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雑談はここに書け!【14】



639 名前:132人目の素数さん [04/01/10 13:52]
「1+1を2にしか出来ない奴はいらない。1+1を3にも4にもする能力が欲しい」
という文系ワードについての考察。

1)字義上の意味において
i)数論的解釈
自然数のうちもっとも小さいものを1、次の数字を2とし、
記号+についてa+bを「自然数aよりbだけ多い数」と定義した場合において、
一致を示す記号=を用いて1+1=2と書けるが、
1の次の数字を示す記号が「2」では無い場合は成り立たない。
例えば、2進数上では、2は存在せず、1+1=10である。
ii)記号論的解釈
+記号が(A)数を表す場合(B)別の記号を表す場合 も成り立つとはいえない。
例えば、古代中国の表記方法に従えば、+は6を意味し得るので、左辺は161となり、=2とはならない。
また、+記号が=と同様の意味を持つと仮定すれば、1+1=(1=1)≠2となり成立しない。

2)人文的意味において
i)概念として
「2」という数字の持つ意味は、現実的には根拠に乏しく、
水滴は分裂していくつにも別れ、水たまりに着水し同時に一つになる。
そのためこれらは「水」として同一の物体ともみなせ、
1=2=…、すなわち1+1=2+2=…がこの場合は成立し得る。
ii)問題性について
「答」とは何であるかを考えると、
それは疑いのない真理であるデカルト的立場や、経験によって正当化された心理であるというベーコン的立場、
あるいは真理とは認識の作る観念の産物であるというカント的な立場など、
一般的な意味での「答」の定義は存在しない。

よって1+1の「答」は、その真理性に対する姿勢に対して異なり、
2であるための「答」とは独立に存在する。

以上より、「1+1」の「答」は必ずしも「2」にはならない。 (了)







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