- 821 名前: mailto:sage [2021/04/05(月) 21:22:55.62 ID:Ns1K8Wum.net]
- >>743
>快速で六甲道から、阪急バスなどですかね。 当時のJRは快速すら止まらなかったのでは?猛者は確かに六甲道から歩きますが、私は阪六から歩いていました、バスを使うのは鶴甲や六甲台よりもさらに高地にある教育学部の人ぐらいしかいないかと >昔は、途中に神戸外語大がありましたね 途中というか、高羽交差点で進む方向が分かれます、高羽交差点は、六甲山頂から延々と下る坂道の終点で、エンジンブレーキを使わなかったトラック・バス等がよく突っ込んでくるから注意せよ、という都市伝説が当時から流布されていましたね それはそうと、私の頃には、外大はもう神戸西部に全部移転していました >結構山の中腹という感じで眺めがよかったんですよね。数えるほどしか、行ったことないですが どういうわけだが国家試験、特に「情報処理技術者」「電験三種」その他の試験会場に鶴甲が設定されることが多かったと思いますが、私はわざわざ資格試験の試験会場を関学や市大、府大に指定するくらいに忌避し嫌っていました、だから、鶴甲や六甲台にはもう20年か30年ほど近づいていないですね >角田先生の講義を取って、その本で勉強されたってことですね(^^ 私が大学に入った頃、世の中は週休二日制に移行していました、先生の授業は土曜日午前中だから教科書は買ったけれども授業には一回もいかなかった、だって土曜日だったし したがって先生を見たことはありませんが、先生の教科書は当時の年齢のわりには真剣に読んだと思います つまり、私が学生だった頃の先生の年齢と今、私自身の年齢が同じくらいになりましたが、そういう今になってよくわかるのです、先生の教科書をしっかり読んだ二十歳やそこらの若造・ボンクラ学生でも教科書を読んだことによる最低限の理解を質問という形で提示さえできれば、その先生にどんな生意気かつ馬鹿で世間知らずなことを言っても、実は大いにウェルカムだっただろうと 今の年齢では何事も即座に答えをくれる人など皆無ですからね‥‥
|

|