- 321 名前:愛蔵版名無しさん [02/02/09 22:33]
- そうでした。今日は命日でした。
はじめて読んだのが「火の鳥・未来編」。市立図書館の児童室で、友達に勧められて、だった。 小学校4年生くらいだったと思う。 あの中で示された地球の未来の姿は、しばらく夢にまで出てきた。今でも火の鳥では、未来編が一番好きだ。 その後、別の友達の家で、当時連載中のブラックジャックを読んだ。子供心に感動した。手塚治虫はなんてすごいんだろうと思った。 それ以来、チャンコミのBJの新刊は必ず買った。そんなわけで最初に自分で買ったマンガの単行本はBJ10巻の初版。いまでも実家にあると思う。 高校生になっても、大学生になっても、連載中のものはチェックしていた。「アドルフ」や「ネオ・ファウスト」も必ず立ち読みしてフォローしてた。 手塚治虫が亡くなったのは大学生の時。期末試験中で、とても寒い日だった。ニュースで知って、一番最初に思ったのが、「あ、火の鳥が完成しない、残念」だった。 それにしても、当時の扱いは(このスレでもたびたび出てるけど)、ニュースではあるが、大ニュースではない、という感じだった。 雑誌の追悼特集や特番もあったように思うが、一様に「残念。ただ、手塚治虫の遺したマンガ作品は素晴らしいが・・・」というもの。 「・・・」の部分は、「アニメはダメ」「人間的には幼稚」「もう過去の人。大友克洋のほうがいい」と続いた。この流れで"有名な"宮崎駿の発言が出た。 だから、手塚治虫は決して「現人神」なんかじゃなかった。そして、もし今彼が「神」なんだとしたら、生身の手塚治虫が居なくなって、作品のみによって彼が評価される様になったことの結果である。 とすれば、あえていおう、「神」と称されることも、クリエイター手塚治虫にとっては、最高の栄誉なんじゃないか。
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