- 88 名前:80 mailto:sage [2010/04/28(水) 04:29:32 ID:wrPK/Ukr0]
- ちなみにモラといるとこんな感じ
1 ひとつは、自分が猛烈に責められるときには、「自分が悪い」と思ってしまう 「こんなに怒るのはおかしいとしても、責められる理由は自分にもあるんだろう」 というように感じてしまう そのため許しを求め、自分の行動をモラの気に入るように制御しようとする それが、「正しく」「良いこと」だと思ってしまう 時にそれに気づかせてくれたとモラに感謝してしまう 2 次に、他人がモラに責められているのを見るときに、「責められるやつが悪い」と思ってしまう ようになる。モラに加担して、一緒になって責めてしまうこともある。 超教師に叱られてる奴がいるときに、クラスがしらけた雰囲気になったり 「あいつがもっと上手くやれば」「あいつが間違わなければ」、先生(親)は こんなにキレなかったのに…と思ってしまうのもそうかも 3 まれに、「お前が悪い」と責められたとき、自分の正しさを説明すると モラは認めて許してくれたりする 「自分が間違っていた、正しいのはお前だった」と言ってくれる これをやられると、「正しくなれば」モラが自分に対しては怒らないと思うようになる かつ、自分の正しさが受入れられたと満足感を得てしまう 目指す正しさのモデルは、無意識のうちにモラの言っていることになってしまい、 周囲や他者の理解を受けにくくなる 4 モラは自分のモラ性を「性格だ」として、周囲の人間に肯定してもらうことを求める こういう人間だから仕方がない、とするいっぽう、反省もする 恩や情を感じている人間は、自分が「ありのままの相手」を受入れようと努力してしまう 5 モラとの関係は完全に隷属するか、モラがモラでなくなるしか続かない モラの支配するコミュでは、モラにとって気に障る人間が責められる そのことによってその人間が立ち去ると、それは「あてつけ」や「逃げ」「心が狭い」「弱い」 というようにコミュでは考えられる そのため、残っている人はモラのもとを去ることが「罪」だと思うようになってしまう 4 モラのもとでモラのがわに立った人間は、別のコミュでもモラをやってしまったりする モラのもとでモラのがわに立ち、正しくふるまってもモラに完全に肯定はされない いつもハラハラしていて、許されるときだけホッとするため、緊張状態がつづく そのため、「正しい自分は別の場所では肯定されるはずだ」と思ってしまう でも、すべての人に肯定されることはないため、モラってしまう モラのない人間関係もあるんだけど、 モラの側にしばらくいると、そういう関係がぬるくて、弱い、つまらないものに 見えたりするんだよね モラの主張は特別な、正当なものに感じられるから刺激的でもある スネ夫状態ってその通りかも
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