- 913 名前:琴 [2023/02/13(月) 10:23:01.84 ID:PIH74vjK.net]
- >>902
その通りです。あのお二人はシンボル的な存在です。 ユダヤ人に殺され、認められなかったイエスを、 認めさせなければならないので、お二人を使って連続性の話をつくる。 新約は、そこにも力点をおいて、挿入編集されている事がわかる、 二人の登場箇所です。 昨夜、またユダヤ教で最も基本的な聖典、トーラ(律法)であるモーセ五書 (創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)を 読んでいたのですが、少し前まではゾクっとだけだったのですが、 漫画だと思えてきて、そうするとゾク&おもしろかった。 ああそうか、これを読んでモーセとその神が信じられる、 信じ込まされる宗教であるから、問題なんだってね。 だってね、自然現象だけでなく、筋が通っていない展開なのです。 その筋の通らなさを、神の圧力的な暴力で、まかり通させていくのね。 信じるとか、宗教とかを一旦、自分の外に置いておいて、 冷静に読むことができないと、罠にはまるんだと思いましたよ。 今から外勤に出ますから、その爆笑の顕著な箇所は、 紹介するとしても後になりますが、 みなさん、読んでいないのではないかと、それも思いました。 ピックアップされた、奇跡のようなエピソードだけを聞いているだけで。 まあ、一度娯楽だと思って読んで見てください、笑えますよ。 でもね、ゾクッとするのは、なんて可哀相なんだろうモーセについていった イスラエルの人たちは、と深く感じ取るからです。 モーセとモーセの神は、イエスと真逆と言ってよい。そりゃ、殺されますよ。 救い主だと納得させようとして、の創意工夫の挿入福音書は、 そのようなことをした為に、ヘブライ聖書(旧約聖書)に飲みこまれる 引き返せない、過失となっているのです。
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