- 136 名前:神も仏も名無しさん [2011/11/17(木) 23:53:36.95 ID:LtuYzrQm]
- ケイシーの能力は、基本的に「ケイシーには責任がない状態」だったことを考慮する
必要がある。ケイシーは覚醒時には言ったことを覚えていないという、本質的なチャネ リング能力によって行なわれたのだと思われ、それは基本的にケイシーの意志的制御の 下に行なわれたのではなかったのだ。 しかし、それにも関わらず、なぜかケイシーの医療処方はそれなりに効果を挙げ、後々に なって医学的には副作用もあまりない、それなりに優秀な成績が残ったのかというと、 それにはもちろん理由があった。 それは、ケイシーの能力はチャネリング能力ではあったが、その制御は自分ではなく、 また外部の悪霊でもなく、基本的に根源のところで本源の善神(聖書の天使)が手綱を 握っていたからだったのだ。その結果として、必要な知識や情報を、それなりに正しい 源泉から(ある程度制限つきで)制御された上で、中立的な自分の無意識の経路を通して 流して通すことが許されたため。 そういうことなので、ケイシーは自分ではその情報、知識を判断もできず、その内容の 詳細も知らないままで「拙い言葉」で、途切れ途切れに、ある意味「機械的に」、ただの 翻訳機のような「機能」なだけで、それらの情報や知識を、単純に流してくれただけだったのだ。 そうしたものであったから、当然その言葉は「普通に聴いただけでは、一種わかりにくく、 ユーザー・フレンドリィでない、何か得体の知れないようなあいまいな情報」であるかのように 聞こえる、しかもときに「情報は不完全で、不十分な」代物になっているのだろうと、 推測できる。従って、ケイシーリーディングが「リンゴは普通は生で食べない方がよい」と その当時言った、としても、それを「絶対の法律」のような規制を加えるものと受け取るのは 本来正しい受け取り方ではないだろう。 ここでは、私はこれを言っておきたいのだ。賢者の目に触れることを期待する。
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