- 543 名前:通りすがらない [2017/10/02(月) 20:27:54.75 ID:9maIO5+y.net]
- >>440
>>国民の判断の前提のニュースは、大本営発表だけで政府と軍に都合のいいものだけを伝え、 >>選挙は立候補の段階から〜妨害、町内会や隣組を行政の末端に組み込み、住民を互いに監視、密告させていた 正しくない。 それは戦中の話であり、国民が開戦を支持した時期とは異なります。 戦前といいながら、軍部が台頭していた時期の話のみを切り取り、翼賛政治体制協議会(1942〜1945)の推薦枠があった選挙を引き合いに出す理由は何なのでしょう。 そのような時代を作り上げる前、政府の弱腰外交を批判し、軍部の強気な方針を支持したのは間違いなく当時の国民ですよ。 要は、25歳以上の成人した日本男子が普通選挙によって民主的に作った軍国主義という言い方もできるかもしれません。 >>旧憲法では臣民には人権は認められず、天皇家の繁栄のために尽くす義務がありそれに必要な範囲で天皇が恩恵として >>「臣民の権利」を与えるが、それはいつでも取り上げることができるとされていた それも戦時中の話。ルールを作ればいかようにでもなるという良い例です。 大日本帝国憲法では第二章によって幅広く人権が認められていました。当時はだいぶ先進的な憲法としてヨーロッパからも称賛されたほど。 そのような下地があったからこそ「大正デモクラシー」が起こったのです。この時期の民主主
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