- 1 名前:名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! [2010/11/09(火) 12:53:02 ID:F7et6qtd0]
- 汚物ウォッチング
- 541 名前:名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! mailto:sage [2011/01/13(木) 20:48:34 ID:gg1arHwQ0]
- >>540
誤爆だね、ハハハ お詫びに自己愛について置いておきます、フロイトのやつ ameblo.jp/seishinbunsekigakukoza/entry-10675360338.html 自分に禁じられている衝動興奮を他人に投影する、譲り渡す→自分の代理となって衝動を満足させてくれる人物との間には距離を作らず、 その代理人と自分を同一視し、自分自身とその代理者との間に強い結びつきを感じる→代理者の願望に対しては寛容を示し、 自分のそれには極刑の判決を為す→代理者の満足の分け前をもらって自分の願望を満足させることができる、 云々の過程は投影と同一視によって可能となる。 この機制には、愛他的な意味と、利己的な意味が、色んな程度で混じり合っている。 他人の衝動を満足させようと努力している点だけから考えれば愛他的であるが、 その代理者が投影している自分の願望を満足させてくれそうになくなると、強引となり、利己的な面が露呈する。
- 542 名前:続き mailto:sage [2011/01/13(木) 20:59:22 ID:gg1arHwQ0]
- この防衛機制は、2つの面で目的に適っている。
一つは、他人の願望に対して寛容な態度を持つことができるようになり、 さらに超自我から禁止されている自分自身の衝動を間接的に満足させることができる。 また、同時に人間の願望を満足させるために必要な攻撃性を解放することもできる。 こうした防衛の過程は、ある種の願望衝動を満足させるために、両親の権威と闘っていた幼児期に由来するものである。 例えば、母親に対する攻撃は、自分自身の願望衝動を満足させようとするものであるなら禁止される。 しかし、誰か他人の願望を満足させようとしているかのように見えるなら許される。最も知られているこの種の典型的な人物は慈善家である。 その種の人は、非常な攻撃性を持ち、ある群の人々からお金を集め、他の人々に与える。 もっとも極端な例は、被圧迫者の名のもとに圧迫者を攻撃する場合である。 (こことかぴったり!) 解放された攻撃性が集中されるのは、決まって幼児期に衝動の満足を断念させた権威者の代理である。
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