でものを考えるのでしょう。」
キャンベル「それ以外には考えようがないからです」・・・
キャンベル「・・・しかし神話は二元的世界のかなたに一元的があり、二元性はその上で演じているシャドーゲームの
ようなものにすぎないということを暗示しています。」「永遠は時間が生んだものを愛している」と詩人ブレイクは言っています。・・


89 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/27(土) 09:42:51 ID:YSjYOgK4]
>>32
これ「一塵」 の説明でしょ、
土くれを空中に投げつけると、土ぼこり
が舞い上がるだろ? ってこと、

気荒は、気性が荒くてがさつなことに
意味がかぶってて、中国唐代の坊さんは
自由さにあふれてて、いろんな言い方を
考えるのがおもしろいね、
空気が荒れてがさがさした感じでしょうかね、

イメージ探してみましたが・・・
砂塵
photozou.jp/photo/show/203505/13544986
くもりガラス
userdisk.webry.biglobe.ne.jp/013/638/70/N000/000/002/127429263228916225151.jpg
朝霧は印象派 
pics.livedoor.com/u/yukihi69/6031046  

90 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/27(土) 09:46:38 ID:YSjYOgK4]
ついでに見つけた、
夕焼け空に仏の顔が浮かびあがった、
決定的瞬間
blog-imgs-37.fc2.com/d/o/n/donpachi77/20100208004614eda.jpg

     ♪    /.i   /.i  /.i
   ♪     ∠__ノ ∠__ノ ∠__ノ    エライコッチャ♪
        〈,(・∀・;)ノ・∀・;)ノ・∀・;)ノ     エライコッチャ
         └i===|┘i===|┘.i===|┘
           〈__〈 〈__〈 〈__〈



91 名前:素人A [2010/11/28(日) 07:39:01 ID:/Ifkcmd7]
>>182 さんうまい。昔はウンコは畑にまいて肥料になつてた今は水に流すだけ。

寒夜の月
「禅は思慮分別ではない。明るい寒月がそれだ。道は奇特玄妙を超えている。
吹き渡る寒風がそれだ。そいつがわかろうとわかるまいと、疑おうと疑うまいと、
穴に落ちる溝に嵌つと、いよいよ道から遠ざかるばかり、では結局どうすれは
よいのか」 払子を打つて言う「いままさに寒夜の月、無心に前渓を照らす」

朝から何か流れないなあ、運行するか。


92 名前:素人A [2010/11/28(日) 09:55:22 ID:/Ifkcmd7]
達磨が中国に来たのは何故ですか?
秋がもう終わろうとしているのに、庭先の柿の樹はまだ売れてないで
頭が枝につながれたまだ青い柿の身ばかりの柿木。
損な柿木と商売人の持ち主なら即切り倒されるけど商売げげ無く、
良くが無いのでほつとけで今年も生き延びた柿の木でした。
私達樹になる存在? 秋深し、出鱈目しかけず あーあ。



93 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/28(日) 11:13:17 ID:CWzv14ww]
味わいがあって好きです。
負担の無いやり方で生き延びてほしい、柿の木かな。

94 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/11/28(日) 15:36:13 ID:aPz0JntD]
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタンと称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥も分らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも20数年間もこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

95 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/11/28(日) 15:36:55 ID:aPz0JntD]
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること意外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
||                                  。  ∧_∧              ||
||                                  \(´・ω・`)   いいかな・・?  ||
||                                    ⊂ ⊂ )旦~           ||
||___∧ ∧___∧ ∧___ ∧ ∧__ ∧ ∧___| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_______||
      (  ∧ ∧__ (  ∧ ∧__(    ∧ ∧__(   ∧ ∧   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   〜(_( ∧ ∧(  (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い。
     〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
       〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ   〜(___ノ


96 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/11/28(日) 15:37:45 ID:aPz0JntD]
ぽったんの見性物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場の女から金色の炎が立ち上がってるのを見て見性したというのがことの始まりである。
勿論、見性とはまったく無縁のことであり、当然のことながらあきれた幼稚さに非難轟々であった。
それでもぽったんは仕切りと反論したが、渋々、引っ込めざるを得なかったのはいうまでもない。
その頃から、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」風の物語を語り始め、それがマンゴー先生(これもいい加減な奴だった)とかに見性してると”認定”されて、今日までその事がぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
それだけでは虚栄心が満足せず、その後、隻手の音声を聞いたとも吹聴している。
しかし隻手の音声を聞いたとはいったものの、ある人物から「本当は聞こえないんだよ」と指摘されたことから、すっかり自信を失なってしまった。
その後は、音声が聞こえるのは色即是空までで、それを体験した後は音声は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
実に都合の良い解釈を考えるもので虚言癖もなかなかのものであるようだ。
真に見性してものであれは、誰が何と言おうと実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、一切、右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
どれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためである。
このように見性への憧れというより飢餓とでもいったほうが近い。

最近は、あちこちのスレで「無とは何か?」などといって、師匠面して回答を募っているようだが、勿論、本人は分かっている筈がない。



97 名前:素人A [2010/11/28(日) 16:38:03 ID:/Ifkcmd7]
金とお客さんが不足している月末、鐘は鳴るようにしかならん、
完全にもう居直った。ひまだから張り切って書き込むか。
世界のイメージはヒラミッドの逆さまの樹。頂上の空に一つの眼があり
それから人と言う字や△のように次次と枝分かれして地上というか表面は
枝葉などが色色と茂っている。ここ路の中も中に上って行けばその内原理的
に頂上にたどり着くんかいな?楽には上がれるのか?エネルギーが内と
エネルギー保存の法則では一エネルギーと運動エネルギーが保存されているか。
一番上では暢気にあなたが選ぶ総てのものを私はここでしんじているなんて
言っているけど、地上では選んだもの如何してで喧嘩のまつ最中でもそれも
有りのままに有り何だろう、妄想している時は金不足も忘れるし大王山河来た
まあすこしはここも賑やかになるからいいか。


98 名前:素人A [2010/11/29(月) 06:52:03 ID:41NY7kDf]
この頃師匠何処行っているのか昨日はきつと競馬三昧かまあお馬さんは儲からん空なあ。
・・・さて釈尊の伝説を概観して驚かされるのは、仏陀の敵対者の名前と、ジョイスがあげている芸術家を
「本来の」道からそらせるところの動機とが見事に一致していることです。すなわち@カーマ(欲望)Aマーラ
(死および死の恐怖)Bダルマ(社会的義務、徳及び関与)というわけです。また未来の仏陀が己の目的を追求
するために坐った<不動の地点>という観念も意義深いものであり、そこから彼が「聖なる作法にのつとつて」
万物を見た場所です。T・S・エリオットの「バートン・ノートン」の一節にもそれが表現されています。
まわる世界の静止点。肉でも、肉でないものでもなく、
そこからでもなく、そこでもなく、その静止点に踊りはある、
しかし停止でもない。それを固定性と呼んではいけない、
そこに過去と未来が集まる。そこからの運動でもなく、そこへの運動でもなく、
のぼりでも、おりでもない。静止点、その点がなければ、踊りはないのだ、あるのはただ踊りだけだ。
わたしたちは、そこえ行ってきたといえるだけで、何処へとはいえない、
どのくらい長くともいえない、そんなことを言えば、時間のなかに、それを置くことになるからだ。
実際的な欲望から解き放たれた内面的な自由、 行為と苦しみから解放され、内面的と外面的な
強制から開放されながら、しかも恩寵感につつまれて 静止しながら動く白い光「・・」

<超越的ビジョンの眼>が開くのは、どこでもない「そこ」においてです。芸術家の道においてそれは、
まさにあの瞬間(再びジェイムスジョイスをいんようすれば)「美の全体性によってとらえられ、美の調和」
によって魅惑されていた心が、美という至高の徳性、審美的映像の明るい光輝を輝かしく認識する瞬間[・・・]
審美的快楽の輝かしく静寂な状態」に他なりません。


99 名前:素人A [2010/11/30(火) 07:10:24 ID:qhLOIbVY]
・・「三つのものが美には必要である。全体性、調和、そして光輝となる」。
全体性この原理の機能は、みずから規定されかつ規定するような、実践とはかかわりりのない、閉じた
錬金術的な場を創り出すところにあります。それがどんな効果を見るには、なんでもいいからいくつか
の事物のあつまりーたとえばテーブルの上の品物のあつまりーを眺めて、想像の中でその周囲に枠を
おいてみて下さい。すると枠の中の事物が総て「ひとつのもの」とみなされるでしょう。それはもはや、
いろんな用途をもつ無関係な事物の集合ではなく、ある構成の部分であり、相互に関係づけられていま
す。その枠外にあるものーたとえばテーブルの部分はーいまや総て「他のもの」となり、枠の中にある事物
の総ては一つのものになります。スティブンの言葉では、「君はそれを一つの全体として見る。その全体
性を認識しているわけだ。これが全体性なのさ。」というわけです。
調和 さてこのような構成ができると、次に重要なことーそして重要なことのすべてーは、構成の中で
それぞれの対象ないし事物がどこにあるか、あちらにあるのかここにあるかということ、つまり部分の
部分に対する関係、全体の各部分に対する関係です。これが審美的な道具としてのリズムすなわち調和
です。その要素になるのは、事物、色彩、言葉、そして音、楽器、建築の部分と比率などが考えられます。
スティブンの言葉によれば「君はそれの形の線に導かれて、点から点へと眼を移してゆく手君はそれをその
限界内で均斉のとれたものとして認識する。その構成のリズムを感じているわけだ」ということになります。
輝き、リズムがぴったりあつたとき、人は喜びの中でそこにとどまり、それに何か他の効用があるかどうか
など全く考えません。「君はまさにそのものであって、ほかのなにものでもないという事を知ったわけだ
[アクイナスが]スコラ学派の「クイッディタス」で言っているつまり事物の「そのものであること」について
言っている光輝なのさ。(つづく)

100 名前:素人A [2010/11/30(火) 07:20:14 ID:qhLOIbVY]
>>99 この至高の徳性は、審美的映像が芸術家の想像力に宿ったとたん芸術家によつて感
じられるものなのた。こういう審美的瞬間の心をシェリーは燃えつきる炭という美しい比喩で説明している。
美の全体性にとらえられ、美の調和によって魅惑されていた心が、美の至高の徳性、美の映像の明るい光輝か
しく認識する瞬間こそは、審美的快楽の輝かしくて静寂な状態だよね。これはイタリアの心理学者が心の魅惑
とよんだ心臓の状態に、非常に近い霊的な状態なんだ」
まさにこれこそが芸術の存在理由であり、その治癒力と奇跡を説明するものなのです。ーつまり、認識された美が
、このように諸感覚を照明し、精神を鎮め、心を魅惑する力をもつということです。・・・
あーあ朝から写すの疲れたのだ、





101 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/30(火) 12:19:03 ID:tJ8OaQgB]
どうやって労っていいか分かりませんが
ありがとうございます。
すごく進むのです。

102 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/30(火) 20:35:06 ID:nQT7PxTj]
そうだね。
何かがどんどん進行しているようだ。

103 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/11/30(火) 22:44:51 ID:nQT7PxTj]
>>90
そいつを夕焼けとしか見れない君は
まるでもって気荒だ。
放り出したい衝動かね?
あるの?


104 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/11/30(火) 23:21:06 ID:sPfynPUA]
>>100  素人A さん

100ゲット!オメ!

アクセス規制が解除になりました。
1週間でした。

> あーあ朝から写すの疲れたのだ、

お疲れさまです。

105 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/01(水) 01:33:47 ID:bqdUIWP/]
おしゃか様は、2500年前のインドの人。 その人は、縁起の法を教えた。 因、縁、果、を教えた。 これが おしゃか様の教え、さとりである。

北伝の仏教は、南伝の仏教、上座部とは異なり、大衆部の流れである。

中国文化を経て、日本文化の中に根付いた。それが、日本の現在の仏教諸派である。

さて、禅宗である。 臨在、黄檗、曹洞、みっつの流れである。

石が竹に当たった音を聞いて悟りを開いた人もいるらしいね。
きっかけになったんだろう。
千差万別だ。
隻手の音声(せきしゅのおんじょう)
片手の人がたたく拍手の音を聞いてこい。
音を聞くなら、これだね。 白隠禅師の公案だ。
わたしも、この公案に取り組んだ。

彼我一如。 これにつきる。

縁起の法を説かれた。
縁起とは、これがあるから、それがある。これがなければ、それはない。
因、縁、果、である。

それは、2500年前のシャキャ族の出の聖者のさとりである。

禅は、まさにアジア的である天地同根と言うことに昇華されていく。
我も彼もない、一の如し、と言う。

言っとくが、神は人のためにあるのではない。
神を神と呼んで差別するな。
また、 仏を仏と呼んで、差別するな。
また、 糞の一本棒を糞の一本棒、と読んで差別するな。
神とは、仏とは、糞の一本棒である。

106 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/01(水) 01:35:38 ID:bqdUIWP/]
おとことか、
おんなとか、

くくれば、脊椎動物。

もとは、水素と微量のヘリウム、とか。
宇宙の始まりは、水素が重水素に変わるところか・・・

107 名前:素人A [2010/12/01(水) 06:29:23 ID:NFBkhzNt]
師匠毎度のお勤めご苦労さんです。この頃シーンでも多いですねて鬼さんは転生しなく
帰ってこない。私は寝る前にネタが出てラクダと思ったら。夢の中で数学の順列組み合わせ
みたいな問題がでて何個個の組み合わせ有りますか?夢の中であれやこれや計算したり分別
出来るわけがないが無我夢中で取り組んで解決できず苦しんで目が早くさめて
橋のうえでふとんのしいて夢の中はアホと言っている。おきてパソコンの前に公案適当なやつで?
雲門大師あるとき堂に上がって、僧たちに示して言うに、「人々は悉く光明が現われている、しかし見ようとしてもみえない。
ただまつ暗闇である。いったい人びとの光明は何処にあるのか」と。
これに対してだれも答えるものはなかつた。そこで大師みずからに代わっていうに、
「僧堂・仏殿・ずこ?山門である」と。 いい加減適当な処で人々も何か納得?


108 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/01(水) 06:46:07 ID:yJAxk3wV]
色より空を見ればそこには何も見出せない。
生より死をみればそこには何も見出せない。
光の中から闇をみればそこには何も見出せない。

空が見る
死が見る
闇が見る

109 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/01(水) 07:02:53 ID:yJAxk3wV]
組合わせとは 順列のうち順番の前後するものを
同じものであるとみなし、重複するものを一つに代表させる、
すなわち種類の数だけで割って減らしてしまう。

同様の事を多く述べる必要は無い。

前のレスは3つも重ねてだらだら書く必要性はなかった。

110 名前:素人A [2010/12/01(水) 10:48:57 ID:NFBkhzNt]
さあとりあえず。何か今日は珍しく煩悩も無く、金金もなくふわふわ漂うだけ面倒だけど
いま大師のいう「人びとには悉く光明が現われている」とは、後に光明が現われるという
のでは無い。前世に光明があったのでもない。傍観している光明が現われると言うのでも
無い。ただ「人々はおのずから光明が現われている」という言葉を、明らかに聞き取るべき
である。この言葉は、百人・千人の雲門を集めて、ここに等しく参ぜしめ同じ口で同じ
ように言わしめた言葉である。「人々は悉く光明が現われている」というのは雲門みずから
が作った言葉ではない。人人の光明が自らの光明について言った言葉である。「人びとは悉く
光明がある」というのは「そのひとの全身がおのずから光明である」ということである。
光明とは一人一人のことである・・・・ 疲れたこの後も光明がえーんエーんと・・



111 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/01(水) 17:20:55 ID:ojqOBW/j]
>>107 素人A さん

> 師匠毎度のお勤めご苦労さんです。

(笑)
お勤めしてたのか、(汗)
気が付かなかった。( ̄Д ̄;;

お留守番、(^ー^)お疲れ様でしたぁ〜♪

┏○ペコ


>  雲門大師あるとき堂に上がって、僧たちに示して言うに、「人々は悉く光明が現われている、しかし見ようとしてもみえない。
ただまつ暗闇である。
いったい人びとの光明は何処にあるのか」と。
これに対してだれも答えるものはなかつた。
そこで大師みずからに代わっていうに、
「僧堂・仏殿・ずこ?山門である」と。  』

以前にも、話したことがありますが、わたしの消防次代、死の恐怖に取り付かれ眠れない事がありました。
もちろん、不眠症でふらふらになったというほどではなく、夜、布団に入って、真っ暗闇になると、死がとても怖くてたまりませんでした。
怖くて、布団の中で震えていました。
そう言う日が続いていた或る日、私の胸の中に輝く金の仏の立像がありました。
それで安心たのか、以来死の恐怖は何処へやら、立ち去りました。

この時は、まだ 2者でありましたが、消防ではない今は、一如である、と言います。

112 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/01(水) 17:22:42 ID:ojqOBW/j]
>>108 名無し さん

三段論法のようですね。

空とは、何もないのではありません。

113 名前:素人A [2010/12/02(木) 06:52:44 ID:oR9Cus0W]
「犬にも仏の性は有りますか」「無」。テレビのチャンネル権は無い夜は韓国ドラマ
やサスペンスを眺めさせられる、そこでは毎日殺人があり生も無い、主役以外の人の
性格が劇の都合によりくるくる変わり、まそんなものだと白けて心を無にして見なければ
成らない。こんなもの見続けると輪廻転生の回数を減らせるのか解らん坐禅か?
その後下らんと仏教書をちょつとだけ見ると直ぐ眠くなり夢が延々と考案に成っている。



114 名前:素人A [2010/12/02(木) 09:47:34 ID:oR9Cus0W]
夢の中の考案?世界が崩壊する、何とか生と皆で私らしくなく努力?ほうかい
テレビではドラマが終わるとお決まりのお祭りみたいな下らないのが季節ごとにあるなあ
クイズとか?そして新しい下らないドラマがばじまるのだ。地球でも年も終わって
新年の祝いがあるか?新しいの何か来るか?わからんけど


115 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 10:15:07 ID:Y7inomDT]
自分の好きなものだけ見るよ。
どうせ夢だもん、楽しまないと。
あれないとだめ、これないとだめ、なんて思うと欲求不満になるだけ。
金持ちは金持ちの暇つぶし、貧乏でもそれなりの暇つぶしあるし。
友達多けりゃいい?そんなことないない、一番の友達は自分だもの。
人に合わせて磨り減るの嫌いなら、一人か二人で十分だし、その中でも
一番大切な自分を分かってあげなけりゃあ、孤独だって悪くない。

116 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 10:36:31 ID:cOkpvCIC]
心で全て心が抑えられるわけではないですよ。
理屈で解決したと思っても、本心が苦しんでる場合もあります。

117 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 10:45:25 ID:Y7inomDT]
そこで、観察があるわけですね?

118 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 10:49:31 ID:cOkpvCIC]
私はできるだけ自分で作った心を受け取らないようにします。
自然の法が為す様をただ受け取ります。

119 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 11:03:32 ID:cOkpvCIC]
鏡の世界に入り鏡の中のことを解決するか、
鏡の世界を実世界のもので叩き割るか、それは自由です。


120 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 11:10:56 ID:Y7inomDT]
自分の本心てなかなか分からないですよね。
孤独はなんだかみすぼらしくて、惨めに見えるからいやだ
と、思っていると思っている。

しかし、スーパーのレジで買い物して、どうも有難う、なんていつもの人に言うと
はい!またいらして下さい!なんて、力いっぱい言われてすごくうれしい。
はじめて行ったスーパーの人なんかだと、ぱあっと顔が明るくなる。

当たり前のこと言ってるだけだけど、全然孤独なんかじゃあない。



121 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 11:19:45 ID:cOkpvCIC]
外を歩くのは精神的に良いですね。
買い物などは気が晴れます。
用がなくてもロフトとか行って珍しいものを見るだけで楽しいです。
話すのって喜びなんだと思いますよ。声を出せば自然と笑顔が出ます。
一度楽しいことを見つけると次々楽しいことが見つかるのが不思議なものです。


122 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 11:24:33 ID:Y7inomDT]
本当にそうですね。
心が寂しいときって、周りも寂しく映る。
心が楽しいときって、周りも楽しく見える。

そんなものだと思えば、いつも楽しくなくても、気が晴れる。

123 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 11:30:09 ID:cOkpvCIC]
心が楽しくないときって、体が疲れてることが往々にあります。
お茶のいっぱいや水だけでも飲むとイライラした心が落ち着くようなことがあります。
心って現金なものです。
冬だとコタツにあたりすぎだと内臓を傷めたりしますしね。
いくらでも、気分転換の方法はあるんですがね。
ちょっとにっこり微笑むだけでもいい。
ただ、落ち込んでるときにそれを思い出せないのが問題なんですがねw


124 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 11:34:46 ID:Y7inomDT]
まったく同じですね。
分かっちゃいるけど、止められないw

そのときは、じっとやり過ごすしかないのかなあ、と。

125 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 11:43:07 ID:cOkpvCIC]
うーん、疲れたら中途半端にだらだらせずに 寝ちゃうほうがいいのかもしれませんね。
疲れたらたっぷり眠れ ですかね。

超訳 ニーチェの言葉
www.amazon.co.jp/%E8%B6%85%E8%A8%B3-%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89-%E7%99%BD%E5%8F%96-%E6%98%A5%E5%BD%A6/dp/488759786X

最近大変良く売れてる本ですが良書です。
このへんで 自分も一眠りさせていただきたく。

126 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/02(木) 11:45:18 ID:Y7inomDT]
最近読書してませんでした。
読んでみますね。お休みなさい。

127 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/02(木) 14:09:53 ID:f6sQoIWN]
>>113 素人A さん

> 「犬にも仏の性は有りますか」「無」。
輪廻転生の回数を減らせるのか解らん坐禅か?

有、無、
いずれにもかかわらない 「無」

輪廻転生、も。

128 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/02(木) 14:34:14 ID:f6sQoIWN]
>>114  素人A さん

>地球でも年も終わって 新年の祝いがあるか?新しいの何か来るか?

いま、ここ、だね。

129 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/12/02(木) 22:17:09 ID:iPV0fkZX]
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタンと称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥も分らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも20数年間もこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

130 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/12/02(木) 22:17:52 ID:iPV0fkZX]
ぽったんの見性物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場の女から金色の炎が立ち上がってるのを見て見性したというのがことの始まりである。
勿論、見性とはまったく無縁のことであり、当然のことながらあきれた幼稚さに非難轟々であった。
それでもぽったんは仕切りと反論したが、渋々、引っ込めざるを得なかったのはいうまでもない。
その頃から、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」風の物語を語り始め、それがマンゴー先生(これもいい加減な奴だった)とかに見性してると”認定”されて、今日までその事がぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
それだけでは虚栄心が満足せず、その後、隻手の音声を聞いたとも吹聴している。
しかし隻手の音声を聞いたとはいったものの、ある人物から「本当は聞こえないんだよ」と指摘されたことから、すっかり自信を失なってしまった。
その後は、音声が聞こえるのは色即是空までで、それを体験した後は音声は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
実に都合の良い解釈を考えるもので虚言癖もなかなかのものであるようだ。
真に見性してものであれは、誰が何と言おうと実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、一切、右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
どれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためである。
このように見性への憧れというより飢餓とでもいったほうが近い。

最近は、あちこちのスレで「無とは何か?」などといって、師匠面して回答を募っているようだが、勿論、本人は分かっている筈がない。





131 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/12/02(木) 22:18:33 ID:iPV0fkZX]
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること意外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
||                                  。  ∧_∧              ||
||                                  \(´・ω・`)   いいかな・・?  ||
||                                    ⊂ ⊂ )旦~           ||
||___∧ ∧___∧ ∧___ ∧ ∧__ ∧ ∧___| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_______||
      (  ∧ ∧__ (  ∧ ∧__(    ∧ ∧__(   ∧ ∧   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   〜(_( ∧ ∧(  (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い。
     〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
       〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ   〜(___ノ


132 名前:素人A [2010/12/03(金) 06:06:30 ID:xsv5G2mK]
名無しさんの悟ら無くてもいいの居直った発言輝いていた。私もさあとりあえず
全然関係なしたし、空だの中の親指に居るとして◎輪から内にまあ用がありそこで今
働いているんだ◎悟りの中でまあ用が有るんだから解ら無くてなにが遺憾のか
解らんと今朝も早起きしすぎて書き込み待ち遠しく、ぐていけん指のポーズを
両手でしていた、そのうちじゃんけんポン朝まだーで。書き込み終わりあとはコピー
で一働きが終わった。

133 名前:クソネリオナニー禅ぼったんw [2010/12/03(金) 11:06:40 ID:soTs+P1b]
汝は猿、反省無きシコシコ猿ぼったんよ、
今、シコシコ何回?
ぼったんのいま、ここ、とは、ぼったんシコシコ垂れ流しであるw

ぼったんウンコ書き込みとコピペのの動機w
1、かまって頂戴と上から目線オナニー師匠妄想主人公ぼったんオンリー至福による書き込みだけ。
2、強烈な自己愛自己語りが自慢、
3、嘘つき、言行不一致、口先だけ、有言不実行、身についてない事を身についているが如くに書き込む
4、ごまかす、
5、話をそらす、
6、誠意がない、 反省しない、自己観察ができない、しようとしない、
7、虚栄心だけ、
8、知ったかぶり、妄想的に仏教用語、禅用語を無駄に付け加え自己、念、思考を引き起こすw
9、質問にキチンと解答しない、
10、理解していない禅語録、無理やり仏教用語に接続し実用性ゼロ禅用語垂れ流し、
11、オナニー的自己満足的カキコが多い、
12、シャブ禅疑惑、
13、仏教用語、禅用語だけで生活と無関係書き込みでオナニー果てる書き込み
14、相手なくとも、オナニー的放出かまってちょうだい心理から書き込みを突然始める
15、禅用語、禅語録のぼったん書き込みとぼったん会話、解答姿勢が不一致、

ぼったん悟りは仏教用語を
仏教用語何々Aは仏教用語何々Bであると、
仏教用語何々A=仏教用語何々Bと言う論理なんだわ、
矛盾した意味を仏教用語何々A=何々B仏教用語で
ライフスペースのグルの様に「定説」としてむやみデタラメに接続し、
不立文字の公案の意味= 仏教用語何々で
ライフスペースのグルの様に「定説」としてむやみデタラメに接続し
具体的意味がなくなる、意味不明で仏教用語ブツブツ書き込みナ訳、素人エーも同じ、(故に自演)
ぼったんは無駄な妄想、形容詞、表現、思考、仏教用語、禅用語を付け加えて、
自己、念、思考を引き起こし観念妄想の穴に落ち込みオナニーにふけり、
日常を失うww

134 名前:クソネリオナニー禅ぼったんw [2010/12/03(金) 11:08:35 ID:soTs+P1b]
ぼったんの辞書に反省という文字はあるの??

135 名前:ぽったんの見性渇望物語 mailto:sage [2010/12/03(金) 22:52:53 ID:cyqhlD/C]
ぽったんの見性渇望物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場に働く女から金色の炎が立ち上がってるのを見て、見性したというのがことの始まりであった。
勿論、見性とはまったく無縁のことは云うまでもなく、当然のことながら呆れた幼稚さに批判非難紛々であった。
それでもぽったんはそれが見性だという持論で仕切りに反駁したが、誰一人、頷くものがなく、渋々引っ込めざるを得なかった。
暫らくこの自説を封印して大人しくしていたのだが、持って生まれた猛烈な虚栄心はそれで収まる訳はなかった。
次には新たに、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」と童話風物語を語り始め、これが見性ですと新説を打立てた。
それが素性の知れぬマンゴー先生とかいう者に見性してると”認定”され、今日までそれがぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
しかしそれだけではまだ虚栄心を満足させることができなかった。
その後、「隻手の音声」という公案について、頭の中で組上げた理屈でもって、音を聞いたと吹聴し始めた。
だが、そうはいったものの、ある人物から「本当は聞こえない」と指摘されたことから、組立てた理論が敢なく崩れ落ちてしまった。
すっかり自信を失なってしまったぽったんは、ここでも見性の自説を下さざるを得なかったのである。
その後は、音が聞こえるのは色即是空までで、その体験後は音は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
その度に、都合の良い解釈をするもので虚言癖もなかなかのものである。
またつい最近では、方々のスレで「無とは何か」などと、公案がパズルであるかの如く回答を募って師匠然を気取っていた。
しかしこれもまた、ある人物からトラック一杯の答えを集めても正解などはないと指摘され、あえなく撤退してしまう嵌めになった。
このようにどれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためであるのは明らかである。
真に見性してものであれは実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、誰が何を言おうと一切右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
次には何を言い出すのか実に見物であるが、このようにポッタンの見性への思いは渇望というより飢餓に近いと言えるのかもしれない。

136 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/03(金) 23:36:50 ID:PrmpMQ8/]
趙州録

 平常心是道(びょうじょうしんこれどう)

  師問南泉(し、なんぜんにとう)、「如何是道(いかなるか、これどう)」。

泉云(なんぜん、いわく)、「平常心是道」。




     

137 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 04:01:31 ID:yYnp14xF]
しゃぶしゃぶのごまダレの簡単レシピ

たっぷり4人前くらい。。

材料をひたすら足して、混ぜればできる。


白ごま 大さじ10パイ よくすりつぶす
マヨネーズ 大さじ5
しょうゆ 大さじ6
みりん 大さじ2
みそ 大さじ1
さとう 大さじ3
だし汁または水 大さじ5
玉葱すりおろし 半分くらい

二日くらいで食べきること。

138 名前:素人A [2010/12/04(土) 06:54:08 ID:Vic+ZZxq]
諸法実相 雪峰義存がいうに、「大地全体が解脱の門である。しかし人をひいても、容易にいろうとしない」と。
こういう次第であるから。知るがよい、大地全体、全世界がたとい門であっても、出入りはなかなか容易では
ない。また出入りするものは多くない。人をひいても、入りもしないし出もしないし、ひかなくても、入りも
しないし出もしない。進むのは誤るであろうし、退くものは滞るであろう。仮にどうであろう。人をすすめて
門に出入りさせようとすれば、いよいよ門は遠ざかる。反対に、門を取り上げて人に入れようとすると、かえ
って、出入りできるようになる。先に挙げた「方便門を開いて真実相を示す」とあるように、そのなかの「開示
方便門」ということは、「示真実相」というのは、時を選ばず、いかなる時でもありながら、しかし初・中・後の
三際を絶ち離れている。その「開方便門」の、まさに開かれる道理は、十方世界全体にわたつて「方便門を開く」
のである。まさにその時、その時、その十方全体に触れてみると、いまだ経験したことのない光景が展開して
くる。すなはち十方全体を、着実に一枚二枚、三個四個と取り上げて、方便門を開いていくのであるが、その際、
ただひたすらに方便門が開かれると思うかもしれないけれども、実際は量りしれないほどの十方全体が、わずか
ばかりの「開示方便門」の収得となって、目の前に実現するのである。このような風光は、前に経文を示した経に
属する力である。「示真実相」というのは諸法実相の言葉を世界全体に開かしめることであり、世界全体に仏道を
成ぜしめることである。また実相すなはち諸法の道理をあらゆる事物の上に出現せしめることである。・・・



139 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 11:53:31 ID:GHQxTK11]
ポは、まだやってるのか。長いな。
オレの将棋の今月の勝率8割。4−1で、もう、やめとく。いい天気。
これにつきる。竜巻とかじゃなくね。

140 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 15:43:17 ID:Un1MyP4D]
>>138

関東で、カサゴ
関西で、ガシラ、
九州で、アラカブ、

と、呼ばれる魚がある。

岸壁などで、
あるいは、船では、岩場で、
よく釣られているさかなである。

短竿に、おもりとえさをつけて、底をトントンと小突きながらさそいを入れて釣る、のである。
目の前にエサが、さあ 食べてよと、上下に踊っているのである。
簡単に食いついてくる。
これは、子どもから、老人まで、簡単であり、容易な釣りである。

ひともこのように見分けようとしなければ、見性も簡単であろうか。



141 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 16:02:59 ID:Un1MyP4D]
>>139

思えば、長いなー
独白は、続いているようだ。

将棋も、長いなー
そして、勝てる将棋ソフトに、長く取り組んでいると言うのも、すごい。

将棋は、からっきし駄目だけれど、おれは以後ソフトが相手だ。
しかも、2本である、(汗)
勝率など出した事もないが、まず勝てない。
まったく勝てなくてもいいのだが、それでも、たまに勝つことがある、めったにはないのだが。(汗)
はやうちをするので、無思考である、(笑)
しかし、ソフトは大変だ。
すごい勢いで計算している。
おつかれさんである。
それは、σ(`ε´) オレを相手にする計算である。
ありがたい。
律儀なヤツである。
人も、このように、相手によって態度を帰ることが泣く、相手をしたり、されたり、と言うのが、良い。
負けても、いい気持ちである。

このように、無差別なのが、良いね。

142 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 16:13:18 ID:Un1MyP4D]
> しゃぶしゃぶの作り方を見た時、 肉を浸すお湯ね、 あれに昆布でダシを取るだって書いてあった。

ほう、上品なものだ。

ラムしゃぶが、最近のお気に入りで、しゃぶしゃぶは、ラムしゃぶが多い。
ブタしゃぶも、うまい。
ギュウしゃぶは、敬遠するようになった。
鯛を使う 鯛しゃぶも、良い。
これは、昆布を湯に放り込んだほうが、うまい。
結局、しゃぶしゃぶは、ほとんどのものを食べるのに、適当に対応してくれる。
具材に対して、無差別、である。
これが、良い。

143 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/04(土) 16:37:23 ID:B+MZSluA]
>>136 >>137
ポッタンさん。
童謡を押さえ押さえて、平常心ですね。

禅の話などやめて、料理やツリの話でもしたほうがいいんじゃね。


144 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 16:55:17 ID:GHQxTK11]
キリスト教板は、放置にかぎるよ。

145 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 16:59:23 ID:GHQxTK11]
4年半ちょっとで、ようやく激指5の三段に勝ったよ。
弱い人には、ラクショー。プロよりオレが強くなったら、プロの人
どうするんだろう?

146 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 17:00:48 ID:GHQxTK11]
おしり踊りかな?

147 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 17:06:18 ID:GHQxTK11]
防波堤の長い先で釣りしてたら、帰り、大きい波が、等間隔で
防波堤に、かかってたこと、あったな。あぶい。
帰れたけど。

148 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 17:57:33 ID:Un1MyP4D]
>>143 名無し さん

> 童謡を押さえ押さえて、平常心ですね。 禅の話などやめて、料理やツリの話でもしたほうがいいんじゃね。

動揺?

平常心是道(びょうじょうしんこれどう)
これは、さとりを言ってる。
禅のさとりの根幹だね。

149 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 17:59:35 ID:Un1MyP4D]
>>145

> 4年半ちょっとで、ようやく激指5の三段に勝ったよ。

...ψ(。。)メモメモ...

強いなぁー

150 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 18:04:22 ID:GHQxTK11]
ああ、それから、将棋倶楽部24の元・四段の人に、3連勝ですよ。



151 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 18:06:48 ID:GHQxTK11]
ああ、それから、バッセンでのホームラン数が、13本です。
バッセンの、マトに当たると音でて、ホームランになるやつ。

152 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 18:10:18 ID:GHQxTK11]
背筋471キロ。パンチ203キロ。白鵬より、オレが強くなったら
、白鵬どうするだろ?パンチ200台は、2回目。

153 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 18:14:30 ID:GHQxTK11]
オレは、すもうとりではないはずだ。棋士だ。そして、野球だ。
なのに、すもう部屋とか。・・・。

154 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 18:41:54 ID:Un1MyP4D]
すき焼きの名前の由来

?すき焼きの由来は色々な説があるみたいですが一般的に言われているのは、江戸時代の農民が農具の「鍬」(くわ)「鋤」(すき)の「鋤」の上で肉や魚を焼いて食べていたことにあるそうです。

?農具で食べ物を焼いていたのに驚かされますが、当時の人のは大切な労働力である牛や馬を食べるのは良くないと考えられていました。
鳥や猪などを含め肉自体食べるのは良くないとされていたそうです。
?ですからコッソリと野外で鋤を使って食べていたという説や、
冷蔵庫などなかった時代ですから肉の保存状態が良くなくにおいがあったので室内で食べるのを嫌がって野外で鋤を使って食べていたという説などがあります。
?他にも好きに焼くから、とか歴史的に云々とか色々な説があります。

155 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 18:46:25 ID:Un1MyP4D]
関東風すき焼きの作り方レシピ

使用する材料

○牛肉(すき焼き用):400g
○しいたけ:4枚
○春菊:1束
○ネギ:2本
○焼き豆腐:1丁
○しらたき:1パック
○牛脂:適量
○その他にもご家庭によって入れる具材が異なります。お好みの具材を入れてオリジナルすき焼きを作ってください。

割り下の材料
○醤油:1/2カップ(100cc)
○水:1と1/2カップ(300cc)
○砂糖:大さじ4杯
○酒:大さじ4杯
○みりん:大さじ4杯

156 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 18:47:09 ID:Un1MyP4D]
>>155
関東風すき焼きの作り方手順

1.牛肉を5cmくらいの長さに切る。
2.焼き豆腐を1cm幅の厚みに切る。
3.ネギを斜め切りにする。
4.しいたけは軸を取って、春菊は硬い部分をとって切る。
5.しらたきを下茹でし、食べやすい大きさに切る。
6.小さめの鍋に、醤油、水、砂糖、酒、みりんを入れて火にかける。
7.ひと煮立ちさせたら、火を止めて出来上がった割り下を冷ましておく。
8.すき焼き鍋に油と牛脂を溶かして、割り下の1/3を入れる。
9.煮立ったら牛肉を1/5くらい入れて煮る。
10.肉の色が変わってきたら残りの具材と割り下を加えて煮ます。
11.火が通ったら出来上がりです。
12.※すき焼きには各家庭の味があります。割り下の味を調整して好みの味に仕上げてください。
13.※溶き卵に通して食べるのが一般的です。
14.最後にうどんを加えて食べるのも美味しい。

157 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 18:53:51 ID:Un1MyP4D]
関西風すき焼きの作り方レシピ。

使用する具材

・牛肉(すき焼き用):400g〜600g
・しいたけ:4枚〜8枚
・春菊:1束
・ネギ:2本
・焼き豆腐:1丁
・糸こんにゃく:1パック(200g位)
卵:4個(溶き卵用)
好みで上記具材に追加や変更する具材の例
・白菜:1/2個
・玉ねぎ:1玉
・麩:1パック
・セリ:1袋
・うどん:人数分
・しらたき:1パック

使用する調味料
・醤油:大さじ4杯
・砂糖:大さじ4杯
・酒:大さじ4杯
・牛脂:適量

158 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 18:54:32 ID:Un1MyP4D]
>>157
関西風すき焼きの作り方手順

1.牛肉を5cmくらいの長さに切ります。
2.焼き豆腐を1cmの厚さに切ります。
3.ネギは斜めに切ります。
4.しいたけは軸を取って、春菊は硬い部分を切ります。
5.麩を使う場合は、水で戻してキッチリ水気を切っておきます。
6.その他に入れる具材も食べやすい大きさに切ります。
7.糸こんにゃくは下茹でして、食べやすい大きさに切ります。
8.すき焼き鍋を軽く熱して牛脂を溶かします。
9.牛肉を鍋に入れ軽く火を通します。
10.牛肉の上に砂糖ふりかけ、酒、醤油を加えます。
11.野菜などその他の具材も鍋に加えます。
12.※卓上コンロなどを使用できる場合は、具材を食べる分だけ加えていくと美味しいです。
13.ここで汁気が足りなければ水(またはだし汁)を加えて調整します。(逆に汁気が多い場合は麩に吸わせて調整します。
14.※だし汁は昆布だしが一般的です。
15.具材に火が通ったら出来上がりです。
16.溶き卵に通してお召し上がり下さい。
17.※うどんを加える場合は、鍋が空いてきた頃に茹でたもの入れるのが一般的です。
18.※糸こんにゃくと肉を近くに入れると肉が硬くなります。

159 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 19:01:05 ID:Un1MyP4D]
豚すき焼きの作り方レシピ。(2人前)

使用する材料

・豚ばらスライス:300g
・白菜:2枚
・しいたけ:2個
・ネギ:1/2本
・お好みの野菜があれば追加できます。
・さとう:大さじ2杯
・醤油:大さじ2杯
みりん:大さじ1杯

豚すき焼きの作り方手順

1.白菜はそぎ切りにします。
2.しいたけの軸を取ります。
3.ネギを斜め切りにします。
4.豚ばらスライスを食べやすい大きさに切ります。
5.フライパンに油を熱して、豚ばらを入れます。
6.肉の色が変わってきたら、野菜を加えて炒めます。
7.さとう、醤油、みりんを加えて軽く煮ます。
8.火が通ったら調味料で味を調えて出来上がり。

160 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 19:03:36 ID:Un1MyP4D]
>>150-153

えらい!



161 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/04(土) 19:18:53 ID:GHQxTK11]
Aと、いうことをやって、疲れたら、Bということを、やるといいかも。
チャーチルの本に書いてあるそうです。

162 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/04(土) 21:04:27 ID:nhLEnOhh]
>>143
世界のナベアツは3の倍数でアホになるが
ゼンでスィッチ入るのもいるのだろう。

163 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 22:18:29 ID:lE7sCGix]
サンテクジュベリは、禅なんか知らないだろうけど、禅を言っている。

星の王子様
サン・テグジュベリ


人生は素晴らしい (一切皆苦)
星の王子様 サン・テグジュベリ

砂漠が美しいのは どこかに井戸をひとつ隠しているからだね
星の王子様 サン・テグジュベリ

きみが夕方の四時に来るなら、ぼくは三時から嬉しくなってくる。
そこから時間が進めば進むほど、どんどん嬉しくなってくる。
そうしてとうとう四時になると もう、そわそわしたり、どきどきしたり。...
星の王子様 サン・テグジュベリ

なに、なんでもないことだよ。 心でみなくちゃ、物事はよく見えないってことさ (不立文字)
星の王子様 サン・テグジュベリ

「肝心なことは目に見えない」と 王子様は忘れないように繰り返しました (不立文字)
星の王子様 サン・テグジュベリ

「肝心なことは、目に見えない」
きっとこの言葉に困惑したり、しっくりこない人は、まだ何も見えていな...

空をごらんなさい。
そしてあのヒツジは、あの花を食べただろうか、と考えてごらんなさい。 そうしたら、世の中のことがみな、どんなに変わるものか、おわかりになるでしょう・・・
星の王子様 サン・テグジュベリの代表作

砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ。
星の王子様 サン・テグジュベリ

164 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/04(土) 23:56:50 ID:lE7sCGix]
(不立文字)
星の王子様 サン・テグジュベリ

「肝心なことは、目に見えない」

これが、不立文字だってこと、驚愕したよ。

165 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/04(土) 23:59:52 ID:nhLEnOhh]
人生は素晴らしい (一切皆苦)

に驚愕だ。思いっきりフイタ。

166 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/05(日) 00:45:08 ID:HrFkdgEJ]
>>165 名無し 浅慮 さん

> 人生は素晴らしい (一切皆苦)  に驚愕だ。思いっきりフイタ。

で、3の倍数は?

167 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/05(日) 01:19:42 ID:SUJLEyxR]
>159、豚すき焼きは豚バラスライスより肩ロースやロースの薄切りの方を選ぶ、という意見が多いと思います。
なぜなら、脂っこい豚バラを避けたがる年代の人が多いスレだから。

168 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/05(日) 02:03:43 ID:2aUOArSn]
>>164
「肝心なことは、目に見えない」 

これは禅を言っている とか
不立文字 とか

そうなのかなぁ…
なんか変な感じ。
なんでわざわざそんな変換をしたくなるんだろう?
仏教の布教のため、とかなら分かる気もするけど。

169 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/05(日) 03:09:57 ID:HrFkdgEJ]
>>167 名無し さん

お好みで、良いのでは?

170 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/05(日) 03:13:17 ID:HrFkdgEJ]
>>168 名無し さん

> 「肝心なことは、目に見えない」

これが、不立文字だとは、大発見だったよ。


> 仏教の布教のため、とかなら分かる気もするけど。

あなたが、布教してるの?



171 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/05(日) 03:27:42 ID:2aUOArSn]
>>170
不立文字と星の王子様、どっちを先に知ったの?

なんでわたしが仏教を布教するの?
お釈迦さんが言おうとサンテグジュペリが言おうと

大事なことは目に見えない
あ、そうか

でいいじゃん。

172 名前:素人A [2010/12/05(日) 07:31:29 ID:kkZf3pLk]
達磨「私の最後の時が来た。お前達はそれぞれ自分の得たところを言ってみよ」と。
道幅「私の現在の所見は、文字に執着せず、また文字を離れずに、しかも仏道の働きをなすということです」
大師「お前は私の皮を得た」
尿総持「私の現在の所見は、歓喜してアシュク仏国を見る際に、ただ一回みて、二度とみる事は無い、という
ことです」
大師「お前は私の肉を得た」
道育「地・水・火・風の四要素は本来空であり、色・受・想・行・識の五つの群は有ではありません。したが
って何一つ得るべきものがないという事です」
大師「お前は私の骨を得た」
最後に慧可は三度礼拝した後に、自分の席に戻って立った。
大師「お前は私の髄を得た」
そのずーつと後に素人「世界は総て正解という事です」
大師はもうとつくに死んでいる。まあいいか早くネタかけたし。
禅は降り積もる不立文字で雪景色

173 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/05(日) 08:15:57 ID:XxvF+viY]
ぽのキチガイぶりがよくわかる。

174 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/05(日) 12:41:40 ID:6+iOlSbO]
>>163

ブッ!

ばかやろう! コーヒー噴出して、パソコンを汚してしまったじゃねえかよ。

あまり、笑わせるんじゃねえ。 このアホ。

175 名前:神も仏も名無しさん [2010/12/05(日) 22:24:31 ID:GGL/qlVq]


176 名前:素人A [2010/12/06(月) 06:32:57 ID:n6MbI30J]
此処で生きつづけるためには   を食わなきゃならない。意味も無く文字を
食い続けて、何でこんな事しているのだ廊下。道育「地・水・火・風の四要素は本来空であり、色・受・想・行・識の五つの群は有ではありません。したが
って何一つ得るべきものがないという事です」?形の有る世界は食う?形の無い思いを思わないとは?
難で果てがないのだ老化、もう何にも解らず私は死ぬんだろうなあさあとりあえずはまあ良い、
     が有れば考えなくても   得る生きつづけていける、ほんとは四要素?で勉強してないのでさつぱり
解らないのだ?五つの郡?仏には関係無いということか?わからんけど?書けた



177 名前:素人A [2010/12/06(月) 10:45:22 ID:n6MbI30J]
すげえ島倉千代子さんの歌う待つわ 現生公案だ
仏さん何時までもほつといて良いのか 他に遊びに行こうばかりでは
www.youtube.com/watch?v=CQVVmTtg-cc

178 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/06(月) 10:54:51 ID:5nvVk3uz]
もう出会っているのに、それが信じられない。
一度も離れた事がないのに、それを忘れてしまった。
孤独なんて有り得ない、それは自分の心の中の妄想。

孫悟空は頭にわっかがあると思っている。
そんなものは始めから無かったんだよ、と仏様がニッコリ。

179 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/06(月) 15:40:30 ID:1b2UKeFI]
>>171 名無し 浅慮 さん

(笑)
ああ、そうかあ

180 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/06(月) 16:06:45 ID:1b2UKeFI]
>>172 素人A さん

>慧可は三度礼拝した後に、自分の席に戻って立った。
大師「お前は私の髄を得た」

そのずーつと後に素人「世界は総て正解という事です」

大師はもうとつくに死んでいる。まあいいか早くネタかけたし。
禅は降り積もる不立文字で雪景色 』


とっくに世界は、さとったまま。



181 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/06(月) 16:08:38 ID:1b2UKeFI]
>>174 名無し はちゃめちゃ さん

> ブッ! ばかやろう! コーヒー噴出して、パソコンを汚してしまったじゃねえかよ。 あまり、笑わせるんじゃねえ。 このアホ。

アホか・・・あなたは・・・

182 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/06(月) 16:28:56 ID:+fXnpevL]
>>181 固定ハンドルの アホったん さん

アホはあなたでしょう・・・


183 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/12/06(月) 16:33:05 ID:Cl0rCMJp]
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタンと称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥も分らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも20数年間もこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

184 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/12/06(月) 16:33:48 ID:Cl0rCMJp]
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること意外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
||                                  。  ∧_∧              ||
||                                  \(´・ω・`)   いいかな・・?  ||
||                                    ⊂ ⊂ )旦~           ||
||___∧ ∧___∧ ∧___ ∧ ∧__ ∧ ∧___| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_______||
      (  ∧ ∧__ (  ∧ ∧__(    ∧ ∧__(   ∧ ∧   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   〜(_( ∧ ∧(  (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い。
     〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
       〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ   〜(___ノ


185 名前:野狐禅スレです mailto:sage [2010/12/06(月) 16:34:32 ID:Cl0rCMJp]
ぽったんの見性渇望物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場に働く女から金色の炎が立ち上がってるのを見て、見性したというのがことの始まりであった。
勿論、見性とはまったく無縁のことは云うまでもなく、当然のことながら呆れた幼稚さに批判非難紛々であった。
それでもぽったんはそれが見性だという持論で仕切りに反駁したが、誰一人、頷くものがなく、渋々引っ込めざるを得なかった。
暫らくこの自説を封印して大人しくしていたのだが、持って生まれた猛烈な虚栄心はそれで収まる訳はなかった。
次には新たに、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」と童話風物語を語り始め、これが見性ですと新説を打立てた。
それが素性の知れぬマンゴー先生とかいう者に見性してると”認定”され、今日までそれがぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
しかしそれだけではまだ虚栄心を満足させることができなかった。
その後、「隻手の音声」という公案について、頭の中で組上げた理屈でもって、音を聞いたと吹聴し始めた。
だが、そうはいったものの、ある人物から「本当は聞こえない」と指摘されたことから、組立てた理論が敢なく崩れ落ちてしまった。
すっかり自信を失なってしまったぽったんは、ここでも見性の自説を下さざるを得なかったのである。
その後は、音が聞こえるのは色即是空までで、その体験後は音は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
その度に、都合の良い解釈をするもので虚言癖もなかなかのものである。
またつい最近では、方々のスレで「無とは何か」などと、公案がパズルであるかの如く回答を募って師匠然を気取っていた。
しかしこれもまた、ある人物からトラック一杯の答えを集めても正解などはないと指摘され、あえなく撤退してしまう嵌めになった。
このようにどれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためであるのは明らかである。
真に見性してものであれは実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、誰が何を言おうと一切右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
次には何を言い出すのか実に見物であるが、このようにポッタンの見性への思いは渇望というより飢餓に近いと言えるのかもしれない。

186 名前:素人A [2010/12/06(月) 16:50:56 ID:n6MbI30J]
真理真理ません。素人玄人?知るっても、知らなくても、
そんなの関係無しにある物は有るし無い物は無い。
ただ人安心すれば良いだけかも。魔法でも出鱈目でも
一安心が有ればなあと思う。
色色な安心が有るんだろうなあ。浮かれすぎだ。ゴツン

187 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/06(月) 19:15:41 ID:rm4HWafv]
>>186 素人A さん

>ある物は有るし無い物は無い。

有るものを 無いと思い、

無いものを 有ると思う。

これが、妄想(もうぞう)

しかし、在るものは無いし、無いものは、在る。

188 名前:素人A [2010/12/07(火) 06:53:10 ID:6Npf2yJQ]
キャンベル「私とあなた、これとあれ、真実と虚為ーあらゆるものに反対物がある。しかし神話は、二元
世界のかなたに一元世界があり、二元世界はその上で演じているシャドーゲームにすぎないということを
暗示しています。「永遠は時間が生んだものを愛している」と詩人ブレイクは言っています。
時間内の生活の根源が永遠だということです。永遠は世界にそれ自身を注ぎだします。それは私たちの中で
多数者になる神についての基本的な神話理念です。インドでは私達内にある神を「肉体に宿る者」と呼んでいます。
自分自身の内面にある神聖不滅な面と一体になれば私は神性と一体になれるのです。ところで、永遠性は思考の
あらゆるカテゴリーを超越しています。東洋の偉大な宗教の総てにおいて、これは重要なポイントです。私達は
神について考えたいと思う。神は一つの理念である。神とは名前である。しかし、この語が指し示そうとするも
のはあらゆる思考を超越しています。存在の究極的な神秘は思考のあらゆるカテゴリーを超越しています。カント
が言ったように、物そのものは物ではない、物は物の性質を超えており、思考の対象となる一切を超越している。
最善のものは思考を超えているから語りえない、次善のものは誤解される。・・
長い。適当なところを丸写しにする時、あれ?あれ?考えながら写すと朝から疲れる。終わっらやれやれだけ。

189 名前:素人A [2010/12/07(火) 07:10:43 ID:6Npf2yJQ]
神という言葉はあらゆるカテゴリーを超越しています。そうやなあ要するに
人の脳が脳タリンだからですか?人々はいつか神に噛み付くことが出来るのでしょうか?


190 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/07(火) 08:41:35 ID:Te9Vn9CA]
いつも噛み付いているよ。
自分に都合よく解釈して、われわれの神によれば・・・なんて言って。
神は多重人格か?って位。
勝手に担ぎ上げて勝手に貶めて、それでもあるがままですか?そうですか。



191 名前:素人A [2010/12/08(水) 06:40:52 ID:5GBOH/X9]
趙州の真際大師にまた一人の僧がたずねた。「柏樹にはまた仏性がありましょうか、無いでしょうか」
大師が言った「ある」 僧が言った「では柏樹はいつ成仏するのでしょうか」
大師が言った「虚空が地に落ちるまでまて」
僧が言った「虚空はいつ地に落ちるのでしょうか」
大師が言った「柏樹が成仏するまでまて」
道元「虚空が地に落ちる時」と「柏樹が成仏する時」とは互いに相反する二つの事を
言っているのではない。この僧が究明しているのは、柏樹を問い、仏性を問い、成仏を問い、
時節を問い、虚空を問い、落地を問うているのである。
私???降り積もる??そんな時粉雪が降り降りてきて世界は不立文字に覆われるのか
そんなのあつたかいのか?出鱈目で意味不明?




192 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/08(水) 09:08:17 ID:1YwaTOfu]
「空」は概念だと思う、ご存知の通り。
地球には60億の人間がいて60億通りの観念がある。
それを全て取り除けば、たった一つの「空」が残る。

「空」は空っぽという意味ではなくて、全てが揃っている。
ヘリウム、水素、酸素、全ての元素、有形無形全ての原料が揃えられている。
そして、それらを固定しくっ付ける何らかの作用(因果)が存在している。
もしかすると、その作用そのものが原料を構成しているかもしれない。
それが、人々が神と呼ぶものであるのかもしれないが、それが有形無形で形造られているものの全てに
作用しているとすれば、まさに形造られたものそのものもまた、そのものであると言える。
くっ付ける作用が働かなければ、人の体が成り立たない、全ての物質に言える。

人は神や自然や森羅万象といえば、無条件に納得するものだが、大いなる意識の働きなどというと
とたんにオカルトとか言い出す。

193 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/08(水) 15:24:03 ID:k7m7vbl3]
>>192
> 「空」は概念だと思う、ご存知の通り

喜べ!ポッタン
お前と同じような消防が出てきたぞ!

194 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/08(水) 17:35:08 ID:XsbW9/HC]
>>191 素人A さん

山川草木国土 悉有仏性

さんせんそうもくこくど しつうぶっしょう

さとりを、真理を ことばで言えばこうなる。

趙州の真際大師
よほどに遠くを見つめる お人なのだろう、親切丁寧に、優しく解き明かす。

わたしなら、棒で打ち据える。
棒で打つから、棒力だ。(;^ω^)アセアセ

195 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/08(水) 17:40:53 ID:XsbW9/HC]
>>193 名無し 無反省 さん

あなたにとっては、面白がる事なのだろうけど、そpりゃ、はずれ。

そう言うことより、自分自身を語らなければ、今日にも死ぬかもしれないあなたの命の最後に、悟りも分からず、死ぬ羽目になるぞ。

がばれ!

196 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/08(水) 18:25:56 ID:9ajbeF0B]
>自分自身を語らなければ、今日にも死ぬかもしれないあなたの命の最後に、悟りも分からず、死ぬ羽目になるぞ

泣きながら死んでいくのじゃ?
つか、悟りとは何か言ってみろ?
ほんとにもー、ヘンな人がぞろぞろと。


197 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/08(水) 18:43:52 ID:XsbW9/HC]
> 「空」は概念だと思う、ご存知の通り。

空と言うのは、ないのです。

色、物質、存在、だけがあります。

空と言うのは、ないのです。

同じように、神とか、仏とかもありません。

ただ、空と言う言葉があり、神と言う言葉があり、仏と言う言葉があるだけです。

198 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/08(水) 18:50:31 ID:XsbW9/HC]
>>196 k7m7 さん なのかな?

自分自身を語らなければ、今日にも死ぬかもしれないあなたの命の最後に、悟りも分からず、死ぬ羽目になるぞ

> 泣きながら死んでいくのじゃ?つか、悟りとは何か言ってみろ?ほんとにもー、ヘンな人がぞろぞろと。

さとり、というものはない。

199 名前:素人A [2010/12/08(水) 19:16:11 ID:5GBOH/X9]
私の師匠は別に悟っても悟らんでも優しく誠実な師匠なら支障が無い、
厳しく棒で叩く人はどうもという事で

200 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/08(水) 20:28:51 ID:XsbW9/HC]
>>199  素人A さん

> 私の師匠は別に悟っても悟らんでも優しく誠実な師匠なら支障が無い、 厳しく棒で叩く人はどうもという事で

お弟子さん、上位なんだね、
あたしゃー、選ぶ権利がある、こっちがいい!と。

まんじゅう、食う?

お茶も、出すよ・・・

餓えたトラの親子。
母親はもう、何日も、食べていない。
子ども達は、乳首を必死で吸うが,出ない。
聖人は、噛み付く力も無くなった母親のトラに腕を切り血を飲ませて、すこし、力が出た母トラの目の前にからだを投げ出した、と言う。
仏教の言う、慈悲の究極の姿。

( ^o^)\(^-^ )ナデナテ"が好きなのは、猫かなー

ネコサマノ (/_-)/ (=^--^=) \(-_\) オナ〜リ〜



201 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/09(木) 02:57:16 ID:GY05b7V9]
碧巌録

好雪、片々別所に落ちず。

見事な雪だ。 一片一片が別のところに落ちない。


別のところに落ちても、別のところに落ちてないというわけだ。

眼裏もまた雪、耳裏もまた雪、正に一色辺に住在す。
またこれを普賢の境界一色辺のことといい、
又これを打成一辺という。

ひっくり返りの裏返し。 
おっと気づけば、雪ばかり、 』


地表が全て雪で覆われると、宇宙が全てが一面の雪景色か。。。

202 名前:素人A [2010/12/09(木) 06:39:17 ID:Q++n+nZa]
毎日毎日考えれば同じ事の繰り返し腹腹ドキドキが最近無いなあ秋がすぎれば
冬決まっている感じる心が凍っているのか?何と遇ってもまあ良いあ難も無いとそんな
事暢気に言っていられる朝は今だけだが、さあ今からは迷うぞおーつ

203 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/09(木) 09:02:43 ID:15ujKd7I]
何にも決まってないのが素晴らしい。
結果論でベストではなかったなんて小学生でも言えるしね。
その時その時の選択がベターなら、それがベストだもん。
全てから外れる事なんかありえない。
きょうもドキドキワクワクが止まらない。

全部自分に返ることだけ知っていれば、何も恐れることは無いね。
Aさんの公案からも教わったよ。

204 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/09(木) 16:28:50 ID:7EEaQcGK]
碧巖録 第五十一則  雪峰の是れ什麼(なん)ぞ

擧(こ)す。
雪峰住庵の時、兩有り、修行僧來たり禮拜す。
雪峰、來たるを見て、手を以て庵門を托き、身を放って出でて云く、是れ什麼ぞ。
も亦た云く、是れ什麼ぞ。
雪峰、低頭て庵に歸る。

後に巖頭に到る。
巖頭問う、什麼處(いんも)よりか來たる。
云く、嶺南より來たる。
巖頭云く、曾て雪峰に到るや。
云く、曾て到る。
巖頭云く、何の言句か有りし。、
前話を擧す。
巖頭云く、他は什麼とか道(い)いし。
云く、他は語無く、低頭て庵に歸れり。
巖頭云く、噫、我當初悔ゆらくは他に末後の句を道わざりしことを。
若し(もし)伊(これ)に道(い)わば、天下の人、雪老を奈何(いかん)ともせず。、
夏末に至り、再び前話を擧してす。
巖頭云く、何ぞ早く問わざる。
云く、未(いま)だ敢て容易せず。
巖頭云く、雪峰は我と同じ條に生ると雖も、我と同じ條に死せず。
末後の句を識(し)らんと要せば、但だ這れ是なるのみ。 』

末後の句、君が爲にう。
明暗雙雙、底の時節ぞ。
同じ條に生るることは共に相知るも、同じ條に死せざることは還って殊絶す。
還って殊絶す。
黄頭と碧眼と須らく甄別すべし。
南北東西歸去來、夜深けて同に看ん千巖の雪。

205 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/09(木) 16:32:58 ID:7EEaQcGK]
>>204
もう一人の祖師は、これをあらわして、親指を立てたが、

雪峰は、全身を乗り出し、これはなに?と、問うた。

206 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/09(木) 18:47:46 ID:yOci70lg]
ぽったんさんの公案は難解すぎるよ。
知識が溢れすぎw

207 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/09(木) 20:08:10 ID:Qe1BH2dT]
>>206 名無し さん

> ぽったんさんの公案は難解すぎるよ。 知識が溢れすぎw

公案は、どれも 難解(なんげ)。

分かる公案をくれと言うわがままは、通用しないよ。
そう言うものは、ありえないから。

白隠禅師の墓をぐるりと取り巻いている一群の墓が、あるという。
それは、公案に取り組んでいる途中に、死んでいった修行僧達の墓である、と言う。
白隠禅師とお弟子さん達は、死んでもなお、公案に取り組んでいる。

私も取り組んだ、隻手の音声(せきしゅのおんじょう)と言う公案は、白隠禅師が工夫して創られた公案である。
片手の人がたたく拍手の音を聞いてこい。
この公案に取り組んだお弟子さんの中から、多くの見性者が続出した、と言う。

隻手の音声に取り組んでみませんか?

208 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/09(木) 20:13:49 ID:yOci70lg]
ごめんなさい、もう聞く必要がなくなったので。

209 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/09(木) 20:17:14 ID:Qe1BH2dT]
鬼 さん
> いい事じゃ。

では、悪い事ってのもあるんだよね、それは、何だろ?

> >>702 それはおぬしの頭の中にあるものじゃ。  それを観られるのはおぬし以外にいないものじゃ。 それがなくなるまで観察すると良かろう。

多少、考えて、そののち、レスしたほうがいいかもしれないね。

>>719 考えるのではない。 おぬしの頭の中にあるものをあるがままにただ観るのじゃ。

あたまの中に何かあるの?

>>740 それを観る事が出来るのはおぬしだけじゃ。 千人の目覚めた者でさえ、それを観ることは出来ないものじゃ。 観ることができれば全てを捨て去り、目覚めた者となるじゃろう。

それを、空と言う。
同じ事をフランスのサンテクジュベリは、「星の王子様」の中で、「大切なものは、見えない」と言った。

210 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/09(木) 20:21:32 ID:Qe1BH2dT]
>>208  名無し さん

> ごめんなさい、もう聞く必要がなくなったので。

ちょっと前に流行ったギャグに、「いのち」 というのがあったけど、他人に聞いて、くれくれ君 やってても、なにも分かる事は、ないと思うよ。
禅は、
冷暖自知(れいだんじち)

あったかく ぶんなぐってる。



211 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/09(木) 20:28:49 ID:NKt2kilB]
ぽのじはきちがい。

212 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/12/09(木) 20:30:39 ID:sr9nOmJr]
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタンと称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥も分らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも20数年間もこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

213 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/12/09(木) 20:31:21 ID:sr9nOmJr]
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること意外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
||                                  。  ∧_∧              ||
||                                  \(´・ω・`)   いいかな・・?  ||
||                                    ⊂ ⊂ )旦~           ||
||___∧ ∧___∧ ∧___ ∧ ∧__ ∧ ∧___| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_______||
      (  ∧ ∧__ (  ∧ ∧__(    ∧ ∧__(   ∧ ∧   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   〜(_( ∧ ∧(  (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い。
     〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
       〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ   〜(___ノ


214 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/09(木) 20:31:28 ID:Qe1BH2dT]
>>211
> ぽのじはきちがい。

消防は、お風呂に入って、お手洗いを済ませたら、もう寝なさい。。。。。

215 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/12/09(木) 20:32:02 ID:sr9nOmJr]
ぽったんの見性渇望物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場に働く女から金色の炎が立ち上がってるのを見て、見性したというのがことの始まりであった。
勿論、見性とはまったく無縁のことは云うまでもなく、当然のことながら呆れた幼稚さに批判非難紛々であった。
それでもぽったんはそれが見性だという持論で仕切りに反駁したが、誰一人、頷くものがなく、渋々引っ込めざるを得なかった。
暫らくこの自説を封印して大人しくしていたのだが、持って生まれた猛烈な虚栄心はそれで収まる訳はなかった。
次には新たに、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」と童話風物語を語り始め、これが見性ですと新説を打立てた。
それが素性の知れぬマンゴー先生とかいう者に見性してると”認定”され、今日までそれがぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
しかしそれだけではまだ虚栄心を満足させることができなかった。
その後、「隻手の音声」という公案について、頭の中で組上げた理屈でもって、音を聞いたと吹聴し始めた。
だが、そうはいったものの、ある人物から「本当は聞こえない」と指摘されたことから、組立てた理論が敢なく崩れ落ちてしまった。
すっかり自信を失なってしまったぽったんは、ここでも見性の自説を下さざるを得なかったのである。
その後は、音が聞こえるのは色即是空までで、その体験後は音は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
その度に、都合の良い解釈をするもので虚言癖もなかなかのものである。
またつい最近では、方々のスレで「無とは何か」などと、公案がパズルであるかの如く回答を募って師匠然を気取っていた。
しかしこれもまた、ある人物からトラック一杯の答えを集めても正解などはないと指摘され、あえなく撤退してしまう嵌めになった。
このようにどれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためであるのは明らかである。
真に見性してものであれは実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、誰が何を言おうと一切右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
次には何を言い出すのか実に見物であるが、このようにポッタンの見性への思いは渇望というより飢餓に近いと言えるのかもしれない。

216 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/09(木) 20:51:15 ID:uJYBh4G9]
>>198
さとり、というものはない
にもかかわらず、悟りも分からず死ぬ羽目になるぞ
とは?
結局、俺には問題じゃないけど、おまえは悟りが何か勉強してこい
って人とやってること同じじゃん?
つか、てめーの欠落を他人になすりつけるんだよね、不思議な人々は。

217 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/09(木) 22:06:03 ID:Qe1BH2dT]
>>216 名無し さん
> >>198

> 不思議な人々は。

分からないんだよねー、解けないんだ、公案、むずかしい・・・
取り組まず、けちをつけて決着させたつもり・・・負けず嫌いだぁ

218 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/09(木) 23:41:00 ID:uJYBh4G9]
>>217
じゃあ取りあえずこれ決着させてみて。

>さとり、というものはない 
>にもかかわらず、悟りも分からず死ぬ羽目になるぞ 
>とは? 


219 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/09(木) 23:43:27 ID:uJYBh4G9]
二枚舌のヨッパのぽったん?

220 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/10(金) 00:30:23 ID:sVYl89Ke]
>>219 名無し かまってちゃん さん

> 二枚舌のヨッパのぽったん?

まだ疑問なの?
しかし、したが2枚あれば、良いのか?
あまり使い勝手はなさそうだが・・・
さて、他人の事は、どうでもいいことなんだ。
自分の生き、死に、が問題だ。
そのへん
どうなてる?



221 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/10(金) 00:46:08 ID:+k4WIoIe]
>>220
>そのへん
>どうなてる?

誰のそのへん?
まさかわたしのじゃないよねぇ?

222 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/10(金) 00:49:35 ID:+k4WIoIe]
あ、まだ疑問なの?ってのは
疑問の余地なく
二枚舌のヨッパのぽったんだよ ってことか。
はーい。

223 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/10(金) 00:55:42 ID:sVYl89Ke]
>>221-222
> >>220
そのへん >どうなてる?

> 誰のそのへん? まさかわたしのじゃないよねぇ?

あ、まだ疑問なの?

> ってのは疑問の余地なく 二枚舌のヨッパのぽったんだよ ってことか。 はーい。

どうでもいいところにばかり眼がいくね。
あなたが問われてるのは、生死(しょうじ)のこと、だよ、あなた自身の・

224 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/10(金) 01:13:44 ID:+k4WIoIe]
>>223
え?
いつそんなの問われたんでしょう?
覚えがないわ〜

二枚舌のヨッパのぽったんくらいしか
そんなの疑問に思ってないんじゃん?

225 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/10(金) 01:36:59 ID:sVYl89Ke]
>>224 名無し かまってちゃん さん
> >>223
> え? いつそんなの問われたんでしょう? 覚えがないわ〜 二枚舌のヨッパのぽったんくらいしか そんなの疑問に思ってないんじゃん?

肝腎 の事・・・なんだろう?

226 名前:素人A [2010/12/10(金) 06:16:47 ID:EEK4t5Vj]
>>204 >205 師匠珍文漢文でさつぱりネツトと和訳を調べたが、本来の何とか
わからんは?何か飛びだすのか?師匠は胸に金の仏さん?私は出鱈目や駄洒落
が飛び出すけどバカにはしない難解も師匠の出した公案助けてもらった、書き込みも
勉強しないでも適当に書ける、後で自分で見るとへえーと言う私有難いなあ、
何か解らんげど何か、大川さんも色色が飛び出すなあ才能はあるけど何かに片が
付いている是は何でかなあ、まあ色色みんなさんも飛び出てくるのでしょう。なんかわからけど?

227 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/10(金) 08:45:17 ID:59NUBXg4]
ぽったんさんは、頭の中に観念と概念を詰め込みすぎだよ。
全部捨ててしまえばすっきりするよ。

228 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/10(金) 18:53:40 ID:geSiBFpn]
>>226 素人A さん

師のマネッコをして、問われればなんでも、親指を立てていた小僧さん、
ある日師が小僧さんの親指を斬りおとした。
痛さに泣いて走り去る小僧さんを師が呼び止めた。
途端に小僧さんは、わかった。

229 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/10(金) 18:57:32 ID:geSiBFpn]
>>227 名無し さん

> ぽったんさんは、頭の中に観念と概念を詰め込みすぎだよ。 全部捨ててしまえばすっきりするよ。

自分を観る事は難しい。
例えば、
鏡に映っている自分は、左右が逆のありえない、自分。
また、
大事な事は自分の生と死。
他人のことなど、うっちゃっとけ。

230 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/10(金) 19:56:14 ID:59NUBXg4]
観念と概念のない状態を「空」と言うのです。
でも、言葉だから、結局概念化してしまうけれど。



231 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/10(金) 20:09:03 ID:+k4WIoIe]
>>230
ていうか、その説明だと、まず観念と概念がないと「空」が分からないんじゃないのかな?
じゃあ何が観念なのか・概念なのか、みたいに観念や概念に注目してしまいそうな気がする。

232 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/10(金) 20:10:57 ID:geSiBFpn]
>>230 名無し さん

> 観念と概念のない状態を「空」と言うのです。 でも、言葉だから、結局概念化してしまうけれど。

だいじょうぶですか?

自己撞着ですよ。
自己矛盾です。

233 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/10(金) 20:13:25 ID:+k4WIoIe]
生死を語るのが大事なことか っていうと、

そんなもん考えるまでもなく大笑いだ。

234 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/10(金) 21:30:03 ID:geSiBFpn]
『 空と言うものはない。空と言えるものも無い。
 それは観念を破壊するために作られた方法であり、言うものではなく、捨て去られるべきものじゃ。
 それを空と言うものだと思うならば、そこには無知と勘違いと誤魔化しがあるだけなのじゃ。
 例えば医者が患者に薬をやるとしよう。
 患者はそれを貴重なものだと思い、自分の中にあるとか、自分の中にあるのは薬と言う。そのような患者は病によって顛倒していると言えよう。
 
 空とは執着を離れ、観念を壊すために作られた薬であり、方法であり、言葉をあてはめて空とか言うものではないのじゃ。
 そのように言うならば、それは顛倒であり、妄想であり、無知による勘違いであり、誤魔化しに過ぎないものじゃ。
 何も知らない患者が、薬は自分の中にあるとか言ったりするようにのう。
 自ら実践しない者が、ただ言葉だけでそれを空であると言うのは、真のお釈迦様の教えからはるかにかけはなれた言葉遊びといえる。
 古の修行者は自らの腕を切り落としてまで真摯に道を求めたという。
 そのように真摯であってこそ、真の道が開かれるものじゃ。
 今のおぬしは言葉遊びで己の自我を守っているだけのものじゃのう。それはお釈迦様の教えとは反対のものと言える。
 まずはおごりを捨て、真摯に道を求める気になったら、おぬしの本当の修行が始まると言えよう。 』


長文のレスに感謝。
だけど、何も語ってない、σ(^_^;)アセアセ...

さとり とは、色即是空、だよね。
では、さとったら、どうなのか。
空即是色に戻る。
仏教に不思議は、ないと言われるところが其処である。

色の本質は、空である。と言うのが、さとり、真理である。

ふもとの道をうろついてるよ、鬼さん・・・

235 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/10(金) 21:37:23 ID:geSiBFpn]
>>233  名無し さん

> 生死を語るのが大事なことか っていうと、 そんなもん考えるまでもなく大笑いだ。

大笑いなのか・・・
笑えばガンも治ると言うから、慈悲をしたのか・・・
さて、
生死(しょうじ)は、禅の真っ正面。
大死一番(たいしいちばん)、と言う。
生死に取り組むことが無いのに、禅スレに入っているわけは何?

236 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/10(金) 21:45:09 ID:59NUBXg4]
昔はネットなんて便利なものが無かったからね。
今では聖者もジェット機でやって来る便利な時代。

腕を切り落とさなければ悟れない時代は本当に大変だっただろうけど。
今は冷静さも必要だよね、情熱は必要だけど、ともすると執着になる。

237 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/10(金) 23:26:09 ID:geSiBFpn]
碧巌録 第十三則  銀?裏盛雪(ぎんわんりにゆきをもる)

【本則】

挙す。僧、巴陵(はりょう)に問う、

「如何なるか是れ提婆宗(だいばしゅう)」。

巴陵云く、「銀椀裏(ぎんわんり)に雪を盛る」。


【本則】

提案。僧が、巴陵鑑に聞いた、

「迦那提婆の宗旨の根本は何ですか」。

巴陵は云った、「銀の椀に白い雪を盛るように、見分けがつかぬが全くちがうものだ。」 』


一の如し、である。

238 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 00:10:01 ID:o20jTEhF]
金剛般若経 第11章

師は、スブーティ長老に、こう尋ねた。

「スブーティよ、あなたは、どう思うか。ガンジスの砂の数だけ、ガンジス河がある。その時、ガンジス河の砂の数は多いだろうか。」

スブーティ長老は、師に、こう答えた。

「師よ、ガンジス河の数さえ、多くなる。まして、ガンジス河の砂の数は、なおさら。」

師は、スブーティ長老に、こう尋ねた。

「その数の世界を、すべて七宝で満たし、如来に施したものが、ここにいたとしよう。彼は、莫大な功徳を積んだことに、なるのか。」

スブーティ長老は、師に、こう答えた。

「師よ、計り切れない、数え切れない。彼は、莫大な功徳を積んだことでしょう。」

師は、スブーティ長老に、こう言った。

「スブーティよ、ここまで、考えなさい。このように、莫大な功徳を積んだとしても、この法則を、説き明かした方が、功徳になる。なぜなら、それを聞いた人も、功徳を積むから。」

239 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 00:17:20 ID:o20jTEhF]
>>238
■ダイヤモンドスートラ P.15


一、 あるとき このように私は聞いた

   世尊はシュラーヴァスティーに住んでおられた

   朝早く 世尊は衣をまとい 施しを集めるために 大いなるシュラーヴァスティーの都へ入って行かれた


   食事が終わり 行乞から帰ると 世尊は衣鉢を収め 両足を洗い 設けられた座に座り 両足を組み 体を真直ぐに伸ばし 心して前面に注意を据えられた

   すると 多くの僧たちが世尊の許に近づき 御足を頭に頂く礼をとり 世尊のまわりを右まわりに三度まわって かたわらに座った

240 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 00:24:42 ID:o20jTEhF]
金剛般若経 「特相の無特相」

『生けるものの世界に於いて、およそ衆生という名のもとに包摂される生きとし生けるもの、卵生のものにせよ、胎生のものにせよ、湿生のものにせよ、化生のものにせよ、
また、姿の有るものにせよ、姿の無いものにせよ、意識の有るものにせよ、意識の無いものにせよ、意識が有るのでもなく無いのでもないものにせよ、
凡そ有情界に属するものとして考えられるほどのものは、何ものにせよ、彼らをすべて、わたくしは、完全な涅槃の世界に引き入れねばならない。
しかし、そのように、たとえ無数の衆生を涅槃に導いたとしても、実は如何なる衆生も涅槃に入ったのではない。』


『もし菩薩に、わたくしという観念、或いは衆生という観念、或いは命有るものという観念、或いは個我という観念が生じるなら、彼は菩薩と呼ばれることが有り得ないからである。』


『如来は特相を具えた者として見られるべきであろうか。否である。何故なら、如来によって「特相を具える」と説かれたことは、即ち「特相を具えないこと」だからである。
凡そ特相が具わるという、その限りに於いて、それは虚偽なのである。特相が具わらないという、その限りに於いては、虚偽ではない。
従って如来は「特相の無特相」という観点から見られなければならない。』



241 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 00:30:31 ID:o20jTEhF]
金剛般若経 「法と非法」

『偉大な菩薩たちには、私という観念が起こらないし、衆生という観念も、命あるものという観念も、個我という観念も起こらない。』


『偉大な菩薩たちには、「物(法)」という観念も生じないし、「物でない」という観念も生じない。また、観念であるとか、観念でないとかということも生じない。』


『もし、偉大な菩薩たちに「物(法)」という観念が生じるなら、彼らには、かの「私」への執着が起こるであろう。衆生への執着、命あるものへの執着、個我への執着が起こるであろう。』


『もし、「物でない(非法)」という観念が生じるなら、また彼らには、かの「私」への執着も起こるであろう。
衆生への執着、命あるものへの執着、個我への執着も起こるであろう。何故なら、
偉大な菩薩は、法に執着してもいけないし、法でないものに執着してもいけないからである。』


『教法が筏に喩えられることを知る者は、法さえも捨て去らねばならない。まして、法でないもの(非法)は、尚更のことである。』

242 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 00:36:08 ID:o20jTEhF]
金剛般若経 「仏法」

『スブーティよ、如来が、この上なく正しい悟り(無上正等覚)であるとして悟ったような法が、何か有るであろうか。如来が教え示したような法が、何か有るであろうか。』


『その功徳は大きなものです。
何故なら、如来によって功徳の集積と説かれているもの、それは集積ではないと、如来によって説かれているからです。それ故如来は「功徳の集積である」と説かれるのです。』


『或る者が、この三千大千世界を七宝で満たし、如来に布施したとする。
他方、この法門の中のたとえ四句からなる詩頌一つだけでも、正しく身につけ、他の人々にも詳しく示し、説明したとしよう。
この場合、後者こそが、より大きな功徳の集積、はかりしれない無数の功徳の集積を生み出すことになるのである。』


『それは何故かなら、如来の無上の正しい悟りは、実はこの教えから生じるからである。実にこの教えから、諸仏世尊が生まれるからである。
故に、仏陀の教法即ち仏法は、実に仏陀の教法ではない、と如来は説くからである。だから仏法と呼ばれる。』

243 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 00:40:46 ID:o20jTEhF]
金剛般若経 「悟りの自覚」

世尊「スブーティよ、どう考えるか。阿羅漢に『自分は阿羅漢であることに達した』という考えが生じるであろうか。」

スブーティ「世尊よ、もし阿羅漢に『自分は阿羅漢であることに達した』という考えが生じるなら、彼には、かの自我への執着が起こり、衆生への執着、命あるものへの執着、個我への執着が起こるでしょう。
それは何故かと云いますと、かつて正しい悟りを得た如来は、『私は煩悩無く、無諍してある者のうちの最上の者である』と、仰せられました。
世尊よ、私は欲望を離れた阿羅漢であります。しかしながら、私には『自分は欲望を離れた阿羅漢である』という考えは生じません。
世尊よ、もし私に『自分は阿羅漢であることに達した』という考えが生じるなら、如来は私について、『良家の子であるスブーティは、煩悩無くしてある者のうちの最上の者である。彼は、いずこにも在るのではない。
だから、煩悩無くしてある者と云われる』などと宣言されることはなかったでありましょう。」
   

244 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/11(土) 04:12:52 ID:Blqbs3E1]
>>235
「禅スレ」といえばここがどういうところになるおまじないだと信じているのか知らないけど。
二枚舌のヨッパ氏が、業界内じゃちょっと知れた話らしきものを貼っつけたりすることがあるってだけじゃん。
んで、ナントカは悟りを言っているとか、一の如しとか、屁みたいな一言くっつけて、重大発表した気になってる場所でしょ?



このひと、本気で、生死を語るのが大事なことだと思ってるのかしら?
馬鹿だわ。真性の。

245 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 04:17:11 ID:dMlawolR]
佛告須菩提。
爾所国土中所有衆生若干種心。
如来悉知。何以故。
如来説諸心皆為非心是名為心。
所以者何。須菩提。
過去心不可得。現在心不可得。
未来心不可得。

仏、須菩提に告げたもう、
「そこばくの国土の中のあらゆる衆生の若干種の心を、
如来は悉く知る。何を以っての故に。
如来は、もろもろの心を説きて、皆非心となせばなり。
これを名づけて心となす。ゆえはいかに。
須菩提よ、過去心も不可得、現在心も不可得、
未来心も不可得なればなり。・・・」

師は言われた---スブーティーよ、
これらの世界にあるかぎりの生きものたちの、
種々さまざまな心の流れをわたしは知っているのだ。
それはなぜかというと、スブーティーよ、
『〈心の流れ〉というのは、流れではない』と、
如来は説かれているからだ。
それだからこそ、〈心の流れ〉と言われるのだ。
それはなぜかというと、スブーティーよ、
過去の心はとらえようがなく、未来の心はとらえようがなく、
現在の心はとらえようがないからなのだ。

246 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 04:21:31 ID:dMlawolR]
>>244 名無し さん

> >>235  このひと、本気で、生死を語るのが大事なことだと思ってるのかしら? 馬鹿だわ。真性の。

イワンのばかのような人になりたいから、ほめてくれたんだね、(^人^)感謝♪

247 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 04:25:54 ID:dMlawolR]
一切有為法   如夢幻泡影
如露亦如電   応作如是観
 
一切の有為法は、  夢・幻・泡・影の如く
露の如く、また、電の如し。


現象界というものは、
星や、眼の翳、燈し火や、
まぼろしや、露や、水泡や、
夢や、電光や、雲のよう、
そのようなものと、見るがよい。

248 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/11(土) 04:45:02 ID:Blqbs3E1]
>>246

イワンの馬鹿って何?
ぽったんが何を目指してるのか知らないし。

そんなの私に関係あると思う?
ぽったんが何を目指してるのか?

だいたいさあ、「なりたい」んなら「なれてない」んだから
謙遜でもしておけば?発想が横着だよ。

249 名前:素人A [2010/12/11(土) 06:26:11 ID:YuF3o5hn]
ぽつ師匠すいませんわたしもつべこべ言って。もう直ぐ雪も降るという畑に立ちつづける
案山子さん親指を立てて立ちつづけている、つべこべなにが意味が有るとか
ナイトか悟りそんなもの関係無い、凄いそん在感だという事で 私は此処にいる
親指を立てる そういえば孝子さんの歌でわたしはここにいるこの歌も凄いそん在感


250 名前:素人A [2010/12/11(土) 06:26:51 ID:YuF3o5hn]
www.youtube.com/watch?v=GBN1ZULZdLw&feature=related



251 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/11(土) 12:37:56 ID:z44lHq4L]
この曲切ないね。
でもこころに沁みる。
Aさんの感性だね、ぽったんさんは好いお弟子さんを持ってるね。
だから、ついここに来ちゃう。

252 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 15:34:24 ID:2JZs0l+x]
>>248 名無し さん

こういうときは、
「にほんごで、OK]
と言うのだろうか。。。

253 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 15:40:38 ID:2JZs0l+x]
>>249  素人A さん

>案山子さん親指を立てて立ちつづけている、

そう言う 案山子 さん、観た事が無かった・・・(;^ω^)アセアセ
それは、地球が立てた親指だね。

254 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/11(土) 16:44:22 ID:Blqbs3E1]
>>252
へへぇww

あーあーきこえなーい  ってやつね?

で?
二枚舌のヨッパのぽっ痰が何になりたいかなんて、
わたしがあらかじめ知るわけないし、別に知りたいことでもないし、
あんた何に感謝してるつもりなの?
だいたいが「なりたい」と言うからには「なれてない」んだから
ありがとうで済ませとくなんて横着もいいところだよ。

の、どこがそんなに聞きたくない話なのかしら?


255 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 17:45:40 ID:2JZs0l+x]
三十四、金剛般若波羅蜜 霊験録

  昔々、唐の国で強伯達(カンベッダル)という人が元和九年(八百十四年)に方州という所で悪質な病気になり、長い間苦しんでいました。
伯達(ベッダル)は大風癩疾(皮膚の病気)にかかり、世間では捨てられる人と言われ、これ以上人間として生きることは難しかった。
両親兄弟は心配し、様々な薬を作っても薬効もなく、命は生きていても肉体は腫れ上がって、とうてい見る事ができない姿なので父子の間で決心して家族と村から離れ、食べ物を持ち、父は伯達を背負って、深い山谷の岩の中に捨てたのです。
父子は胸を痛ため、涙を流し、やがて別れました。

 伯達は何ヶ月かを一人で過ごす間、食べ物もすべて食べ、病気で苦しんでいると、一人の僧侶が現れました。
その僧侶が話す言葉は「お前が金剛般若波羅蜜の四句を一生懸命唱えれば、この病気は治るのだ」と言ったので、伯達はその僧侶の教えを聞いた後、口を開いて数日間唱えていました。

 すると、ある日、伯達が意識も薄れてきた時に、突然、一匹の大きな怖い虎が現れ、食べられそうになったので、恐怖で目をつぶり、この上ない心で金剛般若波羅蜜の四句だけを一生懸命唱えました。
すると虎がその腫れて痛む場所を舐めてくれたのです。
そして、氷のような冷たい薬を口から出して舌で塗ってくれたので、突然苦痛が消えてなくなったのです。
すると虎は行ってしまい、その舐めた部分の病気は治ってしまいました。

 さらに、その次の日、僧侶が山から枯れた蓬の草を一束もって来て、向こう側の小川を指差しながら、痛い箇所をこの草と水で洗いなさいと言われた。
伯達が有難く声を枯らすほど泣きながらお礼を100回以上するので、僧侶はやさしく背中をさすって、洗ってくれたのでした。

金剛般若波羅蜜の四句は曰く
「若以色見我(ヤギセッギョナ) 以音声求我(イウムソングア) 是人行邪道(シインヘンザド) 不能見如来(ブルヌンギョンニョレ)」 というものでした。

この金剛般若波羅蜜の四句は、
「もし、姿として私(お釈迦様)を肉眼で見ようとしたり、声で私を探そうとしたりすれば、この二つはすなわち邪道をなす者だ。如来を永遠に見ることはできないのだ。」
という意味なのです。

256 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 17:51:22 ID:2JZs0l+x]
>>254 名無し さん

さっき見たけど、舌は1枚だったよ・・・・・……(-。-) ボソッ

257 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/11(土) 18:23:42 ID:Blqbs3E1]
>>256
二枚舌が言う「俺の舌は一枚だ」なんて
自称無師独悟と同じくらいの信憑性しかなくない?

258 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 18:37:22 ID:2JZs0l+x]
金剛般若経

「もろもろの菩薩・摩訶薩はまさにかくの如く、清浄の心を生ずべし。まさに色に住して心を生ずべからず。まさに声香味触法に住して心を生ずべからず。まさに住する所無くして、しかもその心を生ずべし。」

  菩薩・摩訶薩は、清浄の心をおこさなければならない。
何ものかにとらわれた心をおこしてはならない。
形にとらわれた心をおこしてはならない。
声や香や味や触れられるものや心の対象にとらわれた心をおこしてはならない。
たとえば、愛して、愛にとらわれず、憎んで、憎しみにとらわれない境地をいう。

「もし菩薩に、我相・人相・衆生相・寿者相あらば、すなわち、菩薩にあらず。」

相とは、形跡である。執着すると形跡となり、心は虚空とならない。滞って自由がない、これを相という。
妄想心があれば、良心が実現出来ない。妄想心があれば、四相がある故に、妄想がなくならない。
無我の境界に入ろうとすれば、四相を滅する必要がある。
我相を滅することが出来れば、その下の三相は自ずから消える。

我相は、我が身を自愛し、一日営々として名利を追い求め、自分一身、自分の子孫の為を計る。全てこれは我相である。
人相は、他人と我を分別し、他人の威勢のよさを見ては、たよりにすることやまず、人の衰え弱っているのを見れば、怒りや嫌悪の思いがやまない。他人を嫉み、人に施すを惜しみ、彼我の観念が対立しているのが人相である。
衆生相は、宇宙の本体と万物の実相を知らずに、ただ自身の色受想行の五蘊での縁起仮合なるものを真として誤った見方をする。
貪瞋痴愛、これら全ては衆生相である。
寿者相は、妄りに寿命の長短をはかり、幸福と利益を望む観念を寿者相という。

心にこれらの相があるならば、それは菩薩ではなく、衆生である。
もし、分別意識があるなら、それは衆生であって、菩薩にはなれません。
分別心、すなわち、我、人、あなた、私という区別する心があれば、「意識作用」があるということになります。
もしなければ、天性、つまり、天上の大愛、仏の慈悲心、というただ純善無垢の心があるだけです。
これが天理、佛性、霊性といわれるもともと誰もが持っている自性です。

259 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 18:39:27 ID:2JZs0l+x]
>>258
「菩薩は法においてまさに住する所無くして布施を行ずべし。いわゆる、色に住せずして布施し、声・香・味・触・法に住せずして布施するなり。
須菩提よ、菩薩はまさにかくの如く布施して相に住せざるべし。何を以ての故に。もし菩薩、相住せずして布施せば、その福徳は思量すべからざればなり。」

菩薩は、布施しても、布施したと言う痕跡が残らないようにしなければならない。
施者(布施した人)は布施したことを忘れ、受者(布施を受けた人)は布施されたことを忘れ、施物(布施の対象物)は布施された物を忘れるという、三者が清らかで跡に痕跡が残らない布施を三輪清浄(三輪体空)の布施といい、純善無垢の布施です。

「およそあらゆる相は皆これ虚妄なり。もし諸相は相にあらずと見るときは、すな わち如来を見る。」

およそあらゆる形相は、みな実体がなく因果によって起り、因果によって消えいくものである。
もしこのように諸相をみるならば、形のある如来ではなく、真の如来にまみえることができる。

「過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得。」

過去心は認識され得ず、現在心は認識され得ず、未来心は認識されえない。

「若以色見我、以音声求我、是人行邪道、不能見如来」

「もし色を以て我を見、音声を以て我を求むるときは、この人は邪道を行ずるもの、如来を見ること能わざるなり。」

かたちによって、わたしを見、声によって、わたしをもとめるものは、まちがった努力にふけるもの、かの人たちは、わたしを見ないのだ。

「一切の有為法は、夢・幻・泡・影の如く、露の如く、また、雷の如し。まさにかくの如き観を作すべし。」

  一切の現象界は、夢・幻・水泡・影・露・雷のごとく、実質があるものでなくはかなくすぐ消え行くものである。
そのようなものと認識するがよい。

260 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 18:42:11 ID:2JZs0l+x]
>>257 名無し さん
> >>256
> 二枚舌が言う「俺の舌は一枚だ」なんて自称無師独悟と同じくらいの信憑性しかなくない?

そうなんだろうね。



261 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/11(土) 18:53:12 ID:Blqbs3E1]
>>260
でしょー?

262 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 18:54:38 ID:2JZs0l+x]
>>261 名無し さん
> >>260
> でしょー?

そうなんだろうな。

263 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/11(土) 19:04:26 ID:Blqbs3E1]
>>262
でしょー?

264 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 19:20:16 ID:2JZs0l+x]
>>263 名無し さん
> >>262
> でしょー?

そうなんだろなー

265 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/11(土) 21:57:17 ID:iyjhn1EP]
空についてだ。
金剛般若経には、空の字が、無いと言う。
だが、
薪を売って母を養っていた文盲の五祖、慧能禅師は僧が読む金剛般若経を聞いて、突如、さとったとか。
禅における悟りは、色即是空である。
慧能禅師のさとりも、色即是空である。
これにちなんで、
般若心経と供に、金剛般若経は、臨済宗のお経ともなっている。
金剛般若経の説きかたは、「AはAではない、だから、Aと言う」と言うものだ。
これは、なんだろうか。
まさに、色即是空、を言っている。
ここが欠落してしまってるよ。
もっとも大切な、さとりをあなたは見失った。

266 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/11(土) 23:53:46 ID:Blqbs3E1]
>>265
「他人の生死はどうでもいい」んだそうだ。
そう言ってる口が「あなたは見失った」だそうだ。
ばかばかしい。

てめーの欠落を他人になすりつけるんだよね。奇妙な人々。
まず欠落をつくり出して、その後でおまじないを持ち出す。
そりゃ、あんたはそれが恐いのかもしれないけどさ。

267 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 00:12:56 ID:K2a3zZTb]
>>266 名無し さん

(◎_◎) ン?

268 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 01:14:03 ID:K2a3zZTb]
3.『金剛般若経』

「仏、須菩提に告ぐ、その所の国土の中に所有の衆生ありて、もし、千種の心あるも、如来はことごとく知る。何をもっての故に。如来は諸の心を説くも、みな心にあらずとなす。これを名づけて心となす。
ゆえはいかん。須菩提よ、過去の心は不可得なり。現在の心も不可得なり。未来の心も不可得なり。」

「不可得」とは、得られない、存在しないということ。

過去の心は、刹那生滅現象変化して現在や未来の心となるので、過去の心といわれるものは存在しない。
同じように、現在の心も瞬時に過去の心となるので、現在の心といわれるものは存在しない。
また、未来の心も瞬時に現在の心となるので、未来の心といわれるものは存在しない。

このように、我々の住む世界は、瞬時に刹那生滅しつづけていて、過去・現在・未来はどこにも存在する場がない。
ゆえに、過去・現在・未来の心といえるものは存在しない。
つまり、心はどこにも存在しないということになる。
元来、心は存在しないのですから、自己の心に束縛されるということはない、というもの。 』


こころ ころころ・・・か

269 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 01:25:09 ID:K2a3zZTb]
徳山 三世心不可得

唐代の禅僧で、『金剛般若経』を究めたことで有名な徳山宣鑑(780―865)という禅僧がおりました。
『碧巌録』によれば、徳山は西蜀の成都にあって、『金剛般若経』を講じていましたが、南方で非常な勢いで広がりはじめていた禅宗に対して批判的で、禅宗を論破するために湖南省の?州に赴きました。

一軒の茶店をみかけ、おやつに餅でも食べようと思って立ち寄りました。
茶店の主人は一人の老婆でした。

徳山がいかにも重そうにして、背中の荷物を下ろすのを見て、その老婆は言った。
「背負っておられるのは一体何ですか。」
「『金剛般若経』というお経の注釈書だ。」と答えると、老婆はいきなり奇妙なことを言いだした。
「一つ伺いたいことがあります。この問いに答えられれば、この餅は布施しましょう。だが、答えられなかったら、お売りすることはできませんので、よそで求めて下さい。」
「言ってみなさい。」徳山が毅然と答えると、
老婆はおもむろに問うた。「あなたが究められた『金剛般若経』には、過去・現在・未来の三世にわたって、心は存在せず空である、と説かれているそうです。あなたはこの餅を、過去の心・現在の心・未来の心の何れの心で食べようとされるのですか。」
茶店の一老婆から、思いもよらない質問をされ、徳山は何一つ答えることができませんでした。
もちろん、餅も食べることができず、老婆に頭を下げて、その場を立ち去ったというものです。
『金剛般若経』を究め尽くしたはずの徳山が、茶店の一老婆に見事に論破されました。
徳山は『金剛般若経』の文字の意味を理解していたものの、経の生命である「心」の本義を自分のものにしていなかった。

270 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/12(日) 01:35:00 ID:qPwL7LOz]
ログあさりしてせったんのレス探してこよっと。



271 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 01:36:17 ID:K2a3zZTb]
5.道元禅師の心の把捉

この徳山三世心不可得の逸話を、道元禅師は自著の『正法眼蔵』の「心不可得の巻」に取り上げられています。
高橋賢陳氏の『全巻現代訳正法眼蔵 上巻』を参考に、道元禅師の心の把捉を究明していきたいと存じます。

「過去の心不可得、現在の心不可得、未来の心不可得」というのは、仏祖が修行によって得られたものです。
その意味は、過去・現在・未来の心が得られないというのではなく、過去・現在・未来という時間的な束縛があるということです。
束縛とは時間を自分のものにしていることです。
つまり、自分の思慮や分別が心不可得なのです。
四六時中、時間を自由に使っているこの全身が心不可得なのです。

古来より、仏祖の室に入ることを許された者が、親しく受け継ぐことによって、心不可得を会得してきました。
道元禅師は、その実例として、徳山宣鑑の「三世心不可得」を取り上げられます。

272 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 01:37:29 ID:K2a3zZTb]
>>271
徳山は、『金剛般若経』を究めたと自称し、周金剛王ともいっていた。
青龍道氤の『金剛疏』の講釈を得意としていた。『金剛般若経』に関しては当代第一と自負していたが、実は文字をいじくる偽者であった。

龍潭の崇信の法座が開かれていることを耳にし、南方へ赴いた。
その時、偶然に一老婆と出会った。徳山は、「あんたは何をされる人ですか。」と問うた。
老婆は、「餅を売る婆々です。」
「わしに餅を売ってもらおうか。」
「和尚さんは餅を買ってどうなさる。」
「餅を買って空腹をしのごうと思う。」「背負っておられるのは何ですか。」
「わしは周金剛王で、『金剛般若経』を究めた者だ。ここに持っているのは『金剛般若経』の解釈本だ。」
「それでは一つお伺いしたいことがあります。『金剛般若経』には、過去心不可得・現在心不可得・未来心不可得という言葉があるそうですが、いま和尚さまは、この餅をどの心で食べようとされるのですか。」と問うた。
徳山は、何も答えることができなかった。
老婆は餅を売らずに立ち去った、というもの。

273 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 01:45:17 ID:K2a3zZTb]
道元禅師は、徳山に対して、得道にはほど遠い人であり、龍潭の崇信に出会った後も、依然この老婆を恐れたであろう。嘆かわしいことであると言う。

一方、老婆は得道の人かといえば、決してそうではない。
大宋国の多くの修行僧は、徳山が答えられなかったことを笑い、老婆が優れて明敏であったことを褒め称えるが、それは愚かなことである。
老婆が得道の人であるならば、「和尚さんは答えに困っておられます。私に問いなさい。私の方から和尚さんにお答えしましょう。」と言ったであろう。

試みに、徳山に代わって私(道元禅師)が言おう。
老婆が先のように問うたならば、徳山は老婆に向かって、「過去・現在・未来心不可得ということならば、私に餅を売りなさんな。」と言えば、明敏な修行者といえるであろう。

もしまた、徳山が老婆に向かって、「過去・現在・未来心不可得ということなら、今どの心で餅を売ろうとしているのか。」と問えば、
老婆は徳山に向かって言うがよい、「和尚さんは、ただ餅が心を食べることはできないということだけをお知りになっていて、心が餅を食べるということをお知りにならない。心が心を食べるということをもお知りにならない。」と。こう言えば、徳山はまごつくであろう。
その時、徳山に餅三個を渡してやりながら、「これが過去心不可得・現在心不可得・未来心不可得である。」と言えばよい。
もし徳山が取ろうとしないならば、餅を一つつまんで徳山に投げつけ「この腑抜けめ、ぼんやりして何のざまだ。」と言うがよいであろう。
このように、徳山も老婆も仏道に無知であり、哀れむべきことである。
かくなれば、過去心・現在心・未来心を、問うことも、言うことも、未来永刧に不可得という他はないのである。

道元禅師は、仏道を学ぶ者の用心を、「即心是仏、不染汚即心是仏なり。」と示されるように、心はそのまま仏そのものであることを体得しなければならないことを教示されます。

この逸話は、学問を志す者が常に求道者であることを忘れてはならないことを教えます。

274 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 02:05:10 ID:K2a3zZTb]
金剛般若経 第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある時、師は、千二百五十人の比丘と、サーヴァッティ市の、ジェータ林にある、人々に食を施す、長者の園に滞在していた。

師は、朝の内に、下衣を着け、鉢と上衣を取り、サーヴァッティの町を、食を乞いながら歩かれた。
師は、食事を得て、食べ終わると、托鉢から帰られ、設けられた座に、体を伸ばして座り、精神を集中した。
すると、比丘たちは、右繞の礼をした後、傍らに座った。

第二章

丁度、その時、スブーティ長老も、その同じ集まりに、来合わせていた。
スブーティ長老は、座から立ち上がり、師の居られる方に合掌して、こう言った。

「師よ、素晴らしいことです。如来、応供、正等覚、によって、菩薩が最上の恩恵に包まれるとは。菩薩に最上の委嘱が与えられるとは。
ところで、師よ、菩薩に向かう人々は、いかに生活し、いかに心を保つのですか。」

師は、スブーティ長老に対して、こう答えた。
「スブーティよ、あなたの言う通りだ。如来は、菩薩を最上の恩恵で包んでいる。如来は、菩薩達に最上の委嘱を与えている。故に、スブーティよ、よく聞いてよく考えよ。菩薩が、いかに生活し、いかに心を保つのかを。」

スブーティ長老は、師に向かって、こう答えた。
「そうして下さいますように、師よ。」

275 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 02:13:17 ID:K2a3zZTb]
金剛般若経 第三章 第四章
師は、このように話し出された。「スブーティよ、菩薩の道に向かう者は、次のような心を、起こさなければならない。」

『生きとし生けるもの、
卵から、生まれ出たもの、
母胎から、生まれ出たもの、
湿気により、生まれ出たもの、
他から生れず、自ら生れたもの、
形のあるもの、と、形のないもの、
想のあるもの、また、想のないもの、
想があるでもなく、ないでもないもの、
そのほか、ありとあらゆる生けるものを、私は、無余涅槃に、導かなければならない。しかし、こうして、永遠の平安に導こうとも、実は、誰一人、永遠の平安には導かれていない。』

「それは、何故かと言えば、スブーティよ。もし、生きものという実体に、囚われるなら、もはや、かれは、菩薩と、言えないからである。」

「それは、何故かと言えば、スブーティよ。もし、自我や生命という実体に、囚われたり、もし、個体や個人という実体に、囚われるなら、もはや、かれは、菩薩とは、言えないからである。」

「また、スブーティよ、菩薩たるもの、何かに囚われて、施しをしてはならない。形に囚われながら、施しをしてはならない。果報を求めるという、思いに囚われないように、スブーティよ、菩薩は施しをしなければならない。」

「それは、何故かと言うと、スブーティよ。もし菩薩が、囚われることなく施しをすれば、その功徳が重なり、計り知れぬ程になるからだ。スブーティよ、東の方の虚空の量を、計り得るか。」

「いいえ、師よ、計り知れません。」

「スブーティよ、これと同じように、南や、東や、北や、下や、上の方角の、あまねく十方の虚空の量を、計り得るか。」

「いいえ、師よ、計り知れません。」

「スブーティよ、これらと同じことである。もし菩薩が、囚われることなく施しをすれば、その功徳が重なって、計り知れないほどになる。スブーティよ、このように、菩薩の道に向う者は、果報を求めるという、思いに囚われずに、施すのだ。」

276 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 02:25:23 ID:K2a3zZTb]
五章 六章
「スブーティよ、あなたは、どう思うか。如来には特徴があると、見るべきだろうか。」

「師よ、そう見るべきではありません。というのも、如来は、こう説かれてます。『特徴があること、とは、特徴がないこと』」

「スブーティよ、こう考えなさい。特徴があると断じれば、偽りであり、特徴がないと断じるなら、偽りである。特徴があること、かつ、特徴がないこと、その両方から、如来を見なければならない。」

スブーティ長老は、師に、このように尋ねた。
「師よ、これから先、後の時世になって、第二の五百年代、正しい教えが滅びる頃に、このような経典の言葉が、説かれたとしても、それを真実だと思う人が、誰かいるでしょうか。」

師は、スブーティ長老に、このように答えた。
「スブーティよ、そう考えてはならない。第二の五百年代、正しい教えが滅びる頃に、このような経典の言葉が、説かれるときには、それを真実だと思う人が、誰かいるに違いない。

また、これから先、後の時世になって、第二の五百年代、正しい教えが滅びる頃に、徳が高く、戒を守り、智が深い、菩薩ならば、このような経典の言葉が、正しく説かれるとき、スブーティよ、それを真実だと思うに、違いない。

菩薩は、一人の仏陀に帰依をする訳ではない。既に、幾千万の仏陀に帰依し続けているのである。
それゆえ、このような経典の言葉が、説かれるとき、彼らは、ひたすら清らかな信を、得るに違いないのだ。

この後、菩薩が、膨大な功徳を積むことを、如来は、よく知っているし、よく見ているのだ。
菩薩は、実体があるとも、実体がないとも思わず、思う思いも、思わない思いも、抱かないからである。

もし、彼が、実体があると考えるなら、彼に、自我に対する執着があることになる。
もし、彼が、実体がないと考えるなら、考える、つまり、実体があると考えるなら、彼にも、自我に対する執着があることになる。

菩薩は、法則に囚われてもいけない。また、非法則に囚われてもいけないのだ。この極意が、筏の比喩に、よく現れている。

『川を渡るには、筏が必要となる。川を渡り終えたら、筏は不要となる。いつまでも、筏に囚われてはならない。』
法さえも、棄てなければならないのに、まして、法でないものは、なおさらである。」

277 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/12(日) 02:46:27 ID:K2a3zZTb]
いかだのたとえ

金剛般若経

菩薩は、一人の仏陀に帰依をする訳ではない。既に、幾千万の仏陀に帰依し続けているのである。
それゆえ、このような経典の言葉が、説かれるとき、彼らは、ひたすら清らかな信を、得るに違いないのだ。

この後、菩薩が、膨大な功徳を積むことを、如来は、よく知っているし、よく見ているのだ。
菩薩は、実体があるとも、実体がないとも思わず、思う思いも、思わない思いも、抱かないからである。

もし、彼が、実体があると考えるなら、彼に、自我に対する執着があることになる。
もし、彼が、実体がないと考えるなら、考える、つまり、実体があると考えるなら、彼にも、自我に対する執着があることになる。

菩薩は、法則に囚われてもいけない。また、非法則に囚われてもいけないのだ。この極意が、筏の比喩に、よく現れている。

『川を渡るには、筏が必要となる。川を渡り終えたら、筏は不要となる。いつまでも、筏に囚われてはならない。』
法さえも、棄てなければならないのに、まして、法でないものは、なおさらである。」  』


この場合の「法」は、存在を言うのか、真理を言うのか。
いかだは存在であっても、真理ではない。
小乗、大乗、
と言う場合の乗、つまり、乗り物、と言うことだろう。
乗り物、と言う手段、方法、は役目を終えたら、自然と不要になる。

般若心経の言う彼岸(ひがん)とは、空である。
此岸(しがん)とは、色である。
川をわたるということは、真理、さとり を言う。

いかだは、真理ではない。

278 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/12(日) 06:10:27 ID:0r2eJjZ2]
捨てるのは真理も悟りもだ。
いつまでも真理だ、悟りだにこだわってる己の虚栄心を捨ててしまえと
言われてるだろう?
虚栄心って意味解りますか?


279 名前:素人A [2010/12/12(日) 07:55:20 ID:bwJek2tM]
今朝の夢も意味不明?私は何か解らんけど学生になっていて外の世界?社会観察というか解らん事させられていた。?
崖のぼつて上に四角い小さな穴に無理やり入らせられたり、人の家を覗く是は観察何か意味有るのか解らんけど
気が進まんのに人の家の中を覗く、すると横に変なオツさんが仲間と思って一緒に覗く中暗く
良く見えない、そうしていたら家の婆さんが帰ってきて私とぶつかり途端その家の人に変な人は捕まった?私もヤバイ
悪人では無いのに逮捕されるのかと思ったら、家の人はあなたは○○先生の勉強で覗いていると言えという、うん確かに
そうだからはい。私は逮捕されなく晴ればれな思い不公平だがまあいいか?



280 名前:素人A [2010/12/12(日) 08:30:52 ID:bwJek2tM]
過去現在未来餅ろん食う 



281 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/12(日) 08:40:06 ID:PWT0J6Yj]
全ては己のこころの中。

282 名前:素人A [2010/12/12(日) 09:12:34 ID:bwJek2tM]
夢の中の私の行動が皆に解りきっているのに?私ともう一人の人?
だけ解ってない。何でかそして前みたら師匠の公案。徳山さんが婆さんの
餅食えなかった話、あれ何で婆さんが夢にも出ていた偶然か?
過去現在未来の永遠の餅を食うとは、独入り餅よくなくても恐れなければお腹いっぱい
笑っちゃうけどまだ師(死)怖いで居たい?



283 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/12(日) 09:44:22 ID:PWT0J6Yj]
Aさん、ボケ担当の悟り人でないの?
人につっ込ませて悟りを説く?
さては、ぽったんさんも、大ボケ担当の大師匠?

284 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/12/12(日) 14:32:34 ID:iy2Q+U04]
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタンと称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥も分らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも20数年間もこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

285 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/12/12(日) 14:33:15 ID:iy2Q+U04]
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること意外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
||                                  。  ∧_∧              ||
||                                  \(´・ω・`)   いいかな・・?  ||
||                                    ⊂ ⊂ )旦~           ||
||___∧ ∧___∧ ∧___ ∧ ∧__ ∧ ∧___| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_______||
      (  ∧ ∧__ (  ∧ ∧__(    ∧ ∧__(   ∧ ∧   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   〜(_( ∧ ∧(  (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い。
     〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
       〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ   〜(___ノ


286 名前:野孤禅スレです mailto:sage [2010/12/12(日) 14:34:13 ID:iy2Q+U04]
ぽったんの見性渇望物語を語ってみよう。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場に働く女から金色の炎が立ち上がってるのを見て、見性したというのがことの始まりであった。
勿論、見性とはまったく無縁のことは云うまでもなく、当然のことながら呆れた幼稚さに批判非難紛々であった。
それでもぽったんはそれが見性だという持論で仕切りに反駁したが、誰一人、頷くものがなく、渋々引っ込めざるを得なかった。
暫らくこの自説を封印して大人しくしていたのだが、持って生まれた猛烈な虚栄心はそれで収まる訳はなかった。
次には新たに、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」と童話風物語を語り始め、これが見性ですと新説を打立てた。
それが素性の知れぬマンゴー先生とかいう者に見性してると”認定”され、今日までそれがぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
しかしそれだけではまだ虚栄心を満足させることができなかった。
その後、「隻手の音声」という公案について、頭の中で組上げた理屈でもって、音を聞いたと吹聴し始めた。
だが、そうはいったものの、ある人物から「本当は聞こえない」と指摘されたことから、組立てた理論が敢なく崩れ落ちてしまった。
すっかり自信を失なってしまったぽったんは、ここでも見性の自説を下さざるを得なかったのである。
その後は、音が聞こえるのは色即是空までで、その体験後は音は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
その度に、都合の良い解釈をするもので虚言癖もなかなかのものである。
またつい最近では、方々のスレで「無とは何か」などと、公案がパズルであるかの如く回答を募って師匠然を気取っていた。
しかしこれもまた、ある人物からトラック一杯の答えを集めても正解などはないと指摘され、あえなく撤退してしまう嵌めになった。
このようにどれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためであるのは明らかである。
真に見性してものであれは実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、誰が何を言おうと一切右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
次は何を言い出すのか実に見ものであるが、このようにポッタンの見性への思いは渇望というより飢餓に近いと言えるのかもしれない。

287 名前:ゴンガラ ◆9sX8uINWgQ [2010/12/12(日) 18:22:24 ID:XjvVz9Mu]
ミートS(ピンク)80の選手初めてひいた。青木。パワーも67もある。
そして、マグエスが、止まらない。15HR。

288 名前:素人A [2010/12/13(月) 06:21:25 ID:F2Ocops7]
あるとき仏殿にかかつている大小の鈴が風に吹かれて鳴っているのを聞いて、僧加難提尊者は
伽耶舎多にたずねた「これは風が鳴るのであろうか。鈴が鳴るのであろうか」
伽耶舎多が答えて言った「風が鳴るのでも鈴が鳴るのでもありません。私の心が鳴るのです」
尊者はかさねて問うた「その心とは、どういうものか」
伽耶舎多が申し上げた「風も鈴も、ともに静寂だからです」
尊者は言った「善いかな、善いかな、和が道道をつぐものは、お前の他にだれが居ようか」
さあ良いかな良いかな何かわからんでも書き終わったし、大王さんもゴンガラさんも来たし
ここは寂しく無いまあ良いかな

289 名前:「シコシコの道」ぼったん禅w [2010/12/13(月) 10:56:54 ID:k/DQKmup]
地球に巨大妄想禅隕石「シコシコの道」接近中w
ぼったん「なんかシコシコする」シコシコ、シコシコ
素人A「落ち着かないわね、シコシコ」シコシコシコ
「何か変」シコシコシコシコ。

290 名前:「シコシコの道」ぼったん禅w [2010/12/13(月) 11:00:40 ID:k/DQKmup]
ぼったんウンコ書き込みとコピペのの動機w
1、かまって頂戴と上から目線オナニー師匠妄想主人公ぼったんオンリー至福による書き込みだけ。
2、強烈な自己愛自己語りが自慢、
3、嘘つき、言行不一致、口先だけ、有言不実行、身についてない事を身についているが如くに書き込む
4、ごまかす、
5、話をそらす、
6、誠意がない、 反省しない、自己観察ができない、しようとしない、
7、虚栄心だけ、
8、知ったかぶり、妄想的に仏教用語、禅用語を無駄に付け加え自己、念、思考を引き起こすw
9、質問にキチンと解答しない、
10、理解していない禅語録、無理やり仏教用語に接続し実用性ゼロ禅用語垂れ流し、
11、オナニー的自己満足的カキコが多い、
12、シャブ禅疑惑、
13、仏教用語、禅用語だけで生活と無関係書き込みでオナニー果てる書き込み
14、相手なくとも、オナニー的放出かまってちょうだい心理から書き込みを突然始める
15、禅用語、禅語録のぼったん書き込みとぼったん会話、解答姿勢が不一致、

ぼったん悟りは仏教用語を
仏教用語何々Aは仏教用語何々Bであると、
仏教用語何々A=仏教用語何々Bと言う論理なんだわ、
矛盾した意味を仏教用語何々A=何々B仏教用語で
ライフスペースのグルの様に「定説」としてむやみデタラメに接続し、
不立文字の公案の意味= 仏教用語何々で
ライフスペースのグルの様に「定説」としてむやみデタラメに接続し
具体的意味がなくなる、意味不明で仏教用語ブツブツ書き込みナ訳、素人エーも同じ、(故に自演)
ぼったんは無駄な妄想、形容詞、表現、思考、仏教用語、禅用語を付け加えて、
自己、念、思考を引き起こし観念妄想の穴に落ち込みオナニーにふけり、
日常を失うww



291 名前:「シコシコの道」ぼったん禅w [2010/12/13(月) 11:04:09 ID:k/DQKmup]
しかし、ワイの精神の天台、真言、唯識の実践配備が決まってきたなw
だがw禅は、決まらんなあww
実践配備の雰囲気は出来つつあるんだが、実用色一色なもんだから、禅は、
ぼったんみたいに、シコシコしてればいいというものではないからねえw禅はw

292 名前:「シコシコの道」ぼったん禅w [2010/12/13(月) 11:12:25 ID:k/DQKmup]
地球に巨大妄想禅隕石「シコシコの道」接近中w
ぼったん「なんかシコシコする」シコシコ、シコシコ
のエネルギー反応は
267 :チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM :2010/12/12(日) 00:12:56 ID:K2a3zZTbより、
277 :チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM :2010/12/12(日) 02:46:27 ID:K2a3zZTbまで、

ぼったん大量シコシコの道のエネルギー反応現象が起きたようですww


293 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 14:40:12 ID:TlHqT/D6]
>>279 素人A さん

夢を分析すると言う、フロイトの「夢分析」と言う心理学がある。
家と言うのは、異性、特にからだ。。
のぞくと言うのは、興味、あるいは性欲。
と言うわけで、どなたか気にかかる異性の方がいるのかなー、と思いました、岩陰 |_・) チラリ!

でも、これは100年ぐらい前の学問で、現在では他の説明をするようです。

294 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 14:42:59 ID:TlHqT/D6]
>>280 素人A さん

> 過去現在未来餅ろん食う 

空であると受け取れば、輪廻は、ない。

295 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 14:52:31 ID:TlHqT/D6]
>>283
> Aさん、ボケ担当の悟り人でないの?
> 人につっ込ませて悟りを説く?
> さては、ぽったんさんも、大ボケ担当の大師匠?

296 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 15:08:11 ID:v505k6BS]
>283 名無し さん

さとらせる、そう言う事はできないでしょうね。
あくまでも、
冷暖自知 です。
よく言われるたとえに、馬を水辺にまでは連れて行けるが、飲むのは馬自身である、と。

ボケでも、突っ込みでも、水を飲ませようと必死です、(汗)

297 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 15:10:06 ID:v505k6BS]
>>287 魔法のマント さん

> ミートS(ピンク)80の選手初めてひいた。青木。パワーも67もある。 そして、マグエスが、止まらない。15HR。

ゲーマーの面目躍如と言ったところでしょうか・・・

298 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 15:33:49 ID:v505k6BS]
>>288 素人A さん

> あるとき仏殿にかかつている大小の鈴が風に吹かれて鳴っているのを聞いて、僧加難提尊者は伽耶舎多にたずねた。「これは風が鳴るのであろうか。鈴が鳴るのであろうか」
伽耶舎多が答えて言った。「風が鳴るのでも鈴が鳴るのでもありません。私の心が鳴るのです」

尊者はかさねて問うた。「その心とは、どういうものか」
伽耶舎多が申し上げた。「風も鈴も、ともに静寂だからです」

尊者は言った。「善いかな、善いかな、和が道をつぐものは、お前の他にだれが居ようか」  』

  

同じような公案が、無門関にもあったのを思い出した。

無門関 第二十九則  非風非幡

風が寺の旗を鳴らしていた。
一人の僧が旗が動く、と言い、他の一人の僧が風が動く、と言い合っていた。
和尚が「風が動くのではない、旗が動くのではない、貴方の心が動くのだ」と言った。
二人の僧は畏れ入った。


すべて、ユニヴァースを 自他不二 で受け取るわたしは、こう言う。
風も、旗も、二人の僧も、和尚も、
一の如し、と。

299 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 16:14:08 ID:v505k6BS]
やっと鬼さんの言う「いかだのたとえ」が、さとり、真理を述べたものではなく、手段、方法についての事だった、と、知った。

鬼さんの観は、何処に向かってのものなのだろうか?
自他に向かっているのだろう、思う。
であれば、自説に固執(こしゅ)する事もあるまい、と思う。
お互いに、聴けよ、聞く耳を持てよ、と言い合っても、つまらないから。
検事や弁護士のように、空の一時が、何処にあるんだ!と、留まるのは、どういうものかな?
先にも言ったけど、サン・テクジュベリが「星の王子様」の中で語ったように、「大切なものは、眼に見えない」 んだよ。
禅では、これを 「不立文字・ふりゅうもんじ」 と言う。
文字では、さとり、真理は、言い表せない、のだよ。
そこに、公案が登場してきた。
公案の登場のいきさつは、中国において、国王により禅の弾圧があり、仏典は焼却され、禅僧はとらえられて、死刑になった。
それで、中国各地の奥地に逃れた僧達は、その土地の里謡、民謡にさとり、真理を織り交ぜて、伝えた。
これが公案である。
公案は、難解(なんげ)である。
鬼さんの理解は、クイズだ!などと言うビックリものだが。
そういう時は、クイズだ!などと、自己弁護などせず、自己に素直に、わからないよ、と言うべきだったね。
学びのチャンスを自ら、放棄してしまったようだ。

>真の悟りを得て、止観による正しい修行の方法を弟子にも教え、真面目に修行した弟子も悟りを得た。

と言うことなのだけれど、鬼さんの言う諸事情は、分かったから、さとり、真理、とはなんだろうか。

わたしは、これである。
さとりとは、
色即是空である。

300 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/13(月) 17:02:09 ID:m7imBjTb]
>>299 おまえにぶいよ。勉強頭に入ってないのか?
素養がゼロ。



301 名前:素人A [2010/12/13(月) 18:22:56 ID:F2Ocops7]
空がこの世に来て仕事しても大雑把な事しか出来ない。細かく色色分別して考え
なきゃ失敗は多いし碌な事は出来ない。さあとりあえずでナイトいかんよう、生が無いよう。
崖に登って穴に入るはあれか?私は一尺竿後一歩進むばかり、個の世に用があるのだ悟っては入られない


302 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 18:30:56 ID:Qr0/BfIJ]
>>300 名無し さん

> >>299 おまえにぶいよ。勉強頭に入ってないのか? 素養がゼロ。

ゼロ、いいよねー、すっからかん、だもの。

あなた自身の事は語る事はないの?

303 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 18:38:51 ID:Qr0/BfIJ]
>>301 素人A さん

> 空がこの世に来て仕事しても大雑把な事しか出来ない。細かく色色分別して考えなきゃ失敗は多いし碌な事は出来ない。

空は、存在の真理、
法は、存在とも真理とも言うが・・・

おしゃか様の遺言は、
自灯明
法灯明、

304 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 19:07:15 ID:Qr0/BfIJ]
> あるがままが、あるがままを観るとき、それは可能です。

アル・カポネ

アルフォンス・ガブリエル・カポネ
Alphonse Gabriel Capone

 アルフォンス・カポネ(昔から「カポネ」と日本では呼んでいるけど「カポーン」と呼ぶらしい、イタリア風には最後が「i」で「カポーニ」)
はブルックリンのスラム街で育ち(父はガブリエル、母はテレーザの四男で1899年1月17日に生れた)、

と言うわけで、
アル、かポーンの母親は、テレーザ である。

話しを戻そう。

あるがまま は、テレーザである。

> あるがままが、あるがままを観るとき、それは可能です。

アル、かポーンの母親であるテレーザが、アル、かポーンの母親であるテレーザを観るとき、なにが出来るになる。・・・のか?

では、出来ないになるときは、どういうときか?

混迷に混乱が続く・・・なぁー

305 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/13(月) 20:36:45 ID:uwx5kExl]
見えてるものが大切なものだったりすることもあるけどね。

不立文字ってよりもさ、
浅はかなんじゃん?

306 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 21:06:12 ID:Qr0/BfIJ]
>>305 名無し さん

> 見えてるものが大切なもの

大切って?

307 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/13(月) 22:32:21 ID:Qr0/BfIJ]
>(鬼 さん) 色即是空がさとりというのは妄想じゃ。

(uma さん) これも片輪の見解じゃねえか?じゃぁ、色即是有なら良いのか? って話なのか?

あいかわらずの鋭角な突っ込み、思わず、不覚にも、...φ(◎◎ヘ) ホォホォ...メモメモ

>色即是有なら

それが、娑婆世界のセキ コホン!否、基本!
つまり、常識、知識、だねー

禅の公案は、その、知識、常識をひっくり返そうと言うやつ。
この世界を倒立しているよ、と禅は言う。
逆立ちして、世間を見ている、受け取ってるんだよね。
そりゃ、やかん!否、あかん!

だから、/(_-_)\サカダチ! を止めなさいよ、っていうわけよ、禅ってやつは。

308 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/14(火) 06:02:11 ID:ejjzhzF4]
馬鹿は相手にならんな。w


309 名前:素人A [2010/12/14(火) 07:24:21 ID:tLYstai3]
世界が有るとか無いとか色即が是空とか師匠や和尚も看板を担ぐと大変だなあ。
公案も全部せいかいしょうとしてそれは異見が出るし担ぐ荷物が多くなると
間違いも出来なくなる、答え私にはさつぱりとわからない。
異論な異見もでる正解世界政界嘘や出鱈目も出ては消え出ては消えまあよいか
禅禅わからん。まあ異見があつても仲良くすることが一番か

310 名前:素人A [2010/12/14(火) 19:23:32 ID:tLYstai3]
何か書こううーんうーん、なんか「  」 「   」は見ずに流れていっちゃった
また明日



311 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/14(火) 20:41:36 ID:lM+ZeTMP]
>>309 素人A さん

鬼 さんも、宇宙も、もちろんこのスレも修行中・・・

鬼さんも、チャンスはあり。

312 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/14(火) 21:18:22 ID:lM+ZeTMP]
こういう公案がある。

覚山の景通に一僧がたずねた。 「仏とは何びとですか?」
師は僧を打った。

僧もまた師を打った。

和尚が言った、
「お前がわしを打つには理由があるが、 わしがお前を打つにはそんなものはいらないのだ。」

僧は答えることができなかった。
和尚は彼を打って室から追い出した。

このほとけ と言うのは何だろうか?
あなたが、金剛般若経に出会ったもの、それ。

仏教とは?と、問われ、なんと答えようか?
おしゃか様の場合は、生老病死、への疑問だった。

俺の場合は、片手の公案、だった。
片手の人がたたく拍手の音を聞いてこい。と言う公案。
隻手の音声(せきしゅのおんじょう)と、言う。

あなたは 金剛経から、何を受け取ったのかな。
六祖(りくそ)慧能(えのう)禅師は、文盲であった。
たきぎを売って、母を養っていた。
ある時、一人の僧が読み上げる金剛経を聞いて、突然としてさとり、母を親類にあずけ、五祖弘忍(こうにん)のもとへ出家するのである。

あなたが、あなたである、ところ、
それは、なに?と聞いているよ。

313 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/14(火) 23:18:13 ID:34J4AWfL]
わたしがわたし なら
それはわたし だろ
何言ってんだ
たりーな

314 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/14(火) 23:57:43 ID:lM+ZeTMP]
>>313 名無し さん

> わたしがわたし なら  それはわたし だろ  何言ってんだ  たりーな

(笑)


> わたしがわたしなら  それはわたし

そうだね。

その、わたしって、なんだろ?

315 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/15(水) 00:09:14 ID:O9KtZb32]
>>276
七章
師は、スブーティ長老に対して、こう尋ねた。

「スブーティよ、あなたは、如何に考えるか。如来をして、作り出された法が、あるだろうか。如来をして、説き示された法が、あるのだろうか。」

スブーティ長老は、師に対して、こう答えた。

「師よ、私が師の教えを解した処によると、如来をして、作り出された法は、有り得ない。
如来をして、説き示された法さえ、有り得ない。 
 というのも、如来が体現された、絶対の一元とは、作り出す事も、説き示す事も、出来ないものだから。
それは、絶対そのものによって、現すしかありません。」

316 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/15(水) 00:15:48 ID:O9KtZb32]
金剛経 第八章

師は、スブーティ長老に対して、こう尋ねた。

「スブーティよ、あなたは、如何に考えるか。 善男子、善女子が、十億の世界を七宝で満たし、如来、応供、正等覚の者に、布施をしたとすると、彼らは、大いなる功徳を、積んだ事になるだろうか。」

スブーティ長老は、師に対して、こう答えた。

「師よ、彼らは、功徳を積んでいる。というのも、如来は、こう説いている。
『積徳とは、積む積まないを越えている。すなわち、受け容れることが、功徳となる』」

師は、スブーティ長老に対して、こう言った。

「スブーティよ、あなたは、こう考えなさい。
善男子、善女子が、十億の世界を七宝で満たし、如来、応供、正等覚の者に、布施をしたとしても、この法則を、人々に説き明かした方が、功徳になる。
というのも、如来の悟りも、そこから、生じたゆえに。」

「というのも、如来は、このように説いている。『仏法とは、仏法に囚われないから、仏法となる』」

317 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/15(水) 00:17:34 ID:JIcjDNjh]
>>314
と、あんたにとってはそれが問題なわけだな?
ま、頑張ってくれたまへ。

318 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/15(水) 00:49:12 ID:O9KtZb32]
>>317 名無し さん

> >>314
> と、あんたにとってはそれが問題なわけだな? ま、頑張ってくれたまへ。

では、いまかんがえてることは?

319 名前:神も仏も名無しさん mailto:sage [2010/12/15(水) 00:53:54 ID:JIcjDNjh]
>>318
書くだろ?
それを読むだろ?
それはもういまじゃないだろ?

320 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/15(水) 02:50:36 ID:O9KtZb32]
>>319 名無し さん

> >>318
> 書くだろ? > それを読むだろ? > それはもういまじゃないだろ?

書き終えたり、読み終えたりしたら、もう今ではないね・・・...ψ(。。)メモメモ...

今ではない事が、どうしたの?
よほどに重大な事のようだけど・・・



321 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/15(水) 03:45:55 ID:O9KtZb32]
八章
師は、スブーティ長老に対して、こう尋ねた。

「スブーティよ、あなたは、如何に考えるか。預流向の者が、自らを預流果と考えるだろうか。」

スブーティ長老は、師に対して、こう答えた。

「師よ、そういうことは、ありません。彼は、何かを得ているわけでもないから。逆に、それゆえに、預流向と言われている。
彼は、形、声、香、味、触、法を得ていない。逆に、それだからこそ、預流向と言われている。
もし、彼が、自ら何かを得ていると、考えるなら、彼には、自我に対する執着が残っていることになる。」

師は、スブーティ長老に対して、こう尋ねた。

「スブーティよ、あなたは、如何に考えるか。一来向の者が、自らを一来果と考えるだろうか。」

スブーティ長老は、師に対して、こう答えた。

「師よ、そういうことは、ありません。彼は、何かを得ているわけでもないから。逆に、それゆえに、一来向と言われている。
彼は、形、声、香、味、触、法を得ていない。逆に、それだからこそ、一来向と言われている。
もし、彼が、自ら何かを得ていると、考えるなら、彼には、自我に対する執着が残っていることになる。」

師は、スブーティ長老に対して、こう尋ねた。

「スブーティよ、あなたは、如何に考えるか。不還向の者が、自らを不還果と考えるだろうか。」

スブーティ長老は、師に対して、こう答えた。

「師よ、そういうことは、ありません。彼は、何かを得ているわけでもないから。逆に、それゆえに、不還向と言われている。
彼は、形、声、香、味、触、法を得ていない。逆に、それだからこそ、不還向と言われている。
もし、彼が、自ら何かを得ていると、考えるなら、彼には、自我に対する執着が残っていることになる。」

322 名前:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM [2010/12/15(水) 03:46:56 ID:O9KtZb32]
>>321
師は、スブーティ長老に対して、こう尋ねた。

「スブーティよ、あなたは、如何に考えるか。阿羅漢の者が、自らを阿羅漢と考えるだろうか。」

スブーティ長老は、師に対して、こう答えた。

「師よ、そういうことは、ありません。
彼は、何かを得ているわけでもないから。逆に、それゆえに、阿羅漢と言われている。
彼は、形、声、香、味、触、法を得ていない。逆に、それだからこそ、阿羅漢と言われている。
もし、彼が、自ら何かを得ていると、考えるなら、彼には、自我に対する執着が残っていることになる。」

「如来、応供、正等覚は、私のことを、
煩悩を越えた第一人者と、仰られました。
たしかに、私は阿羅漢、煩悩を越えている。
しかし、わたしは、その考えに囚われません。
もし、わたしが、その考えに囚われるようなら、煩悩を越えた第一人者と、如来に言われないはず。」






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