- 792 名前:顛末 ◆lWKWoo9iYU mailto:sage [2009/06/18(木) 01:23:34 ID:j0e1jDQW0]
- 俺は震える拳を降ろし、黙り込んだ。
「お前も薄々、気付いていたんじゃないか?」 そう言う男の顔からは、深海のような冷たさが消えていた。 最後に見た、あの女の顔を俺は思い出していた。 気が付くと俺の眼からは涙が流れていた。 「泣いてくれるのか?」 男はそう言うと静かに俯いた。 「お前は優しい男だな。あんな事をした奈々子のために泣いてくれるなんてよ。 お前は本当にしぶとい奴だった。俺はお前の勇気に驚かされ続けたよ。 そして、家族の愛情に恵まれた、優しい男だ。 今なら奈々子の気持ちが俺にも判る。俺たちは愛情に飢えていた。 本当にお前が羨ましい。 奈々子は生前、誰かを好きになることなんて一度もなかった。 こんな形じゃなく、奈々子が生きている間にお前と出会えていたら…。 お前のように俺にも勇気があれば、こんなことにはならなかった」 俺は泣いた。あの女を思い、泣いていた。 あの女は敵だ。あの女が俺に何をしたのかは忘れない。 それでも俺の眼から流れる涙は止まらなかった。 男は椅子から立ち上がると、天を仰いだ。 「俺も奈々子も散々、人を苦しめた。天国には行けねぇ。 奈々子も地獄に落ちたよ。アイツは生まれ変わっても、また辛い人生を送る。 でもよ…、もし、お前がアイツに再び、出会ったなら…。その時は…」 男は踵を返し、背を向ける。 「…自分勝手にも程があるか…」 男は静かにうなだれる。その背中には悲しみが色濃く映し出されていた。
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