- 64 名前:優しい名無しさん mailto:sage [2009/03/15(日) 14:57:30 ID:VErV7tDv]
- またまた吐き出させてください。
今まで不安を感じていても認めたら負けだと思ってました。色んな負の感情を見ないふりをし、 自分の心に声を傾けないために、自分の感情を説明するのが苦手でした。 「私の感情は自分の中に押し込めなければならない」と、泥酔して喧嘩する両親を見て幼い頃に決心した事を思い出しました。 交流分析の本を読んで、自分を受け入れようと決意してから、やっと足が地についた感覚を味わえました。 ずっと焦っていた自分を、やらなきゃと責める自分を、胃が重くなる瞬間何を思ったのかを全部受け入れました。 丸ごと受け入れた上で、他の前向きな見方を自分に薦め励ますと、責める事からでは無い充実したバイタリティを感じる事ができ それがとてつもなく嬉しかったです。 また、今まで両親の声をあたかも自分の声だと思ってしまい、それらに自分の行動が影響されてしまったり、 その通りに行動しなければいけないと思い自分の意志と反して葛藤することがほとんどで、両親と話すのが嫌でした。 境界の低い父は、入試が終わった私を労うより先にあたかも私の不安を煽るかのように、あたかも今から父が試験を受けるかのように 試験の結果についての不安を話し初め、私にはそれがバカらしかった。 もう終わったことだし、散々自分でも不安に思ったのを乗り越えたし、そもそも試験結果なんて私が決めることじゃないのに この人は何を言ってるんだろうと。 それまでの私だったら多分まんまと不安を煽られていたと確信してます。 父の方が母より気が合うと思った時期があったんですが、それは単に同化していた、もしくは同化されていただけだったんですね。 喧嘩の際に父側につくことも多かったし。 自分の事のように思われることは嬉しい時もあるけど(一緒に喜んで欲しい時とか)、そうじゃない時のほうがよっぽど多い。 今は「私は私の責任で行動したいから少し離れていてほしい、私の感情や意志を侵さないで欲しい」と思えるようになりました。 今後は機会を見て、それらの思いを口で伝えられるよう頑張ります。
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