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週刊少年マガジン編集部を語るスレ



188 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい mailto:sage [04/10/02 22:36:47 ID:FAjRm6dC]
ttp://www.satsuki.sakura.ne.jp/~d-lovers/purupurun/profile.html

○2月18日生まれ 水瓶座 AB型  宮城県出身
○「カジワラタケシ」というペンネームは当時の担当編集者が“勝手”に決めたもので本名とは違う。
(マガジンにゆかりの深い梶原○騎氏とフライデー事件で講談社に殴り込んだビー○たけし氏から取ったものだそうだ。)
残念ながら自分ではまったく気に入っていないので次になにか描く機会があればペンネームは新しくしたい。

○マンガを描きはじめた理由
〜省略〜
大学時代、漫研のH先輩の誘いでアンソロジーの成年マンガを描くことになった。
その後、やはり漫研の先輩ですでに編集プロダクションで働いていたN氏に少年マンガを描いてみないかと誘われ、
軽い気持ちで少年マンガを描き始めることになるのだが、もしあの時違う選択をしていたら僕の人生はもっと違ったものになっただろう。

○その後の展開
N編集者に声をかけられて半年後、彼の指導のもとに描き上げた作品「P.S.抱きしめたい」が講談社新人漫画賞に入選。
その後に描いた読み切り「僕の夏・ビーナス物語」を経て、「彼女はデリケート!」の連載が開始された。

僕がまだ若く精神的にも未成熟だった事もあるが、N編集者は“編集部主導型と言われるマガジン編集部”の中でもかなりワンマンなタイプで、
彼に関してはいい思い出がまったくなく、10年以上経った今でも思い出すと胸に重石をのせられたように苦しくなる。

とにかく大学に通いながらの週刊連載は過酷を極めた。
(当時の若さがなければとても続かなかった。)
まったくの素人同然で突然放り込まれた大人社会の中で、当然ながらプロであることを求められ僕は限界まで頑張った。

そして連載が一周年を迎える頃、体力ではなく精神的に限界がやってきた。

N編集者と顔を会わせるのも電話で話すことすらもイヤになっていた。
今にして思えば精神的に追い詰められて、軽い鬱状態になっていたのかもれない。
マンガを描きたくないとか、そういうことではなかったが、ただもうN編集者との人間関係に疲れ果ててしまったのだ。

僕はN編集者から遠ざかるためにマンガの世界から足を洗おうと思った。
幸いにもまだ大学に通っている途中だし、その時点ではまだ軌道修正は可能なはずだったから。

僕はその旨をN編集者に伝えた。
しばらくすると編集長の判断で第一部が終わるのを機に、担当編集者が変わることになった。

・・・・・やめる理由がなくなった以上、描き続けなくてはならない。

連載は第二部に入った。

一部と二部で作品のテイストが違うのは、そういった理由からだ。

その後、連載はさらに一年間続き、週刊連載を抱える身で就職活動もままならなかった僕はなしくずしにプロのマンガ家の道を歩むことになった。
ただし大学はちゃんと4年で卒業。

その後は、なんだかんだあって、今に至っている。

今でも講談社のある護国寺を車や地下鉄で通る時、僕は重石を置かれたように胸が苦しくなってしまう。
あの時の経験が今でもトラウマになって残っているのかもしれない。






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