- 26 名前:仕様書無しさん mailto:sage [2007/11/17(土) 01:15:27 ]
- オシムはなぁ、オシムはなぁ・・・
東京五輪に初来日した時に @代々木公園のサイクリングをするための自転車を無料で貸してくれ Aチームメイトとサイクリング中に農家の方から梨を貰って感激し、 B生まれて初めて「カラーTV」を東京で見て感動し、 C日本のホスピタリティ溢れる開催国ぶりに涙し(以上オシム本より) 「若きころお世話になった日本にいずれは恩返しがしたい」と、Jリーグに来てくれたんだぞ。 本人曰く、「韓国?行かないよ。日本だからこそ来たんだ。思い出一杯の国なんだ。」 そしてなぁ、かの伝説のチーム旧ユーゴスラヴィア代表の練習の時に日本人学生 を見つけるや否や、何とその練習に飛び入りで参加させてくれる贔屓っぷり。 その日本人はストイコビッチやサビチェビッチ等とウォームアップしたんだぞ。 ちなみにその練習に参加させてもらった日本人大学生は後のJEF千葉の敏腕GM 祖母井氏なんだよ。(オシム本より抜粋) オシムはなぁ、オシムはなぁ・・・ 「レアル・マドリード」「1860ミュンヘン」「ヘルタ・ベルリン」etcの ビッグオファーがある中で敢えて日本のJリーグを選んだんだぞ。 最後のフットボーラーとしての人生を「思い出溢れる日本で終えたい」って 日本に来たんだぞ。 しかも、その日本からのオファーが何と自分が練習に飛び入りで参加させた あの日本人大学生(祖母井)だった。彼は直接オシムの自宅(オーストリアのグラーツ) まで三顧の礼をもってオファーしたんだ(オシム本より抜粋)。 オシムはなぁ、ガチで日本が好きなんだ。 レアルやバイエルンとかを成長させるよりも日本のフットボール成長させることに 自分の最後の生き甲斐を置いてるんだ。 あの時(東京五輪時)「貸してくれた自転車」と「貰った梨」の恩返しをしに 数あるビッグクラブのオファーや他国(オーストリア・クロアチアetc)の代表監督を蹴り続けて 日本に居続けてくれてるんだ・・。
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