- 394 名前:優しい名無しさん mailto:sage [2013/03/22(金) 22:15:36.49 ID:bKrBw2IW]
- >基本的な方向性は同じと理解した。
あくまで「基本的」という前提なら、その見解について自分も異論はないが、 同時に、現状ではまだ相容れることのないであろう拭い難い違和感もある。 自分は、自分の箱がどれほど堅くなったところで決して破綻の可能性がなくならないことを承知している。 ましてや、豆腐は相変わらず豆腐のままだ。 このやり方を突き詰めても、鉄やゴムまりになるわけじゃない。 でも、これが永遠に完成途上の箱であるにせよ、豆腐メンタルのままであるにせよ、 必要としている機能自体は既に最低限整っているので、自分自身は特に困ってはいない。 自分にとって、本質的に求めるもの(=目的)は、「感情を完璧に合理的に理性の管理下に置きコントロールし尽くすこと」ではなく、 「豆腐の崩れる様を見ずに済むこと」なのだから、観察者たる自分を殺せるのならば後は小さな問題だ。 殺せる確信を持ち、殺せる状況に身を置いていれば、それで一つの解決には至れる。 欲したものが達成不可能なものだというなら、要点を極限まで絞ることで、要求を満たしつつ達成可能なものに昇華させれば良い。 これが自分にとっての合理的な思考の帰結であり、同時にそれは、健常者にとって不毛な 「異常者の哲学・行動原理」「理解し難い極端な論理」「異常であるが故の異常な正論」でもあるのだろう。 自分の箱は恐らく今後も更に堅くなるだろうけど、根本的にはそうなってもならなくてもどちらでも良いのだ。 ・・・まあ、方向性は多分変わらないけどな。 どちらでも良い選択肢が増えて困ることも特にないので。
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