- 15 名前:発生55年、森永ヒ素ミルク事件の資料館 mailto:sage [2010/11/16(火) 22:29:53 ID:Hacj7whK0]
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◇食品公害、再び許さぬ 森永ヒ素ミルク中毒事件 (1955年、昭和30年) の被害者運動を伝える 「森永ヒ素ミルク中 毒事件資料館」 が8月下旬、岡山市にオープンし、来館者が「食品公害の原点」に触れてい る。館長の岡崎久弥さん (48) が、運動に尽力した父親の故・哲夫さんとの約束を実現 したもので、発生から55年がたった今も、食の安全とは何かを問い続けている。 ■「解決」「治癒」 資料館は岡崎さんの自宅を一部改築した。哲夫さんが残した膨大な資料の一部と、ヒ素が混 入していたミルク缶や、皮膚が黒ずんだ被害乳児の写真が並んでいる。 岡崎さんの7歳年上の姉ゆり子さんも被害者の一人だ。生後2カ月から嘔吐 (おうと) や下痢 に苦しんだ。西日本一帯でも乳児が相次いで原因不明の病気にかかった。岡山大が森永乳業徳 島工場製のドライミルクからヒ素を検出し、岡山県がヒ素混入を発表すると、赤ん坊を抱いた 母親たちは病院や保健所に殺到した。130人の乳児が死亡し、被害者は1万3000人を超した。 哲夫さんは混入発表の3日後に被害者組織を結成。さらに翌年、「岡山県森永ミルク中毒の子 供を守る会」 を作り、自宅の土蔵を事務所として、夜中まで機関紙のガリ版を刷った。 しかし各地で被害者団体が作られたものの、わずかな補償金とビスケット2缶で 「解決」 とさ れた。旧厚生省が出した通達に基づく診察で、多くの被害者は 「治癒した」 と診断された。公 害の責任追及があいまいな時代だった。 (つづく)
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