- 18 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2008/08/18(月) 12:20:55 ID:inMBqmnw0]
- Serial experiments lain
前スレにてレビュー依頼がありましたので、早速視聴してみました。 以下、辛辣な評価とネタバレ要素を含みますので、ネガティブ評価を読みたくない方は飛ばしてください。 ・まず一言・・・「プロットに矛盾がありすぎる」 ・舞台・・・コンピュータネットワークが高度に発達した未来 ・登場人物・・・主人公玲音(と、その多様な人格)、その他 ・ストーリー・・・大型コンピュータを用い物理世界と電脳世界を自由に行き来できるようになった主人公玲音と、彼女の周囲で起きる不可解な事件とその顛末を描く。 ・感想及び解釈・・・登場人物達はやたら形而上学的な台詞を語り、映像は「繋がり」を意識した表現を毎度毎度するわけだが(架線や電線、絡み合うコードなど)、 それらが実際にはこのストーリーにおけるプロット全般と必ずしも統一されていない。 主人公は「どこにいたって人は繋がっている」だの「人間は元々無意識下で繋がっている」、「私がいっぱいいるんじゃなくて、色んな人の中に私がいただけ」などと 他の人格の存在を認めておきながら、11話において記憶操作を行なったり、ラストにおいてリセットして自分の存在の消去を行なう。 これが可能ということは、舞台設定自体が「他の人格を主人公の認識下においてしか認めていない」か、もしくは本当に「主人公が神的存在でした」という設定でしかありえない。 どちらにしても、ではなぜコードや架線のカットをやたら多くしたり、主人公も含め登場人物たちに他の人格の存在や、コミュニケーションを語らせたのかわからない。 もしも前者のような「全ては主人公の内的世界ですた。」を描いただけのお話なのだとするなら、そんなのは今更語るまでもない。 散々この手の話は作られていて、しかももっと端的に上手くまとめてある。 「繋がり」を意図的に見せ付けるかのような台詞や表現は不要であるし、全13話も使って冗長的にやる必要はないだろう。 また、もしも後者のような「主人公は神様ですた。」な作品であれば・・・見るだけ無駄。もっと面白おかしく作れるでしょうに。 総じて言えば、認識論に対する浅薄な知識と、それに基づくデタラメなプロットによって作られたシナリオに疲れる。 相反する主張が常に繰り返されるため、思考を全て視聴者に丸投げしているとしか思えない作品といえよう。 映像に関しては、東欧の映画監督や映像作家がベネチアビエンナーレなんかに出品しそうなタイプのもの。 主人公の視点でインスタレーションの中を歩き回るような感覚である。 ・評価・・・どちらの解釈にしても、とてもじゃないが高評価はできない。映像の実験的な試みを評価したとしても2プラスくらいだろう。シナリオだけなら1が適当。 寓話として作るなら設定に矛盾を作るべきではないし、作者自身の主義主張を見せるべきである。 また、単なるストーリー展開重視のものであれば、もっと娯楽性を出すべきだろう。この作品はどちらつかずである。
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