- 845 名前:素人A [2016/03/24(木) 07:19:53.31 ID:Y+NwbE8D.net]
- >>838(つづき)麻谷山の宝徹禅師が扇を使っていたが、そのとき僧がやってきて尋ねた。
僧「風性は常住で、あまねくゆきわたらない所はありません。どういうわけで和尚は扇を使われるのですか」 禅師「おまえは、風性の常住なることは知つているが、あまねくゆきわたらない所はないという道理が分かっては いない」僧「では、あまねくゆきわたらない所はない道理とは、どういう事ですか」 そのとき禅師は扇を使うだけであった。想は礼拝した。仏法における実証のしるし、釈尊から正しく伝わつた活路 は、まさにこのようなものである。風性は常住であるから扇を使う必要はない、また扇を使わない時も風は吹くで あろうというのは、常住も知らず、風性も知らぬものである。風性は常住であるから、仏者の家風は、大地を黄金 の仏土たらしめ、長河の水を蘇酪とい優れた飲みものとするのである。 何とか現成公案書き写した後下記はないのか?にちやんねるはブツブツ今日であるので書き込まないと価値はない 文句ないひとのチーン黙々は文句では無いし寂しいスレだし何か書き込もう毎朝スレ違うのも多少の縁
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