- 939 名前:名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! mailto:sage [2009/06/13(土) 23:10:53 ID:1hTkA3fW0]
- >>938
mojimojiの返答エントリ抜粋 d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090613/p1 >第二に。規制が規制であることは自明です。では、「表現の自由」「言論の自由」とはなにか。 >それは表現や言論への規制に対する「規制」です。規制の主張が「規制をちらつかせている」なら(いる)、 >「表現の自由」「言論の自由」の原則を連呼するのみの規制反対も「規制をちらつかせている」のです。 >よろしいでしょうか。規制派が(今はない)「規制をちらつかせている」のだとすれば、 >原則論的規制反対派は(現にある)「規制をちらつかせている」のです。そして、どうも後者には、その自覚はない。 >このような状況において、「表現の自由」「言論の自由」を連呼するだけの原則的規制反対論はいかなる役割を果たしているか。 >僕が最初に考えるのはこの点です。それはまさに、「表現の自由」という現にある優先権を盾として、それはつまり、 >現にある権力と印象と多数決によって、「まともな性」「まともでない性」に振り分け、まともでないとされた性を否定し、 >存在を消滅させることです。 >要は、「まともな性」「まともでない性」の中身が何か、というだけです。もちろん、原則的規制反対論においては、 >「陵辱表現を愛好すること」は「まともな性」です。他方で、「表現を脅威に感じる人」は、 >「気にしすぎ、カウンセリング受けた方がよい」、つまり、「まともでない性」になるわけです。 >つまり、やってることは同じなんです。 規制反対派って、エロゲ嫌いは「まともな性」じゃないから存在を消滅させろ!とか言ってたっけ?w
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