- 137 名前:森 鶏外 [NG NG.net]
- 石炭をばはや積み果てつ。電算機室の卓(つくゑ)のほとりは
いと静かにて、冷却機の風音の喧(かまびす)しきも徒なり。 今宵は夜ごとにここに集ひ来るパケツト仲間も「フレーム」に宿りて、 スタツクに残るは余一人のみなれば。 五ホツプ前のことなりしが、平生(ひごろ)の望み足りて、 洋行の官命をかうむり、この大手町のラウタまで来しころは、 目に見るもの、耳に聞くもの、一ビツトとして新たならぬはなく、 筆にまかせて書き記しつる紀行ログ、日ごとに幾千キロバヰトをかなしけむ、 当時の新聞に載せられて、世の人にもてはやされしかど、 今日になりて思へば、幼きペイロオド、身のほど知らぬテイ・テイ・エル、 さらぬも尋常(よのつね)の動植金石、さてはプロトコオルなどをさへ 珍しげに記ししを、心ある人はいかにか見けむ。 こたびはフアイヤ・ヲウルに上りし時、日記(にき)ものせむとて買ひし フアイルもまだ空白のままなるは、ドイツにて物学びせし間に、 一種のヌル・ポインタの気象をや養ひ得たりけむ、あらず、 これには別に故あり。
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