- 963 名前:優しい名無しさん mailto:sage [2010/10/23(土) 00:24:48 ID:HhNdyoFO]
- ア. 主客問題について
なぜか主観と客観の区別は自明であることを前提に話されやすいです。 また、客観的である資格は問われても、主観的である資格が意識されることは 珍しいのではないでしょうか?ここに主客問題の根本的な原因が潜んでいます。 自分が認知したものであっても、感覚器を通した得られた情報は、 多少の個人差はあれど、他人が認知しても同様の情報を得ます。 これらの情報の累積が主観と客観の区別をあいまいにしています。 シュミッツはこの問題を解決するため「主観的事実」という概念を導入しました。 感覚器官を通したデータの累積ではなく、身体的・情動的な体験の累積。 そこから生じる紛れもない自分の存在や経験を主観的事実と名付けました。 この世界における真の自己は主観的事実によって獲得されるとしています。 客観的事実はこの根源的な事実を希薄化した従属的なものと位置付けます。 (主観は悪、客観は善、主客は対立する、というイメージから離れる必要があります) イ. 拡張した自己について 一般的には自己の独立性を守るために外的世界と内的世界は分離して捉えられます。 人間の感情や思考は内的世界でのみ起こる現象で、外的世界には物質的なものしか 存在しないという従来の考えです。しかし上で述べたように、主観的事実は本質的には 主体と客体の区別がないので、そこから生じる自己にも内部と外部の断絶がありません。 この自己の拡張によって、人間の感情や思考が内的世界、平たく言えば頭の中だけ でのみ起こるという殻を破り、空間的な広がりを持ったものに転換されます。 ウ. 雰囲気や空気の正体 自己が拡張されたことによって、「身体」とそれに付随する感情・思考が空間性を持ちます。 その広がりを持った感情こそが雰囲気であるというのがシュミッツの指摘です。つまり感情とは 内面の状態ではなく、春の陽気や秋の憂愁、葬儀の場の沈鬱、コンサートの熱狂のように、 空間的に広がり、外的に知覚されるもの。「襲いかかる雰囲気」であると彼は表現しています。 この感情を思考に置き換えたもの、つまり、広がりを持った思考こそが空気の正体でしょう。
|

|