- 58 名前:優しい名無しさん mailto:sage [2010/10/23(土) 00:33:31 ID:Yaa4VCVw]
- >>57
自分なりに上手くいっていたはずのコミュニケーションを疑ってみたり、 周りのことも考えて、あえて正直な気持ちに蓋をしなくちゃいけなかったり、、 本当に色々試した。相手がいなかったらいらない労苦。 自分も長い間、悶々としてふっと出来事を思い出しては一人怒りで一杯になって、 何度も何度も頭の中で繰り返しては「やっぱり自分は間違ってない」と。 でも救われなくて。 第三者にも話してありとあらゆる意見も聞いたけど、どれも核心には触れず。 それらの繰り返しを何年もやった。そんなハタ迷惑な自分に更に凹んだ。。 相手の間違いから自分の正しさを分かろうとばかりしてたけど、 ふと思いあたり。 「人と共感したい」って思ってた自分は健全で正しい。 自己愛との共感を指すのではなく、人というのは本来そういう開かれた生き物だ。 動物だって撫でたら気持ち良さそうにして、それを見る自分もなんだか嬉しい。 それが普通のはずなのに、自己愛は苦しそうな自分を目の前にご機嫌でニコニコしてる。 健全な自分は「このイライラをどうやって分からせようか…」と相手に共感を求めてしまうと。 でも最初から同じ場所にすら立ってない。生き物としての機能が壊れてるんだよ。 それに気付いて自己愛との共感に諦めがついた。 自己愛の被害者が自己愛に似てくるカラクリ、 長年のモヤモヤは自分で自分の「共感」に蓋をした気持ち悪さなんだと気付いて つっかえが取れて楽になったよ。 職場なんて仕事にきてるんだし、平和で、笑顔で、利益上げればそれでいいんだ! 自己愛に「何故?」をいっさい問わず「へぇ」「ほぅ」と、無駄に心を痛めないで、 正しい事実だけを見据えて下さい。
|

|