- 147 名前:ニューノーマルの名無しさん [2022/05/19(木) 13:29:54.03 ID:oSaFHDXr0.net]
- 朝鮮の正史を無視したらアカンな
4世紀前半は、大和朝廷成立に精力を注ぎ朝鮮とは融和的 後半は、大和朝廷が成立し安定すると、打って変わって朝鮮イジメを始めたのがよく分かる 新羅本記 312年 春三月に、倭国の国王が使臣をつかわして、息子のために求婚したので、王は阿飡の急利の娘を倭国に送った。 344年 倭国が使者をつかわして、婚姻を請うたが、すでに以前に女子を嫁がせたことがあるので断った。 345年 二月に倭王が、書を送って国交を断ってきた。 346年 倭兵が風島に来て、進んで金城を包囲して攻めて来た。新羅王は自ら戦おうとしたが臣下に止められ、新羅軍は門を閉じ城から出なかった。 食料が尽きた倭軍は撤退した。新羅軍は追撃の兵をだした。 364年 倭兵が大挙して侵入してきた。倭人は多数をたのんで、そのまま直進して来る所を伏兵が起ってその不意を討つと、倭人は大いに敗れて逃走した。さらに追撃し全滅近くまで追い込んだ。 393年 倭人が来て金城を包囲し、5日も解かなかった。倭軍が撤退を始めると、新羅軍は騎兵二百と歩兵一千で追撃し、倭軍は大敗した。 402年 三月に倭国と通好して、奈勿王の子、未斯欣を人質として倭に送った。
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