- 172 名前:163 mailto:sage [2006/11/22(水) 20:24:03 ID:CyjJXfa3]
- >「愛の反極は「無関心」」と言われますね。
意識的に無視されると温もりは感じないし高慢な感じがしますね。 共感が理解(逆でもよいが)、理解が受容を生み愛になるのかな? ニューエイジ用語ではワンネスとか。 しかし、分離や2極化は経験を生むし多次元の要素とも言われる。 >しかし、「神との直接対話」は「自分」と「他者」の区別がある間 >は無理で、 これは進化を伴う物質的形体と違い、魂、もしくは至高の存在は 進化を伴わない完璧な存在ということを言っているのですか? 「神との直接対話」とは人間の言葉を伴うという意味ですか? 私には小鳥のさえずりや心地よい風、ハプニング、予感等も神との対話 ではないかと思ったりします。 >「他者のために」という「利他」以前に、 >「エゴとガイド、高次自己との識別」があり、〜 これは体験済みですか? それとも高次の情報と同化したのですか? 神との対話を実現した人はこういう難しい定理のステップを無意識に 実現した人もいるのかな? 私はこういう高尚なステップ(修行僧みたいに)は今のところ 無縁というか地べたにはって生きていくほうがまだ良いようです。 >「あなたはその仕事に耐えられるだけ、相応しいだけの自己を磨き、 >確立しているか」という審査があるようです。 審査という言葉は擬人的ですね。 それはそれとして、確かに自己を磨くためのヒントは与え続ける気がします。
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