- 461 名前:優しい名無しさん mailto:sage [2010/10/16(土) 01:48:05 ID:IkcN421X]
- >>456
> 褒められないため、プライドが満たされない これでしょ それは、おそらくどちらかというと定型的な発想ではないですか。発達障害のある人の行動は、 定型発達の人たちから見ると非常に奇妙です。 その奇妙さの傍らにいて、居心地の悪い想いをしている周囲の人たちは、周囲の人たち自身の信念体系に基づいて、 奇妙な行動の理由を解釈しようとします。でも、それは周囲の人たちの考えにすぎません。 奇妙な発達障害の人たちは、もっと別のことが理由でその奇妙なことをしている。定型発達の人の想いもよらない 理由でその奇妙なことをしている。「ほめて、ほめて! ほめて僕の不足を満たして頂戴!」と思ってやっている わけではない。 まだ動き出す前のピタゴラスイッチみたいな装置を見つけて眺めて、 ここを押したらどうなるかな?、あれをひっぱったら、どんなリアクションが起こるかな? 押してみたり、ひっぱってみたりして、そして、思っていた反応より大きな反応に驚いたり、 意外な反応にわくわくしたり、思いがけずランプが光ったり、それを楽しんでいるだけで そこには、あまり深遠な意味は伴っていないんじゃないでしょうか? 決まった刺激に決まったリアクションが必ずあると安心するし、理屈で考えて応用して、 次はこうなるだろうと思った予測が当たると楽しいんだろうと思います。 向き合っているのが装置ではなくて、人や世間であっても、こんな風に入出力を楽しんだり、 新しい関係性を模索したりするのを喜んでいると思います。 彼らはただそういう楽しい人たちだと思うのですが、 他人と比較して勝ち負けを重視するような価値観を持って自身を駆り立てている発達障害の人や 長い間、傷つき続けて、親密な他人や身近な世間に対して、自分はその犠牲者であるような意識 を習慣的に持つようになった発達障害の人はとても難しいですね。
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