- 744 名前:132人目の素数さん [2010/01/11(月) 00:30:46 ]
- 前段の話題と少し関係のありそうなことなのですが、
話題がそれるかもしれませんがお聞きします。 710さんの疑問は、集合論を展開する前に論理式の「集合」 といった用語の使用はおかしいのではないかという疑問かと思います。 私は、数学の基礎として、自然数をどう扱うかについてまだよく 理解ができていません。いろいろ本を見てみたのですが、 どれも納得がいかなくて専門的に携わっている人の意見を聞きたいと思います。 数学の基礎は、1階述語論理といくつかの公理と推論規則から 成り立っているものと考えます。 自然数の扱いですが、自然数やごく基礎的な数学的帰納法は、1階述語論理を 展開する前に自明のものとして仮定すべきなのかということが疑問です。 私の見た限りの本では、自然数の定義を行う前に、自然数の存在が前提 とされているようです。 たとえば、変数の添え字に自然数を宛てて、可算個の変数を用意したり、 (そもそも、可算だとか無限だとかの概念は、自然数の存在を前提としなけれ ば意味をなさないと思います)、本によっては、論理式のある性質を証明する ために数学的帰納法を使用しているものもあります。 自然数の存在を前提とするならば、その自然数はどのようなものなので しょうか、それどころかその後、集合論(の公理)により、再び定義される 自然数とどんな関係にあるのでしょうか? 1階述語論理では、自然数の存在を前提とすべきなのでしょうか? そうであれば、それを使用した集合論で自然数の 再構築を行う意義はなんなの でしょうか?もちろん集合という概念に ついても同じだと思ってます。 というわけで、基礎論の冒頭で躓いています。
|

|