- 424 名前:本当にあった怖い名無し mailto:sage [2007/12/21(金) 02:16:48 ID:uCiM6nvU0]
- 何度もすみません、421です。
安土城の作り方と同じということですね。 岡部又右衛門さんが作ったやり方と同じということでしょうか。 海外はさっぱりわかりませんが、楽しみながら考えておきます。 飛鳥藤原時代の万葉集の歌の表記を専門にしておりました。 例えば、「オモフ」という語があり、表記は「思」「念」など 複数あるのですが、なぜその字を使うのか、当時の公用字は何か その字を使うと歌の意味がどう変わるのか、などを延々とやってました。 藤原京はたしかに排水失敗してましたね。飛鳥川1本しか無いですしね。 藤原京図を見ると、これじゃ汚水たまるわ、という構造してますし。 平城京はまだ川が2本あるのでマシだと思うのですが、 それでも後期には水質の悪化が見られるみたいです。 長く続かない京というのは排水機能のことなどが大きく関連している というのが、近年のとらえ方のひとつみたいです。 平安京になってやっとこさ解決を見たのかもしれません。 大和三山が近くに見えてた記憶がおありなら、 藤原京に住んでらした可能性が高いですね! 草壁と大津のことですよね、すり替えの子と甥っ子って。 私、当時のことは現存する資料・論文や木簡、遺跡調査結果から得た ことしか知らないのです、すみません。 逆に聞きたいのですが、当時からそんな噂が流れていたんですか? 遅くまでありがとうございます、長文失礼いたしました。
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