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現代数学の系譜11 ガロア理論を読む9



1 名前:132人目の素数さん [2014/08/17(日) 09:23:37.87 ]
旧スレが500KBオーバーに近づいたので、新スレ立てる
このスレはガロア原論文を読むためおよび関連する話題を楽しむスレです
(最近は、スレ主の趣味で上記以外にも脱線しています)
過去スレ
現代数学の系譜11 ガロア理論を読む8
wc2014.2ch.net/test/read.cgi/math/1364681707/
現代数学の系譜11 ガロア理論を読む7
uni.2ch.net/test/read.cgi/math/1349469460/
現代数学の系譜11 ガロア理論を読む6
uni.2ch.net/test/read.cgi/math/1342356874/
現代数学の系譜11 ガロア理論を読む5
uni.2ch.net/test/read.cgi/math/1338016432/
現代数学の系譜11 ガロア理論を読む(4)
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現代数学の系譜11 ガロア理論を読む3
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現代数学の系譜11 ガロア理論を読む2
uni.2ch.net/test/read.cgi/math/1331903075/
現代数学の系譜11 ガロア理論を読む
uni.2ch.net/test/read.cgi/math/1328016756/

(ネットで検索すると、無料の過去ログ倉庫やキャッシュがヒットして過去ログ結構読めます。あと、正規の有料2ちゃんねる倉庫とか)

159 名前:132人目の素数さん [2014/08/31(日) 20:33:44.37 ]
>>144
どうもです。スレ主です。運営ではありません。(「運営」が2ちゃんねる経営側を意味するならば。当方は単なる利用者です。)
投稿深謝です。

>〜EPRパラドックス〜
>アインシュタインは間違っていた。彼は生前も主流派ではなかったが、死後さらに決定的な証拠となる実験が行われた。

ありがとう。下記だね
www1.odn.ne.jp/~cew99250/html/C_7.html
【なにはさておき量子論 第7章 EPR論文をめぐって】
(抜粋)
次の思考実験をする。
   ある粒子がAとBに崩壊した
   AとBは充分な時間の後には遠く離れる
   Aの位置を測定すれば、Bの位置がわかる
   Aの運動量を測定すれば、Bの運動量がわかる
   しかし、AとBは遠く離れて相互作用はできないのである
   それなのに、Bの位置あるいは運動量がAの測定によってわかる
   つまり、Bは確定した位置も運動量も持っている
   これは、不確定性原理に矛盾する
これをEPRパラドックスという。要は、遠く離れたAとBなのに、Aの位置を測定するか、運動量を測定するかの選択がBに影響するのはおかしいと言ったのである。
言い換えれば、Bの存在が、Aの存在に依存するのはパラドックスだと言ってもよい。

EPRは更に主張する。Aへの測定がBに影響するわけはないので、ある粒子がAとBに別れたとき、Bは位置と運動量を決定するための「隠れた情報」を持って飛び去るはずだ。我々はその「隠れた情報」を未だ知らないだけである。だから量子論は不完全である。
一個の粒子の不確定性原理なら問題なくとも、一方の観測が他方の値を決める場合には通用しない。過去に接触を持てば、その接触が切れてしまったあとでも物体間には特別な相関が存在することになる。このパラドキシカルな相関を「EPR相関」と呼ぶ。

160 名前:132人目の素数さん [2014/08/31(日) 20:36:28.49 ]
www1.odn.ne.jp/~cew99250/html/C_7.html
【なにはさておき量子論 第7章 EPR論文をめぐって】
(抜粋)つづき

「EPR相関」がパラドックスである、という事をボーアは認めなかった。ボーアは、AとBを含む観測系自体がひとつの系である、と主張したのである。
そして無数の粒子が相互作用した結果としての宇宙が存在する。すなわちひとつの系は、系の全体に依存しないような部分へと分解できない。
つまり、宇宙とはもはや分離できない全体である、ということになる。

長くこの議論には終止符が打たれなかったが、驚くべき事に、フランスのアスペおよび、スコットランドのクラインポッペンが、この「EPR相関」を実験で確かめたという。
その結果「量子テレポーテーション」を利用した「量子コンピュータ」などへの応用が研究されているそうだ(事実はSFよりも奇なり)。

さて、ここまでをまとめよう。

量子論においては、EPR相関が正しい。よって、
宇宙空間のある一点からたった一個の光子が放出されたとする。波動関数などと面倒なことを言わなくとも、この宇宙のあらゆる場所で、その光子を「観る」可能性がある、のは自明である。
ところが、特定の人がその光を「観てしまった」その瞬間に、他の全ての人はその光子を観る可能性がゼロになる。それは、他の全ての人の意思には関係がない。
だから、「我観測す故に粒子あり」なのである。

「シュレーディンガーの猫」の結論
だれかが先に猫の生死を見てしまえば、その瞬間に猫の生死は決まる。あとから見る人の意思には関係なく。

本当にこの結論でよいのだろうか? みなさん、どう思います...

161 名前:132人目の素数さん [2014/08/31(日) 20:45:58.05 ]
www1.odn.ne.jp/~cew99250/html/C_7.html
【なにはさておき量子論 第7章 EPR論文をめぐって】
(抜粋)つづき

前項の最後を、私からみなさんへの問いかけの形にしたが、いかが思われただろうか。
実は、量子論でも「シュレーディンガーの猫」に始まる量子論的世界観は、解釈の問題になってしまう。

こんな事を考えるに至ったのは、”都筑卓司”先生の著書によるところ大である。
しかし、都筑先生がそうであったように、その哲学はあくまで解釈であり、絶対的真実であるとは今も考えていない。

れを理解してもらったうえで、本項では私の解釈を明確にする。

   骨子は、量子論と「観測者の意識」の問題である。

つまり「シュレーディンガーの猫」に象徴的に示されているように、その猫が死んでいるのか生きているのかを知ることは、「見る人」の意識(納得)の問題である、という事が言いたい。
www1.odn.ne.jp/~cew99250/ryousiron.html
www1.odn.ne.jp/~cew99250/index.html






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