- 571 名前:1 mailto:sage [2014/03/01(土) 17:00:55.16 ]
- 昔>>1のテンプレを書いたものですけど、今思えば
>素朴集合論における逆理の解消などを一つの動機として って専門外の人には分かりやすいしヒルベルトの心中に限って言えば 割と正しいかもしれませんが、実際は数学史的には偏った見方ですね。 「集合論・解析学等の数学の基礎付けなどを動機として」 の方が良い気がしてきました。 www.shayashi.jp/HistoryOfFOM/papers/gendaishiso.html >このとき、カントールにはパラドックスという意識はなく、 肯定的にうけとめ集合論最大の発見とさえ書いている。 Cantorは、内包公理が矛盾したとき、理論の破綻と考えるのではなく、 内包公理の否定が導けたと言っていて、実はかなり現代的な理解をしている訳です。 尤も与えられた公理と推論規則の集まりが矛盾した時に、どれを間違っているとみなすか、 という問題はありますし、Quineみたいに 「どれか一つを選ぶ基準なんて全く無いよ」と明言する論理学者も居ますが。 www.academia.edu/1703202/_ も参照。 taurus.ics.nara-wu.ac.jp/staff/kamo/shohyo/logic-2.html の「パラドックス史観」の話も参照。 確かに不完全性定理が否定的な残念でガッカリな結果とだけ思われるのに 繋がるとしたら大変困ったことです。ゲーデル自身もロジシャンも、 不完全性定理を最初に勉強した時は「こんな上手い良い定理が成り立つのか!」 と思った人が多いはずです。
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