- 166 名前:見ろ!名無しがゴミのようだ! mailto:sage [2017/02/08(水) 20:36:44.18 ID:Q2cJaG5G.net]
- 現代の若者は、ネット上では活発に交流していても「実際に出会い、語り合い、触れ合う」という濃密なコミュニケーションが
求められる恋愛は、大の苦手となってしまったのだ。 そして、25〜34歳の男女ともに「結婚できない理由」としてあげるダントツのトップは、「適当な相手にめぐり会わない=出会い がない」。そんな臆病で恋愛下手の男女にとって「君の名は。」で描かれる「男女の入れ替わりによる運命的、かつ強制的なカップ リング」は、まさに理想的な「出会い」に映るのではないか。 さらに物語の後半では「入れ替わり」という外的・神秘的なきっかけで結びついた恋愛関係が、今度は自らの暮らす町の人々を、 巨大な災厄から救うための大きな力にもなっていく。 誰かにとって必要な存在になることと、社会から求められる存在になること。二つの願いを同時に成就させる道筋が「君の名は。」 では、自らの意思を超えた超常現象によって都合良くお膳立てされる。主人公たちに求められるのは、このお膳立てに乗っかり、 全力で突っ走ることだけだ。 だが、現実世界ではそこに至るまでの「お膳立て」は、自分自身の力で作り上げるより他ない。実はそれこそが、最も困難で地道 な努力が必要な過程なのだ。 物語のポジティブな役割の一つは、そうした現実的な努力へと踏み出す勇気を受け手に与えることのはずだ。だが「君の名は。」 はその過程をすべて外部の超常的な力に委ねたことで、「努力なしにたどり着ける甘美な物語世界」に受け手を閉じ込め、現実 から逃避させる効果を持ってしまったように見える。そんな物語を求めてしまうこと自体が、若者たちの抱える閉塞感・絶望感の 根深さの証しではないか。 (後略:逃げ恥の記事)
|
|