- 111 名前:132人目の素数さん [2012/02/23(木) 01:55:50.58 ]
- 文科省も大学も学生本人も大学院生としての
レベルは落としたく無い、と考える。 数学の教員はこれに答えられない。責任を文科省や学生本人に おしつけて、教員や数学という学問には責任はないと逃げる。 すると、救世主があらわれる。 複雑系でも国際環境学でもよいが、内実はともかく、 ゆとり世代でも履修できそうな学問を発明し、 それを大学教育へ売り込む。 学生は自分の実力をわかっているから、多くの学生が 新発明の学科に入学する。 大学院生にもなれば、学会発表の場も そういった学会は喜んで用意する。 (数学会は発表は自由だが、できない大学院生の 下らない発表を喜んで許す指導教員は少ないし、 いても露骨に冷笑される) よって、建前上、新発明の学問では、 大学教育、大学院教育をみにつけ学会発表まで こなす、時には国際学会発表までこなす 学生が大量にでてくる。 文科省も大学も学生本人も、そして当該学問の教員も 皆が喜ぶ構図ができる。
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