- 614 名前:メモ mailto:sage [2009/01/02(金) 08:16:53 ]
- 660 :可愛い奥様[sage]:2008/12/02(火) 16:02:18 ID:0NoMG2J90
昭和時代、妃殿下方がどんな装いをするかでいろいろ打ち合わせしてた具体例。 孫引きですが、『美智子さま 貴賓席の装い』(渡辺みどり ネスコ 1993年)のP155〜157に引かれている 『入江日記』より (昭和50年英国エリザベス女王来日の時) 5月1日 >帰室後まもなく長官から電話。次長、女官長も一緒。途中から官長も来室。 >和服ではダンスが出来ないから皇后さま(注・良子さま)にお願いして東宮妃(注・美智子さま)も >洋服にしろと天長節の日に両妃(注・秩父、高松両妃)が東宮妃に強く言はれた由。 >お嫁さんとしてはこんなことは出来ないといふことで東宮妃と常陸宮妃は和服、 >あとはお勝手にといふことにしようといふことになる。 5月3日 >昨日(ママ)のことにつき長官に電話。今東宮大夫と会っているとのこと。これは八時頃のこと。 >九時頃電話があり、お返し晩餐の時のダンスの関係で東宮妃と常陸宮妃はローブデコルテ、 >皇后さまお和服の関係上お一方だけでは具合もわるいので秩父、高松両妃は和服といふことで >両陛下のお許しを得ようといふこと。 やはり衣装については女官や侍従を通じてああだこうだみっちり打ち合わせするのだなと。 あと、やはり秩父・高松両妃連合軍は強いw そして百合子妃は美智子様いじめに関わっていなかったというのは本当だったんだな、と。
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